Kanon Fantasia

第二部

 

 

第12話 人形使い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少しさかのぼる。

サーペント 「やれやれ・・・召喚直後に魔獣に逃げられるとは、ライブラも割とドジをやる。いや、そもそも魔族であるレギスから習った術を人間の手で確実に行おうというのが間違いか」

このやる気のなさそうな若者の名を、サーペントという。
覇王天宮将の一人で、若そうに見えてそれなりに歳は行っている。

サーペント 「そもそもまどろっこしい計画など立てるから、いざとなると面倒が増える。まぁ、俺は俺で好きにやらせてもらってるがな」

五人いる真の天宮将の一人であるだけに、その力は並外れて高い。
しかし、覇王に対する忠誠の点では、他の四人とはまったく違っていた。
己の目的のためにのみ労力を費やす、そうした意味においては、むしろ四死聖に近いものがあった。
結局今まで対戦することはなかったが、サーペント自身、四死聖には共感を感じている。

サーペント 「人間自由が一番。俺は他の四人と違って、覇王に従う理由こそあれ、義務はないってな。・・・・・・ん?」

そんな独り言を言いながら歩き回っていると、木の幹に寄りかかって昼寝をしている少女を見付けた。
このあたりはわりと静かな場所とは言え、無防備に寝息を立てていた。

サーペント 「・・・ふむ、好みだな」

起こさないように気配を断って近付く。
だがそんな気遣いはまったく無用なほどに、少女はよく眠っていた。
放っておいたならいつまでも眠っていて、キノコが生えた上に木と同化しそうな勢いである。
見たところただの村娘などではなく、軽装ではあるが騎士のようだった。

サーペント 「ん? これは・・・」

目に留まったのは、傍らに立てかけてある剣だった。
かなり立派なその剣を、サーペントは記憶にとどめていた。

サーペント 「エクスカリバー・・・・・・するとこの女が水瀬秋子? いや、娘の・・・水瀬名雪、か」

各地での戦闘を影から見ていたサーペントは、戦場の女神と呼ばれた水瀬秋子と、その愛剣エクスカリバーを数度見たことがあった。
目の前で眠っている少女は、その水瀬秋子と似てはいるが、少し印象が違っている。

名雪 「・・・うにゅ・・・」

起こしたかと思ったが、ただの寝言のようだった。
一応敵と呼べる存在が近くにいるというのに、こうも完璧に寝ていられることに少し呆れた。

サーペント 「呑気な娘だ。それとも、よほど肝が据わっているのか?」

名雪 「くー」

サーペント 「・・・・・・」

 

?? 「名雪ー!」

 

眠っている少女を呼ぶ声が聞こえた。
少しずつ近付いてくる。
声は一人分だが、足音は三人分あった。

サーペント 「仲間か」

出くわすのは面倒だった。
しかし、このまま立ち去ろうという気も起きない。

香里 「見付けた・・・って・・・?」

寝ている名雪と同い年くらいの少女が現れる。
同じような騎士らしき恰好に、大きな戦斧を背負っている。

香里 「誰、あなた?」

見知らぬ相手に対して警戒をしている。
少なくとも名雪よりは警戒心というものを持っているようだった。

潤 「どうした、美坂? 水瀬いたか?」

往人 「何やってんだ?」

続いて槍を持った騎士の男と、少し変わった風体の男がやってくる。
槍使いの方は知らないが、もう一人の方をサーペントは知っていた。

サーペント 「国崎往人」

往人 「ん?・・・・・・てめぇ・・・蛇」

サーペント 「蛇使いだ。履き違えんでくれ」

往人 「てめぇが何でこんなところにいやがる?」

サーペント 「それはこちらこそ聞きたいな。一匹狼を気取っていたおまえが群れをなすとはな」

往人 「こいつらと一緒になったのは成り行きだ。そっちの水瀬とはちょっとした知り合いだしな」

あまり友好的でない空気が二人の間に流れる。
その空気を察してというか、あからさまに怪しい男に対して、潤と香里も警戒する。

潤 「国崎、なんだこいつは?」

往人 「俺と同じ師匠の下で学んだ、人形使いの兄弟弟子さ」

サーペント 「人形使い・・・か。おまえは相変わらず師匠の残した玩具で人形遊戯をやっているのか?」

往人 「黙れ蛇。人間を物みたいに操るてめぇの外道術と比べんなよ」

サーペント 「どんな精巧な人形も、神が生み出した生物という美術品に遠く及ばん。だが、生み出すことはできずとも、それを自在に操ることはできる。その楽しさがおまえにはわからんと見える」

往人 「わかりたくもねぇ。ここで会ったが百年目だ。その腐った根性叩きなおしてやるぜ!」

サーペント 「できるか? おまえに」

緊張感が一気に高まる。
それを感じ取って、潤と香里は往人の横から離れる。

往人 「法術!」

封じられていた人形が呼び出され、それらが往人の命に従ってサーペントを取り囲む。
現れた十体の人形が前後左右から攻撃を仕掛けていくが、サーペントは余裕を持ってそれらをかわしていく。

サーペント 「やはりお遊戯だな」

往人 「どうかな?」

さらなる術が人形達にかけられ、姿形が往人そっくりに変わる。

サーペント 「ほう」

往人 『どれが本物かわからんだろ!』

サーペント 「ふむ・・・全て倒すのは芸がないな・・・」

攻撃を回避しながら人形の動きを見る。
しばらくそうして考えてから、やがて一体に対して攻撃した。

サーペント 「後ろで隠れているのが本物だろう」

往人 『・・・かかったな』

サーペント 「む」

だが、サーペントの剣で貫かれたのは人形だった。
本物の往人と残りの人形は、がら空きになった背後から仕掛ける。

往人 『ここにはてめぇが盾にできるような人間はいねぇぜ!』

サーペント 「おまえを相手にするのに、そんなものが必要か」

往人 「っ!!」

ドシュッ

光が走って、人形がまとめて薙ぎ倒される。
紙一重で往人はそれをかわしたが、サーペントに攻撃を加えることはできなかった。

サーペント 「人形など使わなくても、俺は十分に強いからな」

往人 「ちっ・・・」

香里 「このっ!」

離れていた香里が攻撃後の隙をついて仕掛ける。
だがサーペントは見向きもせずに手を差し出しただけで、香里の動きを封じた。

香里 「な・・・!?」

サーペント 「まぁ、リクエストとあらば、俺の人形使いの術をいくらでも見せてやるがな」

香里 「か、体が・・・勝手に・・・!?」

振り上げた戦斧は、狙っていたサーペントではなく、往人に向かって振り下ろされた。

往人 「くっ・・・!」

辛うじてかわすが、操られた香里はしつこく追っていく。

往人 「てめぇ!」

サーペント 「ふっ・・・他愛ない・・・っ!」

シュッ

体を捻って三人目の攻撃をかわすが、僅かに頬を掠った。
すぐにその相手にも人形使いの術をかけようとしたが・・・。

サーペント 「む・・・!」

槍はさらに繰り出され、サーペントは身をよじって後ろに下がる。
その隙に香里にかけた術も解けてしまった。

サーペント 「おまえ・・・俺の術が効かんとはな」

潤 「悪いが、俺はおまえ如き相手にてこずってられない理由があるんでね」

サーペント 「・・・その槍のせいか・・・」

潤 「親父からの餞別さ。水瀬のエクスカリバーと同等の伝説の武器、ゲイボルグ」

サーペント 「いい武器だが、使い手がおまえでは、武器が哀れだな」

潤 「何だと!?」

サーペント 「あの間合いで俺を仕留められなかった程度の腕で、その武器が使いこなせるか」

潤 「こいつ言わせておけば・・・!」

往人 「待て北川、挑発に乗るな。こいつはそうやって人の心を操るのが得意なんだよ」

突っ込もうとする潤を往人が制する。
術の解けた香里も加わって、三人でサーペントを取り囲む。

往人 「さて、観念してもらうぞ」

サーペント 「俺が? 何を言う」

数の上で不利な立場にいながら、サーペントはまったく動じていない。
さらに双方の気が張り詰める中・・・。

 

名雪 「うにゅ・・・おはよふございまふ・・・」

 

まったくもって場に似つかわしくない寝惚けた声がした。
香里達三人は思わずひっくり返りそうになる。
サーペントもあまりの場違いさに気勢をそがれる。

サーペント 「くくく・・・ははははははっ」

思わず笑いが込み上げ、他の三人を完全に無視して寝起きの名雪の前に立つ。

サーペント 「気に入ったよ、水瀬名雪。おまえ、俺の女にならないか?」

香里 「は!?」

潤 「な?」

往人 「あん?」

名雪 「・・・だお?」

突然の言葉に全員が唖然とする。
もっとも名雪だけはまだ寝惚けていて、何を言われたのかよくわかっていないようだった。

サーペント 「俺の目を見ろ」

名雪 「?」

往人 「やばいっ、見るな!」

二人の目が合っていたのはほんの数秒の間だった。
妨害しようとした往人の動きはサーペントによってあっさり封じられる。

サーペント 「ふっ、そうか。相沢祐一・・・それがおまえの心を縛る者か」

名雪 「え?」

祐一の名を出されて、はじめて名雪がまともな反応を見せる。

名雪 「えっと・・・? どちら様? で、どうして祐一のことを・・・え? え?」

混乱している。

サーペント 「俺の名はサーペント。水瀬名雪、俺の女になれ」

名雪 「え? え? え?」

ますます混乱する。
しかもまがりなりにも告白されているのだと気付くと、赤面する。
人望は集めていても、まともに男から告白されることなど、名雪ははじめてだった。

名雪 「えっと、ごめんなさい、わたし好きな人が・・・」

サーペント 「相沢祐一だろう?」

名雪 「はい・・・って、どうして・・・?」

サーペント 「だがその想い、報われんだろう」

名雪 「!!」

冷水をかけられたように名雪の体がびくんと震える。
わかっていること、理解していることでも、他人の口からはっきり言われると、改めて現実が重く圧し掛かる。

サーペント 「その男の心が実際には誰に向いてるのかは知らんが、少なくともそれはおまえじゃない」

名雪 「っ・・・」

サーペント 「それでもその男の想い続けるか?」

名雪 「わ、わたしは・・・」

サーペント 「むしろその男、おまえの存在を疎ましく思っているのではないか?」

名雪 「っ!!!」

英雄の娘、水瀬名雪は恵まれていた。
そしても、もっとも近くにいた従兄弟の少年、相沢祐一は恵まれていなかった。
親の愛情に飢え、魔力0の落ちこぼれと蔑まれ、そんな祐一が恵まれていた名雪のことをどう思っているのか。
考えまいとして、常に考えていることだった。
しかし、真実を知ることは何より恐ろしかった。

サーペント 「愛されることもなく、疎ましがられる存在になってまで、その男を想い続けるつもりか?」

名雪 「や・・・めて・・・」

いつしか名雪の心は、サーペントの言葉に支配されていた。
ただ紡がれる言葉を聞くだけで、言いようのない恐怖と絶望が押し寄せてくる。
心が壊れそうだった。

香里 「もうやめなさいっ!」

潤 「おいっ、水瀬!」

往人 「そいつの言葉に耳を傾けるな!」

もう、他の人間の声は聞こえない。
ただ、現実ではない、冷たい目と、嫌悪の声、そして、誰かの甘い誘惑の声だけが聞こえていた。

名雪 「あ・・・ぁ・・・ぁ・・・」

サーペント 「忘れてしまえ、全て。次に目覚めた時、おまえの心は一切の闇のない白となる」

名雪 「し・・・ろ・・・?」

サーペント 「無垢に還れ」

糸の切れた人形のように、名雪の体が崩れ落ちる。
それを受け止めたサーペントは、そのまま名雪の体を抱き上げる。

往人 「蛇! てめぇ!」

サーペント 「もうおまえ達と遊ぶ意味もない。お姫様はもらっていくぞ」

潤 「こいつっ!」

潤の槍が突き出されるが、名雪のことを思って勢いが弱かった。
あっさりかわされ、サーペントの姿が消える。

潤 「どこだっ!?」

往人 「あの野郎ッ、逃げ足の早い!」

香里 「名雪っ!!」

三人の声は、誰もいない場所に虚しく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーペント 「・・・それにしても、これほどの想いを受ける相沢祐一という男・・・どれほどの男なのか」

少し離れた、落ち着いた風情の場所で、先ほど覗き見た名雪の記憶を回想する。
どんな小さな思い出にも、必ずと言っていいほど相沢祐一の姿が浮かんできた。
軽い嫉妬を覚える。

サーペント 「ふっ、だが、こいつはもう俺のものだ。おまえの出る幕ではない、相沢祐一。おまえは他の女とよろしくやっていればいい、この姫は、俺が幸せにしてやろう」

横たわっている名雪の頬をそっと撫でる。
壊れ物を扱うよう、丁寧に。
その手の感触に気付いたのか、名雪がうっすらと目を明ける。

名雪 「ん・・・・・・」

サーペント 「起きたか」

名雪 「誰・・・? ・・・・・・私は・・・誰?」

サーペント 「俺はサーペント、おまえの主だ」

名雪 「あるじ・・・?」

サーペント 「そう。そしておまえは・・・雪のように白く、無垢なる者・・・・・・雪姫と名付けようか」

名雪 「ゆきひめ・・・・・・私の名前?」

サーペント 「そう、おまえの名前だ。おまえは俺のものだ、雪姫」

名雪 「私は雪姫・・・・・・あなたのもの・・・・・・・・・じゃあ、この人は誰・・・?」

サーペント 「何?」

予期せぬ言葉に、怪訝な表情をするサーペント。
今の名雪に、目の前に映る光景以外の記憶があるはずはないのに。

名雪 「私の中にいる・・・この人は、誰?」

サーペント 「(まさか、完全に記憶を消せなかった? それほどまでに報われぬ愛を貫くか・・・)」

そっと手を名雪の額の上にかざす。
残っている祐一の記憶には改めて隠蔽をする。

名雪 「・・・・・・」

サーペント 「・・・相沢・・・祐一、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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