天野美汐です。
本日は日曜日ですが、私は今学校にいます。
何故休みであるのに学校にいるかといいますと、仕事だからです。
私は、生徒会で書記をやっています。
自分でもどういう風の吹き回しかは今もってよくわかりません。ですが、ここ数ヶ月で自分はたぶんそれなりに変わったのでしょう。要因となったのは、とある二人との出会い。「・・・あまり待たせるわけにもいきませんね」
「何がだい?」
独り言に質問をされて私の思考は中断する。
「・・・入るのでしたら一声かけてください」
「仕事熱心を邪魔しても悪いと思ってね。しかし、天野さんは真面目だな。その件は明日でもよかったのに」
そうですね。
でもまだ、あまり人の多いところで作業をするのは苦手ですから。
一人の時に終わらせられる事はやっておきたいです。「さてと・・・」
生徒会室に入ってきた男の方が席に付いて色々な資料に目を通されています。
この方は生徒会長。お名前は久瀬俊之さん。
生徒会に興味などなかった頃は悪い噂ばかりを聞きましたが、そもそもあの頃は他人に関心を持つ事などありませんでしたから。ですが、生徒会に入ってしばらく見ているうちに、この方にはどこか共感を覚えました。不器用・・・、というよりも、突っ張って生きている。そんな感じでしょうか?
私と似ている。そんな印象を受けたのは、はじめて会ってしばらくしてからでした。その時の事はいずれまた・・・。でも私とは違う。人との交わりを絶った私とは逆に、彼は生徒会長という立場にあって多くの人と関わってしかもそれをまとめる役をやっているのです。
それに気がついたら、いつの間にか生徒会に入っていました。「・・・・・」
「・・・・・」
二人黙々と作業をする。
ふと時計に目をやると、もうすぐ十一時でした。かれこれ一時間ちょっとになりますね。
そろそろ行かないと、真琴を待たせてしまいます。「今日は、これで失礼します」
「そうか。しかし本当に天野さんは仕事熱心で嬉しいよ。いっそ書記をやめて副会長にでもなってもらいたい」
「・・・それは遠慮します」
私には裏方の書記くらいが丁度いい。
「これから誰かと約束かな?」
「え?」
「時々時間を気にしている風だったからね」
「あ・・・」
思わず顔を背ける。
そんな風に態度に出ていた事が恥ずかしい。
こちらを見てはいない彼の表情を盗み見ると、少し寂しげな気がした。
だからでしょうか、こんな言葉、私としては意外すぎる言葉が漏れました。「・・・これからお花見ですが、ご一緒にいかがですか?」
紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜
第七章 お花見だよ全員集合 昼
俺が起きた時、周りを見渡すと起きているやつはほとんどいなかった。
何故かふてくされた顔で中央を陣取って寝ている名雪と栞。木とお互いに寄りかかって気持ちよさそうに寝ている舞と佐祐理さん。朱鷺先輩の下敷きになりかかっている綾香は寝苦しそうだ。秋子さんは起きていて、その膝の上ではあゆが寝ている。香里と北川は・・・、まぁいい。「よ、紫苑」
「・・・・・」
起き上がってまずすぐ近くにいた紫苑に対して声をかける。
紫苑は目だけで返事をした。「秋子さん、おはようございます」
「はい、おはようございます」
「今、何時くらいですか?」
「そうですね・・・、十一時ちょっとですよ」
「ども」
となると、そろそろだな。
あいつらが来れば全員が揃うから、そうしたら飯だ。「・・・うにゅ・・・おはようございまふ・・・」
「何ーっ!?この状態で名雪が一番に起きただと!?」
「・・・・・イチゴ畑だおー」
「何だ、寝ぼけてるだけか」
びっくりしたぜ。
みんな寝てる中で名雪が一番に起きるなど考え難いからな。「あの・・・先輩、助けてください・・・」
「おう、綾香おはよう」
先輩の下で綾香が悲痛な表情で目覚めていた。
気持ちよさそうな先輩を引き剥がして敷物の外まで放り出して綾香を起こす。「ふぅ・・・、助かりました。おはようございます、先輩」
「おはよう」
なんだか変だな。
みんなさっき会って朝の挨拶を済ませたはずなのに、昼近くにみんなまた朝の挨拶をする。
今日これだけの人間が集まるって思うと、ちょっと興奮して夕べはなかなか寝られなかったからな。或いはみんなもそうなのかもしれない。「・・・・・」
反対側では舞が目を覚ましていた。
佐祐理さんを起こさない様にそっとその場所を離れる。「・・・祐一、お昼まだ?」
「もう少しだ」
「そう」
挨拶もなしにまず飯の事を聞く辺り舞らしいというか。
「春〜♪」
そのうち聞き覚えのある声が近づいてきた。
どうやら来たらしいな。声の方に目をやると、真琴と美汐がいて、それにもう一人が・・・。
同じ様に気付いたのか、舞の表情も若干険しくまっている。「・・・なんであいつがいるんだよ?」
あぅ、真琴。
今日はお花見だって。
春って感じがしていいよね。あたし、春が一番好き!「春〜♪」
思わず歌い出しちゃう。
あ、祐一だ。
あぅ・・・、なんか人が一杯いるよぉ・・・。
人が一杯いるのはちょっと苦手。でも祐一、なんだかこっち見て不機嫌そう?
目が向いてる先はあたしでも美汐でもなくて、美汐が連れてきた男。
祐一の隣りにいる、いつか夜祐一を追いかけていって学校で会った女も男を睨んでる。「・・・天野さん、僕はやっぱり帰るよ。どうやら招かれざる客の様だから」
美汐に声をかけて男は帰ろうとする。
行く前に、木のところで寝てる女の人の方を見てたみたいだったけど・・・。「真琴、先に相沢さん達のところに行っていてください」
「あぅ?」
そう言って美汐は去ろうとしてる男を呼び止めた。
「会長」
「・・・なんだい?天野さん」
あたしって耳がいいから、二人の会話は聞こえてた。
「伝えたい事は、素直に口にしないと伝わらないと思います。・・・私が言える事ではありませんけど」
「ありがとう。憶えておくよ」
なんの話だろう?
だけど、なんだかすごく大事な話だって思えた。「・・・・・」
「・・・あぅ?」
誰かがあたしを見てる。
白い髪の女の人。
なんだろう?「よう真琴、ひさしぶり」
「・・・祐一、覚悟!」
「祐一、覚悟!」
そう言われて覚悟できるほど俺は人間出来ちゃいない。
「ほれ」
「あ!肉まん♪」
突進してくる真琴をかわして、代わりに隠し持っていた肉まんを真琴の目の前に差し出す。
思ったとおり、真琴はそれに飛びついていった。
相変わらずわかりやすいやつだ。「こんにちは、相沢さん」
「よ、天野。ところで、何であいつと一緒にいたんだよ?」
ちょっと責める様な口調だったかもしれないな。
だけど、以前の出来事を考えると、どうしてもあの男、久瀬の事は好きになれない。「私は、生徒会にいますから」
「天野が、生徒会?」
「書記です」
それはまた、合っているかもしれない。
けど、天野が生徒会に入るなんて思ってもみなかった。「はっきり言って、意外だな」
「自分でもそう思います。ですがそういう事を面と向かって言われるのは嫌です」
「いや悪い。率直な意見だったんだが」
「その率直な意見が時に無意識のうちに人を傷つけるものですよ」
「相変わらず歳相応じゃないというか、おばさんくさい説教だな」
「・・・そういう言葉の事を言っているのですよ」
天野は天野だな。
はじめて会った頃の心を閉ざした感じはなくなったが、基本的にこの性格は変わらない。
真琴共々、変わりないみたいでよかった。
それから残りの連中を起こして、ようやく俺達は昼飯を取る事になった。
弁当箱を前に、まずする事があるな。「これで全員揃ったわけだが、真琴と天野は大体の連中と初対面だろうから自己紹介をしよう。俺はあいざ・・・」
「知っています」
「祐一、ちょっとくどいよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「天野美汐と申します」
「あぅ・・・沢渡真琴」
人見知りする性格も相変わらずだな、真琴は。
俺に対する時の威勢はどこにいくんだか。「・・・・・」
みんなが自己紹介をしている中、紫苑が真琴の事を見ているのに気付いた。
表情は読み取れない。けどこいつなら或いは、真琴の正体もわかるのかもしれない。「・・・・・」
さてもう一人の無口さんは・・・。
びしっ
「・・・祐一、痛い」
「勝手に食い始めるな」
もう弁当を拡げている。
佐祐理さんの弁当はいつもながら気合が入っていた。前以上だな。「それでは、お昼にしましょうか」
秋子さんの一言でそのまま昼食タイムに突入する。
いくつもの重箱が並べられているが、いずれも相当に気合が篭っている。「ぱんかぱーん!」
「・・・なんですか先輩、唐突に」
また妙な事考え付いたんじゃないだろうな・・・。
「せっかくみんながお弁当を作ってきたんだし、ここは一つ誰のが一番か食べ比べるっていうのはどう?」
自分は作ってないくせに。
しかしこんなところでいきなり料理勝負を持ちかけても・・・。「あははー、望むところですよー」
やる気満々は佐祐理さん。
さすがにその表情は自信に満ちている。「私もいいですよ。修行してきましたから、自信はあります」
栞もやる気らしい。
「えっと・・・」
「もちろんあんたも参加よ」
綾香は先輩に強制的に参加させられる。
「おもしろそうですね」
秋子さんの参戦も決定。
「うん」
名雪も。
弁当を作ってきた全員が勝負の対象か。「それじゃルールを説明するわね。作ってきた人を除いた全員がそれぞれに三点づつ持っていて、それを自由に振り分ける事が出来る。出来るだけ厳正にね」
三点か・・・微妙な数字だな。
大本命に全点をつぎ込んでも決して勝敗を決するほどじゃない。
本命に二点、次点に一点という風にも出来るし、均等に一点づつ三人に振り分ける事も出来る。
なかなかやるな先輩。秋子さんがどこから出したのか、先輩と共同してみんなに紙を配っている。
弁当の作り主達の名前が書かれていた。
なんだかんだでおもしろくなってきたな。「よーし、スタート」
さて、まずはどれから行くか。
さりげなく目の前に栞と綾香、それに名雪の弁当箱が差し出されるが、あえてそれは無視して佐祐理さんのものから手をつけた。「う!」
「ど、どうしたの祐一君っ?」
「・・・花まる百二十点。俺的嫁さん点数、料理部門ダントツトップ」
「あははー、ありがとうござます」
「・・・祐一でも、佐祐理は渡さない」
とりあえず舞と、その他こちらを睨んでいる面々は無視して。
レベル明らかに上がっているよ、佐祐理さん。
他のも食べてみないとわからないけど、俺の持ち点のうち一点はほぼ確実に佐祐理さんに入るな。次は・・・無難に綾香のにしよう。
はたしてそれが無難な選択かどうかはこの際考えない事にする。「ふーむ・・・」
さすが東雲姉妹の家事全般担当。
基本的に三人とも料理は出来るんだが、やはり毎日作っている重みがある。
しかし、まぁ・・・。「腕上げたな、綾香」
「あ、ありがとうございますっ」
嬉しそうだ。
「だがちょっと一味足りない気がしないでもない」
「あ、すみません。朱鷺姉さんが外でしつこいものばかり食べるものですから、あっさりしたものを作る癖がついてて・・・」
「だがこの酢の物はなかなかいい線だ」
「はい!それは自信作です」
横から手が伸びてきて、その自信作を掻っ攫って行く。
紫苑だった。それから栞、名雪と食べていったが、まあまあといったところだ。
通常のレベルは超えているだろうが、しかし達人ではない。最後に秋子さんのだ。
やはり点数は佐祐理さんと秋子さんの一騎打ちだろうな。
だがしかし、その決着は意外な形でつきそうな気配だ。「・・・・・・・・・・秋子さん、それは何ですか?」
弁当の横には、たぶんソースか何かだろうが、オレンジの物体があった。
「ソースです」
「それはわかります」
「かけて食べるんですよ」
「・・・・・甘くないんですか?」
「はい、甘くないですよ」
確信できる。
あれは、アレだ。
まぁ、あえて使う必要はないそうだから、使わなかったけど。
さすがに秋子さんの料理は絶品だ。しかしアレの存在が脳裏から離れなくて、いまいち評価が下がりそうだ。「はーい、終了」
たっぷり一時間かけて昼食を終えると、先輩が全員から紙を回収する。
誰がどんな点数を入れたかはわからないように、紙に名前は書かれていない。「じゃ、順番に点数を入れてくわよ」
秋 佐 栞 名 綾
一 二 〇 〇 〇 (いきなり俺のだ)
〇 三 〇 〇 〇 (舞だな。たぶん)
〇 一 〇 〇 二 (紫苑っぽいな)
〇 〇 二 一 〇 (香里?結構贔屓してないか)
三 〇 〇 〇 〇 (これまた偏った。真琴かな)
一 一 〇 〇 一 (均等だな。天野か)
一 一 一 〇 〇 (これも均等だが、どうも北川みたいだ)
一 〇 〇 二 〇 (あゆか)
二 〇 〇 〇 一 (残りは先輩か)あくまで俺の予想だが、結構点数でわかるものだな。
みんな単純な。「結果発表〜!」
さて、どうなったか。
「第四位!三点で栞ちゃんと名雪ちゃんど〜て〜ん」
「残念だね」
「ちょっと敵が手強すぎました」
だろうな。
二人ともいい線だったが、相手が悪い。「第三位!四点で綾香」
「はい」
僅かに栞と名雪を上回ったな。
普段やってるやってないの違いだろう。「第二位!佐祐理ちゃん、八点!」
「あははー、ありがとうございます」
さすがだ。
一気に点数が倍になった。「そして堂々の第一位は!秋子さん、九点!」
「あらあら」
やはり秋子さんか。
しかも、俺や香里、あゆはアレを警戒して点数を控えての事だから、やはり年季の違いだな。
だが佐祐理さんも惜しかった。いい勝負だったよ。こうして、ちょっと白熱した昼は終わった。
随分盛り上がった、こういうところは先輩の長所なんだよな。
あとがき
美汐と久瀬。
どう?意外な組み合わせ。
はたしてそこにロマンスはあるのか!?微妙。
次回、お花見三部作(なんだそりゃ?)最終章。
それが終わるとちょっと真面目な話もあるかも・・・。