Kanon Fantasia
第二部
第20話 惨敗
カタリナ 「いつからここは学院から野戦病院になったんでしょう?」
さくら 「なんだか大忙しだね」
水と包帯を運びながらカタリナがぼやく。
皆が来たと聞いて、遊びまわっていたさくらもついてきていた。
ちなみに、傷は治癒魔法でも回復するが、確実に治療するためには魔法以外の手当ても必要だった。
万能に見える魔法でも、治癒に関してだけは応急処置の域を出ないものである。
ある程度は回復するものの、傷口が化膿しないようにするためには、普通の手当てが一番なのだ。現状はこうである。
佐祐理、呪いにより昏睡。
幽、美凪、重体。
栞、レイリス、舞、祐一、美春、重傷。
浩平、みさき、軽傷。
音夢、あゆ、夏海、みちる、莢迦、無傷。
莢迦 「私は無傷じゃない~」
さくら 「ゴキブリなみの生命力でもう治っちゃってるね♪」
莢迦 「さ・く・ら~!」
カタリナ 「病室では静かに」
これだけ怪我人のベッドが揃えば、立派な野戦病院だった。
夏海 「一体何があったの? これだけの面子が揃っていながら」
莢迦を筆頭に、幽、美凪、みさきと実力者揃いのメンバーである。
並大抵の相手では、傷一つつけることもできないであろう。
その面子がここまでやられるのは尋常ではない。莢迦 「うん、まぁ、あれだよ、ゼファー相手に惨敗ってところかな」
夏海 「・・・やっぱり、まだ生きてたのね、あの男」
祐一 「覇王が・・・? 死んだんじゃなかったのかよ」
莢迦 「死んだよ。で、二度目も蘇ったってわけ。今度はちょっとばかり厄介だね」
莢迦はことの顛末を語り始めた。
魔獣と天宮将を追ってしばらく行ったところで、まずは浩平とみさきに会った。
浩平 「よぉ、ひさしぶりだな」
莢迦 「そうだね。怪我はもういいの?」
浩平 「その節は世話になったな」
莢迦 「どういたしまして」
お互いに皮肉をこめて笑い合う。
怪我というのは当然、半年前に莢迦が浩平に負わせたもののことである。
莢迦とみさきの七年越しの大喧嘩に巻き込まれたわけだから、一番とばっちりを受けたのは彼ということになるだろう。みさき 「ごめんね、浩平君」
浩平 「俺が好きでやったことだ。みさきさんのせいじゃないさ」
莢迦 「う~ん、優しいね、折原君は。幽もあれくらい見習いなよ・・・ってこらこら待て待て」
再会に盛り上がる莢迦達を放っておいて、幽はさっさと先へ進んでいた。
栞は時折後ろを振り返りながら幽の後をついていき、美凪は双方の中間辺りの中途半端な位置で両方を見比べている。莢迦 「やれやれ、とりあえず、行こうか」
浩平 「だな」
みさき 「うん」
二人を加えて七人になった一行は、枯れ木が立ち並ぶ森の奥で、目当ての魔獣を発見した。
確かに不死身の魔獣ガナッツォだったが、どこか様子がおかしかった。栞 「・・・苦しんでますね?」
浩平 「あれがおまえらの追ってる魔獣か・・・でかいな」
みさき 「でも、何だろう? 変な気の流れを感じる。あの魔獣の中に・・・二つの気の流れがある?」
莢迦 「二つ?」
美凪 「・・・何か、嫌な予感がします」
みちる 「んに~、なんかここやだ」
皆が身を隠して状況を観察している中、一人だけ構わず前進する幽。
何かの確信を持って苦しむ魔獣の眼前まで歩み出る。幽 「・・・おい、そこにいやがるんだろう」
魔獣に向かって、魔獣ではない何者かに幽は話し掛ける。
すると、魔獣の反応が変わった。ガナッツォ 「・・・・・・」
幽 「出て来いよ・・・ゼファー!」
カッ
魔獣の目が大きく見開かれ、断末魔のような悲鳴が上がる。
全身が異様に隆起し、徐々に形を変えていく。
幽を覗き、皆唖然としてその光景を見ている。
逸早く事態を把握したのは、やはり莢迦だった。莢迦 「そっか。そういうことだったんだね」
納得顔で莢迦は幽の傍まで歩いていく。
他の皆も同じように、魔獣に近付く。
やがて魔獣は、段々としぼんでいき、最後には、人間ほどの大きさになった。幽 「ふん、派手な寝起きだな、ゼファーよ」
ゼファー 「ふふふふふ、幽よ、おまえは本当に余を楽しませてくれる。またしても復活の瞬間に立ち会ってくれるとはな」
立ち上がって振り返った男は、間違いなく覇王ゼファー・フォン・ヴォルガリフだった。
もっとも、若干印象が異なってはいたが、それもそのはず。
覇王の意識は本人のものでも、体は魔獣、ガナッツォのものなのだから。
違和感があって当然だった。ゼファー 「さぁ来い、幽。続きをやろうか」
幽 「ああ」
ドクンッ
抜いた途端に脈動を始める魔剣ラグナロク。
幽 「無限斬魔秘剣・紅蓮烈火!」
いきなり大技を叩き込む。
だがゼファーは避けようとも防ごうともせず、まともに烈火の炎を受けた。
肉が焼け、骨が断たれ、ゼファーの身が倒れ伏す。栞 「あれ・・・? あっさりやられちゃいましたよ?」
浩平 「どうなってるんだ?」
幽 「・・・・・・」
しかし、倒れたゼファーからは、かつてないほど邪悪で強力な威圧感が放たれていた。
切り裂かれ、燃やされた体が再生していき、何事もなかったかのような表情でゼファーは立ち上がった。ゼファー 「今、何かしたかな?」
幽 「てめぇ・・・」
みさき 「え? え? どうして・・・?」
莢迦 「魔獣ガナッツォ。その肉体を自らの体として選んだわけだね。不死身の魔獣を」
今のゼファーはゼファーであって、かつてのゼファーではない。
以前はたとえどれほどの力を持っていようとも、人間に違いなかった。
だが今は、肉体として魔獣のものを使っている。みさき 「そんなことが可能なの?」
莢迦 「永遠の魂と、肉体交換。禁呪クラスの魔法だね。私の転生術とは似て非なるもの、ってところかな」
みちる 「じゃ、じゃあ、あのゼファーはガナッツォみたいに何度も再生するの!?」
莢迦 「そういうことになるね。考えたくないけど」
覇王ゼファーと魔獣ガナッツォ。
どちらも単体の時点でかなりの驚異であったが、それが二つ合わさった。
ゼファーの力にガナッツォの不死身の肉体。
最悪の組み合わせだった。ゼファー 「幽よ、残念だが、もはや貴様がいかなる剣を繰り出そうとも、余を倒すことはできぬ」
幽 「ごたくはこいつを受けてから言いな」
ラグナロクから立ち昇る炎が翼を広げた不死鳥の姿を象る。
幽 「無限斬魔剣奥義・紅蓮鳳凰!」
炎の鳥が舞い、ゼファーの体を飲み込む。
全て燃やし尽くされたかと思われたが、ゼファーはまたしても再生を果たした。ゼファー 「感謝しよう、幽。すぐに証明できたよ、余が最強になったことをな」
大きな技は放った後に隙ができる。
ましてや奥義ともなれば、使った時の反動で打った本人さえもダメージを受けかねない。ゼファー 「死ねぃ! 千人斬りの幽!」
黒い炎をまとったゼファーの剣が幽の体を切り刻む。
幽 「ちぃっ!」
合間を縫って反撃をするが、どれだけ攻撃しても即座に回復するゼファー相手にはまったく通用せず、逆に自らの傷が増えていく。
幽 「ぐっ・・・!」
ゼファー 「喰らうがいいっ、ヘルブレイズ!」
莢迦 「まずい」
さすがに分が悪いと見て、莢迦が飛び出す。
漆黒の炎は既に幽の体を包み込んでいたが、剣が完全に振り下ろされる前に莢迦の刀がゼファーの腕を落とす。ゼファー 「邪魔だァ!」
莢迦 「!!」
しかし、ゼファーの放つ黒い炎は止まらない。
幽同様、莢迦もその炎の直撃を受ける。ゼファー 「退けぃ!」
再生した腕で炎に包まれた莢迦を殴り飛ばす。
吹き飛ばされた莢迦は、枯れ木を十数本薙ぎ倒して、その下に埋もれる。浩平 「にゃろう!」
栞 「これ以上はさせません!」
エターナルソードを振りかぶった浩平が右から、ディアボロスをかざした栞が左からそれぞれゼファーに斬りかかる。
ほぼ確実に芯を捉えた攻撃だったが、それさえもゼファーの前では通用しない。ゼファー 「ふん、無駄なことを」
バキッ
浩平 「がぁっ!」
裏拳を顔面に受けて、浩平が吹っ飛ばされる。
ドシュッ
栞 「か・・・は・・・っ・・・」
放たれた魔力の衝撃波が、栞の体を貫く。
大量の血を撒き散らしながら、栞も倒れ込む。幽 「ゼファー! てめぇ・・・!」
ゼファー 「ほぉ、まだ元気だな。・・・・・・ふん、おまえは他人などどうでもいいという顔をしながら、わりと仲間思いなところがあったな」
幽 「くだらね・・・げほぉっ」
咳き込むと、大量の血が幽の口から吐き出された。
ゼファー 「もう戦えまい。ならば、貴様の仲間を貴様の目の前で一人ずつ嬲り殺すのもおもしろい。まずは・・・」
ちらっとゼファーの視線が向けられたのは、みちるだった。
みちる 「にょわっ!?」
ゼファー 「まずは一匹」
美凪 「みちる!」
黒い炎が鞭のように伸びてみちるを襲う。
寸前で美凪がみちるを庇い、代わりに背中を大きく切り裂かれて、みちるを抱いたまま倒れる。ゼファー 「予定とは違ったが、まずは一匹」
みちる 「み、みなぎーーっ!!」
ゼファー 「さて、次は・・・・・・む?」
ふと見ると、ゼファーの左半身が凍り付いている。
栞の鎌、ディアボロスがまだ刺さっており、そこから冷気が送り込まれていた。ゼファー 「そうか、おまえは魔導実験体の生き残りだったか」
栞 「・・・不死身はあなたの専売特許じゃありませんよ」
ゼファー 「そうか」
グッ
栞 「っぁ・・・!!」
足元に倒れている栞の傷口をゼファーが踏みしめる。
本来なら最初の一撃で死んでいるほどの傷である。
この世のものとは思えない激痛が走る。
声にもならない悲鳴を上げて栞は身をよじる。みさき 「これ以上はさせない!」
栞に注意が行っているゼファーの懐にみさきが入り込む。
ありったけの気を集めてゼファーに叩き込んだ。みさき 「・・・っ!!」
ゼファー 「無意味なことを」
今の一撃でゼファーの右半身が吹き飛んだが、まったく意に介していない。
それどころか、一瞬にして再生した腕でみさきを掴み上げる。みさき 「ぅ・・・ぁ・・・・・・っ!」
ゼファー 「さぁ、幽よ。この女、あと何分堪えられるかな?」
その気になれば一握りで潰せるものを、ゼファーはわざと少しずつみさきの首を絞めていく。
幽 「てめぇ・・・! ぐっ!」
立ち上がろうとするものの、幽はまったく体に力が入らなかった。
あまりにダメージが大きすぎる。
普通の人間ならばとっくの昔に死んでいる。しかしゼファーは失念していた。
その場には、幽以上に危険で、怒らせてはならない存在がいたことを。ヒュンッ
一瞬の閃光。
それだけでゼファーの体が微塵に切り裂かれた。ゼファー 「む・・・」
しかも飛び散った肉片の一つ一つが膨大な熱量によって蒸発する。
ゼファーは離れた場所に再生することで消滅を免れた。
だが、再生したゼファーは、得体の知れない恐怖に体を硬直させた。ゼファー 「(な、なんだ!? これは・・・?)」
莢迦 「ゼファー、あなた・・・やりすぎだよ」
怒気と殺気を叩きつけられただけで、ゼファーが身が竦みあがった。
頭ではそれほど感じていない恐怖に、どういうわけか体が反応して、言うことをきかない。莢迦 「みさき、立てる?」
みさき 「げほっ・・・けほっ・・・う、うん・・・なんとか」
莢迦 「折原君、そっちは?」
浩平 「・・・一応、無事だ」
莢迦 「さすがは男の子。じゃあ、みさきは美凪をお願い。あの子が一番危ない」
みさき 「うん、わかった」
莢迦 「栞ちゃんは、生きてる?」
栞 「へ・・・ぃきっ・・・ですっ」
莢迦 「それじゃあ、幽を引き摺ってトンズラしようか」
全員を掻き集めて転移魔法を発動させる。
ゼファー 「逃すと思ったか?」
莢迦 「もちろん。今のあなたじゃ、絶対に私には勝てない」
ゼファー 「何・・・?」
莢迦 「獣は人間よりも、格上の相手に対して敏感なんだよ。ガナッツォは確かにそこそこ強い魔獣だけど、竜の血を引くこの私のことは本能的に恐れる。それはその体に染み付いたものだから、そう簡単には取れない」
ゼファー 「ちっ・・・」
莢迦 「まぁ、あなたならすぐに慣れるだろうけど、今のところは、痛み分けにしておこうよ」
ゼファー 「・・・よかろう。もう千人斬りの幽も我の敵ではないのだ。もしまた余に挑戦したければ、舞台を整えて待っていてくれるわ」
莢迦 「楽しみだね。それじゃあ」
光が辺りを包み、ゼファー以外の人間はその場から掻き消えた。
莢迦 「・・・とまぁ、こんな感じ」
結果として、幽は生きているのが不思議なくらい体の外も中もダメージを受けていた。
みちるを庇ってまともに攻撃を受けた美凪も、意識不明の重体となっている。
浩平とみさきはそれほどでもなく、栞は莢迦にも劣らぬ自己回復力で持ち直していた。祐一 「覇王の強さに・・・魔獣の不死身さ・・・・・・、冗談じゃないな」
両方の力を知っていればこそ、その恐ろしさが話を聞いただけでわかる。
ましてや、幽が手も足も出ずにやられたのだ、それだけでも力の凄まじさは推し量れる。カタリナ 「とにかく、詳しい話は明日にするとして、今はみなさん寝てください。それが一番早く良くなる方法です」
その言葉に従い、皆そのまま寝静まった。