Kanon Fantasia

第二部

 

 

第21話 賢者の石

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜・・・。
誰もが寝静まった頃、一人ベッドから起き出して部屋を後にする者がいた。
足音も立てずに廊下を歩いていると、背後から声がかかる。

莢迦 「そんな体でどこに行く気?」

窓から差し込む月明かりに照らし出された姿は、幽のものだった。
本来ならば意識すら保てないほどの重傷である。
だが、手にはラグナロクを持ち、ここを発つ気でいる。

莢迦 「本気で死にそうなんだから、大人しく寝てなよ」

幽 「あのクソ野郎を図に乗らせたままにしておけるかよ」

莢迦 「万全の状態でも勝てなかったくせに、今の状態で行ってどうなるって言うの。今度こそ死ぬのがオチだよ」

幽 「俺様があんな野郎に殺られるかよ」

莢迦 「そう言いつつ、もどかしいだろうね」

幽 「・・・・・・」

莢迦 「ゼファーは蘇る度に強くなっている。それに対してあなたは、全盛期の頃の力を失ったまま。精神力で無理やり耐えてるけど、大技一つ使うだけでも弱ったその体には響くはずでしょ」

幽 「・・・関係ねぇな」

肩越しに振り返る幽。
満身創痍でありながら、その金色の眼に宿る輝きは、少しも衰えていない。

幽 「相手がどうだろうと、自分が体が何だろうと、敵は全てぶっ殺す。それだけだ」

莢迦 「ゼファーだけじゃない。この先、おそらくゼファーと同等か、それ以上の力を持った上位魔族もうじゃうじゃ出てくる。今のままで、果たしてどこまで勝ち続けられるかな」

幽 「関係ねぇと言ってるだろ。敵が死ぬか、俺が死ぬか。どっちに転んでも結果でしかねぇ」

莢迦 「だからさぁ・・・」

呆れた表情で、莢迦が頭を掻き撫でる。
融通の利かない相手にほとほと手を焼いている。

莢迦 「少しは後ろを顧みようよ」

床が軋む音がして、別の気配が現れる。
栞と、みさきと、美凪の三人である。

栞 「幽さん、黙って行くなんて、ひどいじゃないですか」

みさき 「怪我はちゃんと治さないと」

美凪 「・・・健康には、睡眠が一番・・・」

莢迦 「いや、あんたが言うと説得力ないって言うか、起きて大丈夫なの?」

美凪 「・・・へっちゃらへーです・・・」

真っ青な顔で言われても説得力がない。

莢迦 「ま、いいや。とにかくさ、幽。自分が一人みたいに思うのはやめなよ。一応、心配する人がいるんだから」

四人の視線を背中に受けながら、幽はその場に立っている。
動く気配のない幽に、莢迦が近付いていく。

莢迦 「時には退くのも兵法だよ。それと・・・・・・力の取り戻し方、教えてあげようか?」

幽 「何?」

莢迦 「あれには滅多に手出ししない方がいいんだけど、今回は特別だし。ついでにあなたの体にかけられた呪法の解き方も探してあげられるよ」

幽 「・・・・・・」

莢迦 「今は休んで、力を取り戻して、それからでも再戦は遅くないんじゃないかな?」

黙っている幽。
しかし、迷っている風ではなかった。

莢迦 「幽?」

幽 「てめぇの手を借りる必要はねぇ。それと、くだらねぇ心配なんざ、うざってぇだけだ」

さも鬱陶しそうに言い放つ。
穏便にと思っていた莢迦の額に青筋が浮かんだ。

莢迦 「あのね・・・」

トンッ

幽 「なっ・・・!」

指先で莢迦は幽の額を軽く突く。
抗議しようとした幽だったが、ふいに意識が遠くなって膝をつく。

幽 「てめぇ・・・何しやがった・・・!?」

莢迦 「やっぱりちょっとした呪法。しばらく寝てなさい。それと、私はあなたの心配をしてるんじゃなくて、あなたを心配する方の心配をしてるの」

ちらっと後ろを振り返る。
幽だけでなく、栞も美凪も重傷なのだ。
そちらの方が幽を心配するあまり無理することの方が莢迦としては気がかりであった。

幽 「て・・・めぇ・・・・・・・・・」

どさっ

襲いくる睡魔に抗いきれず、幽はその場に倒れ、深い眠りに入った。

莢迦 「まったく、怪我人は大人しく寝てなきゃ駄目だって言うのに。ほら、ベッドに帰還〜」

ずるずる

みさき 「わっ、莢迦ちゃん、引き摺ってる引き摺ってる。怪我人なんだから」

莢迦 「平気だって。今すぐゼファーのところに乗り込んだって死にはしないよ、こいつは」

みさき 「さっきと言ってることが違うよ」

莢迦 「目の錯覚だよ」

みさき 「他人の空似でしょ」

美凪 「・・・目の保養です」

栞 「どれも全然違います、ていうか意味不明ですよ、どうして目にこだわるんですか。強いて言うなら、空耳とか」

莢迦 「一理あるね」

みさき 「85点くらいかな」

美凪 「・・・お見事、ぱちぱちぱち」

栞 「・・・・・・」

何となく、この三人が昔馴染みだという話がよくわかった気がした栞だった。
要するに、三人とも変なのだ、ペースが。

栞 「(幽さんの好みって・・・・・・というか、まさか私もこの仲間に数えられてませんよね?)」

莢迦 「ほらほら、あんた達も怪我人なんだから、部屋に戻った戻った。こいつは私が運んでおくから」

と言いながら幽の体を引き摺っていく。

みさき 「わたしも一緒に抱えるから・・・そのままじゃベッドに着く前に傷口開くってば」

 

 

 

 

 

 

 

 

幽をベッドに寝かせ、他の三人も部屋に帰してから、莢迦は学院の地下へやってきた。
カタリナ、夏海、さくらの三人が先客として来ている。

夏海 「痴話喧嘩は終わった?」

莢迦 「喧嘩ってほどじゃないよ。みんな仲良しだからね〜」

夏海 「よく言うわ。まぁ、あの様子じゃ、みさきちゃんとも仲直りできたみたいね」

さくら 「ラヴ&ピースってやつだね♪」

莢迦 「その通り〜」

夏海 「またわけのわからないことを・・・。まぁいいわ」

カタリナ 「三人とも、準備はよろしいですか?」

地下道を進んだ先の扉の前で振り返って、カタリナが確認を取る。
彼女らほどの存在が、僅かとは言え緊張していた。
それほど今から入ろうとしている部屋は危険な場所なのだ。
地上最高の魔女達と言えども、気を抜けば自分を失いかねないほどに。

カタリナ 「開けます」

莢迦 「いいよ」

鈍い音を立てて鉄製の扉が開く。
中は、一見すると何の変哲もない少し広めの石造りの間だった。
円状の広間の中心には、拳大の銀色の石が浮かんでいた。
石の周囲には、時折文字や紋様が浮かんでは消えている。

夏海 「どのくらい解読できてるの?」

カタリナ 「魔導大全は、現在十七万八千五百二十三ページまでで・・・・・・尚もまったく未知の知識が出てきます」

莢迦 「気の遠くなるような話だよね〜、私ら人間には」

魔導大全は、カタリナが自ら編集している、サーガイア魔法学院所蔵の大事典である。
魔導に関連する膨大な知識のみならず、歴史や自然学などなど知りうる限りのありとあらゆる知識が書かれており、今現在もページ数は増え続けている。
その知識の出所となっているのが、広間の中心にある石であった。

さくら 「これが賢者の石か〜、ボクは見るのははじめてだよ」

莢迦 「見つけたのが三十年くらい前だからね。カタリナがここの学院長になってから二十年、十七万ページとはよくやるね〜」

カタリナ 「少しでも役に立つ知識をみなさんに与えたいですから」

賢者の石。
魔術師の間では有名な、あらゆる知識が詰まっている古代の石である。
それは例えるなら、百万ページの辞書とも言うべきもので、膨大な量の情報が詰まっていながら、それら全てを瞬時に知ることはできないのだ。
だからカタリナは、少しずつそこから引き出した知識を本として書き記している。
しかし、石から知識を引き出すのは非常に危険な作業で、下手をすれば膨大な情報の中で自分を見失ってしまい、二度と戻れない知識の迷宮へと陥ることとなる。

莢迦 「今回は特定の呪法に関する情報を引き出すだけだから、そんなに危険もないよね」

夏海 「佐祐理ちゃんの呪いを解く方法と・・・・・・千人斬りの幽の呪いも解くつもり?」

莢迦 「せっかくの機会だし。知識だけは得ておいて損はないじゃない」

夏海 「好きにすればいいけどね」

カタリナ 「では、潜ります」

石に手をかざして、意識を集中する。
吸い込まれるような感覚がして、四人の意識は石の中へと入っていく。

 

さくら 「へ〜、ここが賢者の石の中なんだ〜。ふむふむ」

元々興味本位でついてきたさくらは、入るなりさっそくそこら辺から知識を漁っている。

カタリナ 「手分けして探しましょう。大体の場所はつかめますから」

そこは、流れだった。
そうとしか言い表せない空間である。
ただ、無数の文字や紋様が流れているのだ。
知識の奔流、その中に莢迦達は身を委ねていた。

しばらく探し回って、目当ての情報は手に入った。

莢迦 「どんな感じ?」

カタリナ 「少し複雑ですが、何とかならないものではありませんね」

莢迦 「んじゃ、さくら〜、帰るよ〜」

さくら 「うにゃ〜、もうちょっと〜!」

莢迦 「また今度ね」

未練がましくするさくらを引っつかんで、莢迦達はそこから抜け出す。
長居はより危険である。

 

さくら 「む〜、おもしろいことわかりそうだったのに〜」

厳重に閉ざされた扉の前で、さくらがいじけている。
それを捨て置いて、三人は元来た道を地上へと戻っていく。

さくら 「ねぇねぇ、その魔導大全の続きさ、ボクに書かせてよ」

莢迦 「さくらは駄目。字が下手すぎるから」

さくら 「む〜、喧嘩売ってる? お姉ちゃん」

莢迦 「事実だからね〜」

悔しがりながらも言い返せないさくら。
字が下手ということは本人も認めているらしい。

莢迦 「ところで・・・ロストヒストリーに関する情報は何かあった?」

カタリナ 「いいえ、まったく手がかりなしです」

莢迦 「賢者の石もだめ・・・かぁ。手がかりがたった一つじゃ、探しようもないよね」

夏海 「あるだけマシと思うべきじゃないの?」

莢迦 「そうなんだけどね〜」

さくら 「ロストヒストリー? やっぱりお姉ちゃんもそれを探してるんだ」

莢迦 「もちろんね」

ロストヒストリー。
数十億年というこの世界の歴史の中で、唯一賢者の石にも記されていない空白の一時。
今からおよそ六万年から七万年前に確かに存在していながら、どこにもその痕跡が残っていない幻の超古代文明。
全ての魔法学の発祥の時代であり、歴史の分岐点となったはずの時だった。

莢迦 「木の記憶にも、石の記録にもない。でも、確かにその時代の遺物は存在している」

さくら 「実際には、木も石もその時代に作られたもののはずなんだけどね」

莢迦 「その時代に作られたものだからこそ、その時代より前と、後のことしか記されてないんだよ。そこだけが、ぽっかり穴が開いちゃってる。でも、私達は、それが欲しいんだ」

夏海 「・・・・・・」

カタリナ 「・・・・・・」

それこそが四大魔女の悲願。
失われた歴史、ロストヒストリーを手に入れること。

莢迦 「ま、とりあえず当面の問題は、覇王一味と魔族達だよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ろうとした莢迦は、途中ただならぬ気配を感じて立ち止まった。
すぐそこにある扉は幽のいる部屋のものである。

莢迦 「・・・・・・忙しい夜だね」

 

 

部屋の中。
静かだったが、緊迫した空気が流れている。
幽の寝ているベッドの傍らに立っているあゆと、扉に側に立っている栞と美凪との間に緊張の糸が張られていた。

あゆ 「・・・・・・」

栞 「・・・・・・」

美凪 「・・・・・・」

ガチャッ

扉が開く。

ガツンッ

栞 「――!!」

美凪 「・・・―――・・・」

莢迦 「ありゃ?」

開いた扉の直撃を受けて二人がうずくまる。
どちらも絶対安静の重傷なのだが。

莢迦 「大丈夫? っていうか、傷口開いたかな、今のは」

栞 「し・・・死ぬかと・・・思いました・・・」

美凪 「・・・・・・」

なんとか起き上がって抗議する栞に対して、美凪の方は起き上がったものの言葉もない。
足元がふらついており、顔も血の気がまったくなかった。

莢迦 「寝てないと本当に死ぬよ、二人とも」

美凪 「・・・あれ」

ベッドの方を指差す。
馬鹿をやっている莢迦達の方には見向きもせず、あゆは幽の顔をじっと見ていた。

莢迦 「ま、どういう状況なのかは見ればわかるけどね」

扉を閉めて、莢迦は近くにあった椅子を引き寄せて座る。

莢迦 「で、やらないの?」

あゆ 「・・・・・・」

莢迦 「幽を殺しに来たんでしょう、あゆちゃん」

ビクリとあゆの体が震える。
背中を向けているため、莢迦達の方から表情は見えないが、小刻みに震える握り締められた拳が如実にあゆの心境を物語っていた。

莢迦 「やればいい。幽は私の術で十日は目を覚まさない。しかも重傷。私は手を出さないし、こっちの二人も同じく重傷で、あなたの敵じゃない。千載一遇の好機。千人斬りの最強の魔人を殺すなら、今をおいてないだろうね」

栞 「莢迦さん!」

莢迦 「でも、せっかくだからその前に、昔話でも聞いてくれないかな」

あゆ 「?」

栞 「?」

美凪 「・・・・・・」

莢迦 「そう。千人斬りの魔人が恋した神様の少女と、数少ない友と呼べた天使と・・・・・・血塗られた悲恋と惨劇の物語を・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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