あゆあゆじゃないもん。

って、そんな事はどうでもいいんだった。祐一君がそうやって呼ぶから病院にいた頃は看護婦さん達から愛称みたいに呼ばれちゃったんだよね。まったく祐一君は!一部の人の間じゃ定着しちゃったんだよ。あゆあゆじゃないのに・・・。

とにかく、ボクは今散歩の途中。
リハビリのために毎日散歩してて、最近では結構楽になってきたよ。この話は前にもしたよね。
さすがに長い距離はまだきついよ。
でも、今日はちょっと冒険して、久しぶりに商店街まで行ってみよう。
リハビリ中は誰かと一緒に行った事はあったけど、一人で行くのは本当に久しぶりだよ。たいやきあるといいなぁ。春になったけど、この辺りはまだまだ寒いから、きっとあるよね。

「いざ、たいやき求めて、れっつご−だよっ」

そうと決まれば膳は急げで・・・。

「わっ・・・」

道路に残ってた雪で滑って・・・って状況説明してる間に地面が迫ってくるよー。

う、うぐぅ・・・。

ぱしっ

「うぐ?」

助かった・・・転ばなくてすんだよ。
手を取ってくれた人に感謝しなくちゃ。

あ・・・。

「・・・・・」

「紫苑さん・・・」
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第五章 散歩中の遭遇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

う、うぐぅ・・・。
えっと、何か話さないと間が持たないけど・・・。

「う、うぐぅ・・・?」

「・・・・・」

うぐぅ!何言ってんだよボク!
これじゃただの変な子だよ・・・。

あ、そ、そうだ!とにかくさっきのお礼しなくちゃ。

「あの・・・、さっきはありがとうございました」

「・・・・・ん」

紫苑さんが小さく頷いた・・・様に見えた。
祐一君が言ってたけど、ほんとに喋らない人なんだね。なんでだろ?

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・うぐぅ」

やっぱり駄目だよ。
会話は続かないし、間も持たないし・・・そもそも会話が出来てないし・・・。

 

結局・・・、お礼以外一言も話さないで商店街に来ちゃったよ。
それに、やっぱりちょっと疲れたなぁ・・・。

「・・・・・」

「あれ、紫苑さん?」

急に違う方向に歩き出して、どうしたんだろ?
ベンチに座っちゃった。

「・・・・・」

うぐぅ、こっち見てる。
ボクにも座れって事かな?もしかして、ボクの体の事考えてくれたの?知ってるのかな、ボクの事・・・?

誘われるままにボクは紫苑さんの隣に腰を下ろした。

「ふぅ・・・」

一息ついてから横を見てみる。
紫苑さんはじっと前を見ていて、ボクの位置からだと横顔しか見えないけど。

綺麗な人だなぁ

ボクの周り、って言うか祐一君の周りって、結構綺麗な人一杯いるけど、その人達と比べても全然見劣りしないって言うか、むしろ他の誰よりも綺麗な気がするよ。
そういえば祐一君って、周りに美人の人がいてもあまり気にしてない感じがあるけど、それって、身近にこんなに綺麗な人がいたからなのかな?

なんて考えてると、紫苑さんの手が目に入った。
右手・・・、怪我してるのかな?ちょっと赤くなってる。

どうしよう?聞くべきかな?それとも何も言わない方がいいのかな?
うーん・・・。

「あ・・・、たいやき屋さん」

それが目に入ったからボクの考えは止まった。
お金はあるから・・・。

「紫苑さん、ちょっと待っててね」

そう言い残してボクは屋台に向かう。

「おじさん、たいやき五個ちょうだい」

「ん?おお、いつかの食い逃げ少女だねぇ」

「うぐぅ、食い逃げじゃないよ。ちゃんとお金払ったよ・・・」

「ははは、冗談だよ。五つだな。ちょっと待ってろ」

「うんっ」

おじさんはすぐにたいやき五個用意してくれて、ボクはお金を払ってそれを受け取った。

「ありがとう!」

「毎度あり!まだ当分やってるから、また来てくれよ!」

「うんっ、絶対来るよ!」

ボクはたいやきの入った袋を持ってベンチに戻る。

「はい、紫苑さん」

袋から一個取り出して紫苑さんに差し出す。

「・・・・・」

紫苑さんはちょっとボクとたいやきを交互に見てから、それを受け取ってくれた。
ボクも一個取り出して食べ始めると、紫苑さんもたいやきを口に運んだ。

「あむ、あむ・・・、やっぱりたいやきは焼き立てが一番だよねっ」

「・・・・・はむ・・・」

たいやきにかぶり付きながら、紫苑さんが肯定してくれた・・・様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐一、放課後だよ」

「ほー、俺はてっきり放課後かと思っていたよ」

「だから、放課後だよ」

「違うだろ。今は放課後だ」

「うん、そうだよ。だから放課後」

「だから放課後だと言ってるだろう」

「放課後なんだよ、当たり前でしょ」

「しかし放課後だからな」

「うん、放課後だね」

「あんた達いつまでやってるのよ」

香里がつっこんでくれたお陰で無限ループが止まった。
ほとんどの連中が無視している中、律儀なやつだ。貴重な存在と言わざるを得ないな。

「それでね祐一、わたしは今日部活だから」

「そうか。なら先に帰ってるぞ」

「うん、そうして」

「じゃ、また明日な」

「嫌でも家で会うよ・・・」

「そのネタももうやったでしょ。あたしも部活だから、じゃあね」

「おう、また後でな、香里」

「・・・あたしとは明日にならないと会わないでしょうが」

進級しても相変わらずのやり取りを終えて、それぞれに教室を出る。
昇降口へ向かう道すがら、栞と綾香と出会い、一緒に途中まで帰る事になった。
さらに校門までの間に朱鷺先輩までが一緒になる。

「・・・待て、先生はまだ仕事があるんじゃないのか?」

「硬い事言わないでよ、祐一ちゃん」

「ちゃんと仕事してくださいよ」

「もー、授業が終わったんだから先生なんて他人行儀な呼び方しないで、いつもみたいに、朱鷺って呼んで♪」

「まだ校内ですから」

冗談じゃない。こんなところで親しげにしたら周りの男子からどんな目に遭うかわかったもんじゃない。もっとも、先輩の方からくっついてくるんじゃどうしようもないんだが。

「祐一さんと先生、仲がおよろしいですね」

栞はジト目で睨んでくるし。
綾香もちょっと不機嫌っぽい。
美女に囲まれて幸せな風景なのかもしれないが、俺はどうもそっち方面の感覚は薄い。
昔から横にいたやつといえば基本的に基準以上のやつが多かったから感覚が麻痺してるんだろうか?こんな台詞絶対みんなの前で言うべきじゃないな。

「祐一君っ」

「あん?」

今の声は、あゆか?

ぽふっ

「おっと・・・」

「えへへ、ちゃんと受け止めてくれたね」

「・・・いや・・・」

威力、小さいな・・・。
あの頃はもっと豪快で、避けないと命に関わりそうな危機感があったんだが。

「あゆ、早く元気になれよ」

「うぐぅ?」

「おまえのタックルをかわす楽しみがないといまいちな・・・」

「うぐぅ!ひどいよっ!」

やれやれ、こんな時に憎まれ口しか叩けないんだよな、俺は。本音を言ったら照れくさいじゃないか。ましてや栞とか綾香もいるんだし。それに誰より先輩が・・・。この人にだけは弱みを握られるわけにはいかない。

「ところであゆ、一人か?」

「ううん、途中で紫苑さんと会ったんだよ」

「紫苑と?」

顔を上げると、確かに校門のところに紫苑がいる。
途中という事は、どっちも散歩途中に会ったんだな。

「よ、紫苑」

「・・・・・」

俺の挨拶に目だけで返してくる。いつもの事なのでそれで問題ない。

「ん?紫苑、おまえ怪我してないか?」

「えっ!?」

声は後ろからあがった。今のは綾香だな。随分と驚いてたけど。

俺に指摘された紫苑は右手を顔の高さに持っていって傷を見た。
少し血が滲み出ていた傷口を舐めている。

「ほらほら、そんなおざなりな」

先輩がその手を取って傷口を改める。

「ま、確かに唾付けとけば治りそうだけど、せっかくここは学校で保健室があるんだから、手当てしましょ」

そう言って紫苑を促して校舎へ向かう。

「あ、私は紫苑を保健室に連れて行くから、みんなは気をつけて帰るのよん♪」

「あ、姉さん、私も・・・」

「いいから。せっかくだから祐一ちゃんや栞ちゃんと遊んでらっしゃい」

「・・・・・はい」

綾香のやつ、随分紫苑の事心配してるな。
でも、俺が見えた範囲でも大した怪我じゃないのはわかった。
心配するほどじゃないと思う。

「・・・・・」

綾香はまだ心配そうに二人を見送っているが。

この時俺は、どうして綾香がそんな表情をしているのかわからなかった。
あいつは、紫苑は隠し事をする様なやつじゃないんだが、むしろ朱鷺先輩もろとも、あまりに自然な態度だから裏にあるものを読み取れない。

だから、俺が紫苑を取り巻く闇を知るのは、もう少し先の事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

「んー、いい湯だった」

俺は全員のうちで一番最後に風呂に入って出てきたところだ。
リビングに行くと既に名雪とあゆの姿はなく、代わりに秋子さんがいた。

「あ、祐一さん。丁度いいところに来てくれました」

「なんすか?秋子さん」

まさかジャムの実験台になってくれなんて言われないよな・・・。

「実はですね、ちょっと行った所に、とても桜の綺麗な公園があるんですよ」

「ほほう、それは初耳ですね」

まだまだこの辺りに知らないスポットはたくさんある様だ。
俺はこれでも結構洞察力はあると思う。だからこれだけで秋子さんの考えはわかった。

「花見ですね」

「ええ。せっかくですから、みんなで行こうかと。今年は祐一さんがいて、大勢で賑やかにしたいんですよ」

「なるほど、いいですねぇ」

「そこで、祐一さんのお知り合いも呼んでほしいんです」

「知り合いって、どのくらいです?」

「呼べるだけです」

相当賑やかにしたいみたいだな、秋子さんは。
ま、いいか。丁度いい機会だから俺の知り合い同士の交流会というのも悪くない。

・・・・・修羅場にならない様に祈りたいな。

「日にちはいつですか?」

「今度の日曜日でどうでしょう」

「場所は?」

俺は秋子さんから場所の説明を受けてから、メンバー集めをする事にした。
名雪やあゆが既に二階に上がったとはいえ、実際にはまだ九時前だ。皆まだ起きているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

綾香です。

今日、紫苑姉さんが怪我をしていました。
気にするなって、姉さん達は言いますけど、やっぱり気になってしまいます。
だって、もしかしてまた・・・。

トゥルルルルルルルルル

「あ、電話・・・」

「はいはーい」

朱鷺姉さんが出ました。

 

 

 

 

 

「もしもし?朱鷺先輩か?」

『あら祐一ちゃん。よく家の電話わかったわね』

「昨日来た時に綾香が秋子さんに教えていったんだよ」

そういう事はあんたがするべきじゃないのか?

『そっかそっかぁ。あ、ちょっち待ってね、今紫苑と代わるから』

「ああ・・・・・って、え?」

紫苑に代わるって、おい。

『・・・・・』

電話の向こうに気配がある。だが言葉はない。

「・・・紫苑、か?」

『・・・・・』

肯定・・・してるんだろうな、たぶん。
ていうか意味ないだろ、これ。

「もういい紫苑、先輩か綾香に代わってくれ。いや出切れば綾香がいい、むしろ綾香に代われ」

夜になってまで先輩に掻き回されるのはごめんだ。

『・・・・・はい、お電話代わりました。先輩ですか?』

「ああ。おまえがいてくれてよかった」

『そのお気持ちはわかります』

「おまえも大変だな」

『いえ・・・。それで、どうなさったんですか?』

そうだな。二人して悩んでも仕方のない事だ。
それよりも用件だな。

「あのな、今度の日曜、暇か?」

『え?』

「実はな、秋子さんが花見を計画してるんだ。それで、俺に一通り知り合いを集めてきてくれってさ」

『お花見ですか。いいですね』

「だから、綾香達も来ないか?」

『よろしいのですか?でしたら是非行かせていただきます・・・あ、ねえさ・・・』

ん?なんだ?

『もしもし祐一ちゃん』

先輩か。

「何だ?」

『花見の場所ってどこ?』

「ああ、それは・・・」

俺は先輩に、さっき秋子さんから聞いた場所を教えた。

『ふーん、で、何人くらい来るの?』

「それ訊いてどうするんだ?」

『いや何、紫苑が早めに行って場所取るって言うからさ』

「紫苑が?」

『そ。あの子そういうのとくいなのよ』

「そういうのって?」

『ああ、気にしない気にしない。で、何人くらい来るの?』

そうだな・・・。
俺、秋子さん、名雪、あゆ、香里、栞、北川・・・。
それから呼ぶとすれば、真琴と天野、舞と佐祐理さん、それに朱鷺先輩達で・・・。

「十四人だな、とりあえず。プラスマイナスはあるかもしれない」

『わかったわ。じゃ、そゆことで、もっぺん綾香に代わるわよ。じゃ・ね♪』

「おう・・・」

『・・・もしもし先輩』

「綾香か、まだ何か聞く事あるか?」

『えっと・・・、お弁当、作っていってもいいですよね?』

「大歓迎だ。ただ、量は押さえてくれ、たぶん他にも作ってくる人がいるだろうし、約一名標準を上回る量を作るやつがいるから」

『わかりました。では、楽しみにしています』

「ああ。なんかまだ訊きたい事あったら明日学校でな」

『はい』

「じゃ、おやすみ」

『おやすみなさい、先輩』

さてと、東雲三姉妹が確保、と。
他にも電話しとくか。果たして何人来るかな?

結局全員からオッケーの返事をもらったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

ようやく次回からは残りのヒロイン達の登場を予定。
春の定番行事お花見スペシャル〜。