『俺はなぁ、おまえみたいにうじうじおどおどしてるやつが大嫌いなんだよ!ぴーぴー泣いてんじゃなえ!』
『うっく・・・ひっく・・・ごめん・・なさい・・・』
『そういうのが嫌いだって言ってんだよ!』
『言ったって無駄だよ直輝』
『そうそう。この子ちょっと何か言うとすぐ謝る、泣く、はっきり言ってむかつくわよ』
『うっとうしいんだよ!』
『いつまでも耳障りな声出してんじゃ・・・』
ばきっ
『いてっ!』
『げっ、紫苑だ・・・!』
『・・・人の妹いじめて楽しい?』
『てめぇ・・・、いてぇじゃねえかよっ!』
どかっ!
紫苑―SHION―
~Kanon the next story~
第十六章 強さのわけ
「・・・・・」
「あら、起きたの?」
下に直輝の顔があり、そこにある両目が開く。
「・・・目覚めが悪ぃ・・・、生まれてはじめて喧嘩に負けた時の夢を見た」
「そう。それは災難だったわね」
「て・め・え・が相手だったんだろうが」
奇遇。
あたしも今同じ事を考えていたわ。
思い返せば直輝とははじめて会った時から喧嘩してたのね。「それはそうと、この状態はなんだ?」
直輝が文句をつけている状態とは、あたしが公園のベンチに座っていて、こいつがあたしの足元に転がっている状態の事を指しているんでしょうね。
「膝枕でもしてほしかった?」
「けっ、冗談じゃねえ」
・・・・・・・
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・ちっ、また決着が付かなかったぜ」
負けず嫌いなのね。
それはあたしも同じかもしれないけど。はじめの頃は、こいつに付きまとわれるのはうっとうしかった。
だけど今よくわかったけど、直輝がいても少しも気が重くならない。
本家に絡んだ人間が来る事や、綾香に手を出す輩がいるよりも遥かに気が楽。「最初はあんたも、綾香に手を出す輩の一人だったわね」
「俺はああいう性格のやつは見てていらいらすんだよ」
「でもあれ以来、綾香に対して何もしてないでしょ」
「てめえに勝つ。それ以外に俺の興味はねえ。それだけの事だ」
一途ね。
まっすぐに目標にむかって馬鹿正直に進むこいつは、自分を表に出せない綾香とは反発するのかもね。
他の連中とは違って、直輝の綾香への感情には悪意がない。
あたしに対しても、純粋に勝負をする以外の感情はない。
そういうまっすぐなところは、嫌いじゃないわ。「そういや、さっきおまえと一緒にいた男」
「ん?」
「あれは、あの男だろ。絶対に近づくなとか言ってたやつ」
そうだった。
確かあの時は、そう言って直輝を祐一に近づけなかったんだったわ。
でももう・・・。「さっきは何も言わなかったな」
「もう祐一は、あの頃とは違う。あの頃の祐一には、あなたのその性格は刺激が強すぎた」
「何の事だ?」
「こっちの事よ」
今はもう、祐一は十分に強い。
むしろ直輝と同じで、想いのためならまっすぐに突き進む事が出来る人間になった。
見ていて安心出来る。「ふん。さてと・・・、そろそろ回復したな。それじゃ、行くぜ紫苑!」
「さっきの今で?」
「当然!今日こそおまえに勝ぁつ!」
どかーんっ!
さてと、日も暮れてきたし、そろそろ帰ろうかしら。
「ちっ・・・くしょう。なんで勝てねえ・・・?」
辺りが赤く染まった公園で、直輝はまたうずくまっている。
かなりしつこかったから、徹底的にやったので、当分立てないでしょう。「・・・直輝、あなたは何故強さを求めるの?」
「決まってんだろ。喧嘩に負けるのはごめんだ。だから誰よりも強くなる。もちろんてめえよりもな」
「それじゃ、あたしには勝てないわ」
「何?」
「あたしとあなたじゃ、強さのわけの重みが違う」
あたしは、誰にも負けるわけにはいかない。
「あたしには、守るものがある。優しい妹綾香、頼りになる姉朱鷺、傍にいたい人祐一、この町に来て知り合った大切な友達・・・」
そして・・・東雲の名。
「そのためだったら、あたしは強くなる。いくらでもね」
あたしの強さは、あたし一人のためだけのものじゃない。
だから、個人のためだけに戦ったいる直輝には負けない。
たとえそうでないとしても、あたしは誰にも負けない。絶対に。「またね」
・・・・・・・・・
「おいこらそこの連中。俺はこそこそしてんのは嫌いなんだよ」
どうやらばれていた様だ。
こいつにばれていたんだから当然紫苑にもばれていただろう。俺達。
俺、栞、綾香、先輩の四人はベンチの後ろの茂みから姿を現す。「0勝51敗ね、直輝ちゃん」
「うるせえ。喧嘩売ってんのか、てめえ」
「やってみる?紫苑ほどじゃないけど、私も結構強いわよ」
「上等じゃねえか」
「それにしてもさっきの紫苑さんの台詞、かっこよかったですよねぇ」
睨みあう先輩と鮫島の横で、栞は紫苑が歩き去った方向を見ながらうっとりしている。
「そう思いませんか?祐一さん」
「そうか?」
「もう、そういう時は、俺も栞のためならいくらでも強くなれる、くらい言ってくださいよ」
そういう恥ずかしい台詞を堂々と言えと?
「ちなみに私は、アイスと祐一さんのためなら、たとえ火の中水の中、躊躇わず入っていって必ず帰ってきます」
「あら、男冥利につきるわね、祐一ちゃん」
「ちょっと待て。俺はアイスの次か?
「同じくらいという事です」
俺とアイスは同レベルなのか。
それははたして褒め言葉なのか逆なのか。そんな感じで俺達がつまらないやり取りをして和んでいる一方で、綾香一人だけが険しい表情をしている。
その目は鮫島を睨みつけていた。「・・・何じろじろ人の顔見てんだよ」
鮫島がドスのきいた声で言いながら睨み返す。
それに少したじろぐ綾香だったが、怖いのを振り切るように声を張り上げる。「もういい加減、姉さんに付きまとうの、やめてください!」
綾香にしては珍しく、この男に対しては激しい敵対心を持っているらしい。
誰に対しても礼儀正しい、綾香の過去を知った今ではそれは他人と距離を置いていたものなのかもしれないが、そんな綾香が嫌悪を剥き出しにする相手がいるのは意外だった。「私の事が嫌いなら、私に対してだけ手を出せばいいでしょう!」
「おめえは関係ねえんだよ。俺はな、あいつに会うまで、そしてあいつに会ってからも、あいつ以外に喧嘩で負けた事はねえんだ。だから紫苑に勝たねえかぎり、俺の気はすまねえんだよ」
「あなたみたいな野蛮で暴力的な人の考えに、姉さんを巻き込まないで!」
「けっ、あいつだって似たようなものだぜ。喧嘩の場数は俺と同じだけあるからな」
「違います!姉さんはあなたとは違う!姉さんは・・・姉さんはただ、私の・・・」
綾香の目じりに涙がたまる。
声も怒りと悲しみが入り混じったように、震えている。「私の・・・ため・・・。そうよ・・・全部私が、私が悪いの。私が・・・」
泣き崩れる綾香の頭に俺は手を置く。
そのまま綾香は、俺に体を預けた。
栞です。
目の前で恋人(予定)の人が別の女の人と抱き合っているのを見ると、ちょっと胸が痛むのですが、この場合は仕方がないですね。綾香さんは友達でもありますし。
「・・・・・」
「・・・・・」
隣りでは、朱鷺先生が複雑な表情をしています。
なんとなく疎外感があるので、私と先生は自然と一歩引いた形になりました。「やれやれ、また祐一ちゃんにいいところ持っていかれたわね。こういう時こそ姉らしいとこ見せるチャンスなのに」
「祐一さんは、優しいですから」
「優しさゆえのプレイボーイ」
「困った人です」
「でもそこがいいんでしょ?」
「・・・はい」
誰にでも優しい祐一さん。
だから時々こちらとしてはやきもきしてしまいます。誰か他の人にひょいひょいって付いていってしまいそうで。
だけど、そんな風に誰の支えにもなれる人が、自分を逆に支えに思ってくれているのを感じると、ちょっと優越感があります。そういう意味でやっぱり最大のライバルは紫苑さんという気がするんですよね。あゆさんや名雪さんや綾香さんには悪いですけど。祐一さんに一番近いのは私と紫苑さんのはずです。
・・・ちょっと自惚れているかもしれませんけど。「ところで先生」
それはさておき、今は別に気になる事があります。
「鮫島さんって、好きな子をいじめたりするタイプじゃありませんか?」
当然本人には聞こえない様にして話します。
「あら、よくわかったわね。まったくその通りよ」
「それってやっぱり・・・」
鮫島さんは綾香さんが好き?
でも紫苑さんという可能性も・・・。「・・・どっちなんでしょう?」
「さあね。私も最初に直輝ちゃんが綾香にちょっかい出してた頃はいなかったからよくわからないけど、確かにぱっと見紫苑にぞっこんだものね」
「何つまんねえ事話してんだよ」
「あら、聞こえちゃった?」
地獄耳です。
「帰る」
「あらそうなの?」
「紫苑に伝えとけ。また来る、そして次こそ勝つ」
「はいはい」
先生、投げやりです。
でも無理もありませんね。きっと同じ台詞を50回言い続けてるんでしょうから。「おい、胸なし」
「誰が胸なしですか!まったく誰もかも・・・!」
「俺はただ、いじいじおどおどした態度のやつが気に食わないだけだ。言いたい事があるならはっきり言えばいいんだよ、さっきみたいに」
「・・・・・」
「あばよ」
鮫島さんはバイクに乗って行ってしまいました。
「・・・ああいうところは、素直じゃないわよね」
やっぱり本命は綾香さんっぽいです。
紫苑さんに対するのはライバル心というものでしょうか。
でも微妙なものでもあります。
私としては彼が紫苑さん狙いなら協力なライバルを減らせるチャンスなんですが。
「落ち着いたか?」
「・・・はい。すみません先輩」
「気にするな」
綾香の体が俺から離れる。
目は赤くはれているが、もう涙はない。しかし晴れ晴れとした表情というわけでもない。「もう、大丈夫です」
「そうか」
何か言ってやるべきなんだろう。
けど、何を言う?綾香は自分の所為で紫苑の迷惑をかけていると思っている。
紫苑はそんな事を少しも気にしていないだろうが、それを言ったところで、綾香は余計に負い目を感じるだろう。
俺と、同じか。「それじゃあ先輩、また学校で」
「・・・おう」
「姉さん、帰りますよ」
「オッケー。じゃね栞ちゃん」
「はい先生。失礼します」
先輩と綾香は並んで歩いていき、最後には俺と栞だけが残った。
「・・・俺達も帰るか」
「そうですね。あまり遅いとお姉ちゃんの怒られますから」
俺と栞は途中まで一緒に帰り、少々騒がしかった放課後は終わりを告げた。
あとがき
ちょっと短めかな。