Kanon Fantasia

第二部

 

 

第24話 選択肢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーガイアを出て、それぞれの目的地を目指す。
莢迦、あゆ、音夢の三人は魔都へ向かい、祐一と夏海の親子は解呪のアイテムがあるというセフィナの森へと向かう。

祐一 「・・・・・・」

思えば、この二人だけで行動するというのははじめてだった。
少しばかり緊張する。

それともう一つ、気がかりなことがあった。
出掛けに美凪に渡されたものを見る。

 

 

美凪 「・・・これを」

祐一 「カード?」

美凪 「・・・これから行く先で、予測不可能な未来があなたを待っています」

祐一 「予測不可能な・・・未来?」

美凪 「・・・何が起こるのかは、わかりません。けれど、とても重要な出来事が起こるでしょう。その時がくれば、カードが道を示してくれます」

祐一 「・・・・・・」

 

 

カードの描かれているのは、不思議な形の紋様。
美凪の持つカードはタロットに似ているが、描かれる絵柄はその都度違い、可能性は無限に広がっているという。
詳しいことは祐一はもちろん、四大魔女の仲間たちさえ知らないという。
彼女もまた、謎の多い存在である。

夏海 「祐一」

祐一 「・・・ん?」

夏海 「何か、悩んでない?」

ドキッとした。
見透かされている。

祐一 「・・・わかるのか?」

夏海 「一応、自分の子供だもの。悩んでるかどうかくらい、わからないと」

祐一 「そうか・・・」

夏海 「こんなのでも、一応親だし、悩みがあるなら相談に乗るわよ」

祐一 「・・・ああ」

道すがら、祐一はぽつりぽつりと胸にたまっているものを話した。
少しくらい強くなったことに自惚れて、結局仲間を守れなかった自分の不甲斐無さに始まり、皆を守りたいと思っている自分が、逆に皆を傷つけているのかもしれないということ。
特に、サーペントに言われたことに関しては、ずっと思い悩んでいた。

夏海 「ふ〜ん・・・名雪ちゃんがそんなことになっていたとはね」

祐一 「名雪を助けたいなんて思ってるけど・・・ほんとにそれでいいのかわからない。サーペントは、本気で名雪のことを想ってるみたいだった。それを、中途半端な気持ちの俺に、何かをする資格があるのかどうか・・・」

夏海 「・・・・・・」

祐一 「ほんと・・・どうすりゃいいのか、全然答えが見付からなくてさ・・・」

夏海 「・・・・・・はぁ」

一通り話を聞いた夏海は、大きな溜息をつく。
心底呆れているようでいて、おかしそうに笑ってもいる。

夏海 「あんたは本当に、私と羅王の子供とは思えないほど繊細っていうか、生真面目っていうか・・・」

祐一 「・・・悪かったな」

夏海 「ううん、貶してないわ。むしろ真っ直ぐ育ってくれて嬉しいわよ。私や羅王みたいにひねくれてなくて」

祐一 「褒められているようにも聞こえないな」

夏海 「うん、褒めてもいないから」

祐一 「・・・・・・」

夏海 「こんな話をしてみようか」

祐一 「?」

突然そんなことを言って、夏海は物語のような話をしだした。

夏海 「とある王様が治める国がありましたとさ」

戦争があるわけでもない、国政も安定した、平和な国だと言う。
王様が立派な人物だったのだが、一つ困ったことに、遊び心が大きかった。
毎日のように城を抜け出しては、お忍びで城下へと出かけていくのだ。

夏海 「ある日王様は、町で一人の少女と出逢い、恋をしました」

それからは楽しい日々が続いた。
頭のよいその少女との会話は、王様に国の状態をよく理解させ、よりよい国政に役立った。
王様はどんどんその少女が気に入り、ついには側室にまでしたいと考えた。
しかし、その少女が実は巷を騒がせていた盗賊の一味であることが判明した。
一味は、その少女もろともに捕らえられた。

夏海 「さて、ここで問題」

祐一 「?」

夏海 「祐一、あなたが王様だったとして、次の二択の選択肢、どちらを選ぶ?」

祐一 「二択・・・」

夏海 「国を治める者として、法をもって罪人を裁くか。それとも、一人の男として、愛する少女を救うか」

王として国を取るのか、男として少女を取るのか。
統治者としては、まさに究極の選択とも言えるものだった。
祐一には、答えが出せない。

祐一 「俺は・・・・・・」

夏海 「例えば、莢迦や千人斬りの幽だったら、後者を選ぶでしょうね」

祐一 「!」

夏海 「けれど、統治者は常に公平でなければならない。たった一度の選択肢が、国の全てを左右することもある。前者を選んだなら、少女は死に、国は何事もなく続く。後者を選んだなら、二人が結ばれる代わりに、国は遅かれ早かれ滅亡するでしょうね」

片方を選べば、もう片方が立たない。

夏海 「あなたは、どちらが正しい答えか、決められる?」

祐一 「どちらが、正しいか?」

夏海 「国の平和を保つのが王としての義務よ。けれど、そのために愛する者を殺すのか」

祐一 「・・・・・・」

夏海 「王としては前者が正しいわ。けれどさっき言ったように、莢迦や幽なら後者を選ぶ。それもまた、間違った選択肢とは言えないのよ」

祐一 「・・・・・・」

夏海 「言いたいこと、わかる?」

祐一 「つまり、正解なんてないってことか?」

どちらの答えも正しいとも間違っているとも言えないのなら、正解など出せるはずがない。
そして、多かれ少なかれ、世の中の物事にはこうした二択が付いて回る。
今、祐一が悩んでいる事柄も、似たようなものだった。

夏海 「要するに、誰かを選べば他の子が傷付き、誰も選ばずにいるとみんな傷付く。そういうことね」

祐一 「ああ・・・」

夏海 「・・・・・・はぁ〜」

またしても大きな溜息。
今度は本当に呆れているような表情だった。

夏海 「そんなので悩んでどうするの・・・」

祐一 「そんなのって・・・」

夏海 「なるようにしかならないでしょ。誰かを選ぶということは、誰かが選ばれないってことなんだから」

祐一 「そうだけど・・・」

夏海 「とどのつまり、祐一は誰が好きなの?」

祐一 「う・・・」

夏海 「他人のことなんか気にしてたら何も始まらないわ。大本の問題として、あなたは誰が一番好きなの、恋してるの、愛してるの、モノにしちゃいたいの?」

祐一 「モノにって・・・」

ぐんぐん押し迫ってくる夏海。
祐一は顔を赤らめて後退する。

夏海 「見たところ最有力候補は佐祐理ちゃん? でも舞ちゃんも捨て難そうね。名雪ちゃんも気になってはいるわけだ」

祐一 「いや、その・・・」

夏海 「あゆちゃんもあなたのこと好きっぽいし。レイリスちゃんだっけ、あのメイドの子もあなたに命賭けてそうね。音夢ちゃんや美春ちゃんって子もかわいいわよね」

祐一 「・・・おーい・・・」

夏海 「美凪もやけに気にかけてるし、案外二股かしらね、あいつ。涼しい顔してやり手っぽいし。それとやっぱり・・・」

祐一 「・・・・・・」

夏海 「莢迦も候補入りしてるのかしら?」

一通りの名前を列挙して、一人悦に入る母夏海。
息子祐一はそんな母親を見ながら、やはりあの莢迦の仲間だとしみじみ思った。

夏海 「・・・何か失礼なこと考えなかった?」

祐一 「いいや」

勘が鋭いところもよく似ている。

夏海 「気楽に考えればいいんじゃないかしら。運命の人なんて、案外ぽろっと出てくるものよ。これから全然違う子と出会って恋する可能性だってあるし、今いる子の誰かとうっかり間違いを起こすこともあるでしょう。なるようにしかならないわ」

祐一 「そう・・・だな」

夏海 「誰も傷つけない、は恋愛沙汰では無理な話よ。ハーレム願望があるなら別かもしれないけど」

祐一 「ないって、そんなの」

夏海 「しかしあれね、周りに美女が大勢・・・。そこはもう幽以上かもしれないわね」

祐一 「・・・嬉しくねぇ・・・」

夏海 「そうね。でもその幽にしたって、いまだ一人身よ。莢迦や美凪とは十数年、みさきちゃんとも十年近くの付き合いだけど、誰も選んでない。そんなものよ」

結局、相談しても何の解決も見込めなかった気はする。
しかし、少しだけ気は晴れた。
今悩んでいても仕方がないことだけはわかった。
さすがに夏海ほど楽観的な考え方はできないが、悩むのをやめることはできた。

祐一 「とりあえず今は、佐祐理さんの呪いを解くのが先決だ」

気を取り直して、二人は一路、セフィナの森へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔都の中心部。
いくつもの巨大な気配の持ち主達が集まっていた。
中心となっているのはレギスだが、いずれの者達もレギスと同等以上の力の持ち主ばかりだった。
全て上位魔族である。

ミスティア 「サーガイアだと?」

レギス 「そうだ」

ミスティア 「何故わらわがそのような場所へ行かねばならぬ?」

レギス 「あそこだけは少々厄介だ。この魔都が浮上した今、八割方我らの勝ちは決まっているが、覆す力が二つある。そのうちの一つを潰すのだ。おまえと・・・ヴァ―ミリオンも行け」

ヴァーミリオン 「くくくっ、たかが人間の街一つ、俺様一人で十分だぜ」

ミスティア 「ならそうしてくれや。わらわは行かぬ」

レギス 「あの女も今はサーガイアにいるぞ」

ミスティア 「・・・よかろう。行ってやるわ」

シャザード 「わりと扱い易い女だな、あれは」

ゴーザ 「ところで、覇王一味とやらはどうしたのだ? 姿が見えんが」

モストウェイ 「ひょっひょっひょ、元々あやつらは、この魔都を浮上させるまでの雑用係じゃからのぅ」

レギス 「用が済めば、我らとの関わりはない。まだ魔都のどこかにはいるだろうがな」

モストウェイ 「のぅ、レギスよ。後々の憂いを断つためにも、あやつら始末した方がよいのではないかの?」

レギス 「覇王の力は侮れん。余計な争いでこちらの戦力を削るわけにもいかん。忘れるな、我々の計画は、魔都浮上が全てではないのだぞ」

モストウェイ 「わかっておるわい」

ガレス 「我らの計画を妨げるもう一つの要素とは、奴らのことだろう。放っておいていいのか?」

ベリアル 「所詮は人間だろう。放っておけよ」

セイレーン 「むしろ、魔界の方で我らをかぎまわっている竜族の方こそ厄介なのではありませんか?」

レギス 「百パーセント完璧に計画が進むことなどない。いちいち気にしているわけにもいかん。それに、今更竜族が動いたとて、何もできはせん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔界・・・。

ザッシュ 「おいおい、どうなってやがるんだ、こりゃ?」

ガーランド 「ここに魔族どもの都市があったのは間違いない。それが、綺麗さっぱり消えているとはな」

ザッシュ 「けどよ、一週間前に超高度から見た時は確かにあったはずだろ、魔都ボルキサスがよ!」

ガーランド 「待て、誰かいる」

ことり 「あれ? ザッシュさん、ガーランドさん」

ザッシュ 「ことりか?」

ガーランド 「白河嬢、ここで何を?」

ことり 「地上と魔界の間を行き来する魔族達の動きを探ってたんだけど・・・これはどういうことなんでしょう?」

ザッシュ 「こっちが聞きてぇよ。もっとも、考えられることなんざ、一つしかねぇ」

ガーランド 「思った以上に厄介な事態だ。下手をすれば、地上と魔界のバランスが崩れる」

ことり 「そうなると、どうなるの?」

ザッシュ 「知るかよ、そんなの。だがこのまま行けば、五千年前の大戦以上にとんでもないことが起こるぞ」

ガーランド 「我々は王に報告せねばならん。白河嬢はどうされる?」

ことり 「地上に戻るよ。莢迦ちゃんと合流する」

ガーランド 「承知した。残念だが、我々にできることはほとんどない。深刻な事態になるようなら、マスターに助力したいところだが」

ことり 「たぶん、必要ないと思うな。あの人はむしろ、楽しんでると思うから。困った人ですよね」

ザッシュ 「へっ、なら俺らも、いっそこの状況を楽しむか。魔族どもの目が地上に向いてる間に勢力拡大をするとかな」

ガーランド 「王次第だな。戻るぞ、ザッシュ」

ザッシュ 「おうよ。じゃあな、ことり」

ことり 「うん、またね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び魔都。
近くで見るとますます都市らしくない、まるで山脈のような場所だった。
一つ一つの建造物が山なみの大きさがあり、それらが無数に連なっているのだ。
そして中央の塔は、百キロ以上は離れている都市の外れからでも見ることができた。

あゆ 「お、大きい・・・」

音夢 「非常識です」

莢迦 「魔界では常識的なサイズだよ。中央に見える塔はさすがに大きい部類に入るだろうけど」

魔界は地上の数百倍の広さがあるため、必然的にそこに存在するあらゆるものが大きくなる。
山一つとっても、数万メートル級のものなどざらだった。
この魔都でさえ、魔界にあるものの中では決して大きい方ではない。

莢迦 「魔界最大級の都市が地上に出てきたら、大陸一つ潰れるだろうね」

音夢 「非常識だわ・・・頭痛くなってきた」

莢迦 「魔界はとにかく広さが特徴的だからね。もし全ての世界が円錐の中で層になって存在しているとしたら、間違いなく魔界は最下層、もっとも広く大きな世界だね」

音夢 「世界って、そんな風になってるんですか?」

莢迦 「さぁ、わかんない」

音夢 「・・・・・・」

莢迦 「たとえ話だよ。ま、魔界のうんちくなんてこの際どうでもよくて、これからどうするかだけど・・・」

偵察を目的としてやってきたのだが、こう広くては何をどう調べればいいものか見当もつかない。

あゆ 「空から一通り見てみるとか?」

莢迦 「すぐに見付かるね。隠密行動の意味がない」

あゆ 「うぐぅ・・・」

音夢 「なら、どうするんですか? 足が速いと言っても、やっぱりこの人数じゃ偵察なんて無理みたいですけれど」

莢迦 「ふむ、そこで提案。このまま攻め込んじゃうってのはどう?」

音夢 「は!?」

あゆ 「うぐぅ!?」

音夢 「攻め込むって・・・たった三人でですか?」

莢迦 「数は問題じゃないよ。私が魔獣を呼び出して暴れさせれば、敵戦力は分散できる。後は中心部まで行って、頭を叩けば終わり。簡単でしょ?」

確かに理屈の上では簡単だった。
しかし、実際には言うのと行うのとではえらい違いだった。
敵の戦力についてもさっぱりわからないのだ。

音夢 「無謀過ぎますよ!」

莢迦 「そこだよ。無謀っぽいからこそ、向こうもまさかと思って油断するはず。別に決着をつけなくてもいいんだよ。むしろ突付いてみた方が、確実に敵の状態を知ることができると思うよ」

あゆ 「ほ、本当かな・・・?」

莢迦 「うん、よし、決定〜」

ぱちんっ、と莢迦が指を鳴らす。

音夢 「ちょっ、決定って・・・」

莢迦 「もう止められないよ。みーんな呼んじゃったから」

その言葉の通り、周囲に無数の巨大な気配が出現しだす。
数にして数十匹、いずれも並の魔獣など比較にならないほどの大物ばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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