この間の一件から一週間。

綾香は三日ほど学校を休んだが、外向きには風邪という事になっていて、事件を知っているのは俺、栞、紫苑、先輩の四人だけだ。それはそれでいい。今はもう綾香も学校に来ている。さすがにまだ本調子ではなさそうだが、栞の話だと表向きは普通にしているという。

先輩はいたって普通で、あの日見せた哀愁を漂わせた表情は微塵もない。でも、あれで先輩も完璧な人間じゃないってわかった気がする。十歳にも満たない年齢で単身アメリカに行って成功してしまう様なとんでもない人だけど、その裏には人知れぬ苦悩があったのだ。

「・・・・・」

「な〜にをにやにやしてるのかな〜?ゆ・う・い・ち・ちゃんは」

「いひゃいいひゃい、へんはい」

下校時、たまたま廊下で会った先輩に頬をつねられる。
こういうところは敏感な人だ。俺が顔に出していた所為かもしれないが。

「じゃ、道草食って帰るのよ〜」

「先生、それ普通逆の事言うんじゃ?」

「ぬふふ、道草食うといい事あるかもよ」

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第十五章 永遠のライバル?登場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いい事、かどうかはわからないが、確かに何かはあった。
いつもと違う道で帰ろうと試みたら、途中紫苑とばったり出会った。

「よ、よう」

「・・・・・ん」

「・・・何か、飲むか?」

「お茶」

「よし」

俺は近くにあった自販機からコーヒーとお茶を買ってくる。
二人でベンチに腰掛けてそれを飲む。

「・・・・・」

「・・・・・」

黙々。
そんな言葉が似合う。
別に気まずいとか、間が持たないなんて事はない。
こいつとはいつもこんなものだ。

言いたい事とか、訊きたい事とかあったんだがな。会ってみたら何も浮かばなくなった。
結局、俺と紫苑の間に言葉はいらない。
紫苑が普段話さないのも、同じ様に感じているからではなかろうか。こいつの真意なんかわからんが。

それでも最近は本当に言葉を交わす様になった。
さっき何か飲むかと訊いて答えが返ってきたのは実ははじめてだ。
たとえ答えが返ってこなくても、俺はあいつが飲むのはお茶系全般である事を知っているから、その中から適当に買ってくる。しかし答えてくれるなら楽なのも事実だ。

「・・・・・」

「・・・・・」

いつものぼーっとした紫苑だ。
はっきりと起きているのかもわからない。そういう意味ではぼーっと度は名雪以上かもしれない。
何を見ているのかもわからない、何を考えているのかもわからない。時にはそこにいるのかさえ怪しく感じられる事さえある。
だけど確かにそこにいる。
俺の横にいる。
それが紫苑だ。

「?」

俺の視線に気付いた紫苑がこちらを向く。
隣り合って座っているので非常に顔が近い。

「・・・・・」

「・・・・・」

こうなると流れは自然に・・・。
いかん、栞の影響を受けてるかもしれないな。

自然に顔が近づいて・・・。

ヴォオオオオオオオオオンッ!!!

音に驚いた、というよりは激しいエンジン音で我に帰ったという方が正しいだろう。
俺はぱっと紫苑から離れる。
道の向こうを走っていったバイクを恨むべきか感謝すべきか。

「・・・紫苑?」

紫苑の方はどうせ無反応だろうと思ったが、意外にも不思議な表情をしていた。
しかしそれは俺に対してではなく、今通り過ぎていったバイクに対してだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栞です。

え?最近私視点が多いですか?
それは当然でしょう、なんと言ってもヒロインなんですから。

あ!話が反れましたね。
とにかく、私はこれから帰るところです。
別にもう補習じゃありませんよ。ちょっと部活動の見学をしていたんです。

昇降口で綾香さんと一緒になって、外に出たところで、大きな音が聞こえてきました。

「あれって、オートバイの音みたいですけど、この学校にバイクで来る人なんていましたっけ?」

「私は知りませんけど・・・、でも、オートバイ?まさか・・・」

「どうしたんですか?綾香さん」

「な、何でもないです!きっと気のせいですから・・・」

生徒の人達のざわめきが聞こえます。
どうやらバイクが校内にまで入ってきて騒ぎになっているようですね。
ちょっと興味があるので覗きに行くと・・・。

「そ、そんな・・・。どうしてあの人が・・・?」

綾香さんはその男の人を見て驚いています。
私はと言いますと。

「・・・すごい頭です」

そうなのです。
ヘルメットを取ったその男の人の頭は、金髪ツンツン頭。
その上ピアスはしてますし、目つき悪いですし、性格悪そうで、見るからに不良さんでした。

遠くからなのでよくわからないのですが、男の人は近くにいる生徒に何か訊いているようです。

「だからっ!白い頭した女知らねえかって訊いてんだよ!おらぁっ!」

白い頭の女?
どこかで知っているような・・・?

あ、そうこうしているうちに一人の生徒さんが男の人の前に進み出ました。
あれは確か、生徒会長の久瀬さんですね。
私と綾香さんはもう少し近づきます。
すると話し声がはっきりと聞こえました。

「君、部外者が校内に入ってくるのは出来るだけ遠慮してもらいたいのだが。ましてやバイクで」

「だからっ、人を探してんだよ。文句あるか?」

「それはこの学園の生徒なのかい?僕が知る限り白髪の生徒はいないはずだが」

「生徒じゃねえよ。だがこの辺りにいるのはわかってんだよ。だから聞き込みしてんだろうが」

「僕には脅しているようにしか見えないのだが」

「てめえ、何様のつもりだ?あ?」

「生徒会長だ。生徒に関するトラブルは避けたい。他にこれといった用がないのなら、早々に出て行ってくれ」

「だから人を・・・」

「この学園の生徒に君の探し人はいない。それでここでの用事は終わったろう」

「俺を舐めてんのか、このインテリ野郎」

がしっ

ツンツン頭の男の人が久瀬さんの胸倉を掴みました。
周りの人達は暴力沙汰がはじまるのかと距離を置きましたが、久瀬さんは意外と怯んでいません。

「脅しかい?だが生憎とその程度の脅しなら前にも受けた事があってね。それと比べたら大した事はないよ」

「人が下手に出てりゃいい気になりやがって!ぶっ殺されてぇか!?」

「やれるものならやってみたまえ。君もただでは済まないよ」

「なら望みどおり・・・」

「やめてください!」

声は私のすぐ隣りから発せられました。
すごい声だったので耳がキンキンします。
まさか綾香さんがこんな声を出すなんて・・・。

「君は、確か二年の東雲さん」

「おまえ・・・、綾香か」

男の人が久瀬さんを放してこっちに来ます。
綾香さんを知っている?

「おまえがいるんなら話が早え」

目の前に来られると大きな人だとわかります。
180センチくらいでしょうか?祐一さんよりも大きいです。
ちなみに祐一さんは170ちょっとですね。

「紫苑はどこだ?」

しげしげと男の人を観察している私ですが、私の事は無視されているみたいです。

「な、何をしに来たんですか?」

綾香さんの声は震えていますが、相手に対して非難の声を浴びせています。

「訊くまでもねえだろ。とっとと教えろ」

「いやです!どうして姉さんに付きまとうんですか!?悪いのは私でしょう、姉さんに構わないでください!」

「んな昔の事はどうだっていいんだよ!俺が用があるのは紫苑だけだ、とっとと居場所を言え!」

「君。これ以上の非礼は問題にするぞ」

「理屈野郎はすっこんでろ!」

えーと・・・。
一番近くにいるのに、一番蚊帳の外な私です。
そういえば白い頭の人って、紫苑さんの事でしたよね、なんて呑気に考えてたりするほど冷静です。

「あら直輝ちゃんじゃない」

「あ、朱鷺先生」

いつの間にか後ろに朱鷺先生がいます。
それにしても、直輝って・・・。

「先生、この不良さんの事知ってるんですか?」

「まあね。おーい、直輝ちゃーん」

「あん?・・・あんだ、姉貴の朱鷺かよ」

「つれない言い方ねぇ。ほんと紫苑一筋なんだから」

う〜ん、これはつまり、東雲姉妹のみなさんとご関係のある方、という事のようですが。

「うるせえよ。それよりおまえでもいい、紫苑はどこだ?」

「紫苑なら、ほれ」

先生が指差した校門のところには・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たぶんバイクを追って歩き出した紫苑に付いていくと、学校にまで来てしまった。
どうして一度下校した学校にまた来なきゃならんのだ。

「おーい、しおーん・・・って」

さっきのバイク、あったよ。
ついでに、何か騒ぎが起こっているらしい。
そんな中、先輩がこっちを、正確には紫苑を指差している。
するとその横にいたはじめて見る男が歩み寄ってきた。

「やっと見付けたぜ、紫苑」

金髪ツンツン頭のその男は、紫苑から五メートルほどの距離のある場所で立ち止まって向き合う。

「知り合いか?」

俺は隣りの紫苑に訊いた。

「・・・・・いいえ」

「おい待て!こるぁ!」

「人違いじゃないかしら?それとも頭がおかしいのか」

しれっと言う紫苑と、最初のすまし顔から一転、猛然と抗議の声を上げるツンツン頭。
どちらが嘘を言っているかは、まぁ見ればわかるな。
紫苑にしては珍しい冗談だ。

「てめえの最強にして永遠のライバル!この鮫島直輝を忘れたとは言わせねえぞっ!」

「永遠のライバルって、直輝ちゃんの対紫苑戦績って確か、0勝49敗じゃなかったかしら?」

「外野は黙ってろ!」

ライバルって何の話だ?
どちらにしても49戦全敗じゃとてもライバルとは言えないよな。

「とにかく!この辺りで白い髪の女の噂を聞いてようやく見付けたぜ。今日こそ決着をつけてやる!」

決着って、負け続けてるんじゃもう決着は付いてるんじゃ?
そんな理屈は通用しそうにない鮫島という男が突っ込んでくる。

とんっ

俺は紫苑に軽く押されて横に体が泳ぐ。
その紫苑は俺とは逆の方向に少し動いて、代わりに元いた場所に片足だけを残す。

がつっ
ズシャアアアアアアッ

「・・・・・」

「・・・・・」

な、なんてお約束で見事な転び方。
まるであゆの様だ。

「綺麗なヘッドスライディングねぇ。野球部が似合ってそうだわ」

「姉さん!冗談言ってないで止めてください!」

「心配しなくても大丈夫よ。どうせ50敗目をするだけだから」

「そういう事じゃなくて・・・!」

「あの子に喧嘩をさせたくないってんでしょ。余計な心配よ。むしろ相手が直輝ちゃんなら紫苑も・・・」

先輩と綾香の会話に耳を傾けていると、鮫島が勢いよく起き上がった。
顔面が赤いが、ダメージは少なそうだ。

「行くぜ、紫苑!」

何事もなかったかのように再び紫苑に向かって突進する鮫島。
走りこんでいっての右ストレートを紫苑は横に体を開いてかわす。
さらに立て続けに攻撃を繰り返すが、紫苑はそれらをことごとく避ける。

「おらおらおらぁ!」

「・・・・・」

ひゅんっ
どかっ

一瞬皆何が起こったのか、俺も含めてわからなかった。
だが、紫苑が何かをして鮫島が投げ飛ばされたのは確かだ。
それにしても紫苑のやつ、二十センチ近い身長差があって、その上横幅も大きいあの男を軽々と投げ飛ばした。

「ふんっ」

投げ飛ばされて地面に叩きつけられても何事もなかったように攻撃を再開する。
なんてタフな・・・。

「うらぁ!!」

また鮫島の連打がはじまるが、紫苑には一発も当たりはしない。
逆に相手のラッシュの間を縫う様に密着した紫苑が、鮫島の体の各所を突く。
一見軽そうに見える攻撃だが、かなりの威力があるだろうと思われる。

どんっ!

最後の一撃で、鮫島は吹っ飛ばされて、数メートルは転がっていった。

「・・・なんか、弱いですね、あの人」

いつしか俺の隣りに来ていた栞がそう呟く。

「・・・・・いや、違う」

あいつが弱いんじゃない。紫苑が強いんだ。

あの鮫島って男、この間のチンピラどもなんて比較にならないほど強いし、あの動き、もしかしたら舞にも匹敵する。あの体格だから一撃の威力も高いだろう。
しかも相当に場数を踏んでるのがわかる戦い方だ。

どすんっ

またつかまれて地面に落とされる。
それほど強いあの男だが、紫苑の前ではいいようにあしらわれている。
しかもたぶん、紫苑は本気を出してさえいない。

「がぁっ!!」

尚も突撃をかける鮫島の拳は、紫苑に左右に捌かれる。
さらに紫苑は目にも止まらぬ速さで懐に入り込んでがら空きの腹に肘打ち。

ぼぐっ

「ぐはっ・・・」

そこから掌底で顎を打ち上げた。

どかっ

「がはぁっ・・・!」

「決まったわね」

先輩がそう言った。
俺も同じ事を思った。
今の一撃は大きい。

「紫苑の50勝目、決定ね」

「姉さん・・・」

「すごいですね、紫苑さんって」

「・・・・・っておい、まさか」

みんなで紫苑の勝ちを確信していたが、紫苑自身はまだ倒れた鮫島から目を離していなかった。
そして、鮫島は立ち上がった。

「まだ・・・だぜ。こんなもんじゃ効かねえな・・・」

なんつー頑丈なやつ・・・。
しかし、もう突進するだけの力は残ってないらしい。
たとえ立っても、もう勝負はあっている。

「・・・く、そぉ・・・、まだ決着は、ついちゃ・・いねえ、ぜ・・・・・」

どさっ

そのまま仰向けに倒れた。

紫苑は倒れた鮫島の下まで歩いていき、足を掴み上げるとそのまま引きずりだす。
唖然とするギャラリーを余所に、バイクのところまで行って鮫島を投げ乗せると、お騒がせしました、とでもいった感じで皆に一礼をすると、バイクを押して校門を出て行った。

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

なんだったんだ、一体?
それがほとんどの人間が共通して持っていた思いだったろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

またまた新キャラ登場。
自称紫苑のライバル、喧嘩野郎鮫島直輝。
それはさておき、ちょっとばかり久瀬君に見せ場があったが、何を隠そうこのSSの隠れたテーマは、脇役に愛の手を。