東雲紫苑。

俺が前に住んでいた町で出会った三姉妹の次女。

血管が透けて見えるほどの白い肌、銀髪に近い真っ白な髪、そして真っ赤な瞳のアルビノ。

そのまま景色に溶け込んでしまいそうなほど儚い雰囲気。

赤い瞳はどこか虚ろで、本当に見えているのか不思議になる。

口が利けないわけでもないのに、彼女が言葉を発したところを俺は数えるほどしか知らない。

はじめて会った時、俺は彼女が嫌いだった・・・。

 

「・・・・・紫苑・・・」

桜の木の下に立っているのは、間違いなく紫苑だ。
よほどの事がないかぎり彼女を見間違える事はないと自信を持って言える。
空気の様な希薄な存在感なのに、俺の中では常に存在している。

「・・・・・」

どこか虚ろで、見えているのかもわからない瞳で見詰めながら、無言で俺に近づいてくる。

今の俺は、端から見たらどんな顔をしているのだろう?

紫苑と向き合うと、いつもそんな風に客観的になっている自分がいる。
その一方で、完全に二人だけの世界に入っている自分もいた。

「し・・・」

「・・・ん・・・」

名前を呼ぼうとした俺の口が塞がれた。

静かに歩み寄った紫苑は、そっと俺の顔を引き寄せて・・・・・口付けをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第二章 キスで大パニック!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栞です。

今日から新学期。私は二年生に進級できて嬉しいです。
ちょっと前までは、進級できるなんて思ってなかったから、本当に夢みたい。

これで今度こそ、お姉ちゃんと、祐一さんと一緒に学校に通えます。
友達も出来たし。

転校生の東雲綾香さん。
とっても礼儀正しくて、性格もよくて、いいお友達になれそうです。
どうやら祐一さんと知り合いらしいですね。これに関しては、彼女かわいいからちょっと心配です。どういう関係なのか、後でしっかり訊いておく必要がありますね。

あ、でも差し出がましいですね。
私は別に祐一さんの恋人でもなんでもないのに。それにライバルなら他にたくさんいますし。
だけど、祐一さんを想う気持ちは誰にも負けませんよ。

「あ、祐一さん」

いました。校門のところです。
あれ?一緒にいる女の人は・・・・・。

「「「あーーーっ!!!」」」

き、き、き、キスをしましたーっ!!

 

 

 

 

 

 

 

綾香です。

今日から新学期。新しい学校で二年生スタートです。
朱鷺姉さんのお陰で、憧れの祐一先輩と同じ高校に通える事になって嬉しいです。
最初はちょっと緊張しましたけど、早くもお友達を作れました。

美坂栞さん。
ご病気を抱えてらっしゃるらしくて、一年生の頃はほとんど学校に来られなかったそうです。お気の毒です。だけど今は学校には通えるそうで、一緒に楽しい学校生活が送れそうです。
でも、まさか最初にお友達になった方が祐一先輩のお知り合いとは驚きました。
もしかしたらお二人は・・・。

あれは、祐一先輩と・・・、紫苑姉さん?来ていらしたのですね。
あ、紫苑姉さん、祐一先輩に口付けを・・・。

「「「あーーーっ!!!」」」

きゃっ・・・
な、何でしょう?突然栞さんが大声をお上げになりました。
びっくりしました。

隣りを見ると、何やらショックを受けていらっしゃるご様子です。
やっぱりこの方は、祐一先輩の事を・・・。
かく言う私も、胸の辺りでむらむらとするものが・・・・・。

あら?そういえば今、栞さんの声に重なって他にも声が聞こえましたような。

 

 

 

 

 

 

あゆだよ。

春って暖かくていいよね。
でも、たいやきがあまり売ってないのは残念だなぁ。

「ふぅ、ちょっと休憩」

それにしても、ちょっと歩くだけでも結構大変だよ。
やっぱり七年間も寝てると体ってなまっちゃうものなんだね。これでも回復は早い方で、お医者さんは驚いてるんだよね。ボクとしては、早く元気に走ったりしたいよ。
あ、もちろん食い逃げをしようとかじゃないからねっ!
前に祐一君にそう言われてからかわれたんだよ。
うぐぅ、ひどいよね。

あれ?そういえばここって祐一君の学校だ。
無意識のうちにこんなところ歩いてるなんて、ボクって単純・・・。
やっぱり祐一君が。

あ、祐一君・・・って・・・。

「「「あーーーっ!!!」」」

な、な、な、何で!?どうして知らない祐一君がキスと女の子して・・・うぐぅ・・・!?

 

 

 

 

 

 

名雪だよ。

三年生になっても祐一と同じクラスになれて嬉しいな。
今年はわたし達受験生で大変だけどね。でも、ふぁいとっ、だよ。

それにしても、担任の東雲先生と祐一って、どんな知り合いなんだろう?
う〜、気になるよ〜。だって一つしか年上じゃないんだよ。祐一、確か前の三年生に綺麗な女の人の知り合いがいたし。

「はぁ・・・」

「何よ、新学期早々溜息なんてつかないでよね」

「・・・香里はいいよね」

「何がよ?」

「強敵いないから」

「は?」

北川君はそれなりにモテるけど、どちらかというと普通の女の子ばっかりで、祐一みたいに美人さんばっかりじゃないもん。その上香里はすっごい美人だし、しかも両思いだもんね。

それにしても、わたしって未練がましいよねぇ・・・。
一度フラれてるのに。でも、やっぱりわたし祐一が・・・。

あ、祐一・・・と、女の人?白い髪の毛・・・、ちょっと不思議な・・・って・・・!

「「「あーーーっ!!!」」」

ゆ、祐一が女の子とキスしてる!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて・・・。
状況を整理してみよう。
ここは百花屋だ。みんなで集まって、まぁ祝いと言ってもこの街に他に行くべき場所もないのでいつも場所だ。メンバーは俺、北川で男は二人だけかよ。後は女性陣、名雪、香里、栞、何故かあゆ、綾香、それに紫苑だ。

それはいい。
問題なのはこの場を支配している空気だ。妙にピリピリしている。
ま、原因がわからないほど俺は鈍感ではない、と思いたい。

たぶんさっきの、紫苑との再会の場面を見られたんだろう。

名雪、栞、あゆ、北川の視線が痛い。

「ていうか北川、何故おまえまで?」

「よくもぬけぬけと。貴様いずれ全人類の半分を敵にまわすぞ」

「あのな・・・」

ようするに妬ましいのか。
多少は優越感を感じない事もないが、それどころじゃないな。
とにかく、状況を収めよう。

「とりあえず、新しいメンバーもいるみたいだし、自己紹介からはじめない?」

香里、感謝するぜ。

「よし。俺は・・・」

「あなたの事はみんな知ってるでしょ」

「・・・・・」

そうだった。
俺が自己紹介をする意義はない。
墓穴を掘ったか・・・。

「あたしは美坂香里、栞の姉よ」

「はじめまして、東雲綾香と申します」

「東雲って・・・」

「東雲朱鷺は、私の姉です」

「そう。確かにちょっと雰囲気が似てるわね」

「初対面の方はそう仰います。でも、しばらくすると全然違うと思うようになられますよ」

あの口振りからすると、まだ駄目っぽいな。
いわゆる、偉大な姉の下にいる辛さというやつだ。
綾香はよくも悪くも、普通の子なんだよな・・・。

「えっと・・・、この人は・・・、ほら姉さん、ご挨拶・・・」

「・・・・・」

紫苑は黙ったまま、名雪、栞、あゆの視線を受け止めている。
いや、受け流していると表現した方が的確かな。

「・・・・・」

「・・・もう。すみません、もう一人の姉で東雲紫苑です。どうにも無口で・・・」

「気にしないで。よろしく、紫苑さん」

「・・・・・ん」

ほんの僅かだけど、紫苑が香里に対して返事をする。
同じ無口でも、こんなに見てて印象が違うものか。舞とは全然違うんだよな。こいつのは、照れとか、喋るのが苦手とかそういうのじゃない。必要でない限り口を開かない。それが当たり前なのだという思いを抱かせる。

「ほら、あんた達も自己紹介しなさい」

「うん。水瀬名雪です。よろしく」

「美坂栞です。よろしくお願いします」

「月宮あゆだよ。よろしく」

棘があるなぁ。
隣りにいる綾香にも飛び火してそうだな。

「それで、さっそくなんですけど」

来たな、栞。

「「「祐一(くん、さん)と紫苑さんのご関係は?」」」

俺の呼び方以外の部分は完全にはもってやがった。
こいつらがこんなに強気なのは珍しいな。やっぱり目の前で、一応世間一般でいうところのキスを見せられればそうなるか。

「あー、一つ言っておくが、俺と紫苑はおまえらが思ってる様な関係じゃない」

「え?そうだったんですか?」

「・・・あのな綾香。なんでおまえからそういう質問が飛ぶ?」

「す、すみません」

いや、そんなに畏まらなくても。
しかし、これだけではみんな引き下がらないか。

「じゃあ、さっきのき・・・、キスは何なんですか?」

「そうだよっ」

「はっきり答えてもらうよ祐一。さもないと、今晩は紅生姜だよ。丼一杯の紅生姜にさらに紅生姜を乗せて、さらにその上からお母さんの甘くないジャムを乗せて出してあげるよ」

「わかったわかった」

そこまでする事はないだろう・・・。

「なんと言うか・・・、こいつのは違うんだよ。儀式みたいなものかな?いつもの事なんだ」

「いつも?祐一と紫苑さんはいつもキスしてるの!?」

「そ、そんな・・・。軽々しくキスをする仲なんて・・・」

「うぐぅ、祐一君・・・」

「だから・・・」

「・・・・・もう、しない」

「「え?」」

今、紫苑が喋ったのか?
綾香も驚いている。
七年の付き合いだが、こいつはすごい時は半年くらいしゃべらない。家族相手でさえだ。

「もう、必要ない」

それだけ言って紫苑は立ち上がって、百花屋を出て行った。
何が必要ないのやら。あいつが喋っても、自分の言うべき事を言っただけで終わるからな。はっきり言って会話をした事などない。会話というやつは双方の意思の疎通が出来てはじめて成り立つものだろう。そういう意味ではあいつは自分の意図を相手に伝える段階すらクリアしていない。言う事だけを言ってまた黙る。それで終わりだ。

「えっと・・・」

「?」

「うぐぅ?」

三人とも困惑している様だ。
それに自分が悪いのかと感じている様子でもある。

「気にするな。あいつはいつもあんな感じだ」

「そう、なの?」

「よくわからないですけど・・・」

「うぐぅ」

「すみません。紫苑姉さんは本当にいつもあんな感じで。でも、誤解は受けますけど、根はいい人です。それだけは保証します」

綾香が必死に弁明している。
そりゃ、いきなり姉が嫌われたりしたら居心地が悪いし、いい気分じゃないだろう。
それに、このまま空気が重いんじゃせっかくの祝いが台無しになる。

ここはぱーっといこう。

「店員さん!ジャンボミックスパフェデラックスだ!この人数なら今度こそ食い切れるだろ」

「おい相沢、なんだそれは?」

「栞の好物だ」

「い、いつの間にそういう事になったんですか?」

「食べたくないのか?」

「い、いえ。食べたいです。今度こそ負けません」

「わたしはイチゴサンデーがいいんだけど・・・」

「ミックスパフェだ。イチゴも入ってるだろ」

「ならいいや」

「ボクも食べたい」

「あ、先輩、私も甘いものは好きです」

「やれやれ、あたしは遠慮するわよ」

よし、場が明るくなった。
これでいいさ。紫苑の事はこれからも少し気がかりだが、なんとかなるだろ。

こうして、新たなメンバーを加えて、俺達の新学期は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

第二回目。
メインヒロインたる紫苑の紹介と、一章と合わせてプロローグの完結といったところ。
ちなみに、紫苑とこのHPの看板娘千冬の容姿は似ているが、性格はまったく違う別人である。どうでもいい事ですな。