Kanon Fantasia

第二部

 

 

第15話 人間と魔族

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

騒ぎが起こったのは、レイリスを新たに仲間として加えた祐一達が町を離れようとしていた時だった。
数十という数の魔物が一気に町に押し寄せてきたのだ。

町人A 「五十はくだらないらしいぞ!」

町人B 「大型のモンスターもいるって話だ、早く逃げろ!」

情報はすぐに町中に広がり、たちまちにパニックになった。
そんな人々の合間を縫って、祐一達は魔物が向かってきている方へ急いだ。

佐祐理 「どうしますか、祐一さん?」

祐一 「当然。町に入る前に蹴散らす!」

音夢 「最低でも、町の人達が逃げるまでの時間稼ぎはしなくてはいけませんね。美春!」

美春 「了解ですっ、先行して足止めをしてきます!」

高速飛行モードで美春は一足先に現場を目指す。

舞 「・・・私も」

それに続いて舞も、重力を逆に小さくして建物の上まで飛び上がる。
人込みに邪魔されない屋根の上を渡って先を急ぐ。

祐一 「俺達も急ぐぞ!」

 

 

 

 

先の魔獣ほどではなくても、地上で遭遇するものとしてはかなり大型の部類に入るモンスターを倒すのは容易ではない。
一体一体ならば祐一達の敵ではないが、数が揃えば十分驚異になる。

美春 「一斉発射ですっ!」

無数の銃火器で弾幕を張るが、美春一人で抑えられる数には限度があった。

美春 「ちょ・・・お、多すぎですよ〜!」

舞 「重力波!」

撃ち漏らして弾幕を抜けてきたモンスターを、舞の重力波が押し潰す。
それでも尚魔物の群れは突進をやめない。
銃弾を受けて腕や足がもげたものまで動き続けている。

美春 「ど、どうなってるですか!?」

舞 「・・・何かおかしい」

どれほどダメージを受けても一切怯むことなく、ただひたすらに前に進み続ける魔物達は、とても正気とは思えなかった。
舞や美春の姿も目に入っていないらしく、とにかく前だけを見て突き進んでいる。

舞 「止めきれない!」

佐祐理 「二人とも下がってください!」

背後からの声に、舞は横へ、美春は上へ移動する。

佐祐理 「シャイニングブラスト!」

町の側から魔物の群れに向かって、光の束が放たれた。
巨大な魔力を秘めた光の一撃は魔物の群れを飲み込み、大爆発を起こした。

美春 「ひょぇ〜」

舞 「・・・すごい」

佐祐理 「はぇ〜・・・」

目の前でその威力を見た二人はもちろん、撃った本人までがその破壊力に驚いていた。
シルヴァンボウによって増幅された魔力の凄まじさである。

祐一 「・・・もしかして、俺ら出番なし?」

少し遅れてきた祐一と音夢も状況を見て呆気に取られる。

佐祐理 「あ、あははー、驚いちゃいましたね」

レイリス 「私も、ここまで威力のある武器とは存じませんでした」

音夢 「終わっちゃったのかしら? 美春! どうなの?」

美春 「ちょっと待ってください!」

爆発で巻き起こった煙のせいで視界が悪くなっていた。
地上にいる祐一達からは魔物の状況がわからない。
空の上から美春が状況を確認する。

舞 「まだ!」

しかし、それよりも先に舞が反応していた。
煙を抜けてきた魔物をレヴァンテインで両断する。
真っ二つになった魔物は尚も前進しようとした恰好のまま消滅した。

祐一 「げ・・・マジか?」

煙が晴れてくると、十数体の魔物が突撃してくるのが確認できた。
いずれも多大なダメージを受けていたが、前進と止める気配はない。

美春 「ね、音夢先輩! この魔物達おかしいですよ!」

音夢 「見ればわかります! どうなってるの!?」

ひたすらに向かってくる魔物を迎え撃つべく、皆構えるが、魔物の群れは町の直前で急停止をした。
まったく突然のことに、皆唖然として居並ぶ魔物を見ていた。

 

?? 「くくくっ、楽しんでもらえたかな?」

 

声は背後から降ってきた。
全員が振り返ると、町の出入り口となっている門の上に、一人の女が腰掛けていた。

?? 「ようやく見つけたぞ、レイリス」

レイリス 「ミスティア・・・」

祐一達を見下すような笑みを浮かべた女魔族ミスティアは、ただ一人レイリスに対してのみ、憎悪の視線を向けていた。

ミスティア 「会いたかったぞ、レイリス。何年も何年も、おまえを殺したくて殺したくて狂いそうだったわ」

祐一 「・・・知り合いか、レイリス?」

レイリス 「はい。魔族ミスティア・・・・・・私の異母姉です」

音夢 「姉?」

佐祐理 「はぇ〜、レイリスさんは魔族だったのですか?」

ミスティア 「そやつは魔族なぞではないっ。人間のような下等生物の血を引いた我が一族の汚点よ!」

舞 「・・・人間と魔族の・・・ハーフ?」

美春 「そういうのって、ありなんですか!?」

皆驚きを隠せずにいる。
祐一だけはその事実を知っていたため、驚きはしなかったが、姉がいるという話は初耳だった。

祐一 「レイリス・・・」

レイリス 「申し訳ありません。お耳汚しになると思いましたので黙っておりました」

祐一 「いや、いいさ。事情はなんとなくわかった」

人間と魔族は相容れない存在だった。
そんな二つの種族の間に子供が生まれれば、色々あって然るべきだった。
レイリス自身、そのことで過去に話したくないようなこともあったに違いない。
深く追求するつもりは祐一にはなかった。

祐一 「で、その姉貴が何の用だよ、魔族」

ミスティア 「黙っておれ、人間風情が」

現れた時からずっとレイリス一人に向けられていた殺気を少しだけ祐一に対して向ける。
それだけで底冷えするような恐怖を感じさせられた。

ミスティア 「・・・さて、さっそくじゃが、死ぬがいい、レイリス」

レイリスが素早く動いて祐一達のもとから離れる。
それに合わせてミスティアも移動し、攻撃を加える。

ミスティア 「逃さん!」

バシュゥ!

黒い光が走ってレイリスを襲う。
真っ直ぐ体の中心を狙ったそれを、体を捻ってかわす。
さらに二発三発と続けて攻撃されるが、レイリスは全てかわしながら、少しずつ町から離れる。

ミスティア 「貴様ッ、何故反撃しない!?」

ただ紙一重で攻撃をかわすだけのレイリスに激昂するミスティア。
反撃するでもない、逃げるでもない、付かず離れずの動きが気に食わない様子だった。

レイリス 「今の私は、祐一様に仕える身。軽はずみに私闘に応じることはできません」

ミスティア 「愚弄するかっ!」

祐一 「おいこら」

ミスティア 「!!」

背後から祐一がミスティアに斬りかかる。
まったく予測していなかったのか、やっとの思いでミスティアはそれをかわす。

ミスティア 「邪魔をするかっ、人間!」

祐一 「うちのメイドさんに勝手に絡むなよ」

佐祐理 「うちのメイドさん・・・」

音夢 「いやしい・・・」

味方からは白い目で見られているが、構わず祐一は魔族の女と向かい合う。

ミスティア 「・・・人間風情が、この魔族ミスティアに勝てるとでも思っているのか?」

祐一 「やってみればわかるだろ」

ミスティア 「・・・・・・」

無言で片手をかざしたミスティアは、その手に黒く光る魔力を溜める。

レイリス 「! ミスティア!!」

バシュゥゥゥゥゥッ!!

止める間もなくミスティアはその魔力を解き放った。
黒い光は一直線に町へと向かい、たった一撃で町を炎上させた。

祐一 「な・・・!」

佐祐理 「っ!」

美春 「ま、町が・・・」

音夢 「なんてことを・・・!」

舞 「・・・・・・」

皆の怒りの視線を受けながら平然と立っているミスティアが薄笑いを浮かべる。

ミスティア 「図に乗るな、下等生物」

圧倒的な力と残忍さを見せ付けたミスティアは、少しだけ満足げにする。
怒りや悲しみといった負の感情は、魔族にとって感じていて心地いいものだった。

レイリス 「・・・祐一様」

祐一 「ああ、いいぜ。こいつだけは絶対に許さん」

レイリス 「はい」

主の了解を取ったレイリスの両手に二振りの剣が現れる。
左右ともに同じ長さの、装飾の施された細身の西洋剣である。
二本の剣を構えたレイリスが一瞬にしてミスティアの懐に飛び込む。

シュッ シャッ!

反応する間もない速さでミスティアの体が切り裂かれたかに思われた。
しかし、斬られたのは空間だけで、ミスティアはその場にはいなかった。

ミスティア 「ようやくやる気になったようだな。それでよい」

祐一 「何がいいって?」

ミスティア 「何っ!?」

空間移動でレイリスの頭上に出現したミスティアだったが、そのさらに上で祐一が剣を振りかぶっていた。

祐一 「光刃閃!」

魔族を相手に手加減している余裕はない。
最初から全力の一撃を叩き込む。

ミスティア 「ちぃっ!」

僅かに斬られたが、ミスティアはまたしても空間を飛ぶ。
しかし、今度の出現位置にはレイリスが先回りしていた。

レイリス 「私に空間移動は通じません」

ザシュッ

二度目の不意打ちには対処しきれず、ミスティアの体は十字に切り裂かれる。

ミスティア 「貴様らぁっ!!」

激しい突風が巻き起こる。
怒りに身を震わせたミスティアが魔力を一気に解放したのだ。
それだけで空気が倍近く重くなった印象を覚えるが、祐一にもレイリスにも関係なかった。

ミスティア 「わらわを怒らせおったな!」

祐一 「だからどうした?」

レイリス 「私に対しては最初から怒っておられるでしょう」

憤怒の形相を浮かべるミスティアに対し、怯むことなく向き合う祐一とレイリス。
しかし内心はそれほど余裕もなかった。
必殺のタイミングで攻撃を仕掛け、ダメージも与えたはずなのだが、ミスティアはまるで堪えていない。

祐一 「(さすが、あの母さんがやられるだけあって、魔族ってのはとんでもねぇ・・・)」

簡単に倒せるレベルの相手ではなかった。

ミスティア 「おのれ・・・!」

 

?? 「まぁ、そう熱くなるなよ」

 

祐一 「新手か!?」

誰も気付かないうちに、また別の存在がすぐ近くまで来ていた。

ミスティア 「貴様、何の用だ?」

サーペント 「レギスからあんたのこと見張ってろって頼まれたんだよ。現に、あれはやりすぎだろ」

ミスティアの背後から出てきたサーペントが燃えている町を指差しながら言う。

サーペント 「大騒ぎは困るんだろ?」

ミスティア 「問題ないわ。暴走した魔物どもの仕業ということにしておけばよいのだからな」

サーペント 「じゃ、そっちはいいとして。こっちの状況はどうする気だ?」

挑発的な口調に、ミスティアが怒りの表情を向けるが、サーペントは平然と受け流す。

サーペント 「苦戦してるみたいだな?」

ミスティア 「馬鹿な。人間風情を相手にわらわが苦戦などするはずがなかろう」

サーペント 「まぁ、そう言うなよ。あんたの目的は、あのメイドの女だろ。だったら、他の奴らは俺が相手しててやるって言ってんだよ」

ミスティア 「わらわに恩でも売っておくつもりか?」

サーペント 「好きなようにとってくれ。悪い話じゃないだろ」

ミスティア 「よかろう。下等生物は下等生物同士、好きにするがいい」

あっさりと引き下がったミスティアは、目標を再びレイリス一人に絞って攻撃を再開する。
祐一達とレイリスとを分断するように攻撃を放ち、引き離されたレイリスのもとへ向かおうとする祐一の前にサーペントが立ち塞がる。

祐一 「退けよ」

サーペント 「そうはいかない。おまえらの相手は俺達だからな」

祐一 「俺達?」

気配が薄かったため気付かなかったが、サーペントの後ろにもう一人いた。
真っ白なドレスを身にまとった青い髪の少女。

祐一 「名雪?」

名雪 「・・・・・・」

名前を呼ばれてもまったく反応しない名雪。
僅かに顔を上げて祐一の姿を見ても、表情はまったく動かなかった。

サーペント 「そうか。おまえが相沢祐一か」

祐一 「おまえ、名雪に何しやがった!?」

サーペント 「さぁな。俺に勝ったら教えてやるよ。覇王天宮五将が一人、このサーペントにな」

祐一 「上等だ」

サーペント 「と、その前に・・・」

すぐにでも飛び掛ろうとする祐一を制して、サーペントは後ろに控えている四人に視線を向ける。
佐祐理、舞、音夢、美春の四人をぐるっと見渡しながら考え込む。

サーペント 「・・・ふむ、おまえがよさそうだ」

目線が一人の前で止まる。

美春 「へ? み、美春ですか?」

サーペント 「一番単純そうだ」

美春 「そ、そんな単純な理由で!?」

サーペント 「俺の目を見ろ」

美春 「??」

言われて思わず見てしまう。
ほんの数瞬だったが、それでサーペントには十分だった。

美春 「・・・・・・」

サーペント 「なるほど、バナナが好き、と。ほーれほれほれ、バナナだ」

美春 「お、おお・・・バナナ・・・バナナ・・・」

サーペント 「ほれ、そっちにも」

くるーりという音が聞こえそうな動作で美春が他の三人の方へ向き直る。
その目は妖しい光を放ちながら、獲物を求めるように皆を見ている。

佐祐理 「は、はぇ?」

舞 「・・・・・・」

音夢 「み、美春?」

美春 「・・・バナナーっ!!」

佐祐理 「きゃー」

舞 「!!」

音夢 「こらー、そんな簡単に、敵の術にはまってどうするのっ!?」

正気を失った美春に追い立てられて、三人が走って逃げて行く。

サーペント 「こうもあっさりかかったやつはひさしぶりだ。雪姫、おまえも念のため向こうに行ってろ」

名雪 「はい」

そのあとを、名雪も追っていく。
反対側ではレイリスとミスティアの戦いが始まっており、その場には祐一とサーペントの二人だけとなった。

サーペント 「さぁ、始めようか」

祐一 「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る     次へ