僕の名は久瀬、生徒会長だ。
多くの生徒が僕の事を嫌っている様だがそんな事はどうでもいい。
僕の望む事は只一つ、学園の平穏だ。そのためには時に自らを汚す必要もある。
それはさておき、今は来月に迫っている体育祭の準備で生徒会は忙しい。
だがそんな状況下で、一人の優秀な生徒会員の様子がここ数日おかしい。「天野さん、この間の件はどうなっているかな?」
「・・・・・」
「天野さん」
「あ、はい、何でしょう?」
「この間の件だが」
「ああ、それでしたら・・・」
こんな具合だ。
調子が悪いならそう言ってくれればいいのだが、彼女は何も言わない。
もしそういう状態なら無理に仕事をしなくてもいい。
むしろ効率が落ちる。
それに・・・。それに?それに何だと言うんだ?
「?どうされました?会長」
「・・・いや、なんでもない」
家にあっては父の仕事を手伝い、学校にあっては生徒会の仕事に全身全霊をかけてきた僕が異性を意識するなど・・・。三人目、か。
あの二人は、どうしているのか・・・。
おっといかん、仕事だ。
しかしどちらにしても、天野さんに関してはどうにかしなくてはな。
紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜
第十七章 ものみの丘妖狐伝・・・その一
「先輩、お弁当いかがですか?」
「お、おう」
昼休みになるなりいきなり綾香が弁当を持ってやってきた。
名雪や香里もびっくりの早さでだ。後から送れて栞もやってくる。全員で中庭に出る。
栞と二人で昼を過ごしてた頃は寒すぎたが、最近は大分暖かくなってきていて気持ちいい。「さあ先輩、たくさん食べてくださいね」
「随分たくさん作ってきたな」
まぁ、栞の時ほどじゃないが。
「あらあら、我が妹はなかなか積極的になったわねぇ」
「だからどうしてあんたがいる?」
どこからともなく合流してきた先輩が綾香の弁当を覗き込んでいる。
いたずらっぽい視線を送られた綾香は赤くなって目をそらしてしまった。「これだけのお弁当作ってたくせに、私も分はないわけねぇ」
「えっと・・・そのそれは、きっと姉さんも来ると思ったから、一緒にした方が早いと思って・・・」
「しかし急に弁当なんて、どうしたんだ?綾香」
「お、お嫌でしたか?」
「いや全然そんな事はないんだが・・・」
「・・・・・言いたい事は、ちゃんと言わないと・・・」
「ん?」
「な、なんでもありません!」
ぼそぼそっと言った言葉は、皆には聞こえなかった様だが、俺には聞き取れた。
今の言葉は・・・。なるほど、綾香もあの男の事が全然嫌いというわけじゃないんだな。
結構気になってはいるわけだ。「それはともかく、うまいなこれは。量より質で勝負する辺り誰かさんとは違う」
「そんな事言う人、嫌いです。まぁ、確かに綾香さんのお弁当はおいしいですけど・・・」
「う〜、やっぱり祐一、料理の得意な女の子が好きなの?」
「そんな事を言ったら俺の相手は佐祐理さんに決定してしまうぞ」
「え!だ、駄目ですよ。祐一さんは私もものです!」
「違うよ栞ちゃん、祐一はわたしの・・・」
「せ、先輩は・・・な、なんでもありません!」
また始まった・・・。
「なぁ、美坂、体育祭はどうなってるんだ?」
「もうすぐ生徒会から何か言ってくるんじゃない」
この二人はこの状況でも蚊帳の外で二人の世界だ。
こいつらも友達以上恋人未満の関係でずっといる感じだな。北川は本気らしいが、香里はどうなんだ?「祐一さん」
「祐一」
「先輩・・・」
目を離した隙に三人は俺の方へずずいと進み出ていた。
「な、なんでせう?」
「やっぱりここは本人の意見を尊重だよ」
「部外者の名前をあげず、この中から誰のお弁当がいいか選んでください」
「・・・・・」
いつの間にそういう展開になったのか。
綾香は自らの弁当箱を見せて誇示している。
こいつまで積極的になったら俺の安息が・・・。「おーい、祐一ちゃん。青春してるとこ悪いけど、お客さんよ」
助かった。
「おー、今行く」
「祐一さん!」
「逃げちゃだめだよ!」
「待ってください先輩!」
「はいはい、あまり祐一ちゃんを困らせない」
先輩が珍しくお姉さんぶって三人を宥めている。
やれやれだな。さて客ってのは・・・。「・・・久瀬?」
「何か用デスカ?生徒会長サマ」
思い切り皮肉を込めて読んでやる。
「しばらくだね、相沢君」
軽く流されたっぽい。
「で、何の用だ?」
「君は確か、天野さんとは知り合いだったな」
天野?
意外な名前が出たが、天野が生徒会で書記をやっている事を思い出し、別に意外でもなかった。「一応な。天野がどうした?」
「最近どうも様子がおかしい。真面目でよく働く人なんだが、ここのところ仕事に身が入っていない事が多い」
「天野がか?」
「来月の体育祭の準備で忙しい時期に、無理をしてまで働かれるのはむしろ迷惑だ。だが僕自身は込み入った話を訊けるほど彼女と親しくはない。知り合いの君ならその辺り、彼女も話し易いだろう。あまり本心を曝け出さない人だが、君のお得意の強引な手口で、無理をしている様なら休む様に言っておいてくれたまえ」
「・・・・・皮肉か?今の」
強引な手口って・・・。
「さっきのお返しのつもりだ。用はそれだけだ。では失礼する」
なかなかいい性格をしたやつだ。
舞の一件で嫌なイメージが先行していたが、満更悪いやつでもないらしい。それにしても、天野がねぇ。
放課後にでも会ってみるか。
今日も散歩。
散歩は楽しい。
でも今日は少し違う。
何か違うものが、この街中にいる。商店街から少し外れた並木道。
街の裏側にあたるのか、人気は結構少ない。
けれど寂しい印象はない場所。そんな場所で、一人の男の子を見つけた。
歳は、あたしより少し下くらいかしら?でも、その子は・・・。びくっ
「わっ・・・!」
あたしが近づくと、男の子はびっくりして木陰に隠れてしまった。
そうか、あたしの持つ力に驚いたのね。「・・・あぅ?」
「・・・おいで」
木陰からこちらを覗いている子に、そっと手を差し伸べる。
多少警戒しながら近寄ってきたその子は、頭を撫でてあげるとすぐに警戒心を解いた。「あぅー」
「こんなところでどうしたの?ここはあなたのいるべき所ではないはずよ」
「あぅ・・・、頼むよ、見逃してよ。おいら、どうしても会いたいやつがいるんだ・・・」
「・・・・・」
「ま、前に別れちゃって、もしかした怒ってるかもしれないけど、でももう一度会いたいから頑張って、それで他にも会わなきゃいけないやつがいて・・・」
「・・・とって食ったりしないから、落ち着いて話なさい」
「あぅ・・・」
「何か食べたいものある?」
「あんまん」
言ってからしまったという顔になる男の子。
考えるより先に口が動いたのね。「あぅー・・・」
近くのコンビニであんまんを二つ買う。
それから駅前のベンチに座って話を聞く事にした。「・・・えっと・・・お姉ちゃんは・・・」
「あたしの事は気にしなくていいわ」
「うん・・・。話って言っても、おいらはただ、会いたいやつがいる。それだけなんだ」
「なら、会いに行けば?」
「それが・・・・・、道に迷った」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・あぅー」
かわいい子ね。
ころころ表情が変わって。
ここまで来たら、手伝ってあげようかしらね。「それで、誰を探してるの?」
「あぅ?一緒に探してくれるの?」
頷く。
また男の子が一気に明るくなる。「美汐!天野美汐ってやつ探してるんだ」
「よう、天野っち」
すたすたすたすた
「すまん、悪かった、冗談だ。頼むから無視しないでくれ」
「冗談でなかったら絶交するところでした」
そこまで言うか。
確かに悪ノリだったとは思うが、和んだ方が話し易いと思ったんだよ。「何かご用ですか?」
「ああ、そうだな。まどろっこしい事を言っても話が長くなるから単刀直入に訊くぞ。天野、何があった?」
「・・・・・何の事ですか?」
「とあるやつからおまえの様子がおかしいと聞いた。今おまえの顔を見て俺自身もおまえが何か悩んでるとわかった。ネタは上がってんだよ、姉ちゃん」
すたすたすたすた
「待て。悪かった。冗談だってば。無視だけはやめろ」
今度はなかなか止まってくれず、靴に履き替えて校舎の外まで出てしまった。
「天野。そうやって一人で抱え込んでも仕方ないだろ。これでも友達のつもりだし、俺は一応おまえの先輩でもある。悩みがあるなら人生経験豊富なやつに話してみるのもいいぞ」
「・・・たった一才の違いで人生経験豊富ですか?」
「言葉の綾だ。気にするな」
やっと止まってくれたな。
何かあった事は間違いない。今の天野は、ひどく不安定に見える。「・・・・・兆候が」
「?」
「兆候が、出始めたんです・・・」
「!」
それって、前に話してた・・・。
「・・・真琴か」
「日に日に、衰えていくんです。箸が使えなくなって、字が読めなくなって、言葉も足らなくなってきて・・・、あの時と、同じ・・・」
前に聞いた話か。
ものみの丘の妖狐。
人のぬくもりを憶えた狐は、その人に会うために人となって街に下りてくる。
しかしそれは、命と引き換えの所業だった。天野は以前に同じ様に妖狐との別れを体験している。
それが彼女が心に深い傷を負った原因だった。そして真琴は、かつて俺が助けた子狐。
最初は俺に会いに来て、今ではすっかり天野に懐いていた。天野の心を、癒してきていたのに、今度はその真琴が・・・。「仕方、ない事なんですよね。これが運命だから・・・。でもそれなら、最初から会わなければ・・・」
「天野!」
「!」
俺は天野の肩を掴んでこちらを向かせる。
「会わなくてよかった出会いなんて、ありはしない。例えどんなに辛い事でも、最初から会った事そのものが無意味だなんて思ったって、もっと辛いだけだ。そこには、絶対意味がある」
香里は、最初から妹がいなければよかったと言った。
俺は、あゆの事を記憶から消し去った。
でもどちらも、そのままでいたらいい結果なんて出なかっただろう。「真琴は、まだそこにいるだろ。もしかしたら、何か方法が・・・」
「あぅ・・・ゆーいち、呼んだ?」
「は?」
横を向くと真琴がいた。
けれど、俺がよく知る元気一杯の真琴と比べて、明らかに覇気が足りない。「真琴、どうしたの?」
「美汐、遅いから」
「そう、ごめんね」
仲のよい姉妹。
二人を見ているとそんな印象を受ける。
香里と栞の二人を見ていても感じるが、血のつながりなどなくてもこんな風に家族になれるというものを思わせてくれる二人だ。そんな二人が別れなくてはならないなど、俺は認めたくない。
きっと何とかしてやる。「よし、行くぞ天野、真琴」
「行くって、どこへですか?」
「どこでもいい。とりあえず、ここは人が多いからな」
「あ・・・!」
やっと気が付いたのか、天野は真っ赤になっている。
周りには下校中の生徒がたくさんいるのだ。「・・・行きますよ、真琴」
「あぅ?」
すたすたすたすた
「あー待て天野、あれはわざとでは・・・」
十分すぎるほど目立ってしまった事に怒っているんだな。
今度こそ立ち止まらずに校門を出ていって・・・。
と、思ったら校門を出たところで止まっていた。「紫苑?」
いつもの事ながら突然そこにいる紫苑がいた。
だが天野の視線は、その紫苑の後ろに隠れるようにしてこちらを窺っている少年に向いていた。「・・・まさ、し・・・?」
え?は?何だ?天野の知り合いか?
だけど、呆然と立ち尽くす天野の姿からすると、ひょっとするとこの少年が・・・。
でも、何でだ?
あとがき
では今回から真琴・美汐編でござる。