カチッ
『あさ〜あさだよ〜、朝ごはん食べて学校行くよ〜』
「・・・・・」
『あさ〜あさだよ〜、あさご・・・』
カチッ
「何故休みに起きなきゃならん」
やかましい目覚ましを止めて、再び俺は眠りにつく。
こういう時はむしろのこの余計に眠気を誘う万年爆睡娘の声による目覚ましも役に立つものだな。子守唄代わりになって寝直す事が出来る。「じゃ、お休み・・・」
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・がばっ
「・・・今日は何日だ?」
慌ててカレンダーに目をやる。
今日の記しがあるのは・・・。「十日・・・?」
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・この時俺は、あと一分でも早く事態に気付くべきだった。
ジリリリリリリリリリリリリッ
ガガガガガガガガガガガガッ
コッコーコッコーコッコー
ピピピピピピピピピピピッ
オキローオキローオキロー
グッモーニーン古今東西ありとあらゆる目覚ましが揃っているんじゃないかと思えるほどの数のそれが一斉に響き渡る。
発信源は言うまでもなく、隣りでおそらく尚も爆睡中の俺のいとこの部屋だ。「・・・しまった・・・、今日から新学期だった」
紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜
第一章 東雲三姉妹来たる
「おはようございます、秋子さん」
「おはようございます、祐一さん」
いつもの通り、と言ってもしばらくぶりだったので結構苦戦したが、名雪を起こして俺は下の階に降りる。当然のことながら既に秋子さんは起きており、テーブルには朝食の用意がされていた。
「そしてそこには、一足先に起きていたらしいうぐぅの姿もあった」
「うぐぅ、口に出して説明した上に、うぐぅじゃないもん」
「日本語が変だぞ、あゆあゆ」
「あゆあゆじゃないってば・・・」
連日同じやり取りをしているとさすがのこいつも飽きるのか。いつもはもっと果敢に挑んでくるのに。
ちなみにこいつ、月宮あゆは俺の幼馴染だが、ある事情により過去七年間ずっと眠り続けていた。はっきり言って眠り姫なんてがらじゃないと思うんだがな。「・・・・・」
「うぐぅ、どうしたの祐一君?ボクの顔に何かついてる?」
「・・・ジャムがついてるぞ」
「え?嘘、どこ?」
「嘘だ」
「うぐぅ、祐一君意地悪だよ」
文句を言うあゆを無視して俺は席につく。
実際にはどうしてあゆの顔を見てたかって、そんな事恥ずかしくて面と向かって言えるかよ。
こうやって、当たり前のようにあゆと笑い合える日常が訪れたのが嬉しい、なんてよ・・・。「うにゅ・・・、おはようございます〜」
「おはよう、名雪」
「名雪さんおはよう」
「やっと来たか」
制服に着替えた名雪が降りてきた。
まだ眠そうだな。「いちごじゃむ・・・」
開いているのかわからないほどの糸目のまま席につき、トーストにイチゴジャムを塗っていく。
ほんとに見えているのだろうか?
しかしジャムは的確にトーストに満遍なく塗られていく。
こいつのこれはほんとに神秘だな。「さて・・・、俺は先に行くぞ」
「行ってらっしゃいだおー」
「あれ?先に行っちゃっていいの、祐一君」
あゆの疑問はもっとも。
俺と名雪は毎朝一緒に登校しているのだから。「子供じゃあるまいし、たまには別々でもいいだろ」
そう言い残して俺は家を出た。
「さすがに少しは暖かくなってきたな。まだまだだが・・・」
遅めの桜。
これでも今年は早い方だそうだ。
ここがどれだけ寒い地域かわかるってものだ。
雪は大分少なくなってきている。「・・・・・」
来たばかりと違って、もうそんなに雪が嫌でもなくなった。
今の俺は、あの七年前の事をほとんど思い出しているから。
けれどそれが、逆に俺を悩ませる要因となっているのかもしれない。
思い出した分だけ、俺の情けなさが曝け出される。水瀬名雪。
俺のいとこ。
七年前に告白されて、俺はそれを踏みにじった。
しかも再会した時にはその事を忘れていたときたもんだ。それでも彼女は笑いかけてくれていた。
俺って最低だな・・・。沢渡真琴。
かつて俺が拾って育てて、そして捨てた狐。
束の間の人の姿で俺に会いに来ていた。だけどその時間はどんどん残り少なくなっている。
一度出て行った後は、天野の家にいるみたいだ。
俺は、あいつに気付いてやれなかった。川澄舞。
過去に縛られた先輩。
原因を作ったのは俺かもしれない。彼女の事にも、気付いてあげられなかった。
でも彼女はまだよかった。佐祐理さんという存在がいたから、もう過去に囚われる事もないだろう。
無責任だな、俺は。そして月宮あゆ。
俺が過去を封印する要因となった少女。
今はもう眠りから目覚めている。だけど、七年も寝たままだった体がすぐに元通りになるはずもなく、この街で再会した、あのあゆの様に元気に走り回る姿を見る事は出来ない。未だにリハビリを続けているけれど、その姿を見るのは痛ましい。「・・・はぁ」
考えれば考えるほど自分が情けない存在である事が露見していく。
現実と向き合うのに七年も掛かって、未だに責任を果たせない。
彼女達の近くにいるのは、正直辛い。「祐一さん」
「・・・・・よう」
だから、俺は彼女の傍にいる事に安らぎを感じる。
身勝手で、逃げだけど、俺の過去と接点のない彼女と一緒にいるのは気が楽だ。
その相手に言わせれば、俺の方が彼女の支えだと言うけれど、俺にとっては逆もまた叱りだった。「栞」
「どうしたんですか?新学期早々浮かない顔してますね」
「そうか?」
「はい」
「そんな事はないさ。俺は元気だ。少なくともおまえのその胸以上にはな」
「そんな事言う人、嫌いです」
美坂栞。
この街に来て出会った少女。
最初は余命いくばくもないと言われていたが、ぎりぎりで延命法が見付かって、こうして学校へ通う事も出来る様になった。けれど完治したわけではなく、治療法が見付からない限り、いつまた危険な状態になるかはわからない。
死と隣り合わせで生きる少女。そんな彼女に甘えている俺は、本当に情けない。
周りが思っているほど、俺は立派な人間じゃないだろう。「・・・やっぱり浮かない顔してます」
「だとしたらそれは、進級する事が原因だな」
「なんでですか?私は特別に試験を受けて二年生になれた事が嬉しいですけど」
「それはね栞、あたし達が三年生になるからよ」
「あ、お姉ちゃん」
「よっす、香里」
「おはよう。今日は早いのね・・・って、遅刻の原因は今日は一緒じゃないか」
挨拶の次に持ち出すのがその話題かよ。
ほんとに俺と名雪のコンビって遅刻未遂の常習犯だよな。「それより、早く行かないと、せっかく間に合う時間に出たのに遅刻するわよ」
「そうだな」
「それじゃあ、三人で行きましょう」
で、結局俺、栞、香里の三人で学校まで行った。
「相沢君、何組?」
「一組だった」
「あら寄寓ね。あたしも一組よ。ついでに名雪もね」
「ほう、てことは北川が揃えば美坂グループ再編成か?」
「彼なら四組よ」
「あ、そ」
しかしちゃっかり調べている辺り、この二人は満更でもないんじゃなかろうか?
「何か変な事考えてない?相沢君」
「いや、別に」
ほどなく栞も戻ってきた。
三年と二年だとクラスわけの発表場所が少し離れている。「ちゃんと二年生のところに名前がありました」
「当たり前でしょ」
本来栞は出席日数が足りていないので留年のはずだったが、特例として試験に通ったら進級という事になった。そして姉の香里のしごきのお陰か、見事試験に通過して、晴れて二年生に進級できたのだ。
それから栞と別れ、ひとまず教室へやってきた。
「すぐに始業式ね」
「そうだな」
どどどどどどどどどどっ
「ん?」
廊下を走る足音と、クラスメート達のざわめきが聞こえる。
どうやら、あいつが来たみたいだな」「せ・・・、セーフだよ〜」
「おはよう、名雪」
「あ、香里〜、おはよ〜。祐一いる?」
「ここにいるわよ」
香里が俺を指差す。
名雪はものすごい形相、といっても少しも怖くはないが、で俺に迫る。「ひどいよ祐一。先に行っちゃうなんて」
「気にするな」
「するよ〜」
拗ねている。
それくらいで拗ねるなよ。「全速力で走ってたら車と競争しちゃったよ」
おいおい。
「なんか新任の教師さんだったんだって。就任早々遅刻はやばいって、大急ぎで車走らせてたみたい」
「急いでたのによくそこまで事情を知ってるな」
「並んで走ってたんだよ」
「・・・・・」
?
今なんかものすごい事を聞いた様な気がしないでもないが・・・。
いや、やめよう。問い質すのは怖い。
香里も同意権の様だ。「よう諸君、元気か?」
声に振り向くと、北川だった。
「おう北川。おまえ四組だろ」
「つれない事言うなよ。一緒に始業式行こうぜ。もう始まるからよ」
「そうね」
「よし、名雪も早くしろ」
「わっ、待ってよ〜」
まったく、始業式ほど退屈なものも珍しいぜ。
でも、これで初日は授業なしだからある意味いいけどな。「おーい、相沢」
「なんだ?北川」
体育館を出て教室へ戻るところで北川がまた声を掛けてきた。
「今日はHRで授業終わりだろ。その後暇か?」
「暇と言えば暇であり、暇でないと言えば暇でない」
「わかった。暇だな」
勝手に決めるな。
まぁ、こういう言い回しをして実際俺が暇じゃなかった事はないが。
事実暇だし。「そしたらよ、美坂グループで進級祝いしようぜ」
「進級祝い?」
「俺達も受験生だろ。のんびり遊べる時間も少なくなるだろうしよ、暇な時にはみんなで集まろうぜ」
「ちなみにメンバーは?」
「もちろん、俺、おまえ、美坂、水瀬、栞ちゃん、プラスアルファだ」
「なんだそのプラスアルファってのは?」
「他に誘いたいやつがいれば各自に誘って来いって事だ。ぱーっと行こうぜ」
ぱーっとね・・・。
ま、いっか。「了解」
「よし。それじゃHRの後、校門でな」
「おう」
北川は走り去った。
そうか、みんなでぱーっとね・・・。
俺は別に呼ぶ奴もいないか。
HRだけとはいえ、かったるい。
そういえば名雪が、今朝会った新任の教師がこのクラスの担任とか言ってたな。
しかも美人だったとか
北川も気の毒な奴だ。ざわざわざわ
クラスの男子が騒ぎ出した。
どうやら担任が来たらしいな。
どれ、俺も顔くらいは覚えておくか・・・・・?「ちゃーお、生徒諸君。元気してるかしら?」
『おおぉ・・・』
「それじゃ、まずは自己紹介をしましょうか」
かきかきかき
『東雲朱鷺』
「さて、ここで問題です。私の名前はなんと読むでしょう?制限時間三秒、いち・・に・・さ・・・」
がたっ
「“しののめとき”先輩!なんであんたがここにいる!?」
俺は思わず席を蹴って立ち上がり、大声でそう訊いていた。
隣りの教室まで聞こえたかな?
そんな事より、クラスメート達の視線が俺に集中している。皆目で同じ質問をしている。知り合い?と・・・。
「まぁ、積もる話は後にして、とりあえず祐一ちゃん、“先生”」
「は?」
「だから、ここでは私の事は、“先生”って呼んでね。朱鷺ちゃん先生とか呼んでいいわよん♪」
「・・・遠慮します、東雲先生」
相変わらずだな、この人は。
会うのは随分久しぶりだったな。今まで何してたんだ?というか何でこの人がこんなところに?いやそれよりも気になるのは・・・。「ねぇ、祐一」
俺の思考はそこで断たれた。
名雪がクラスを代表して俺に疑問をぶつけてきた。「ああ、そうだ。俺の知り合いの人だ」
「ふーん、若いね〜」
「そりゃそうだ。俺達と一つしか違わないんだから」
「って、それで教師なの?」
「おい相沢!東雲先生の誕生日は!?」
「血液型は!?」
「趣味は!?」
「スリーサイズは!?」
「知らん知らん!!俺が知ってるのは、あの人が超のつく天才で俺が知り合った中一の時にはもうアメリカで大学を卒業してたって事だけだ!」
まったくどいつもこいつも。
本人がすぐそこにいるんだから直接聞けよ。
そもそもまだHR中じゃないのか?
先生は・・・。「代わりに紹介してくれてありがとね、祐一ちゃん」
楽しんでるし・・・。
そうだった、こういう人だった。
先行き不安・・・。
キーンコーンカーンコーン
それでもなんとか普通にHRが終わって早くも下校時間だ。
「名雪、香里、先校門行ってるぞ」
二人とも一応部室に顔を出すとか言ってたからしばらく掛かるだろう。
俺は二人にそう言い残して、また男子どもに囲まれないうちに先生を追った。「朱鷺先輩」
「ん?なぁに、祐一ちゃん」
俺はあえて慣れ親しんだ呼び方をした。
向こうも俺の意図がわかったのか、何も注意してこない。訊きたい事は山ほどあるけど、とりあえず・・・。
「・・・あいつも、来てるんですか?」
「ええ、来てるわよ。たぶん家だけど」
先輩はすぐに答えてくれた。
そうか・・・、あいつが・・・。「ありがとうございます」
「気にしない気にしない。それより、後で家にお邪魔するからねぇ」
「あ、はい・・・・・・へ?」
家って・・・。
いないし・・・。
まったく唐突な、そもそも家の場所知ってるのか?あの人は。
「おろ?」
東雲先生と別れて校門へ向かうべく廊下を歩いていると、見知った顔が見えた。
「よっ」
「「あ」」
「祐一さん」「祐一先輩」
「「え?」」
二人の少女が互いに見合って驚いた顔をしている。
「こらこら、人の名前を呼んでおいて勝手に固まるな」
「え、えっと・・・綾香さんは祐一さんを知ってるんですか?」
「なるほど、栞さんの仰っていた先輩って、祐一先輩の事だったんですね」
「だから、勝手に話を進めるな。まぁ、事情は大体わかるが」
そうか、二人はクラスメートか。
紹介する前に友達になってくれてよかった。この子は東雲綾香。
名前の通り、朱鷺先輩の妹で俺の一つ下、つまり栞と同い年だ。「先輩、もしかして朱鷺姉さんにお会いになりました?」
「ああ、担任だ。まさか高校教師になっているとは思わなかったよ」
「前からなりたかったみたいなんです」
「あのぉ・・・、私にはよく事情が飲み込めないんですけど・・・」
栞が遠慮がちに訊いてくる。
まぁ、当然だろう。「後で説明するよ。今日はみんなで集まるんだろ」
「わかりました。綾香さんも誘ったんですけど、いいですよね?」
「そりゃ問題ないだろ。他のみんなにも紹介出来るし」
「ではその時に。私達これからちょっと用事がありますので」
「おう。先に校門のところにいるぞ」
「はい」
「それでは先輩、失礼します」
二人が礼をして廊下を歩いていく。
まぁ、当然というか、やっぱり綾香も転校してきたんだな。
先輩がいた時点で予測は出来ていたが。それにしても、先輩が奔放なのに対して、綾香は相変わらず礼儀正しいよな。
「さてと、行くか」
俺は校門を目指す。
春になってもこの街はまだ寒いな。
でも外で待っていられるだけマシになった方か。しかしまさか東雲姉妹がこっちに来るとはな。
あいつも。「・・・・・ん」
風が・・・。
「あ・・・」
「・・・・・」
花びらが舞い散る桜の木の下に、
あの頃と同じ表情で、
俺をじっと見詰めて、
彼女は立っていた。
「・・・・・紫苑・・・」
あとがき
人がやっている事は自分もやりたくなる。
というわけで、オリジナルキャラ登場のKanonSSを新連載開始です。
第一回の今回は初回スペシャルで少し長めになった。
このSSの目標は、限りなく原作のイメージに近づける事。
・・・どうだろ?
結構この作品には力入れるから、呼んでいただけると嬉しいです。
よろしく。