Kanon Fantasia

第二部

 

 

第23話 魔都浮上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「・・・・・・」

みさき 「・・・・・・」

美凪 「・・・・・・」

栞 「・・・・・・」

誰も口を開かない。
重苦しい空気が、部屋の中も外も満たしていた。

莢迦 「話はこれでお終い。何か補足ほしいかな?」

いつものような軽い口調。
けれども、誰よりも思い空気を背負っているのは、莢迦自身だった。

あゆ 「そんな・・・・・・」

一方で、あゆは明かされた事実に茫然と立ち尽くす。

あゆ 「そ、そんな話・・・突然されたって困るよっ」

莢迦 「当然じゃない。困らせてるんだから」

あゆ 「・・・っ」

莢迦 「あの事件は、不幸な偶然が重なって、一番悪い結果になった悲劇。でも、あえて誰が悪かったかを追求すれば、私だったかもしれない」

最初に神奈が天界に連れ戻された時、見て見ぬ振りをしていた。
止められたはずの時、何もせずにただ見ていた。

莢迦 「私が何かしていれば、もう少しいい結果になったかもしれないんだよね。別に責任感じるほど私は殊勝な人間じゃないけどさ、やっぱり、幽も顔に出さないけどそれなりにショック受けてたわけだし、あの時のこと で幽が恨まれるのは、正直嫌なんだよね」

あゆ 「・・・・・・」

莢迦 「この話聞いて、あなたが幽に対する敵討ちをやめてくれたらな〜、とか思ってるんだけど」

あゆ 「そんなこと・・・言ったって・・・」

莢迦 「うん、結局手を下したのは幽だからね。どんな理由があれ、巧と流を殺したのは千人斬りの幽。その事実は変わらない。だから・・・・・・殺したければ殺せばいい。さっきも言ったように、今が最初で最後のチャンスかもしれないよ」

眠っている人間を殺すなど簡単なことだった。
莢迦は動かない。
重傷の栞や美凪では、あゆを止める力はない。
けれど今を逃せば、万全の幽や、栞や、美凪を相手に、あゆ一人で勝つことは不可能だった。
千載一遇の好機は、今しかなかった。

あゆ 「・・・・・・・・・」

震える手で、あゆは杖、セントクルスを振り上げる。
先端にこめられた魔力が、刃を形作っている。
このまま振り下ろせば、幽を殺すことができた。

栞 「・・・・・・」

美凪 「・・・・・・」

栞と美凪が身構える。
扉の外にいるみさきも、いざとなれば飛び出すつもりでいた。

みさき 「・・・・・・」

祐一 「・・・・・・」

莢迦 「・・・・・・」

そのまま、時が流れた。
緊張の瞬間は、永遠に感じられるほど長いもののようだった。
やがて、あゆの手が静かに、力なく下ろされる。

あゆ 「・・・できない・・・」

莢迦 「そう」

あゆ 「さっきの話を聞いたからじゃない・・・。幽は憎いけれど、でも、幽を殺したら、今度は別の人が悲しむんだ・・・その人が、ボクを憎むんだよ・・・。誰かを憎むのは、悲しいことだって、お父さんとお母さん言ってたもん・・・」

莢迦 「うん、そういう人達だったよね」

あゆ 「っ!」

踵を返したあゆは、弾くように扉を開けて駆け出していった。

祐一 「あゆ!」

飛び出してきたあゆに驚いた祐一は、すぐにその後を追っていく。

莢迦 「・・・はぁ」

栞 「・・・莢迦さん、もしあゆさんが本当に幽さんを殺そうとしたら、どうするつもりだったんですか?」

莢迦 「ああ・・・」

椅子から立ち上がった莢迦は、幽が寝ているベッドの傍らまで歩いていく。
栞達が一瞬殺気を感じたかと思うと、莢迦は逆手に持って抜き放った刀をベッドの上に突き立てた。

栞 「な・・・!?」

慌てて駆け寄る栞だったが、刀は幽の体に達してはいなかった。
間違いなく幽の上に落とされたはずの刀が、何故か外れているのだ。

栞 「避けた・・・? まさか・・・」

莢迦 「幽の体は、長年の戦いで敵の気配や殺気に対して敏感だからね。寝てたって簡単に殺せるものじゃないよ」

栞 「・・・じゃあ、さっきのは嘘ですか?」

莢迦 「そんなことないよ。今が幽を殺す唯一無二のチャンスに変わりはない。でも、あの子に幽は殺せないのは、わかってたからね。巧と流の、あの馬鹿みたいにお人好しだった夫婦の子供だからね」

美凪 「・・・・・・」

みさき 「いたたたた・・・・・・」

莢迦 「みさき、何してるの?」

みさき 「急に扉開くんだもん。ぶつけたよ〜」

莢迦 「とろいね〜」

みさき 「う〜、ひどいよ莢迦ちゃん」

莢迦 「あっはは・・・・・・ありがと」

気を使われているのはすぐにわかった。
ぶつけたのは本当だろうが、実際にはかわせたはずだろう。
みさきには、莢迦の辛い気持ちがわかっていた。

みさき 「莢迦ちゃん・・・」

莢迦 「何も言わなくていいよ。悪いのは全部私で、一番辛いのは、幽なんだから」

美凪 「・・・莢迦さんは、わりと嘘が下手です」

莢迦 「うるさい、あんたは寝なさい。みさき、その馬鹿連れて部屋に戻る」

みさき 「はーい」

ふらふらの美凪を支えながら、みさきが部屋から出ていく。

莢迦 「栞ちゃん」

栞 「はい?」

莢迦 「こいつが“小娘”って呼ぶのは、神奈ちゃん以外ではあなたがはじめてだよ」

栞 「・・・・・・」

莢迦 「幽の傍にいるくせに幽に食って掛かる子もね♪」

栞 「それって褒めてるんですか?」

莢迦 「さぁ?」

複雑な気持ちで栞は幽の寝顔を覗き見る。
寝ていても無愛想な顔である。
今の話を本人に聞いてみたところで、絶対に答えなど返ってこないであろう。
けれど、少しだけ、幽の心に触れたような気がした。

栞 「幽さん・・・」

莢迦 「・・・栞ちゃん」

栞 「え・・・?」

抜いたままだった莢迦の刀が、栞の首筋につけられている。
殺気はない。

莢迦 「一つだけ言っておくね。幽に恋し、幽に恋される子は、全員私の敵だよ。美凪も、みさきも、神奈ちゃんも・・・みんな私は好きだけど、敵でもある。あなたもね」

栞 「・・・私も一つだけ言っておきますけど・・・・・・私はこんな乱暴で横暴で無愛想でいい加減でがさつで口が悪くて滅茶苦茶で女たらしな人のことなんて、これっぽっちも好きじゃありませんからね」

莢迦 「そう」

その言葉をどこまで間に受けているのか、笑いながら莢迦は刀を納めた。
憮然とした表情をする栞に手を振りながら、莢迦は部屋から出て行った。

栞 「はぁ・・・・・・本当に、好きになんか・・・なりませんよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋から飛び出していったあゆは、誰もいない屋上で泣いていた。

祐一 「あゆ・・・」

あゆ 「・・・祐一君・・・」

目許を拭って、あゆが振り返る。

あゆ 「聞いてたんだ」

祐一 「偶然な。・・・どうするんだ?」

あゆ 「そんなの・・・わかんないよ」

いつも明るく笑っているあゆの顔が、暗く沈みこむ。

あゆ 「今更・・・幽を許せるとは思えないんだ。でも・・・お父さんとお母さんの友達だった人を、完全には憎みきれないよ。どうしたら・・・いいのかな?」

祐一 「・・・悪いけど、俺にはわからん」

あゆ 「だよね。ごめん、変なこと聞いて」

他人の相談に乗れるほど、祐一の方も余裕はなかった。
自分の悩みで、手一杯だった。

祐一 「とりあえず、言いたいことがあったら全部言っちまったらどうだ? 少しはすっきりするだろうし、泣きたかったら泣けばいい」

あゆ 「・・・うん」

あゆの手が、祐一の服を掴む。
そのまま体を寄せて、胸の中に顔を埋めた。

あゆ 「ごめん・・・少し、泣いていいかな」

祐一 「ああ」

 

ひとしきり泣いてから、あゆは手を離した。

あゆ 「えへへ、少しだけすっきりしたよ」

祐一 「そうか」

あゆ 「今はまだ、どうすればいいのかわからないけど・・・・・・ゆっくり考えてみるよ」

祐一 「・・・あゆは強いな」

あゆ 「そ、そんなことないよ」

ガクンッ

あゆ 「うぐぅ!?」

祐一 「な・・・!?」

突然床が大きく揺れた。
いや、床だけでなく、大地全てが激しく揺れ始める。

祐一 「地震? しかもでかい!」

あゆ 「う、うぐぅ〜、祐一く〜ん」

祐一 「何だ、うぐぅ。地震は苦手か?」

あゆ 「こんなに大きいんだよっ、へーこーかんかくが狂うよっ、それとうぐぅじゃないよっ」

祐一 「なら、収まるまで掴まってろ」

地震はかなり長く、十数分も揺れが続いた。
この時、まだ祐一達はことの重大さに気付いていなかったが、この地震は、大陸全土に及んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荒れ果てた大地。
揺れの震源地となっているその場所に、まったく異質なものが現れようとしていた。
無数の巨大な建造物が、大地から生えてきていた。

レギス 「・・・いよいよ、我ら魔族が全てを支配する時代が到来する」

眼下に広がるもの、それは都市だった。
遠めに見れば普通の都市と変わらないが、よくよく見れば、その巨大さが常軌を逸していることに気付くだろう。
中央にあるもっとも高い建造物の頂上は、雲を突き破っていた。

レギス 「集え、魔族の精鋭達。これより、魔都浮上計画は最終段階に入る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さくら 「と、いうわけで・・・これがボクの使い魔が持ってきた最新情報だよ」

一同 『・・・・・・・・・・・・』

沈黙。
そして一人の勇気ある者が手を挙げて質問をする。

音夢 「あの〜、さくらさん? これは一体・・・?」

さくら 「うにゃ?」

さくらの小さい体がくるっと振り返って映し出されている映像を見入る。

さくら 「・・・・・・」

画面に映っているのは、数年前に流行った劇団による時代劇公演の記録映像だった。

さくら 「・・・うにゃ〜」

くるっと再びさくらの体が前を向く。

さくら 「てへへ、ソーリー、ごめんごめん、間違い、ミステイクだったよ。本物はこっち」

改めて別の映像を映し出す。
空から地上を映したものなのだろうが、大地一面が黒い建造物に覆われていた。
段々とそれがズームアップしていくにつれて、建造物の巨大さがわかっていく。

一同 『・・・・・・・・・・・・』

先ほどとは別の意味で、皆の間に沈黙が下りる。
あまりの突拍子のなさに、これも何かのフィクションかと思ってしまう。
しかし、事実は時として創作よりも驚くべきものだった。
創作とは所詮、人の作り出したものだが、事実の中には人智を越えたものが存在するがゆえに、そうしたことが起こりうる。
この巨大都市は、まさにその類である。

祐一 「一応聞きたいんだが・・・これは、何だ?」

莢迦 「魔界の都市だね」

祐一 「魔界?」

莢迦 「他に考えられないね。この規模の建造物が地上で作れるはずがない。連中何をやってるのかと思えば、こんなことの準備をしてたんだね。合点がいったよ」

祐一 「準備って・・・」

莢迦 「さくら、この都市を地図の上に重ねてみせてくれる?」

さくら 「オーケー、お姉ちゃん」

画面が切り替わって大陸の地図が映し出される。
ちなみにこの映像機器は、古代遺跡から発掘したものをさくらが魔法技術と掛け合わせて復元したものだった。
皆見るのははじめてだったが、そんな技術よりも、見せられた映像の方がはるかに衝撃的である。

さくら 「こんな感じだね」

莢迦 「やっぱり」

祐一 「何がやっぱりなんだ?」

莢迦 「ほら、円形の都市の一角に、エントレアス山が食い込んでる」

夏海 「そこだけじゃないわ。他にも円周上の何箇所かで、似たような作業をしていたわ。内容まではわからなかったけど」

音夢 「つまり、どういうことなんですか?」

莢迦 「魔門だよ」

祐一 「魔門?」

はじめて聞く単語だった。
一部の者はそれだけで全てを理解しているようだが、もちろん理解できていない者もいた。

莢迦 「魔界と地上を繋ぐ穴・・・・・・それもこれは、とびっきり大きいやつだね」

夏海 「魔獣の召喚なんていうのは、準備の上での副産物に過ぎなかったのね」

莢迦 「グランザムもガナッツォも、魔族にとってはおまけ。まぁ、ゼファーはそれを別の形で活かしたけどね」

祐一 「あれが、おまけかよ・・・」

どちらの魔獣も、人間レベルから考えれば桁外れの化け物だった。
それが副産物に過ぎないのなら、この巨大都市にはどれほど強力な存在がいるというのか。

莢迦 「ふむ・・・・・・一つ提案」

祐一 「?」

莢迦 「あそこ、覗きに行こう」

祐一 「はぁ?」

莢迦 「偵察を兼ねた奇襲。向こうはこっちに怪我人が大量にいるのを知ってるから、すぐに攻めてくるとは思ってないはず。あの規模だし、態勢が整うまではこっちが動かないと思うのが普通だろうね。その裏をかいて、少数精鋭で攻め込んで、様子見をする」

カタリナ 「また無茶を仰います」

万全の状態で、魔族数体を相手に戦力の半分を無力化されたばかりだというのに、その本拠地へ僅か数人で乗り込もうと言うのだ。
無謀という言葉が似つかわしい。

カタリナ 「それに、倉田さんの呪いのこともあります」

祐一 「そうだ。そっちをまず優先するべきだろ」

莢迦 「そっちは君と夏海の二人もいれば十分でしょ」

祐一 「は?」

莢迦 「こっちは・・・そうだね。私と、あゆちゃんと、音夢ちゃんの三人がいいかな」

あゆ 「ぼ、ボク?」

音夢 「私ですか!?」

指名された二人は寝耳に水だった。

祐一 「何でその三人・・・?」

莢迦 「現状無傷で、単体での戦闘力も高く、何より足が速い。たぶんスピードではトップ3だからね。奇襲や偵察にはもってこいだよ」

カタリナ 「もう二三人いた方がよくありませんか?」

莢迦 「ううん、カタリナとさくらにはここに残ってもらいたいし。かえって三人だけの方が動きやすい。大丈夫、無茶はしないよ」

祐一 「おまえが言うと信用に欠けるんだよな・・・」

莢迦 「まぁまぁ。それと、折原君達はどうする? そっちはこっちに属してるわけじゃないから、好きにやっていいんだけど」

浩平 「最初からそのつもりさ。けど、こっちも改めて対策練らないとならないからな」

莢迦 「じゃあさ、ちょっとだけみさきに私のおつかいを頼んでもいいかな?」

浩平 「どうする、みさきさん?」

みさき 「うん、いいよ」

莢迦 「じゃ、そういうことで、膳は急げで、おのおの行動開始、っと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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