朱鷺よ。
トゥルルルルルルルルル
突然ではあるが、私は今電話をかけている。
最初は海外にかけたのだが、目当ての人物が実はそっちではなく日本にいる事をしったので、聞き出した番号にかけているというわけね。トゥルルルルルルルルル
トゥルルルルルルルルル「・・・・・」
トゥルルルルルルルルル
・・・さっさと出ろクソジジイ。
トゥルルル・・・ガチャ
「モシモシ?」
受話器の向こうから少しなまった日本語が聞こえる。
「Hi John、it’me」
それに対して私は、結構流暢だろうと自分で思う英語で話し掛ける。
「おお!トキか!」
「ひさしぶり」
互いにそれからは英語で話したんだけど、面倒だから読者さんは日本語吹替え版(?)で読んでねん。
「よくここがわかったな」
「大学に電話して聞いたのよ。それより、頼みたい事があるんだけど・・・」
紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜
第十章 ドラマチックに・・・その二
学校が終わった頃だと思ったら、病院に一通りの連中が駆け込んできた。
栞の心配をするのはいいが、おまえらもう少し病院では静かにしろよな。「祐一、栞ちゃんは?」
「祐一君!栞ちゃんが倒れちゃったってほんと?」
「先輩、栞さん大丈夫なんですか?」
「美坂はどうしてるんだ?」
「病室だ、本当だ、大丈夫だ、栞に付き添ってる・・・って一辺に聞くな!」
全員の質問に答え終わってから俺は皆に文句を言う。
もっともみんな聞いちゃいねえ。仕方なしの俺は皆を連れて栞の病室に向かう事にした。途中、朱鷺先輩が電話をかけている姿が目に入って、なんとなく気になった。
「おまえら、栞の病室2013号室だから、先に行ってろ」
「祐一君は?」
「ちょっと野暮用だ」
皆を先に行かせて、先輩の下に近づく。
「じゃ、また後でかけるわ」
ガチャ
「どこにかけてたんだ?しかも英語だったみたいだし」
「あら祐一ちゃん」
受話器を置いた先輩に声をかける。
先輩は特に驚いた様子もなく振り向く。「ちょっと知り合いによ」
「知り合いって?」
「そんな事より祐一ちゃん、栞ちゃんの傍にいなくていいの?」
「そりゃ、いたいけど、その前に色々聞きたい事がある」
「そ。場所変えようか」
俺と先輩は病院の外に出た。
別に人に聞かれて困るような話をするわけではないが、なんとなく余人を交えずに話したかった。「ささっ、じゃんじゃん聞いちゃいなさい。先生がどーんと答えてあげましょう」
こんな時でもこの人は元気だ。
一度この人の落ち込んだ顔とか、困った顔とかを見てみたい。
もっとも、それは秋子さんや紫苑と同じくらいに困難だろうが。「どしたの?もしかして、質問にかこつけて愛のこくは・・・」
「まず紫苑の事」
ここで何か話させると向こうのペースにはまる。
先手必勝。「さっきどうして紫苑は都合よくあんな場所にいたんだ?しかも先輩はさも当然の様に紫苑を車に乗せた」
「ふむ。それを真っ先に聞いてくるところを見ると、車の中での紫苑の行動については本人に聞いたみたいね」
「ああ」
「あまり驚いてなさそうね」
「現実的な思考じゃわからない出来事にはそれなりに慣れてるからな」
例えば舞の一件とか。
「紫苑はね、勘が働くのよ」
「勘?」
「そ。身内に何かがあるとか、そういう時には決まってその場に来るのよ。前に私がアメリカから帰った時ね、あの子私が何の連絡もしてないのに、駅まで迎えに来たのよ。だから今回も来てるかなぁ、と思って周りを見てたら、思ったとおりにいた」
勘、か。
確かに、あいつは約束もしてないのによく俺の行く先に現れたりしたっけ。
おまえはストーカーか、なんてつっこんだ記憶がある。「訊きたい事はそれだけ?」
「もう一つある。さっきもちょっと話した紫苑の力の事」
「ふむふむ」
「あいつ、俺に憶えてないのか、って訊いた。あれは、どういう事だ?」
「言葉どおりじゃないの?」
「香里みたいな受け答えをしないでくれ。滅茶苦茶気になってるんだ」
何故か頭に引っ掛かる。
紫苑が時々おかしな事を言うのは慣れているが、こんなに気になった事ははじめてだ。
あいつの言葉、そして断片的な記憶。
俺はあの力を知っている?「・・・・・」
「・・・・・」
「ま、いいか。別に本人に口止めされてるわけでもないし。今の祐一ちゃんになら言ってもいいでしょ」
今のってどういう事だ。
また意味深な。「君、ちょっと前まで七年前の記憶がなかったでしょ」
「ああ」
「あれは、紫苑が封じてたのよ」
「なっ!?」
ちょっと事では驚かないつもりだったが、これは驚いたというか、声も出ない。
だが同時に、それが事実である事を俺は知っていた。「一種の暗示みたいなものね。どうやらそれをかけた時の記憶まではまだ戻ってないみたいね」
「・・・・・いや、思い出してきた」
そうだった。
俺はあの時・・・。
泣いている男の子と、それを見ている女の子。
『悲しい事があったんだ。忘れてしまいたいくらい』
『なら、忘れてしまえばいい』
そうだ、これは、俺と紫苑が出会った時の記憶だ。
「落ち着いた?」
先輩がジュースの缶を手渡してくる。
俺はそれを受け取って、一気に飲み干した。
はっきり言ってのどがからからだった。「ぷはっ・・・さんきゅ」
「どういたしまして。ま、昔の事を思い出したからって、どうって事ないでしょ」
「そう、かもな」
確かに、驚きはしたが、ショックを受けたりはしていない。
何がどうなっていても、紫苑が紫苑である事に変わりはない。
今はこの事をこれ以上考える必要はないだろう。それより当面の問題は栞だ。
「そういえば、うやむやになるところだった。さっきの電話は?」
「だから、ちょっと知り合いに」
「このタイミングで“ちょっと”の知り合いにかけるほどあんたは無神経じゃないだろ」
かけるにしても家に帰ってからにするはずだ。
病院でかけたからには、何か意味がある。「・・・後でわかるわ。これは君よりも先に話すべき相手のいる事柄だから」
表情はいつもと変わらないが、幾分真面目な声で言ってくる先輩。
そう言われては、それ以上の追求は出来ない。
先輩の言う、“後”を待つしかない。
「あ、祐一さん、やっと来てくれましたね」
ベッドの上の栞は、思ったよりも元気そうで、少し安心した。
だが、その笑顔の裏にどんな思いがあるのか、正直わからない。
こいつはそういうやつだから。「おう、来たぞ。生憎手土産はないがな」
「残念です。アイスクリームを持ってきてくれたら嬉しかったのに」
「こら栞、病人でしょうあなたは」
「まったくだわ」
似た顔の美人が二人、ベッドの傍らで栞をたしなめる。
一人は香里、もう一人は二人の母親だ。さらには父親も控えている。三人がベッドの向こう側。
こちら側には名雪、あゆ、北川、綾香、紫苑、俺がいる。
個室とは豪勢な。「体は大丈夫なのか、栞」
「・・・・・う」
「お、おい・・・!」
「「「栞!?」」」
急に胸を押さえた栞の下に駆け寄る。
香里達家族はもちろん、他のみんなも心配そうに覗き込む。「しっかりしろ!」
「も、もう駄目かもしれません。でも・・・」
「でも?」
「祐一さんがキスしてくれたら、まだ頑張れそうです」
ぽかっ×4
「えぅ・・・い、痛いですぅ」
「シャレにならん冗談はよせ!」
心臓が止まるかと思ったわ。
俺以上に特に香里の。「まったくあんたって子は!」
ぐりぐりぐり
「えぅえぅえぅ〜〜〜」
香里が栞の頭を拳で挟んでぐりぐりしている。
痛そうだが、まぁ自業自得だな。「栞ちゃん、元気そうでよかったね」
「そうだねっ」
皆もほっと胸を撫で下ろしている。
もっとも、一人さっきの冗談に動じてなかった紫苑は普通だが。こんこんっ
ドアがノックされる。
「はい、どうぞ」
頭ぐりぐりの痛みでダウンしている栞の代りに、美坂夫人が答える。
入ってきたのは、さっきも会った医師の先生だった。「美坂さん、実はお話が」
そう言って部屋の中をちらっと見渡す。
どうやら、俺達は出ていった方がよさそうだな。「じゃ、栞、香里、また後で・・・」
「あら、いいのよ。みんなはいても」
「は?」
先生の後ろからひょっこり顔を出したのは、あの後どこかに消えていた朱鷺先輩だった。
「え〜・・・、よろしいですか?美坂さん」
「構いません。香里と栞のご友人方ですから」
「では・・・、東雲先生、お願いします」
先生?
何故医者が先輩の事を先生と呼ぶんだ?「おほんっ。話って言うのは、他ならぬ栞ちゃんの病気の事なんですけど・・・」
先輩が美坂夫妻に、同時に部屋の中にいる全員に聞かせるように話し始める。
「私の知り合いの医者に、彼女の病気の治療法を見つけた人がいます」
「え・・・?」
何人かが息を飲む音が聞こえた。
俺も、どう反応すればいいのかわからなかった。「そ、それは本当なんですか!?」
イの一番に先輩に詰め寄ったのは、香里だった。
驚きで、他の誰もが言葉を発せられない。
何故なら、数ヶ月前には、治療法はないと言われていたのだ。「本当よ」
「じゃあ、栞は助かるんですか?」
少し落ち着きを取り戻したのか、静かな口調で美坂夫人が問い掛ける。
「完全な保証は出来ないわ」
先輩が敬語をやめて地に戻っている。
こういう場合の方が、真剣に話している時だ。「アメリカの大学で知り合った教授で、不治の病の治療法を研究してる人だけど、その人が栞ちゃんの病気の治療法の理論を完成させているわ。理論上では、99%の確率で治せるそうよ」
「では、保証できないというのは?」
今度は美坂氏が訊く。
不安と期待の混じった声だった。「理論は出来ている。でもまだ、実際に患者に対して使用した事はないのよ」
つまり、はじめてという事か。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しばらく沈黙が病室を支配した。
再び音を発したのは、先輩の言葉だった。「選択は任せるわ。私から言えるのは、彼は性格に多少難があっても、医者としては立派な人間だという事」
究極の選択だな。
助かるかもしれないが、失敗するかもしれない。
こればっかりは、周りに口の出せる問題じゃない。
決めるのは、本人達だ。「・・・その医師の方には?」
「さっき電話してきたわ。丁度日本にいるらしいから。患者自身と家族のOKが出るなら、すぐに来るって言ってるわ」
あの電話はそれか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
再びの沈黙。
はっきり言ってすぐに結論が出る問題でもないだろうな。
先輩もわかっているのだろう。「返事はすぐじゃなくていいわ。二三日ゆっくり考えてほしい」
そう言い残して、部屋から出て行った。
綾香です。
朱鷺姉さんに続いて紫苑姉さんも出て行きます。
流れでしょうか、私も出てしまいました。
二人は、廊下を少し行ったところにいます。朱鷺姉さんは壁にもたれかかって、手を額の辺りに当てながら上を仰いでいます。紫苑姉さんはその傍らに、私は少し離れた場所に立っていました。「・・・ねえ、紫苑。私、余計な事したと思う?」
「・・・・・」
「・・・・・」
姉さんが弱気な発言をするなんて・・・。
「正直言って自信ないのよ。あの爺さんも時々抜けてるから・・・。栞ちゃんが助かればいい人、駄目だったら私はひどいやつ」
「・・・・・」
「・・・姉さん・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・早まったかな?」
「・・・らしくない」
「およ?」
「紫苑姉さん?」
「自信を持って」
紫苑姉さんが、静かだけど、はっきりとした声で朱鷺姉さんに言います。
すごく、重みのある言葉でした。「・・・あははっ、あの時と同じ台詞かぁ、あんたには敵わないわね」
あの時?
私の知らない間に、似たような会話が成されたんでしょうか?「後は返事待ち、か」
「・・・・・ん」
「・・・・・」
栞さんが倒れた時、すぐに最良の処置が出来て、尚且つ彼女を治せる人を紹介出来る朱鷺姉さん。
その朱鷺姉さんの不安を打ち消すことの出来る紫苑姉さん。
同じ姉妹なのに、私には二人が、とても遠い様に感じられたのです。
あとがき
栞をダシにしつつ、実は東雲姉妹が中心のお話。
これは全編通じての傾向であるのだけどね。