Kanon Fantasia

第二部

 

 

第16話 想う事の不幸

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミスティア 「人間などというくだらない生物の血を引いた汚れた妹、わらわがこの手で消し去ってくれる!」

レイリス 「それほどまでに、私が憎いのですか?」

魔と魔との戦い。
黒い魔力を使ったミスティアの攻撃を、レイリスは双剣ツインスターで捌く。

ミスティア 「貴様の存在そのものが許せぬ」

レイリス 「父のことも?」

ミスティア 「貴様以上にな。人間の女になど惚れた愚か者など、父と呼ぶのも汚らわしい」

レイリス 「・・・・・・」

ミスティア 「わらわが憎かろう。直接手を下せなかったのは残念なれど、結局貴様の二親を殺したのはわらわも同然。さぁ、憎んでわらわを殺しに来い。そうして思いも果たせぬままに死んでいく苦痛を味わわせてくれる」

レイリス 「・・・悲しい方ですね、姉さん」

憎しみを込めた視線に、哀れみをもってレイリスは返す。

レイリス 「父と母は、ああなることを望んでいました。生きている私が、憎しみなど抱いて何が生まれましょう」

ミスティア 「ならば大人しく殺されるがいい」

レイリス 「それもいいと思っていました。生きていても、なすべきこともない・・・・・・。けれど、そんな私を、あの方はお助けになりました。生きていれば良いこともあると・・・。だから私は、あの方のために生きることを決めました」

ミスティア 「・・・気に食わぬ。ならば貴様の生きる目的とやらを消してくれよう・・・・・・っ!」

ザシュッ

女魔族の首が一瞬にして飛ぶ。
それで死ぬわけではないが、ミスティアは驚愕をもって今起こった出来事を見ていた。

レイリス 「あなたが何を思い、何をしようと構いません。けれど、我が主を傷つけることだけは許さない。あの方に仇名すものは、この私が消す」

ミスティア 「できるものなら・・・やってみるがいいっ、小娘が!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギィンッ!

祐一とサーペントの剣が交差する。
パワーでは大剣を操る祐一に分があったが、サーペントは上手くその力を捌いてかわし、反撃に転じてくる。
だがスピードそのものはほぼ互角で、総合的にも二人の実力は拮抗していた。

祐一 「おらぁっ!」

サーペント 「おっと」

大振りの一撃に対し、サーペントは大きく跳び下がって回避をする。
距離が離れ、一旦打ち合いが止まる。

祐一 「・・・強いな」

サーペント 「一応天宮将の中でもトップのつもりだからな。それに俺は、覇王軍において唯一、ゼファーと同格なのさ」

祐一 「同格?」

サーペント 「覇王に協力する代わり、俺は俺で好きにやることができる、ってことさ」

祐一 「なるほど。そのおまえが、何で俺を狙う?」

先ほどは突然の登場に驚いたが、実は祐一は少し前から自分に向けられている視線に気付いていた。
戦っていてはっきりわかったが、ずっと見ていたのはこの男に違いなかった。
最初からサーペントの狙いは祐一一人。
だがその理由がわからない。

祐一 「初対面のはずなのに、俺のことを知っているみたいだな?」

サーペント 「知ってるさ。雪姫が教えてくれたからな」

祐一 「雪姫? 名雪のことか?」

サーペント 「そうだな」

祐一 「おまえ、名雪に何をしやがった?」

務めて冷静に振舞っているが、祐一は内心ではかなり怒っていた。
仲間に手を出されるのは、祐一のもっとも嫌うところである。

サーペント 「大したことじゃない」

祐一 「操ってるのか?」

サーペント 「別に。ただ、忘れさせてやっただけさ」

祐一 「忘れた?」

サーペント 「全てな。水瀬名雪の心は一度真っ白に返り、その後雪姫として新たな人生を歩み始めた。今あいつの心にいるのは、俺だけだ」

祐一 「ふざけるなっ!」

デュランダルを水平に薙ぎ、光の刃を飛ばす。
防御しようと構えたサーペントに向かって、祐一はさらに自分自身も踏み込む。

サーペント 「!!」

先に放った光翼閃に追いつき、さらに上段に振りかぶった剣を振り下ろす。

祐一 「光天十字剣!」

横薙ぎの光翼閃と、振り下ろしの光刃閃を同時に相手に炸裂させる大技である。
交差する光の刃の威力は単発で技を使う場合と比べて数倍に跳ね上がる。

サーペント 「ちっ・・・」

ザシュッ

完璧に決まったと思われた。
しかし、サーペントは無傷だった。

祐一 「何・・・?」

サーペント 「不発、残念だったな。喰らったらやばい技だったが、僅かでもタイミングがずれると失敗する高度な技だ。むしろかわしやすい」

確かに二つの技を同時に炸裂させるのはかなり難しい。
だが祐一は、十分に使いこなせているつもりだった。

サーペント 「おまえの技は完璧だ。しかし、俺の前では通じない」

祐一 「どういうことだ?」

サーペント 「敵に手の内を明かすと思うか?」

わざわざ自分の技の秘密を自分から離す者はいないだろう。

サーペント 「それとな、ふざけんな、はおまえの方だ」

祐一 「何?」

サーペント 「おまえ、周りをよく見たことあるか?」

祐一 「?」

サーペント 「あっちで遊んでるおまえの仲間、みんな美人揃いだな。あの魔術師の子はかなりのものだし、剣士の子も相当綺麗だ。ちっこい二人も、将来が楽しみだ。あのメイドさんも超上玉だ。そしてそれだけじゃない・・・」

じっとサーペントは祐一の目を覗き込む。
男同士で見詰め合うというのも妙な構図だが、別にふざけているわけではない。

サーペント 「この巫女さんもすごい美人だし、占い師みたいなぽけっとした子もいい。こっちの三つ編みの人も・・・って、これは母親か」

祐一 「おまえ・・・俺の心を!」

サーペント 「ご名答。俺は相手の目を通して記憶を覗くことができる。特に強い思いほど読み取り易い。誰を好きか、ってのは特にわかりやすいんだが・・・・・・おまえの心は見ててむかつくな」

祐一 「なんだと?」

サーペント 「おまえ一体誰のことが好きなんだ?」

祐一 「!! そんなことが関係あるのかよっ」

サーペント 「ある、大有りだ。おまえはいい奴だろう。だが、それゆえにおまえのその性格は、女達を傷つける」

祐一 「な・・・っ!」

指摘されなければ気付かないほど祐一も鈍くはない。
しかし、今までなるべく考えないようにしてきたことでもあった。
相沢祐一は誰が好きなのか。
誰もが答えを求めていて、唯一答えを出せる本人が答えを出せずにいる問題。

サーペント 「名雪はその筆頭だった」

祐一 「・・・っ」

サーペント 「誰よりもおまえの近くにいながら、誰よりもおまえを遠く感じていた。それでも誰よりも強く想っていて、そして誰よりも、おまえが自分を見ないことを知っていた」

祐一 「・・・・・・」

サーペント 「多くの人間の心を覗いてきたが、あれほど純粋で強い想いを抱き、それに苛まれていた心を見たのははじめてだった。とんでもなく、不幸な女だ。あいつは、決して報われない恋を生涯抱き続ける。おまえの存在が、一人の女を不幸にするのさ」

祐一 「俺が・・・名雪を・・・」

サーペント 「おまえは仲間を守るつもりで、誰よりも仲間・・・おまえを好いている女達の心を傷つけている。残酷な男だな」

愕然とする。
言われていることは理解できる。
たぶんそうなのだろうと、自分でもわかっていた。
しかし、面と向かって言われると、これほどショックを受けるものだとは思わなかった。

サーペント 「戦意を失ったか? 俺の名前は蛇使いという意味だが、蛇も人間も変わらん。他者の心を操る、それが俺だ」

茫然と立ち尽くす祐一の前に進み出て剣を振り上げる。
祐一は反応しない。

サーペント 「おまえが生きていると、雪姫の記憶が目覚める恐れがある。心配しなくても、あいつは俺が幸せにしてやる。安心して逝け」

剣が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美春 「バナナ・・・バナナ・・・」

常軌を逸した目で音夢達に迫る美春。
銃火器を乱射しながら三人を追い立てる。

ドカンッ

音夢 「きゃんっ」

ドゴンッ

舞 「・・・・・・」

ズガ―ンッ

佐祐理 「はぇ〜〜〜」

相手が美春では反撃することもできず、三人はただ逃げ回る。
端から見たら遊んでいるようにしか見えない光景だった。
それをじっと見ている名雪。

名雪 「・・・・・・」

何の感情も浮かんでいない表情ながら、その目はただ一人、佐祐理のみを捉えていた。

名雪 「・・・あの人・・・」

心の中で何かが疼いた。
無性に、あの佐祐理を憎く感じる。

名雪 「・・・嫌い・・・あの人」

剣を抜いて、ゆっくり追いかけっこをしている四人の方へ向かっていく。
目の前を集団が横切ろうとする時、何の迷いもなく佐祐理に向かって剣を振り下ろした。

佐祐理 「はぇ!?」

ギィンッ

素早く反応した舞によって、その剣は直前で止められる。

舞 「・・・・・・」

名雪 「・・・邪魔・・・しないで」

体重をかけて圧してくる名雪を、舞は支え続ける。

佐祐理 「舞・・・」

舞 「・・・こっちは任せて」

佐祐理 「けど・・・」

舞 「・・・名雪に何があったのはわからないけど・・・・・・佐祐理を狙う名雪の気持ちは、少しだけわかる」

佐祐理 「?」

舞 「・・・私の方が、名雪に近い。だからわかる」

剣を押し返して振りぬく。
名雪は寸前で飛び下がったが、ドレスの裾が僅かに切れていた。
改めて互いに剣を構えて対峙する。

名雪 「・・・!!」

先に動いたのは名雪。
初速から一気に加速して舞に襲い掛かる。
スピードは相当なものだった。

舞 「・・・・・・」

名雪 「・・・・・・」

無声で剣を振り続ける二人。
剣を繰り出すスピード、技はほぼ互角だった。
見ている佐祐理は、互角であることに驚かされる。
ずっと共にいた佐祐理だからこそ、舞の強さはよく知っていた。
その舞とまったくの互角に戦っている名雪の強さに驚嘆させられた。

舞 「・・・強い」

当然、直接戦っている舞もその強さは感じていた。
短い期間ではあったが、共に修行をした経験もあるため、名雪の剣は知っているつもりだったが、それを遥かに上回っている。
もっとも、舞の目から見て、以前の名雪の剣には心の迷いからか、乱れがあった。
今はそれがない。

ギィンッ

舞 「く・・・っ!」

一切の容赦のない攻撃。
相手が名雪であるため、本気を出せない舞では勝ち目はないと思えるほどの強さだった。

舞 「・・・・・・」

しかし、舞も以前のままではない。
力を抑えていても、このまま互角の攻防を続けるだけならばできる。
その間に祐一が元凶のサーペントをどうにかしてくれればと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

音夢 「ちょ、ちょっと! なんでいつの間にか私しかいなのよっ!?」

一緒に並んで走っていたはずの佐祐理と舞がいなくなって、今は音夢が一人で美春に追い立てられていた。
目標を一つに絞ったせいか、美春の動きにさらに切れが出てきているようだった。

美春 「うひゃひゃひゃ、バナナ・・・バナナ・・・」

ドカーンッ

音夢 「きゃ〜」

周り中で爆発を起こされて、音夢は吹き飛ばされる。

音夢 「う〜、美春が敵に回すとこんなに厄介な相手だったなんて・・・」

自分には絶対服従で、しかも根本的にドジなため、あまりその強さを認識しづらかった。
だが今、一切の迷いを捨ててバナナを追い求める美春は恐ろしい存在だった。

音夢 「・・・なんで私がバナナ・・・」

そう、美春は催眠術のようなものにかかり、音夢をバナナと思って追いかけているのである。
落ち着いて考えてみると、物凄く馬鹿みたいだった。
そしてバナナとして自分が認識されていることにとんでもなく腹が立った。

美春 「バナナ・・・バナナ・・・」

キッと向かってくる美春を睨みつける。
それだけで、ひたすらに暴走していた美春の体がビクっと震える。

音夢 「美春! いい加減にしなさいっ!!」

さらに怒鳴りつけられて、全身の毛を逆立たせて恐れおののく。

美春 「ひょえ〜〜〜、ごめんなさいごめんなさい音夢先輩! ごめんなさいごめんなさい〜〜〜」

今度はひたすら地面に頭を擦りつける勢いで謝り続ける。
すっかり縮こまっており、尻尾があればお尻の下に巻き込んでいることだろう。
わんこ娘は骨のずいまで飼主に従順だった。

音夢 「まったくもう・・・」

美春 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」

音夢 「もういいから・・・っ! 美春!」

美春 「ひぇえええ〜〜〜! ごめんなさいごめんな・・・」

音夢 「そんなことはどうでもいいの!」

尚も謝り続ける美春の首根っこを掴んで自分の後ろに引き込む。
正面の空間を睨みつけて叫びかける。

音夢 「誰ですかっ!?」

 

?? 「ふっ、いい勘をしている」

空間を越えて現れたのは、無骨な雰囲気のする男。
雰囲気から言って、人間でないのは確かだった。

音夢 「魔族・・・」

?? 「その通り。魔族ガレス。見ているだけのつもりだったが、少しは楽しみたいからな。相手をせんか、小娘?」

音夢 「・・・・・・」

皆のいる場所から離れてしまったため、状況はわからないが、どちらにしても選択権はなさそうだった。
この魔族を倒さない限り、戻ることはできそうにない。
さらに言うなら、敵は美春でどうこうできる相手でもなかった。

音夢 「美春」

美春 「は、はい!」

音夢 「向こうに戻って、苦戦してるようなら援護を」

美春 「ね、音夢先輩は?」

音夢 「もちろん、こっちの相手をします。見逃してはくれないみたいですし」

美春 「・・・わかりました。無理しないでくださいね」

難しい注文だった。
何しろ相手は上位魔族なのだ。
先に対戦した魔獣と同等以上の力の持ち主である。

ガレス 「行くぞ」

音夢 「・・・っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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