秋子です。

突然ですが、私は今お紅茶を淹れています。
理由は、来客中だからです。ちょっと意外なお客様だったので、私とした事が驚いてしまいました。

「紅茶にジャムをお入れになります?」

「丁重にお断りします」

残念です。
みなさん口には出しませんが、このジャムは不評なんですよね。今来客中の彼女だけは面と向かって断りますけどね。

「いつ帰ってらしたんですか?戻ってくるなら連絡くらいくださればいいのに」

「ちょぉっと脅かしたい子が一人いたもんで、つい」

「祐一さん、ですか」

「彼、立ち直ったみたいですね」

「まだ完全にではないみたいですけど」

「何事も第一歩が大事、そう思いませんか?」

「ええ、そうですね」

その通りです。
祐一さんはもう昔とは違う。強い男の子ですから。本人が思っている以上に。

「しばらくこちらにいるんですか?」

「へ?・・・ああ!すっかり言い忘れてたぁ!実はですねぇ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第三章 超絶天才破天荒教師?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

百花屋を出た俺達は、何故か次に水瀬家に行く事になった。
他に特にいく当てもなく、一番集まりやすい家はどこかという事になって水瀬家に決まったのだ。まぁ、家主の秋子さんは一秒で了承だからな。

「・・・あたしとしてはあまり気乗りはしないんだけど・・・」

香里は以前にあのジャムを食べた記憶があるからな。しかもさっきまで大量のパフェをみんなで食べているのを目の当たりにしていたわけで、そんな直後にあのジャムが出てこようものなら気分もよくないだろう。

一同の先頭で歩いているのは俺だ。
隣りにはあゆ。これは仕方ない。あゆはまだ長い距離は自力で歩くのは辛いから、支えが必要だからな。俺の腕に捕まっている。本人は役得みたいな顔をしていて、名雪と栞がちょっと不機嫌そうだが、こればっかりは何も言わない。

「ごめんね、祐一君」

「あほう。そういう時は言葉が違うだろ」

「うん、ありがとう」

「気にするな」

恋愛対象かどうかは別として、あゆは俺にとって大切な女の子だ。
もちろんそれは名雪や栞も同じだけど・・・。
俺は、誰かに恋愛感情を持っているだろうか?

「どうしたの?祐一」

「ん・・・、別に」

名雪の好意は、これだけ身近にいるのだからさすがにわかる。七年前の告白の事もあるし。

「だからですね綾香さん。私だっていずれはお姉ちゃんの様に、こう、大きくなるんですよ」

「なるほど・・・。私も姉さんみたいに大きくなるでしょうか?」

栞とは互いに支えあってる存在だよな。
だけど、栞が俺に対して抱いている気持ちと俺の気持ちって、どうも違う気がする。
結局俺は、まだ愛とか恋とかを知らないんだろうな。

ま、いいか。

最後尾には北川と香里が並んで歩いている。
あの二人、結局のところどうなんだろうか?少なくとも付き合っている様には見えない。だが香里も満更じゃなさそうだし、北川の気持ちは明らかだよな。

「あ、祐一君、家だよ」

「そうだな」

「あれ?車が止まってる。それにあの車どこかで見たような・・・」

「うわぁ、外車ですよ。左ハンドルですよ」

「あ、この車・・・」

なんかみんな車に興味津々の様だが。
俺はさして興味もないので一足先に家の中に入る。

思えばここで少しでも車に興味を持った方がこの後の危機回避に繋がったかもしれない。

「ただいま」

「おかえりなさい、祐一ちゃん♪」

「ぐは・・・、何故ここに・・・?」

いきなり三つ指突付いて出迎えないでくれ先輩。
そう、何故か玄関にいたのは、朱鷺先輩だった。

「何故って、後で家に行くって言ったじゃないの」

「いやだから、なんで先輩が秋子さんの家を知っている?」

「あ、やっぱり朱鷺姉さんでした」

「おう妹よ。学校初日はどうだった?」

「楽しかったですよ。お友達も出来ましたし、その・・・祐一先輩とも会えましたし」

「とにかく、色々訊きたい事もあるし、とりあえずそこ退いてくれ先輩」

「どして?」

「後がつかえてる」

水瀬家の玄関は三人もが入れるほど広くはないのだ。

 

 

 

先輩を退かして、全員家に上がって現在はリビングに全員が集まっている。

「また紹介しなくちゃな・・・。こちらは東雲朱鷺さんだ」

「よろしく少年少女諸君」

なんだか先輩は偉そうだ。
実際年上で教師なんだから、偉いんだな。俺達よりも。

「ちなみに、お誕生日は?」

「四月二十日、牡牛座のO型よ。他に質問は?」

「是非、スリーサイズを・・・」

どかっ

北川、撃沈。

「・・・愚かな」

「聞く?スリーサイズ」

「結構です」

怖いぞ、香里。
まぁ、北川の馬鹿は放っておいて、本題に入ろう。といっても話すべき事が多すぎて何から話せばいいのやら・・・。

「ゆっくり話していきましょう、祐一さん」

秋子さんが全員にお茶を配っていく。
確かにその通りだが、俺の思考を読まれたか。

「はい」

「何だ?あゆあゆ」

「あゆあゆじゃないよっ。質問です。朱鷺さんはどういう人なの?」

「そうだな、それから話すのが妥当か」

名雪と香里もこれはまず訊いておきたいだろう。なんせこの人、俺達と一つしか違わないのに教師だもんな。考えてみたら朱鷺先輩って舞や佐祐理さんと同い年か、

「朱鷺先輩と俺が会ったのは俺が中学に入学してからだ。既に先輩はアメリカの大学を卒業していて、日本の中学には趣味で通っていたらしい」

「中学で大学!?」

「え?え?え?よくわからないよ」

「つまりね。小学校時代にあまりに勉強がつまんなくて、いっそと思って親の反対押し切って単身渡米して、大学を卒業してきたのよ」

さらりと言うな朱鷺先輩。
それがどれだけすごい事かいまいちこいつらには実感がわかないだろうな。俺だってわかない。

「とにもかくにも、先輩はいわゆる天才ってやつだな。しかも超がつく」

「いやぁ、照れるねぇ」

「じゃ、今度はこっちから質問だ先輩」

「何かな?」

「何で日本の高校教師なんだ?ケンブリッジとかハーバードとかから誘いが来てるとか言って一年前に海外に行ったはずだろ?」

「ケンブリッジやハーバードから誘い!?」

驚いてるな香里。
さすがに学年トップ。そのすごさが理解できる様だ。

「あー、あれならつまんないからやめたわ。教師にはずっとなりたかったんだけど、さすがに年下に教えられるってのは生徒としても変な気分だろうし、高校卒業する歳になるまで待ってたのよ。たまたまその間に向こうから呼ばれただけで」

だからさらりとすごい事を口にするなよ。
ほんとに、十九才の教師なんて前代未聞じゃいないか?それとも俺の知らないところには結構いるのか?この人があまりにも当たり前の様に自分の事を話すから時々自分の感覚の方がおかしいんじゃにかって思うんだよな。
こういうところは先輩のいいところであり悪いところだ。自分が天才だからって変に気取ったりしない、だけどそれを普通の感覚として持っているから周囲とのズレが生じる。

「それじゃ、もう一つ質問だ」

「うむうむ、何でも訊いてちょうだい」

「何で秋子さんの家を知ってたんだ?」

「核心ね」

そうか?

「それはまぁ、話せば長くなるんだけどね。しかも複雑な事情があってね。祐一ちゃんにも決して無関係ではない」

「もったいぶらないで早く話せ」

「ところで祐一ちゃん」

「ん?」

「学校では先生に敬語使わなきゃ駄目だぞ」

だぁー、んなこたわかってるよ。
まったくいつも肝心なところで話をはぐらかすんだよ、この人は。

「じゃ、話すよ。複雑だから一言一句聞き逃さないこと」

なんだそりゃ?
そんな事を先輩が言うものだからみんな真剣になって聞き入ってるじゃないか。また妙な前振りを・・・。

「これは私も後になって知ったんだけど、実は私達姉妹の叔父、つまり父さんの弟が水瀬史郎って言ってね、これが実は秋子さんの旦那さんで、名雪ちゃんのお父さんに当たって、つまり私達姉妹と名雪ちゃんはいとこ同士で、だけれど祐一ちゃんとはいとこ同士じゃない。で、そんな血縁関係があるから東雲家と水瀬家には交流があり、実は私が渡米する際に手助けしてもらったのが秋子さんだったりするのよ。だから知り合いなわけ」

一気にまくし立てる先輩。
名雪、あゆ、栞は既にパニックになっている。
わざとややこしく言いやがったな。しかし、東雲姉妹が名雪のいとこだって?

「先輩、それ、マジ?」

「もち。本気と書いてマジよ」

意外な新事実だ。
てことは、先輩は俺の事を知ってたのか?

「先輩・・・」

「後になって知ったって言ったでしょ。だから、紫苑と祐一ちゃんが出会ったのは、偶然。或いは紫苑に言わせれば必然なのかもしれないけど、それは私の知るところじゃないわ。とにかく、君の事が気になってちょっと調べたら秋子さんに行き着いたっってわけ。なんとなく運命的ではあるわよね」

そんなものか?
さっきから疑問ばかりが浮かんでくるな。
たぶん、いや確実にこの人の所為だ。

「え?わたしと先生達がいとこ?え???」

やっと硬直状態から立ち直ったと思ったら、まだ名雪は混乱している。
こいつは自分の親族の事も知らんのか。俺も知らんけど。

「そうなのよ。だから学校以外では私の事、朱鷺お姉ちゃんって呼んでいいわよ♪」

「は、はぁ・・・うにゅ?」

駄目だありゃ。
あゆなんか完全にさっきのでショートしてるし。栞はなんとか立ち直ったな。

「驚いちゃいました、まさか綾香さんの家と名雪さんの家にそんな関係が」

「私もはじめて知りました」

綾香もか。
先輩この時のために温存しておいたな、このネタ。

「よしっ、今日はせっかくだから、みんな仲良くなろう会と称して飲もうか!」

どこから出したのか先輩の手にはブランデー。
ってちょっと待て。

「俺達は未成年だ、先輩」

「へ?」

考える事数秒。
たぶん俺が言った時点で気付いているのだろうが、わざと時間をとってもったいぶるのはこの人の趣味だ。

「あ、そうか。この前までイギリスにいたから気が付かなかったわ。日本は二十歳からだっけ」

なんでイギリス?
いやケンブリッジ大学にいたんだろうってのはわかるが、どうしてイギリスだといいんだ?

「イギリスは十六才から飲酒可なのよ」

あ、そうか。

「アメリカなんか二十一からよ。だからケンブリッジかハーバードかって聞かれたらケンブリッジよね」

そんな安易な。
しかし先輩が酒好きとははじめて知ったな。当たり前か。先輩だって未成年なんだから。

「ノンアルコールのシャンパンならありますよ」

何故ですか、秋子さん。
用意周到?いやしかし・・・、この家は色々あるんだな。

「ちょっと待って秋子さん。それ、市販もの?」

「はい。残念ながら」

「そう」

秋子さんは台所に向かっていった。
市販ものって、何で先輩はそんな事を訊いたんだ?

「秋子さんが普通とは変わったものを出す時は注意よ。甘くないジャムはもちろん、他にもね」

「まだあるのか!?」

ジャムだけかと思ってたが・・・。

「手作りは秋子さんの趣味だけど、時々思いがけないものを使って実験するのよ。その結果のいい例があのジャム。その様子だと、祐一ちゃんも体験済みのようね」

「まぁな・・・」

そうか、あれ以外にもある可能性があるのか。
これから気をつけなきゃな。
名雪や香里に目配せをすると、ちゃんと聞いていたのだろう、頷いている。あゆは残念ながら俺の目配せに気付かなかった様だ。いざという時はこいつをスケープゴートにする事になるか。

それから、ようやく目覚めた北川も加えて、総勢九人による乾杯が成されて、夕方まで騒いでいた。

 

 

 

 

 

「なんだかすっかり長居しちゃいましたね。秋子さん、私達はそろそろ帰ります。考えてみたらまだ引越し荷物の整理終わってないし」

「それは朱鷺姉さんだけです」

最初に席を立ったのは先輩だった。
綾香を促して玄関に向かう。一応こういう辺りは大人なのか?

「あたし達もそろそろ帰る?」

「え?せっかくだから香里達は夕ご飯も食べていきなよ。いいよね、お母さん」

「了承」

相変わらず一秒だな。

「朱鷺さん達もどうですか?」

「ご好意はありがたいんですけど、家にはもう一人お腹空かしてるのがいますし」

「そうですか。いつでもいらしてくれて結構ですよ」

「じゃ、そのうち来ますね。さ、行きましょか、綾香」

「はい」

「外まで送るよ」

俺は二人に続いて玄関に向かった。
リビングではあゆと北川が騒いでいる。途中から気付いていたが、あのシャンパン少しだけどアルコール入ってるな。まったく秋子さんは・・・。

「あれ?」

外に出ると、車にもたれかかる様にして紫苑が立っていた。

「おまえ、いたなら入ってくればいいだろ」

「散歩でもしてたんでしょ」

朱鷺先輩が車の鍵を開けると、俺の方は一瞥しただけで紫苑はさっさと後部座席に乗り込んでしまった。相変わらず何考えてんだかわからんやつだ。なのに不思議と二人だけの時には気持ちが通じ合ってる様な気になるんだよな。変な関係だよな、俺と紫苑って。

「それでは祐一先輩、失礼します」

「ああ、また明日な」

「学校でお会いできますでしょうか?」

「そうだな。昼はたぶん学食だから、それに栞も一緒だろうし」

「それは嬉しいです。ではその時に」

「おう」

「じゃあね、祐一ちゃん。また明日♪」

「はいはい」

先輩と綾香も車に乗り込む。
エンジンをかけるとすぐに発進していった。
遠ざかっていく車の窓から、先輩と綾香が手を振っている。そして、後ろの窓の中から、あいつの視線を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

そして第三回。
長女朱鷺が主役の回ですな。強烈な個性で、今のところオリキャラで一番目立ってる?
オリキャラ三姉妹のプロフィール、人物設定にアップしたので、興味のある方はどうぞ。