Kanon Fantasia

第二部

 

 

第17話 魔族猛攻

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーペントの振り下ろした剣は、祐一を斬ったはずだった。
少なくとも、戦意を喪失していた祐一にかわす術はなかった。

サーペント 「・・・新手かよ」

0コンマ何秒という寸前のタイミングで、誰かが祐一の体を引いて逃れたのだ。
本当に光のような風が吹き抜けるのを感じただけで、まったく見ることができなかった。

サーペント 「えーと・・・? どこに行った・・・・・・」

すぐに見付かった。
誰かが掴んで引いていったものとばかり思っていたが、祐一はすぐそこに倒れていた。
しかも誰かともつれ合っている。

サーペント 「・・・・・・もしかして、ぶつかった・・・?」

偶然だったのか故意だったのかはわからないが、新手の何者かは、超高速でやってきて祐一を引いたのではなく、轢いていったらしい。

 

祐一 「・・・い・・・ってぇ・・・・・・」

?? 「う・・・うぐぅ・・・」

あまりの痛さに、ぶつかった本人もぶつかられた方も悶絶している。
ようやく起き上がった祐一は、自分の体に覆い被さっている白い羽を視界に捉え、聞き覚えのあるうめき声を聞いた。

祐一 「おまえは・・・」

?? 「い・・・たたたたた・・・・・・うぐぅ・・・たんこぶできたかも・・・」

祐一 「あゆ・・・」

突然飛んできて祐一を轢いたのは、天使の少女、月宮あゆだった。

祐一 「おまえは〜!」

あゆ 「うぐぅ? あ、祐一君だ」

祐一 「あ、祐一君だ。じゃ、ね〜だろ〜が〜!」

両拳であゆの頭を挟んでぐりぐりする。
さらなる痛みにあゆが身悶えする。

あゆ 「いたいいたい! 祐一君、痛いってば・・・!」

祐一 「おまえは俺にぶつかるために生きてるのか? そうなんだな? そうだろう!」

あゆ 「ぐ、偶然だよっ! 不幸な事故、ニアミス!」

祐一 「ニアミスってのはぶつかりそうでぶつからなかった時に使う言葉だ!」

あゆ 「う、うぐぅ〜〜」

ひとしきりあゆの頭を締め上げてから祐一は手を放す。
ぶつかった時と合わせて二重の痛みで、あゆは立ち上がってもふらふらしている。

あゆ 「すっごく痛かったよ〜」

祐一 「自業自得だ。ていうか、なんつースピードで突っ込んできやがるんだ」

あゆ 「パワーアップしてきたからね」

えっへんと胸を張るあゆ。
張ってみせてもあまり胸がないことには変わりなかった。

あゆ 「・・・今、何かひどいこと考えなかった?」

祐一 「そんなことはないぞ」

あゆ 「棒読み・・・」

祐一 「ソンナコトハナイゾ」

あゆ 「何人・・・?」

 

漫才紛いの二人のやり取りを、サーペントは律儀にも手を出さずに眺めていた。
相手が天使ということで警戒しているのもあるが、これ以上の戦闘は彼の望むところではなかった。
祐一には色々と言ったが、実際のところサーペントにとってはどうでもいいことだった。

サーペント 「(雪姫が俺の女だってこと以外はな。しかし、意外なほど言葉責めが効いたな・・・生真面目な奴)」

魔術や話術を使って人の心を操るのは得手だが、こうも効果があがる相手も珍しい。

サーペント 「まぁ、どうでもいいか・・・・・・?」

ふと、きな臭い空気を感じた。
直感のようなものが、よからぬことが起こると告げていた。

 

 

 

何の前触れもなく、それは起こった。
爆発が起こったわけでもないのに、辺り一帯が白い煙に包まれていったのだ。
すぐに一メートル先も見えないほど視界が閉ざされた。

祐一 「な、なんだ?」

あゆ 「うぐぅ?」

突然の出来事に皆動揺する。

あゆ 「祐一君・・・」

祐一 「あゆ、俺から離れるなよ」

この視界では、離れた瞬間に見失ってしまう。
他の皆は気になるが、ここは煙が晴れるのを待つのが賢明だった。

 

 

舞 「これは・・・?」

佐祐理 「舞ー、大丈夫?」

舞 「佐祐理」

白い煙に視界を閉ざされて、舞は戦っていた相手、名雪を見失った。
その舞のもとへ佐祐理が駆け寄ってくる。

舞 「・・・?」

違和感があった。
近付いてくるのが佐祐理だと、舞にはすぐわかった。
声だけならともかく、その姿がはっきり見えたのだ。
視界は一メートルも開けていないのに。

舞 「!!」

ザシュッ

佐祐理 「・・・くす」

舞 「佐祐理じゃない!」

自分に斬りかかってきた、佐祐理の姿をした何者かに向かって剣を振るう。
斬られた瞬間、佐祐理の贋者は煙の中に溶け込んだ。

舞 「く・・・っ」

腕から血が滴り落ちる。
肩にかなりの深手を負っていた。
妙だと感じるのが少しでも遅れていたら、致命傷だったかもしれない。

舞 「・・・佐祐理・・・祐一」

二人と、他の皆も気がかりだった。

 

 

 

 

 

美春 「こ、これは一体何事ですか!?」

元の場所に戻ってきた美春は、突然煙に包まれてパニックする。

音夢 「美春!」

美春 「音夢先輩!」

パニックになりそうな心を落ち着けたのは、音夢の声だった。

音夢 「大丈夫ですか?」

美春 「はいっ、美春は元気いっぱいです! 音夢先輩は?」

音夢 「私は大丈夫ですよ」

歩み寄ってくる音夢に、美春は若干の違和感を感じていた。
色々と思うべきところはあった。
先ほどの魔族は倒したのか、だとしてもこんなに早いものか、そして何より、音夢は美春と二人きりの時には裏モードではない。
しかし残念ながら、美春はそれらから瞬時に結論を出せるほど頭の回転が速くなかった。

音夢 「お互い無事で何よりです」

傍まで来た音夢の手が美春の腕を掴む。

美春 「・・・音夢先輩・・・?」

音夢 「おやすみなさい、美春」

バチバチバチッ

美春 「きゃぅっ!」

掴まれた腕から美春の全身に電流が走る。
目の前が真っ暗になって、美春はその場に倒れこんだ。

 

 

 

 

名雪 「・・・・・・」

煙の中、名雪はじっと立ち尽くしていた。
その背後から、人影が忍び寄る。

サーペント 「雪姫、なんともないか?」

名雪 「・・・・・・」

ドスッ

後ろに立ったサーペントに対し、名雪は迷うことなく剣を背中越しに突き刺した。

名雪 「・・・サーペント様じゃない」

贋者 「・・・・・・(にやり)」

贋のサーペントは、本人とはかけ離れた薄笑いを浮かべた。
体が変化し、名雪の体を包み込むように広がっていく。

ザシュッ

だが名雪を捕えようとした贋者の首が飛ぶ。
本物のサーペントは斬り飛ばしたのだ。

サーペント 「人の女に手を出すなよ」

名雪 「サーペント様」

サーペント 「帰るぞ、雪姫。これ以上ここにいると面倒になりそうだ」

名雪 「はい」

素直に剣を納めた名雪は、サーペントの傍らに立つ。

サーペント 「ジジイが。ま、同士討ちは禁じられてるからな。ここは引いておいてやる」

もっとも、次はどうなるかわからないが、とサーペントは心の中で付け加えておいた。
それは相手の方も同じ思いだろう。

 

 

 

 

 

 

モストウェイ 「ふん、人間の小僧めが。まぁよい、あやつはあとでゆっくり料理してやるとして、今はここの人間どもで遊ぶとするかのぅ。次はあの嬢ちゃんじゃな」

煙の中のどこかでそう言いながら、魔族モストウェイは次の標的のもとへ降りていく。

 

 

 

 

 

佐祐理 「はぇ〜、何にも見えませんね〜?」

煙が出てきた時からその場を一歩も動かず、佐祐理はひたすら周囲を見回している。
下手に動くと危険なのはわかっているのだが、他の皆が気がかりではあった。

佐祐理 「大丈夫でしょうか、みんな」

祐一 「佐祐理さん!」

佐祐理 「あ、祐一さん」

前方から駆け寄ってくる祐一に向かって佐祐理は手を振る。

祐一 「無事だったか」

佐祐理 「はい。ところで祐一さん」

祐一 「?」

佐祐理 「そこ、危ないですよ」

祐一 「!?」

二人の距離が数メートルまで近付くと、突然祐一の周りの空気が爆発した。

佐祐理 「祐一さんに化けて佐祐理を騙そうなんて、言語道断ですよー、魔族さん」

モストウェイ 「・・・何故わかったかのぅ?」

正体を現したモストウェイは、まるでダメージは受けていなかった。
だが、自分の術を破られていい気分でもなさそうである。

佐祐理 「大したことじゃありません。煙が出てきた時点で何かあると思いましたから、結界を張っておいたまでです」

さも当然のように笑顔で言う佐祐理。
その態度がモストウェイの神経を逆撫でした。

モストウェイ 「お嬢ちゃん、人間なぞは騙されとった方がかわいいものじゃぞ」

佐祐理 「それは魔族さんには人間を騙すくらいの芸当しかできないからですか?」

モストウェイ 「目上の者へはもっと敬意を払うべきじゃな」

佐祐理 「人を騙すような方に払う敬意はありません」

互いの意見はまったく噛み合わなかった。
もはや双方ともに戦う意思は十分にある。

モストウェイ 「図に乗ったことを後悔させてやるわい、小娘」

佐祐理 「そっくりお返ししますよ、お爺さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

ズンッ!

魔族ガレスの拳が大地にめり込む。
凄まじい破壊力で、硬い岩盤があっさりと砕け散った。

音夢 「(あんなものまともに喰らっていられない)」

威力はあったが、音夢にとってはかわせないレベルの攻撃ではない。
スピードにおいては、莢迦に遠く及ばない。

音夢 「(でも・・・)」

既に何発か攻撃を加えているのだが、一向にダメージを与えられない。
攻撃力だけでなく、防御力も相当に高い。

ガレス 「いい動きだな。だが、そんなぬるい攻撃では俺の体に傷一つつけられん」

音夢 「それはそれは、丈夫ですこと」

全力の一撃ならばダメージも与えられるかもしれないが、体力的に何回も放てない。
それでも駄目だった場合は負けることになる。
確実に、最大限の効果を持って攻撃を加える必要があった。

音夢 「(カウンター・・・それしかない)」

相手の攻撃力を逆に利用したクロスカウンターを狙えば、倍以上の効果を得られる。
問題はタイミングを合わせられるかどうかだった。
しかし、迷っている暇はない。

音夢 「・・・・・・」

ガレス 「向こうが気がかりか?」

白い煙は音夢のいる場所からでも確認できた。
何が起こっているのかはわからないが、よいことだとは思えない。

ガレス 「モストウェイだろう。奴は卑劣な手口がお手のものだからな」

音夢 「・・・・・・」

ガレス 「仲間が気になるか?」

音夢 「ええ、だから、いつまでもあなたに構っている暇はありません」

ガレス 「ならば少し残念だが、そうそうに決着をつけるか」

 

 

 

 

 

 

もう一方のレイリス対ミスティアは、一進一退の攻防が続いていた。
姉妹ゆえか、互いの手の内を知り尽くしているため、どちらも必殺の一撃を入れることができずに長期戦になっているのだ。

ミスティア 「ふん、主とやらが気にはならんのか?」

レイリス 「自分にできることとできないことは把握しています。あなた一人を釘付けにしておくだけでも、私の役目は十分です。祐一様は、強いのですから」

ミスティア 「まったくもって気に食わん。モストウェイも来た。貴様の主なぞ、すぐにでも死ぬわ」

レイリス 「・・・・・・よくお喋りになりますね。私を殺したいのではなかったのですか?」

ミスティア 「何・・・?」

レイリス 「ならば、喋っていないで、かかってくればよろしいでしょう」

ミスティア 「どこまでも愚弄するかっ!」

挑発に乗ってペースを乱しているのは、ミスティアの方だった。
魔力の総量から言えば、明らかにミスティアが上回っているが、互角に持ち込めているのは、レイリスの腕と、ミスティアが本領を発揮できずにいるのが要因である。
しかし、内心ではレイリスも僅かながら焦りを覚えていた。

レイリス 「(祐一様・・・)」

上位魔族が三体、この地に集まっている。
魔族の血を引いているからこそ、その力の恐ろしさをよく知るレイリスは現状がどれだけ不利かを悟っていた。

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「くそっ、待ってても埒があかない。この煙さえなんとかなれば・・・」

あゆ 「うん、なんとかしてみよう」

祐一 「できるのか?」

あゆ 「吹き飛ばすことなら、できるかもしれない。これで・・・」

あゆが取り出したのは、十字架の形をした、小振りのロッドだった。
施されている装飾に、どこか見覚えがある。

あゆ 「セントクルス。天界の宝物庫から持ち出してきたんだよ」

祐一 「さすがだな、盗人」

あゆ 「うぐぅ・・・あとでちゃんと返すよ」

祐一 「人それを、無断借用と言う」

祐一の言葉を無視して、あゆはセントクルスを眼前にかざしながら数歩前に進み出る。
ロッドが光を発し、あゆ自身も背中の羽を展開して魔力を高める。

あゆ 「風よ! この煙を吹き飛ばして!」

光がさらに増し、あゆを中心にして螺旋状の気流が発生する。
たちどころに竜巻クラスの突風に変わり、見る見るうちに煙を吹き飛ばしていく。

祐一 「おお、あゆあゆのくせにやるな」

あゆ 「あゆあゆじゃないもんっ。それより!」

祐一 「!!」

煙が晴れて、祐一の視界に飛び込んできたのは、傷を受けてうずくまっている舞と、倒れたまま動かない美春、そして魔族と対峙する佐祐理の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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