栞です。

お昼ご飯が終わって、やっとお花見みたいになってきました。
どちらかというとピクニックみたいな感じですね。楽しいからいいですけど。
欲を言うなら、祐一さんがもっと私の事を構ってくれたらいいな、なんて思いますけど・・・。

それにしても、最近祐一さんの知り合いには綺麗な人が多い事を知って、私ちょっと焦っています。
今までは私が祐一さんの一番だなんて自惚れてましたけど、ほんとに自惚れでした。

「あははー、お弁当大好評で嬉しいですねー」

佐祐理さんって綺麗ですよね。頭もいいらしいですし。料理も上手だし。
せめてもの救いは、たぶんこの人は祐一さんに友達以上の感情を抱いてはいないだろうという事ですね。あくまで勘ですけど。

「・・・・・」

舞さんも綺麗です。
このお二人とは正面対決ではとても敵いそうにないです。

「あぅー・・・眠い」

「寝てもいいですよ」

真琴さんと美汐さん。
この二人は、ぱっと見じゃまだよくわかりませんね。美汐さんは隣りのクラスでしたか・・・。

それに名雪さんあゆさん綾香さん。

そして・・・、紫苑さん。

本人・・・紫苑さんはどうかわかりませんが、祐一さんには自覚がないみたいですけど、この二人は絶対に普通の関係じゃないです。なんて言ったらいいか・・・、一緒にいるのが当たり前、みたいな雰囲気があるんですよ。これを感じてるのは私だけじゃないはずです。
祐一さんに聞いても埒があかないですし、ここは思い切って紫苑さんに訊いてみましょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第八章 お花見だよ全員集合 夜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼が終わって午後になってもまだまだ花見の時間は続く。
むしろここからが本番だな。午前中はみんな寝てたし、飯の間は例の勝負に忙しくてのんびり花を見てる余裕がなかった。

そんなわけで、皆各々にお花見タイムへ突入している。

香里と北川は、いい加減二人だけのほのぼのムードにも飽きたのか、舞と佐祐理さんコンビも交えて四人で楽しんでいる。

「倉田先輩と川澄先輩は、大学には行かれていないんですか?」

「ええ、そうなんですよー。学費は苦しいですからね」

「あれ?倉田先輩の家って、結構お金持ちじゃなかったけか?」

「今は家出同然の身なんですよー」

ぼかっ

ちょっと込み入った事を聞いた北川を香里が小突いている。
佐祐理さん本人は気にしてなさそうだが、口は災いの元になるからな。

「・・・・・」

舞は・・・、他人との会話はあいつからは程遠いからな。俺の知り合いの中では紫苑と並んで人と会話しないやつだ。
その舞だが、何故か木の下で剣の手入れをしている。
なんかものすごく絵になるんだが・・・。

別の方では、天野と真琴が秋子さんの所にいる。
さすが天野、精神年齢が近いから秋子さんとは話が合うんだろう。そこに先輩も加わっている。

俺はというと、日ごろのしがらみから解き放たれるために一人になっていた。
そうなりたい理由は、見て見ぬ振りをしている背後の状態だ。

じっと座って花を眺めている紫苑。
そこから少し離れた場所に栞、名雪、あゆ、ついでに綾香が集まっている。
なんとなくだが何をしたいのかはわかる。まったくしつこい・・・。

「紫苑さんに聞きたい事があります」

しばらくそうしていてから、一度俺の方を一瞥して三人は紫苑の前に出る。
気になるのか、控えめに綾香も三人に続く。
紫苑に対して質問を投げかけたのは、三人を代表して栞だった。

「・・・・・」

予測でいた事だが、紫苑は声を掛けてきた面々の方に視線を向けるだけで何も言わない。

「はっきり答えてほしいよ」

「祐一君はちゃんと答えてくれないからね」

ちゃんとも何も、本当に俺と紫苑は何でもないってのに。

「さあ、答えてください」

ずずいと三人が紫苑に詰め寄る。
普通のやつ、例えば綾香だったら気圧されているであろう剣幕があった。
だが紫苑は普通の部類に入らないので、気圧されて後ずさる事はない。だから自然、三人と紫苑の距離は非常に近くなる。

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・姉さん」

無言の時間帯が続く。
たぶん周囲の喧騒も彼女達の耳には入っていないだろう。

「・・・・・」

「・・・・・えぅ・・・」

「・・・・・うぐぅ・・・」

「・・・・・うにゅ・・・」

「・・・・・」

しかし、勝負の行方は明らかだな。
いや、別に勝負なんかしちゃいないが。
無言の対決で紫苑と張り合える人間はごく少数だろう。この中では、舞、秋子さん、それに慣れてる朱鷺先輩くらいだと思う。
とにかく紫苑相手にはかけた圧力がそっくり自分に返ってくると考えた方がいい。
つまり、自分自身の剣幕に押されて負ける事になるんだな。
まさに紫苑は鏡。

「我ながらいい表現」

「な、何がですか?先輩」

「綾香、離脱してきたか」

「・・・とても姉さんとは張り合えません」

「だろうな」

普段から近くにいる綾香でさえこの有様だ。
未だ粘っているが、栞も名雪もあゆもじきに参るだろう。
しかし・・・。

「なんだってそんなに俺と紫苑の仲が気になるんだ?」

「先輩・・・」

「確かに俺は紫苑の事は好きだけど、それはLIKEであってLOVEじゃない。まぁ、これは今のところ誰に対しても言える事だな」

俺はこの場にいる全員を見渡す。
すぐ横から、綾香、名雪、栞、あゆ、紫苑、舞、佐祐理さん、香里、北川・・・はいいとして、天野、真琴、朱鷺先輩、秋子さん。みんな普通の友達以上、家族みたいに身近に感じる大切な人達。だけど、恋愛感情を抱いている相手がいるかと訊かれたら、たぶん答えられない。

「例えるなら、俺は円の中心みたいなものだ。基本的にみんな俺から等距離で、紫苑だけが近いわけじゃない」

「・・・先輩、自分じゃわからない事って、あると思うんですよ」

「・・・・・」

確かに、それはそうかもしれないが。
後ろを見ると、既に三人とも撃沈している。対する紫苑は表情一つ動かしてはいない。
紫苑が俺をどう思っているかは、俺も知らないが、不思議と知りたいと思った事はなかった。
だがそれは俺と同様、恋愛感情とは違う。

「ほんとに自覚ないのね」

「香里?」

いつの間に横に来ていたのか。北川はどうした?
舞と佐祐理さんと三人で話していた。あいつもなかなかのやり手だな。
それはさておき、俺に自覚がない?

「どういう事だよ?」

「相沢君と紫苑さんの事よ」

「おまえもかよ」

「あたしはどうでもいいけど、栞がね」

「それで、俺に何の自覚がないんだ?」

「さあ」

「ヲイ」

何が言いたいんだ。

「言うなれば・・・、空気、かしらね」

「空気?」

「相沢君と紫苑さんが一緒にいる空間が、まるでこの世界で一番安定している。そんな印象を受けるのよ」

「・・・・・」

「何よ?」

「驚いたな。香里がそんな哲学的な、むしろ理屈っぽくない話をするなんて」

「悪かったわね。ほんとに他に言葉が出てこないのよ」

意外だ。
学校一の才女が。ある意味才女ゆえの表現かもしれないけど。
だけど、世界で一番安定してるって、どういう事だ?

「あくまでそんな気がするだけど。でも、女の子って、結構そういう雰囲気を気にするものよ」

「・・・・・そういうものか」

納得できたわけではないが、だからみんな俺と紫苑の仲を気にするのか?

 

 

 

 

 

 

 

辺りが大分暗くなってきた。
空の明るさはなくなったが、逆に光でライトアップされた花で夜桜を楽しめる。
皆まだまだ楽しむつもりのようなので、晩飯の調達の必要が出来た。

「おーし、買出し行くわよ。みんな何か欲しいものある?」

先輩、こいつらにそれを訊いたら・・・。

「たいやきっ」

「肉まん!」

「・・・牛丼」

「イチゴサンデー!」

「アイスクリーム!バニラでお願いします」

わかりやすすぎる、こいつら。

「了承」

そこ、秋子さんは甘やかさないでください。
なんて俺の心の声は無視して、先輩と秋子さんは買出しに行った。

 

間違いだった。
あの二人、主に先輩だが秋子さんもしっかり了承したはずだ。
買出しを任せたのは失敗だった。

 

 

 

 

 

 

 

香里よ。

はぁ・・・、何がどうしてこうなってるのかしらね。
隣りには馬鹿酔いして暴れたのであたしが潰した北川君の死骸(死んでません)。
辺りに充満するのは間違いなくお酒の匂い。
たぶんあたし自身からもしている。

「はぁ・・・」

「どうしたの?香里。溜息なんてついて」

「・・・あんたは普通ね」

自制するつもりだったけど、あたしも周りに付き合わされてかなり飲んでしまって、頭はぼーっとするわ、焦点もいまいち定まらない。なのに目の前の友人はまったく平然としている。
名雪だってイチゴ味だとかいう結構強いのを随分飲んでいるはずよね。
しかもあたし以上に。

「何が?」

「今、何飲んでるかわかってる?」

「あ、これ、おいしいよ〜。イチゴ味なんだよ」

幸せそうね。
そう、こいつはイチゴさえあればオールオッケーの能天気娘だったわ。
しかも底なしと来たものだわ。性質の悪い。

そもそもどうしてこうなったのかしら?
あたし達は未成年なのに。

答え、そもそも保護者足るべき人間達に問題がある。
この場合、秋子さんと東雲先生ね。
密かにお酒を大量に持ち込んできたのはこの二人以外に考えられないわ。

「いいですか真琴。そもそも日本の女性たる者、常に節度を持って行動するべきであり、決してでしゃばらず、控えめにあるのが正しい姿なのです。それを事もあろうにおばさんくさいなど、相沢さんは・・・云々くどくど」

「あぅ〜あぅー、あーうー、あぅ〜♪」

天野さんはお酒が入って沢渡さんにお説教をしてるわね。
だけど当の沢渡さんは真面目に聞かずに意味不明な歌を歌っている。
しかも天野さんのはお説教の間に愚痴が混ざっているように感じるわ。

「・・・ぐす、どうせ私は暗い・・・うるうる」

「あはははははははははーーー、舞ー、飲んでますかー!」

川澄先輩と倉田先輩は泣き上戸に笑い上戸ね。これも性質が悪そう。

「うぐぅ・・・」

「・・・ぅー、気持ち悪いです」

月宮さんと綾香ちゃんはお酒は苦手みたいね。
他の連中よりはマシだわ。

この惨状の原因となった二人は・・・、論外ね。
どこにそんなにあったのか疑わしくなるくらいの量のお酒の空瓶や缶が積み上げられている。

もう一人ザルなのがいたわ。
紫苑さんも黙々と飲んでて、少しも顔色が変わってない。

「まったく・・・、栞を早めに退避させて正解だったわ」

相沢君と一緒なのがちょっと複雑だけど。

 

 

 

 

 

 

「向こうはすごい事になってるみたいですね」

「保護者が未成年者に酒勧めてどうするんだか」

逸早く異変に気付いた俺は、同じ様に早めに事態に気付いた香里に栞を任されて、少し離れた場所で夜桜を満喫している。

「でも、もうちょっと飲みたかったです」

「何?」

「酔った勢いで祐一さんに迫るというのもいいのではないかと」

「こらこら」

とんでもない事を言い出す。下手をしたら香里にどんな目に合わされるかわからんぞ。
たぶん今の段階でも栞のやつ少し酔ってるんじゃないか?

「・・・しばらくぶりですね」

「ん?」

「こうやって二人っきりでのんびりするのって」

そうかもしれないな。
東雲姉妹が来てから色々あったし。

「祐一さん・・・」

「・・・・・」

栞がじっと俺を見ている。
表情を見れば何がしたいのかはわかる。
向こうの連中はこっちに注意を払える状態じゃない。

「桜の木の下、なんてドラマみたいでいいですよね」

「・・・そうかもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合わされる唇。

求愛の口付け。

あたしのものとは違う。

あたしの知らない感情のこもった行為。

あれが、恋人同士の持つ感情なのね。
祐一が満たされているなら、それでいいわ。

はじめて会った時は、触れたら崩れてしまいそうなほど脆かった祐一。
でももう、心の傷は癒されたから。
今の祐一は、強い。

安心して見ていられる。

これからは、一緒にいる。

祐一の傍に、あたし。

あたしの傍に、祐一。

「おーい!しおーん、飲んでるー!」

朱鷺、楽しそうね。

綾香も。

あたしもたぶん、楽しい。

「・・・飲んでるわ」

願わくば、これからも楽しい日々を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき


お花見三部作完結。
さらに言えば導入編、とでも言うのだろうか?第1部というべきか、とにかくそんなんで一段落。
栞がヒロインっぽかったり、はじめて主役たる紫苑の一人称があったりと、そんな回。
次回以降は本格的に物語が始まっていく。
各キャラにスポットを当てたりしながら。
乞う御期待?