Kanon Fantasia

第二部

 

 

第14話 メイドパニック

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔獣ガナッツォとの遭遇に端を発した忙しい一日を終え、祐一達と音夢達は共に宿を出た。
これまでのおおよその話は、夜の内に音夢と美春には話していた。
魔物騒動に始まり、覇王復活、そして覇王城での戦いに至るまで。
限られた情報の下でのみ行動していた音夢にとって、その話は新しい発見に満ちた興味深いものだった。
これから先のことも考え、しばらくは共に行動することに決めたのである。

音夢 「それでは改めまして、朝倉音夢、天枷美春ともによろしくお願いします」

美春 「よろしくお願いしまーす♪」

 

それから数日・・・。

佐祐理 「ところで、佐祐理達は何を目的に旅しているんでしょう?」

舞 「むま?」

美春 「はひ?」

祐一&音夢 「口にものを入れたまま喋らない」

五人は立ち寄った、とある町の喫茶店にいた。
特にアテもなく歩き回り、町に立ち寄る度にこうして食べ物屋に寄っていた。
食べているのはもっぱら舞と美春である。

音夢 「はぁ・・・すみません、うちの美春が」

祐一 「いや、こっちこそ」

もっと早くに気付けばいいものを、今日にいたるまで食べ歩きツアーになっていたことを反省する。
原因となった当事者達には反省の色なしだったが。
幸せそうにそれぞれの好物を口に運ぶ二人を見ていると起こる気も失せ、ただ溜息をつくばかりの祐一と音夢だった。

祐一 「でだ。佐祐理さんが言ったように、今の俺達には目的がない」

元々の旅の目的であった魔物退治がありはするが、それでも根本的に何かをなそうという目的意識に欠けている。
かといって、幽達の後を追って覇王一派を探すのも芸がない。

音夢 「結局、一連の魔物騒動は覇王が原因なんですか?」

祐一 「それもよくわからないんだ。覇王は死んだはずなのに、手下の連中はまだ何かやってるみたいだし・・・・・・魔族がうろうろしてるって話もあるし」

音夢 「魔族・・・ですか」

聞いてもいまいちピンと来ない単語だった。
実際、祐一達もその姿を目の前で見るまでは、よく知らなかった種族のことだ。
覇王城の時にしても、夏海が返り討ちにあったり、莢迦が戦ったりしてはいたが、その力を見たわけではない。
魔族がどうしたと言われてもピンと来ないのは仕方のないことだった。

佐祐理 「そもそも、祐一さんは今まで何をしながら旅をしていたんですか?」

祐一 「ん〜、まぁ、色々・・・ね」

少し回想しただけで本当に色々と思い浮かぶ。
話して楽しいこと、死にそうになった体験、それに佐祐理達にはあまり聞かせたくない類の話もあったりした。

祐一 「・・・・・・」

それを思い出して祐一は密かに冷や汗をかく。
先日、佐祐理と舞に再会した日の夜は、かなり二人に絞られたのだ。
“あのこと”が知れればとんでもない目に合いかねない。
そう思うと喉が渇いてきた。

すっ

祐一 「お?」

そんな祐一の前に、そっとコーヒーが置かれる。
反射的にカップを取って口に運ぶ。
既にミルクも砂糖も入っていたが、祐一の好みの味、温度がぴったり調節してあった。
とてもおいしく、程よく喉も潤せた。
そこでようやくカップを差し出したと思しき人物のことを見る。

祐一 「・・・・・・」

絶句した。

祐一 「レ・・・レイリス・・・・・・」

さりげない仕草でコーヒーのカップを片付けながら、そこに立っていた少女は祐一に一礼する。

音夢 「っ!?」

佐祐理 「はぇ?」

舞 「みま?」

美春 「ほへ?」

他の四人も言葉に詰まる。
誰にも気付かれないうちに現れたこともさることながら、何よりもその少女の姿に唖然とさせられた。
透き通るような長い銀髪を持った美しい少女のいでたちは、紺色の服に長い袖、大きく広がったスカート、白い前掛けに、白いカチューシャ。
一言で言い表すなら、メイドさんである。

佐祐理 「メイドさん、ですか?」

逸早く立ち直ったのは佐祐理だった。
メイドという職種そのものは家柄上、珍しいとは思わない性質である。
ただ、場違いな上に、祐一に対して礼をとっている理由が見当たらない。

舞 「・・・誰?」

祐一 「いや・・・誰と申されましても・・・」

腰が引けている祐一。
堂々としていればいいものを、そうした態度が皆の不信感を煽った。

佐祐理 「お知り合いですか、祐一さん?」

舞 「・・・誰?」

音夢 「どういうお知り合いなのでしょうね?」

言葉の端々に棘を感じて、祐一は少し後ずさる。
そんな祐一と四人の間にすっとメイドの少女が割って入る。

メイド少女 「華音王国大臣倉田家令嬢佐祐理様、その御友人川澄舞様、それに、大陸保安局の朝倉音夢様、天枷美春様ですね。私は、レイリスと申します」

事務的な口調で挨拶をするメイドの少女。
敵意というほどのものは感じないが、レイリスが立っただけでそこに壁ができたような感覚を佐祐理達は覚えた。

音夢 「どうして私達の名前を?」

レイリス 「名の知れた方は一通り存じ上げておりますので」

美春 「えっと〜、レイリスさんはメイドさんなんですか?」

レイリス 「はい。祐一様のメイドでございます」

沈黙。
形容し難い雰囲気が漂っており、祐一は逃げ出したくなった。
できればこれ以上細かく突っ込んだ会話をしてほしくはない。

佐祐理 「・・・あははー、祐一さんのメイドさんですかー。では、旅の間祐一さんのお世話をなさっていたんですか?」

レイリス 「身の回りのお世話の他にも、祐一様が望まれること、祐一様のお為になることを、この身の及ぶかぎり」

美春 「なんでもですか?」

レイリス 「祐一様が望まれるのであれば、どのようなことでも。夜伽でも、死地へ向かうことでも」

さらに場の気温が数度くらい下がった。
四人の視線がレイリスの後ろに隠れている祐一へと向けられている。

佐祐理 「・・・・・・(笑)」

舞 「・・・・・・(怒)」

美春 「・・・・・・(赤)」

音夢 「・・・不潔・・・(冷)」

四者四様。
いずれも好意的な視線ではない。
否定しようにも、別にレイリスは何も嘘を言っていない。

祐一 「あー・・・あのだな・・・とりあえず話を・・・」

佐祐理 「あははーっ、舞、お腹もいっぱいになりましたし、お散歩にでも行きませんか?」

舞 「はちみつくまさん」

音夢 「美春、買出しに行きますよ。旅はまだまだ長くなりそうですから」

美春 「わっかりました〜」

祐一 「・・・・・・(涙)」

弁解の言葉すら言えずに取り残された祐一は、一人涙した。

レイリス 「・・・何かみなさまのご機嫌を損ねるようなことでも申しましたでしょうか?」

祐一 「・・・いや・・・」

こういう娘だった。
果たして天然なのか、わかった上で言っているのか。
先ほど何も言っていないのにコーヒーを差し出したのを見ればわかるように、祐一のことに関しては恐ろしいほど気の回る娘が、他人の心の機微を察していないはずがないのだが、だとすれば相当に性格が悪い。

祐一 「ふぅ・・・」

レイリス。
半年前、旅に出て間もなく、不思議な縁で知り合った少女で、祐一の何を気に入ったのか、それ以来メイドと称して祐一の世話を焼くようになった。
時々いなくなったりするのだが、戻って来る度に祐一に有益な情報などを仕入れてくる。
また本人が言っていたように、夜を共にすることもあった。
ちなみに、誤解のないよう言っておくと、レイリスが祐一にとってはじめての相手というわけではない。

祐一 「・・・昔は結構ぐれてたからな・・・」

レイリス 「?」

祐一 「いや、こっちの話だ」

過去のことはさておき、そんなわけで半年間苦楽を共にした彼女は、いつしかもっとも信頼できる人間の一人になっていた。
ただ、彼女の存在が他の仲間に容認されるかと考えた時、安易に話すのは危険と感じた。
結果は先の通りである。

レイリス 「・・・申し訳ありません」

祐一 「は?」

レイリス 「みなさまに嫉妬いたしました。先ほどの祐一様が、とても楽しそうに笑われていましたので」

祐一 「・・・・・・」

レイリス 「祐一様に拾われたこの命、全て捧げるのが義務だというのに・・・・・・あなた様のご友人に不快な思いをさせて・・・メイド失格です」

常に凛としていて、何事も完璧にこなす頼りになる少女なのだが、今は頼りなさげに俯いている。
こうしたところは他の女の子と変わらない。

ぽんっ

そんなレイリスの頭を、祐一は軽く撫でる。

祐一 「気にするなって、あえて言うなら、俺が悪いんだし」

全ての元凶を問い質していけば、間違いなく祐一に辿り着くだろう。
それがわかっているから、祐一は他の人間を責めたりは絶対にしない。
わがままを通そうとした時から、誰かに責められるのは覚悟の上だった。
たとえ誰に責められようと、祐一は一人で旅に出る必要があった。
大切な人達までも危険に巻き込みたくはなかったから。
最初にレイリスがメイドとしてついて来ると言った時は断ったのだが、彼女は例外だった。

レイリス 「あの、祐一様」

祐一 「ん?」

レイリス 「みなさまに謝って参ります」

祐一 「いやだから、むしろ謝るのは俺・・・」

レイリス 「いいえ、あなた様とみなさまとの間にわだかまりがあってはなりません。あなたの非は、全てこの私が引き受けます」

祐一 「レイリス・・・・・・」

レイリス 「あ、それと・・・」

僅かに身を引いたレイリスが手許から何かを取り出す。
それは少し大きめの、装飾の施された弓だった。

祐一 「・・・ちょっと待て、おまえ今どこから出した?」

思えば、先ほど下げたはずのコーヒーカップもいつの間にかどこかへ消えている。
そもそも先ほどのカップはこの店のものではないし、どころか中身さえもここのものではなかった。
だとすればレイリスが持ち歩いているカップと豆で作ったのだろうが、それらしい道具がどこにもない。
以前から気になっていたが、レイリスはどこに持っていたのかわからないようなものを常々取り出していた。

レイリス 「こればかりは、祐一様にも秘密でございます」

祐一 「・・・そうか。で、この弓は?」

レイリス 「詳しくはわかりません。ただ・・・この材質、祐一様のデュランダルとよく似ていましたので」

祐一 「これと・・・」

二つの武器を見比べてみる。
しかし、武器の扱いには通じていても、武器職人ではない祐一に材質が同じか違うかを見分けることはできないが。
ただ、似ているのは確かだった。
何より、レイリスが持ってきた弓は、弓でありながら弦も矢もついていない。

祐一 「どうやって使うんだ、これ?」

レイリス 「持ち主の魔力を増幅して矢の代わりにするもののようです。少し試してみましたが、僅かな魔力でもかなりの攻撃力を発揮します」

祐一 「危ない武器だな・・・なんか」

レイリス 「光の魔法と特に相性がよいようで、私には馴染みませんでした」

光の魔法なら佐祐理が得意だったことを思い出しながら弓を隅々まで眺める。
馴染む感じではないが、確かに並々ならぬ力を感じるものではあった。

レイリス 「シルヴァンボウ・・・そういう名です。すみません、今回の収獲はそれだけです」

祐一 「いや、十分役に立つだろ、これは」

レイリス 「それでは、みなさまの下へ行ってまいります」

祐一 「待った、俺も行くよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「と、いうわけだ」

町を歩き回って四人を集め直した祐一は、レイリスとの関係を包み隠さず話した。

佐祐理 「あははーっ、そうでしたか」

美春 「納得ですね」

舞 「・・・納得?」

音夢 「どうなんでしょうねぇ」

皆決していい顔はしなかったが、とりあえずは和解となった。

佐祐理 「メイドとして祐一さんのお世話をしていたのですね。メイドとして」

メイドという部分を殊更に強調して話す佐祐理。
満面の笑顔の下に異様な気配を隠している感じがして、祐一は少し引く。
しかしレイリスは一歩も引かずに佐祐理の言葉を受けている。

レイリス 「はい。メイドとして誠心誠意、この身の全てを祐一様に捧げております」

佐祐理 「あははー、そうですか」

レイリス 「はい」

片や笑顔。
片や無表情。
表面上は一切の敵意を発していなかったが、水面下で恐ろしい精神戦が繰り広げられているかのような気配が漂っていた。

舞 「・・・怖い」

美春 「ぶるぶるぶる・・・・・・」

音夢 「この状況をどうなさるおつもりですか、相沢君?」

祐一 「なるようになってくれ。止められるくらいなら止めてる」

音夢 「無責任な」

祐一 「じゃあ、おまえが止めてくれるか?」

音夢 「何故私がそんなことをしなくてはならないんですか?」

こちらも笑顔。
しかし、一切の頼みを受け付けない拒絶の裏モードすら振り切れた笑みだった。

祐一 「・・・ところで佐祐理さん」

佐祐理 「はい! なんでしょう?」

先に声をかけられたことがそんなに嬉しいのか、はりきった声で応じる佐祐理。
その佐祐理に、先ほどの弓を手渡す。

祐一 「これ、レイリスが見つけてきたものなんだけど、俺は使わないし、よかったら使ってみてくれないかな?」

佐祐理 「レイリスさんが・・・」

ちらっと無言で佇むレイリスに視線を送る。
二三度弓とレイリスを見比べてからそれを手に取る。

佐祐理 「はぇ〜・・・・・・」

最初はどことなく気に食わないといった顔をしていた佐祐理だったが、そのうち弓に見入っていた。

佐祐理 「・・・・・・」

しばらくじっと見ていかと思うと、上に向かって構えを取る。
佐祐理の動きに合わせて、光が弦と矢を象った。

バシュゥゥゥゥゥ

空に向かって軽く放たれた魔力は、見えなくなるまで飛んでいった。

佐祐理 「はぇ〜、便利そうですね、これは」

祐一 「だろ。シルヴァンボウっていうらしい。俺のデュランダルと似てるから、かなり強力な伝説級の武器だとは思う」

佐祐理 「なるほど。ありがたく使わせてもらいますけど・・・いいんですか、レイリスさん?」

レイリス 「祐一様がお決めになったことに異を唱える理由がありません」

美春 「うわぁ、ほんとに身も心も相沢さんに捧げてるって感じですね〜」

音夢 「・・・何かが間違ってます、こういうのって」

舞 「・・・メイドさん・・・祐一はメイドさんが好み?」

各々複雑な思いを抱きつつ、新たな仲間が一行に加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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