Kanon Fantasia

第二部

 

 

第22話 天界惨事

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜中にふと目が覚めた祐一は、手洗いへ言った帰りに、みさきを見かけた。

祐一 「川名さん、何してるんだ?」

みさき 「・・・・・・」

真剣な表情で、黙って目の前の扉を見詰めている。
気になって近付いてみると、中から声が聞こえた。

 

「幽を殺しに来たんでしょう、あゆちゃん」

 

祐一 「な・・・!」

みさき 「・・・・・・」

扉の向こう側に気配は四人。
声は莢迦のものだった。

祐一 「川名さん?」

みさき 「うん」

祐一 「入らないのか?」

みさき 「・・・うん、必要ないと思う。けど・・・」

祐一 「けど?」

みさき 「莢迦ちゃんの声、少し雰囲気が違う。何か、話そうとしてるみたい。あまり話したくないことを・・・」

少しだけ扉に近付いて、祐一は聞き耳を立てる。
あまりいい趣味とは思えなかったが、みさきが言うように莢迦が躊躇するような何を話すのかが気になった。
中では、莢迦がゆっくり語り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まりは小さな出逢いから・・・。

八年前。

原っぱで寝転がっていた幽は、突然の衝撃で目を覚ました。
見下ろすと、体の上に何かが乗っていた。

幽 「・・・・・・うぜぇ」

体を捻って乗っていた何かを横に弾き飛ばす。
そして寝直した。

?? 「こらお主!」

だが、今度は真上から声が降ってきて、安眠を尚も妨害する。
目を明けると、一人の少女が眉間に皺を寄せて幽のことを見下ろしていた。

幽 「・・・・・・なんだ、ガキか」

少女 「誰がガキじゃ! 起きぬかたわけっ!」

幽 「・・・小娘、俺様は今寝てんだ、邪魔すんじゃねぇ」

少女 「人を突き飛ばしておいて何を偉そうな!」

幽 「あん?」

少女 「今! お主の上に乗っていた余を突き飛ばしたであろう!」

幽 「・・・・・・ぁあ? 人が寝てるのを邪魔した分、当然の報いだろ」

どうやら先ほど上に落ちてきたのはこの少女だったらしい。
よくよく見れば着ている物などの色合いが乗っていた何かと似ている。

少女 「当然じゃと・・・! お主、余を誰と心得ておる!」

幽 「知らん」

話は済んだとばかりに再び眠りに落ちる幽。
さらに激昂した少女は尚も何事か怒鳴り続けるが、幽は既に聞いていなかった。

 

その後莢迦が幽を呼びに来た時、傍らにはやけに疲れているその少女がいた。

 

少女 「余は神奈備命という。天界から散策に来たのだが、手違いで落下してしまい、この男の上に落ちた」

莢迦 「なるほどなるほど、それは災難だったね〜、どっちも」

一見天使にも似た翼を持った少女、神奈は、実は天使のさらに上位に位置する神族の血を引く娘だった。
神族は本来神界に住まうのだが、他の次元と違い、神界に従属する形となっている天界は、神族による統治がなされているのだ。
天使とは、天界に住むものであると同時に、神族に仕える者達なのである。

不思議な出逢いをして以来、神奈は幽達と行動を共にするようになった。
その間、幽と神奈は顔を合わせる度に喧嘩をしていた。

 

 

神奈 「この痴れ者が! 一体何を考えて生きておるのじゃ!?」

幽 「くだらねぇことでいちいちぎゃーぎゃー喚くんじゃねぇよ」

莢迦 「何何? 今度は何でもめてるの?」

元 「何でも先ほどの料理屋で幽が女性の物色ばかりしていたのが気に入らないようですよ」

莢迦 「なーんだ、またか〜」

神奈 「何故お主はそんなに女癖が悪いのじゃ! もっと節度というものを弁えんか!」

幽 「いちいちうるせぇ小娘だな。てめぇに女としての魅力が欠けてるからってそこらの女に嫉妬してんじゃねぇよ」

神奈 「だっ、誰が嫉妬などしておるのじゃ! ふざけるのも大概にせい!」

幽 「俺はてめぇの欲望に正直なんでな」

神奈 「〜〜〜っ、このっ、愚か者めが!」

 

 

神奈 「幽殿?」

幽 「あん?」

神奈 「幽殿はいつもその“酒”とやらを飲んでおるが、美味なのか?」

幽 「いいものもあれば、まずいものもある。こいつはまぁまぁってところか」

神奈 「余にも少しくれぬか?」

幽 「ガキの飲むもんじゃねぇよ」

神奈 「誰がガキじゃ! 寄越せっ・・・んぐ・・・んぐ・・・・・・ぷぁ・・・」

幽 「ほぉ」

神奈 「むぅ〜・・・辛い・・・、それに・・・妙な気分じゃ・・・」

幽 「はじめてにしちゃ、いい飲みっぷりだな」

神奈 「そう・・・か・・・? 何やら足元がふらつくし、眠くなってきたぞ・・・?」

幽 「やっぱりガキだな」

神奈 「だれ・・・が・・・ガキ・・・じゃ・・・」ぽて

莢迦 「あらら、寝ちゃった。ふふ、かわいいね〜」

幽 「ふん、くだらねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

莢迦 「四死聖として戦いに明け暮れていたあの頃、あの子と過ごした一ヶ月間は、一番平和で、楽しかった。私はみさきと大喧嘩した後で、ちょっと落ち込んでたから、あの子の存在に割りと救われたかもしれない。もちろん、幽とどんどん仲良くなっていくあの子に、当然嫉妬はしてたけどね。だけどあの子は、突然何の前触れもなくいなくなった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに突然いなくなったのだが、莢迦だけはその理由に勘付いていた。
追わないのかと幽に聞いたが・・・。

幽 「あいつの事情に俺達が首を突っ込む理由がねぇ」

そう言って取り合わなかった。

 

再会することになったのは、それから数ヶ月後。
暇つぶしにと思い、幽と莢迦は天界を訪れた。

莢迦 「ひさびさの天界だね〜」

幽 「けっ、相変わらず殺風景なところだぜ」

天使 「そんなことはありませんよ?」

幽 「?」

その時、天界を訪れた二人に最初に声をかけてきた天使は、月宮巧と言った。

巧 「見てください、あの雲を。あれはつい数分前まで、あんな遠くにあったんですよ。それが僅かな間に、こんなところまで。雲には色々な表情があり、一時として同じ姿をしていないんです。見ていて飽きませんよ」

他の天使達が、人間でありながら強大な力を持つ二人を敬遠するのに対して、巧は何のこだわりも見せずに普通の接してきた。
妻の流も同じで、夫婦は快く二人を我が家に迎えた。
娘がいるという話は聞いていたが、結局滞在中に会うことはなかった。

やたらと人懐っこく、雲を眺めるのが趣味という一風変わったこの天使と、幽は妙に馬が合った。
特に会話をするわけでもなく、一日中雲を眺めながら酒を飲み交わすのである。

莢迦 「ああやって、黙〜ったまま雲を眺めてるっていうのも、妙な趣味だよね」

流 「そうですね。ほんと、おかしな人ですよ」

莢迦 「惚れちゃってるんだ、ああいうところに」

流 「あなたも、そうなんじゃありません?」

莢迦 「わかる? やっぱり」

流 「女同士のことは、天使でも人間でも同じですよ」

莢迦 「だよね〜」

そのまま何事もなければ、二人の旅としては珍しく、血の臭いのしない穏やかな道行となるはずだった。

 

しかし・・・・・・。

 

莢迦 「?」

とある屋敷の前を通りかかった莢迦は、誰かの口論する声を聞いた。
普段ならば聞き流していたところだったが、片方の声に聞き覚えがあったため、立ち止まって聞き耳を立てた。
それは、神奈の声だった。

 

神奈 「父上! いい加減ここから出さぬか!」

東王 「まだ地上へ行こうなどと思っておるのなら、出すわけにはいかんな」

神奈 「何故じゃ!? 余はただ、母上を探したいだけじゃと言うのに!」

東王 「それがいかんと言うのだ。わしのもとを去り、汚れた地上へ落ちた者のことなど忘れよ」

神奈 「まだそんなことを! 地上は汚れてなどおらぬ! 余が見てきた地上は、とても美しく、喜びと楽しみに満ちた場所じゃった」

東王 「黙れ! もう話すこともない。もうしばらくここで頭を冷やせ」

神奈 「父上!」

 

莢迦 「・・・ふぅん」

以前神奈がいなくなった時。
誰かが連れて行ったことを、莢迦は気付いていた。
あるいは他の皆も気付いていて、見て見ぬ振りをしたのかもしれないが、幽が何も言わなかったため、黙っていたのだろう。
そして莢迦も、心のどこかで幽の心を惹いている神奈がいなくなることを望んでいた。

莢迦 「・・・・・・」

少し迷った。
このことは幽に知らせるべきか否か。
だが、噂というのは地上だけでなく天界でも広がるものらしく、ほどなく幽の耳にもこの天を治める神、東王の息女である神奈が幽閉されている話は聞こえた。

 

神奈 「幽殿!?」

驚き半分、嬉しさ半分といった声を上げて、突然来訪した幽の下へ神奈が駆け寄る。
端から見ていた莢迦は、複雑な面持ちだった。

神奈 「どうしてここに・・・?」

幽 「てめぇこそ、こんなところで何してやがる?」

神奈 「え・・・?」

幽 「てめぇは望んでこんなしみったれた場所にいやがるのか?」

神奈 「それは・・・違う。余は・・・」

幽 「何を望む? 何がしてぇ?」

神奈 「余は・・・地上へ行きたい。母上を、探したいのじゃ」

幽 「なら、行けばいいだろうが。家族なんてのがどういうものかなんざ俺は知ったこっちゃねぇが、やりてぇことがあんなら、こんな場所でうじうじしてるんじゃねぇよ」

神奈 「じゃが・・・父上には、逆らえん」

東王 「その通り、わしの娘に妙なことを吹き込まないでもらおうか、人間」

神奈 「っ、父上!?」

神奈の背後から現れた東王の放った魔法が幽を屋敷の庭まで弾き飛ばす。
庭に着地した幽の前に、東王が進み出る。

東王 「去れ、ここは人間如きの来る場所ではない」

幽 「ふん、俺がいるべき場所は俺が決める。てめぇに指図されるいわれはねぇ」

東王 「人間風情が! 身の程を弁えろ!」

足元から螺旋状に風が巻き起こり、幽の体を縛る。

東王 「東方天守護の任にあるこの東王に人間如きが逆らうか!」

幽 「蒼龍の下っ端如きが偉そうに言いやがる」

東王 「貴様! 軽々しくその名を呼ぶでないわっ!」

幽 「奴ともいずれ決着をつける。だがその前に、てめぇを斬ってやるか」

東王 「口の減らない人間が!」

かざした手に巨大な青龍刀を出現させ、動きの封じられた幽に向かって斬りかかる。

東王 「失せよっ、人間!」

幽 「ふっ」

神奈 「駄目じゃっ!!」

ザシュッ

東王 「!!?」

幽 「!!」

しかし、飛び散った血は幽のものではなく、それを庇った神奈のものだった。
崩れ落ちる神奈の体を幽が抱きかかえる。

幽 「神奈ッ!」

東王 「馬鹿なことを・・・人間などを庇いおって、この愚か者が! 神族の恥晒しめ、やはりあの女の娘か」

莢迦 「違うよ」

東王 「む?」

莢迦 「神奈ちゃんは幽を庇ったんじゃない。あなたを庇ったんだよ。あのままだったら、その刃が届く前に、幽の剣があなたを斬っていた」

東王 「馬鹿馬鹿しいっ、どちらにしても貴様らのような人間などと心を通わせた者など、もはや娘でも何でもないわっ!」

自らの手で娘を手にかけながら、何の悲しみも抱いていない東王に対し、莢迦は哀れみの視線を向ける。
それは同時に、自分に対して向けられたものでもあった。
何故、止めなかったのか。
できたはずのことを。

幽の腕に抱かれる神奈を、莢迦は無機質な表情で見下ろす。
神の傷は、莢迦の使える魔法では治せない。
もう、何もできることはなかった。

神奈 「・・・・・・ぐ・・・」

幽 「てめぇ・・・阿呆か」

神奈 「・・・あんな者でも、余の・・・父上なのじゃ・・・」

幽 「・・・俺にはわからん。余計な真似しやがって。言っておくが、俺様に楯突いて見逃される奴なんざいねぇんだよ」

神奈 「そう・・・じゃな・・・・・・」

幽 「・・・・・・」

神奈 「・・・頼みごとを、してもよいか?」

幽 「・・・何だ?」

神奈 「余の亡骸・・・地上に連れて行ってくれぬか?」

幽 「・・・・・・」

神奈 「母上も・・・きっともう亡くなっているのじゃ。せめて、同じ地に眠りたい」

幽 「・・・ああ」

神奈 「・・・ふぅ・・・・・・さっき、はじめて余の名を呼んでくれた」

幽 「知らねぇな。空耳だろ、神奈」

神奈 「ふふ・・・空耳でも、嬉しかった・・・・・・・・・」

か細くなって行く神奈の声は、もうすぐ傍まで耳を近づけないと聞こえなかった。
顔を寄せた幽の耳元にさ、最後の言葉を告げて、神奈の体から力が抜けた。

幽 「・・・・・・」

東王 「ふん、愚かな者よ。神の名を汚しおって」

ドシュッ

東王 「な・・・!?」

幽 「てめぇは死んでろ」

東王 「ぎ、ぎゃぁあああああ!!!!」

突き刺さったラグナロクから炎が上がり、東方天を守護する神は、あえない最期を遂げた。

 

 

 

 

天使A 「東王が死んだ!」

天使B 「あの人間に殺されたのだ!」

天使C 「天を恐れぬ大暴挙! 断じて許せぬ!」

天使D 「討て! あの魔人を討ち取れ!」

 

 

莢迦 「・・・結局、これが私達の定めか・・・」

天界の白い景色が、真紅に染まっている。
尚も増え続ける血の赤と、炎が赤。

莢迦 「あれは・・・」

幽と対峙しているのは、あの月宮夫婦だった。

幽 「・・・月宮」

巧 「幽さん・・・。あなたとは、もっと違う形で出会いたかったですよ」

幽 「俺は敵を相手に容赦はしねぇ。引くなら今だぞ」

巧 「僕は、神に仕える天使です。主を殺されて、はいそうですかと引くわけにはいかないのですよ。悲しいことですが」

幽 「そうか」

普段の大人しさとは裏腹に、巧は天使の中でもかなり強かった。
流のサポートもあって、しばらくの間幽と互角に戦った。
しかし最後には、二人とも幽の前に倒れた。

巧 「・・・お別れですね・・・幽さん」

幽 「・・・・・・」

二人の体が炎に飲み込まれる。
また、辺りを満たす赤い色が増えた。
その中に、幽は一人立ち尽くしていた。

幽 「・・・くだらねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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