Kanon Fantasia

第二部

 

 

第13話 魔なる者達

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷鳴轟く不毛の大地。
生きる物の存在を感じさせない、どことも知れぬ場所で蠢く者達があった。

ガレス 「魔獣一匹捕まえるのに随分とてこずったらしいな、覇王の手下ども。やはり人間風情にあの不死身の魔獣が荷が克ちすぎたか?」

ミスティア 「そのようなことを言うものではない、人間にしては頑張った方であろう。わらわ達の感覚でものを言うのは酷じゃ」

モストウェイ 「ひょっひょっひょ、いかにもいかにも。何しろあの魔獣はこの老骨にもきついくらいじゃからのぅ」

何気ない会話をしているだけの三人。
だが、言葉の一つ一つがまるで魔力を帯びているかのような重圧感がその場に満ちている。
覇王直属の天宮将ともあろう者達が、共にいて冷や汗をかくほどに。

レギス 「無駄口を叩いているくらいなら、貴様らも計画を手伝わんか」

ミスティア 「嫌じゃ、わらわに重労働を課す気か?」

モストウェイ 「この身にはちときついのぅ」

ガレス 「俺は実戦派だ。裏方の作業は好かん」

レギス 「ちっ」

仲間達の扱いにくさに、レギスは舌打ちする。
同じ主の下に仕える、という以上の繋がりもなく、かつ力の上では互角であるため、強要することができないのがもどかしい。

レギス 「ライブラ、回収したガナッツォの方はどうなっている?」

ライブラ 「順調だ。こちらの作業はほどなく終わる」

モストウェイ 「くっくっく、のぅ若いの。お主ちと、目上の者に対する態度がなっておらんのぅ」

ライブラ 「・・・・・・っ」

一見するとただの好々爺にしか見えないモストウェイと名乗る魔族。
しかしその魔力の高さは、人間からすればまさに桁違いといったレベルだった。
その上おそらく、この場にいる四人の魔族の中でもっとも高い魔力を持っているのも、この老人であろう。
ほんの少し戒めの言葉を放たれただけで身動きすら取れなくなる。

モストウェイ 「もう一度質問しようかの、首尾はどうじゃ、若いの?」

ライブラ 「・・・順調でございます、モストウェイ様」

モストウェイ 「ひょっひょっひょ、お主は長生きするぞい」

満足げに笑い声を上げる。
完全に自分達を見下した高圧的な態度に、天宮将達は屈辱に耐える。
逆らって生き延びられる相手ではない。

レギス 「モストウェイ、話の腰を折るな」

モストウェイ 「ひょっひょっひょ、すまぬすまぬ。じゃがの、若いもんへのアドバイスは年寄りの義務じゃからのぅ」

レギス 「ふん。ところで、もう一人はどうした?」

サジタリアス 「あいつはどこをふらふらしているのか皆目見当もつかん。いざとなればひょっこり現れるだろうがな」

モストウェイ 「そっちの若いのも指導が必要かの?」

再び老魔族の視線が向けられる。
だがライブラと違い、サジタリアスは正面からそれを受けてたつ。

サジタリアス 「何か問題があるか?」

モストウェイ 「くっくっく・・・お主は長生きせんタイプかのぅ」

ライブラ 「サジタリアス! 死にたいのかっ」

サジタリアス 「私が仕えるのは覇王様だけだ。それ以外の相手にへりくだる謂れはない」

 

サーペント 「相変わらずだな。形だけでも相手の顔を立ててやればいいのによ」

場に漂い始めた冷たい空気を払ったのは、遅れて現れたサーペントの声だった。

サジタリアス 「おまえにだけは言われたくないな」

サーペント 「違いない。よぉ、待たせたな、ライブラ」

ライブラ 「遅い。逃げた魔獣を探せと言っておいたのにどこかへ消えおって」

サーペント 「面倒だったからな。そもそも自分の不始末は自分でなんとかしろよ」

沈んでいた天宮将の間の空気が軽くなる。
ただ一人加わっただけで、雰囲気が大きく変わっていた。
今まで大きく感じていた魔族達も、それほど遠い存在に感じなくなった。

タウラス 「・・・・・・」

レオ 「ふっ、相変わらずおまえがいると、調子が妙になる」

サーペント 「そうか?」

サジタリアス 「人の心を操るのはお手の物か、怖い奴だ」

ライブラ 「・・・ところで、そっちの女はどうした? 我々の敵だぞ」

サーペント 「いや、俺の女だ」

サーペントの後ろには、白いドレスを着た名雪が立っていた。
無表情にその場に佇んでいる。

ライブラ 「・・・まぁいい。とにかくおまえ達は黙っていろ、話がややこしくなる」

他の四人にそう言い置いて、ライブラは再び魔族達の方に向き直る。

ライブラ 「計画は全て順調だ。何も心配することはない」

レギス 「そうか。ならばいい」

モストウェイ 「・・・気に食わんの。こやつらまるでわしらと対等でおるつもりらしい。身の程を弁えさせんといかんぞ、レギスよ」

レギス 「大人気ない真似はよせ。こいつらは計画を円滑に進めるために必要だ。それと、あまり人間をなめるな」

閉じられていたモストウェイの目の片方が僅かに開いてレギスを睨む。
顔とは違い、目はまったく笑っていなかった。

モストウェイ 「お主、少し地上に長くいたせいで、人間どもの肩を持っておらんか?」

レギス 「馬鹿なことを。事実を述べているまでだ」

モストウェイ 「ふんっ・・・・・・その小娘、いい女じゃのぅ。わしに差し出せば非礼を許さんでもないぞ」

サーペント 「一昨日来い、ジジイ」

モストウェイ 「貴様・・・っ!」

動き出そうとしたモストウェイの首筋に剣先が突きつけられている。
サーペントの後ろにいた名雪が素早く殺気に反応して動き、剣を突き出していた。

名雪 「・・・サーペント様に手出しはさせない」

モストウェイ 「小娘・・・!」

サーペント 「雪姫の剣は、あの聖剣エクスカリバーだ。魔族と言えども、甘く見ると怪我では済まんぞ。何より、俺の女に手を出したら俺がただじゃおかん」

雪姫を間に挟んで、魔族のモストウェイと人間のサーペントが睨み合う。
魔力では段違いにモストウェイの方が上を言っているが、サーペントはまったく圧されずにいる。
やがて、先に痺れを切らしたモストウェイが苦々しげな顔をしながら姿を消した。

ミスティア 「はっはっは、あやつの顔が歪むのを見るのはひさしぶりじゃ。なかなかやるではないか、人間」

サーペント 「どうも」

ガレス 「確かに、人間にもそれなりにできる者はいるということか」

他の二人は、老魔族の失態がおもしろかったのか、しきりに笑っている。
しかし、根本的に人間を見下している態度では、モストウェイと変わりなかった。

レギス 「まったく・・・あまり諍いを起こすな。近々また数人やってくる。この忙しい時期に、余計な仕事を増やすなよ」

ミスティア 「ぴりぴりしておるな、レギス。半年前、ドラゴンどもにしてやられたのが尾を引いておるのか?」

ガレス 「俺の部下を二人も貸してやったというのに、散々な結果だったそうだな」

レギス 「・・・・・・ミスティア、暇ならば仕事でもやろうか?」

ミスティア 「いらぬいらぬ、労働は性に合わんと言ったろう」

レギス 「あの裏切り者の女が地上にいる」

ミスティア 「・・・・・・」

一瞬にして空気が温度が数十度も下がったかと思われた。
えもいわれぬ恐怖感が腹の底から湧きあがってくるような、そんな殺気と怒気が充満する。

ミスティア 「それを早く言わぬか」

激しい憎悪と、冷たい殺気を内包した笑みを浮かべる魔族、ミスティア。
美術品かと思わせるほどの女魔族の美しさが、恐ろしさを倍増させている。
並の人間ならば見ただけで正気を保てなくなるかもしれない。

ミスティア 「どこにおる? あやつ」

レギス 「見張りの使い魔を放った。すぐにわかる」

ミスティア 「そうか」

満足げに微笑むと、ミスティアはその場から掻き消えた。
確かに微笑を浮かべていたが、その目はまるで笑ってなどいなかった。

サーペント 「美人だってのに、怖い女だ」

ライブラ 「レギス、裏切り者とは?」

レギス 「所詮我々とは相容れぬ、愚かな存在だ。ミスティアは、同じ血を引くがゆえに、奴を一族の汚点として憎悪している」

ライブラ 「同じ血?」

レギス 「後の憂いを断つ意味でも、ミスティアに始末させるのがいい。うるさいのがいなくなるのもいいことだ」

ちらっと残った一人に視線を向ける。

ガレス 「俺にも出て行けと? 派手に暴れるなと言ったのは貴様だろう」

レギス 「目立たない程度になら好きにしろ。そこにいられると目障りだ」

ガレス 「そうかい、じゃあな」

三人目の魔族もいなくなって、ようやくレギスは満足げに仕事を続ける。

レギス 「・・・そう言えば、ミスティアにことを荒立てるなと釘を刺すのを忘れていたな」

サーペント 「見張っておいてやろうか?」

レギス 「頼もう。ただし、味方同士で争うなよ。余計に面倒だ」

サーペント 「わかった。行くぞ、雪姫」

名雪 「はい」

来た時と同じように、サーペントが名雪を伴って去っていく。
それに続いてタウラスやレオも各々に立ち去る。

ライブラ 「・・・まとめ役というのは、どこの世界でも面倒なものだ」

レギス 「まったくだ」

魔族と人間。
相容れぬ存在であり、いつかは結局敵対するであろう者同士だった。
しかし、似たような立場にいるゆえか、ライブラとレギスの間に僅かながら共感が生まれる。

サジタリアス 「中間管理職というやつか。私くらいが一番楽だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

ミスティア 「くくくくく・・・あやつめ、どこをうろついておるのかと思いきや、まさか地上におったとはな、盲点だったか。お主なぞと同じ血が流れているのかと思うと虫唾が走るわ。この世に欠片も残らぬように消し去ってくれるわっ! 待っておるがいい、レイリス」

 

 

ガレス 「ふんっ、憎しみに狂った女というのは、醜いものだな」

狂気にも似た笑い声を上げる同僚を見て冷たく言い放つガレス。
魔族には人間にあるような横のつながりなどは存在しない。
仲間意識や友情などという類のものとは無縁だった。
あるのはただ、強い自我のみ。
主である存在さえも、力関係が変われば立場が逆転するのだ。

ガレス 「だが、どうせ他にすることもない。あの“姉妹”の末路でも見ておくとするか。純粋な魔族の姉と、忌まわしき人間の血を引く妹の因縁を・・・」

 

 

 

 

モストウェイ 「ふんっ、どいつもこいつも年長者を立てるということを知らん。ひとつ、誰が偉いか知らしめてやらねばなるまい」

 

三人の魔族がそれぞれの思惑を胸に動き出した。
いずれもレギスと同等以上の力の持ち主が三人も同時に動くことがどれほど恐ろしいことか。
人間達には知る術もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔界・・・。
ドラゴン大陸、バハムート渓谷。
八大竜王が一角、黒竜王バハムートが治める大地である。

バハムート 「・・・ザッシュとガーランドを呼べ」

人間の感覚から言えば建造物とはとても思えない大きさの城の中心部。
町ひとつ入るのではないかと思えるほど巨大な広場の奥に据えられた祭壇のような玉座の上に、漆黒の体を置いているドラゴンがいた。
それこそが、この大地を治める竜王バハムートである。

ザッシュ 「お呼びですかい、竜王様?」

ガーランド 「ザッシュ、ガーランド両名、お召しにより参りました」

バハムート 「うむ・・・本題に入る前にまず聞くことがある」

ガーランド 「は」

バハムート 「あれは何だ?」

竜王が指し示した広場の外れには、大量の紙ごみが積み上げられていた。
華やかな色合いの紙ばかりで、パーティーにでも使いそうな飾り物の残骸に見えた。

ザッシュ 「ああ、コンサートの時の飾りのゴミっすよ。ったく、片付けとけって言っといたのに」

バハムート 「コンサート?」

ガーランド 「先日、白河嬢がしばらくこちらを留守にすると聞いたので、皆のリクエストでマスターとの合同コンサートを開きまして」

バハムート 「初耳だな」

ザッシュ 「いませんでしたからね、竜王様」

バハムート 「ここでやったのか?」

ザッシュ 「一番広いですからね。超満員だったんで、吊るし見席や飛び見席まで用意して、熱狂しすぎて卒倒した奴が落っこちたりして大混乱になったりで大変でしたよ。壁ぶっ壊した奴もいて、竜王様が戻る前に不眠不休で修理したんすよ」

ガーランド 「無断使用にお怒りでしたか?」

バハムート 「たわけっ!!」

竜王の大音声が広場に響き渡る。
本気を出せば渓谷中に聞こえるほどの王の咆哮である。
ドーム状になっている広場ではさらに反響し、耳を塞いでいても腹の底まで響く。

ガーランド 「・・・やはりお怒りでしたか」

バハムート 「何故俺がおらん時にやる!」

ザッシュ 「いやぁ、なんせ莢迦の奴がギリギリまで何も言わなかったもんで急いで企画したんですよ。もう、竜王様行っちまった後だったし」

ガーランド 「映像記録がありますが」

バハムート 「たわけ、ライブの魅力に勝るわけあるまい」

ガーランド 「では見ませんか?」

バハムート 「見る。後で用意しておけ」

ガーランド 「は。それで、本題は?」

バハムート 「うむ・・・」

それまでの軽い空気が変化する。
ザッシュとガーランドの二人もそれを察して居住まいを正す。

ガーランド 「魔族どもですか」

バハムート 「何を企んでおるのか知らんが、一部で不穏な動きがあるのは知っていよう」

ザッシュ 「そういや、莢迦を追ってきた連中も何か言ってやがったな」

バハムート 「彼奴らの動向を探れ。我らに有害なようならば、潰せ」

ザッシュ&ガーランド 「御意に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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