Kanon Fantasia

第二部

 

 

第11話 死神二人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数ヶ月前・・・。

幽 「おい、小娘」

栞 「いい加減人のことをそうやって呼ぶのやめてもらえませんか。私には栞というキュートな名前があるんですからねっ」

幽 「んなくだらねぇことはどうでもいいんだよ」

栞 「くだらないとは何ですか! そんなこと言う人嫌いです!!」

幽 「おら」

栞 「はい?」

ひょっと幽が何かを放って寄越す。
かなり長い棒状のものを、栞を反射的にキャッチしてしまう。

栞 「わっ、ととっ・・・」

しかし、栞の体に対してかなり大きい上に重いそれを頭上で掴むと、投げ寄越された勢いそのまま体重が後ろにかかる。
加えて今栞が立っている場所は極めて足場が悪く、しかも背後は急斜面だった。
よって重心が後ろにずれた栞は体を支えきれずに斜面を転がり落ちていく。

栞 「うっきゃぁああああああああ!!!!」

 

一時間後・・・。

 

栞 「ぜぇ・・・ぜぇ・・・・・・ゆ〜う〜さ〜ん・・・!」

幽 「遅ぇぞ、小娘。この俺様がわざわざ待っててやったてのにちんたらしやがって。胸が小せぇだけでなく、足も短ぇんじゃ救いようがねぇな」

栞 「胸のことは今は関係ないでしょう! 大体なんなんですか、この・・・」

先ほど幽が放って投げたもの。
今は栞が手にしているのは、柄の長さが二メートル近くあり、先端に刃渡り一メートル以上の刃がついた巨大な鎌であった。

栞 「いかにも趣味の悪い鎌は・・・?」

幽 「ディアボロス」

栞 「ディア・・・ボロス?」

幽 「昔、このラグナロクと一緒に神界の宝物殿からふんだくったもんだ。使い道がなかったんでここにほったらかしてにしてあったが、これからも使い道がねぇから、おまえにくれてやる」

栞 「くれてやると言われましても・・・」

どうしてそんなに偉そうなのかという疑問がまず湧くが、それはいつものことなのでこの際置いておく。
それはさておき、鎌などくれられても栞としては困る。
刃物など今までほとんど扱ったことなどないのだ。

栞 「(けど、不思議と手に馴染みますね・・・?)」

最初に手にした時はバランスを崩して倒れてしまったが、見た目ほどそれは重くはなかった。
むしろ、大きすぎるという点を除けば、それは栞の手によく馴染む得物だった。

幽 「ふんっ、そいつはおまえのことが気に入ったらしいぜ」

栞 「むぅ〜」

デザイン的にいかにも悪者っぽいのがいまいち気に入らなかった。
だが、悪くもなかった。

幽 「俺様の下僕なら、せめてそれくらいの得物を持ってねぇと恰好がつかねぇからな」

栞 「だから、誰が幽さんの下僕ですか」

幽 「そいつを使っておまえ、俺の後ろについてみるか?」

栞 「はい?」

何を言っているのか最初はわからなかった。
しかしすぐにその言葉の意味するところに気付いた。
千人斬りの幽ほどの達人でも、背中というのは弱点になる。
そこにつくというのは、つまりその男の背中を守るということ。
もっとも信頼する者にしか頼めない役割だった。
栞は知らないが、かつて四死聖時代においては、莢迦が担っていた役でもある。

栞 「どうして・・・?」

幽 「阿呆か、おまえは」

栞 「な・・・っ!」

幽 「おめえはそもそも俺様の下僕としての自覚が足りねぇ。少しは仕事をさせてやるつってんだよ」

栞 「(この人は・・・!)」

この男の口は他人を怒らせるために存在しているとしか思えなかった。
誰彼構わず暴言を吐く。

栞 「知りませんよ。この私にばっさりなんてやられても」

幽 「だからおまえは阿呆なんだよ。おまえなんぞに斬られる千人斬りの幽様じゃねぇ。それに、その程度のハンデがねぇと、俺に刃向かう雑魚どもが哀れだろうが」

どこからこの自信が湧いてくるのか。
もっとも、そうでなければ千人斬りの幽らしくなかった。

栞 「(幽さんの背中を守る・・・か。・・・・・・悪くないですね)」

漠然としていた自身の生き方に一つの目的ができて、少し嬉しく思う栞だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幽 「さぁて、誰から地獄を見てぇ?」

栞 「ご希望の方はもれなくご招待しますよ」

真紅の剣を掲げる千人斬りの幽と、漆黒の鎌を持つ美坂栞。
全ての者に等しく死をもたらす死神が二人、現れた。

 

サジタリアス 「さて、どうする?」

ライブラ 「・・・タウラス、相沢祐一の相手を頼む。幽にはサジタリアスが当たれ。引き上げの準備をする」

祐一 「待てよ、逃げるのか?」

下がろうとするライブラに対して祐一が詰め寄る。

ライブラ 「貴様を我が手で葬りたいのは山々だが、生憎長々と付き合っているほど暇ではないのでな」

タウラス 「・・・・・・」

代わりにタウラスの巨体が祐一の前に立ち塞がる。

タウラス 「・・・羅王丸の息子だったな」

祐一 「・・・ああ」

タウラス 「ならば、相手にとって不足なし」

ガキンッ

両手の手甲を打ち合わせてタウラスが構えを取る。
威圧感だけならばライブラ以上だった。

祐一 「・・・・・・」

生半可な相手ではない。
祐一も気を引き締めて剣を構える。

 

 

 

サジタリアス 「覇王城に続き、またやりあうことになったな」

幽 「けっ、何度やろうと結果が動くものじゃねぇがな」

栞 「あの・・・私は?」

無視されている感のある栞が割ってはいる。

サジタリアス 「小娘の相手なら、そっちにいくらでもいる」

栞 「(またこの人も小娘と!)」

背後を振り返ると、またうじゃうじゃと地面からアンデットモンスターが湧いて出てくる。
ウンザリするほどの数だった。

栞 「嫌いなんですけど、アンデットって。弱いのにやたらしつこくて」

サジタリアス 「心配しなくても、そいつらは先ほどの奴らとは違い、対四死聖クラスを相手に想定した強化アンデットだ。小娘の相手には十分だろう」

栞 「・・・なめられたものですね、私も」

幽 「俺様の下僕がなめられてんじゃねぇよ。とっとと片付けて来い」

栞 「言われなくてもそうしますよ。ただし、私は幽さんの下僕じゃありません」

幽の傍らを離れ、栞は五十以上はいるアンデットの前に進み出る。
標的を栞一人に定めたゾンビ達が、見た目とは裏腹の素早さで襲い来る。

栞 「えぅ〜、気持ち悪いです」

グロテスクな光景に、栞は少し引く。
すぐに気を取り直して鎌を両手で構える。

栞 「絵にする価値もないほど美的センスの欠落した化け物にかける情けはありませんからね!」

巨大な鎌は一振りで何体ものアンデットをまとめて切り裂く。
さらに右へ左へ回転させるように振り回し、切り裂いたアンデットの肉片を微塵にしていく。
再生能力があるわけではないので、動けないほどまで砕いてしまえば倒せた。

栞 「所詮は雑魚でしょう」

30秒もしない内に五十体のアンデットは全て粉微塵になっていた。
だが、地面からは尚も新しいアンデットモンスターが出現してくる。

栞 「し、しつこいですね。女の子に嫌われますよ。ちなみに私は嫌いです」

現れた端から襲い掛かってくる。
切りがなかった。

栞 「いい加減にしてくださいっ!」

漆黒の鎌、ディアボロスによって増幅された栞の魔力が溢れ出る。
氷の魔力を、鎌を薙ぎ払いながら解放する。

栞 「氷結地獄“コキュートス”!!」

栞を中心に、冷気が波紋のように広がっていき、全ての地面を凍てつかせた。
完全に凍り付いた地面からは、もうアンデットモンスターが現れることはなかった。

栞 「永久氷土の下で眠りなさい」

 

 

アンデットをまとめて片付けた栞の奥義だったが、問題もあった。
地面に隣していた全員がダメージを受ける対象になっていたことである。

みちる 「くしゅにょわっ!」

美春 「さ、寒いでふ〜」

ことり 「くちゅん・・・う〜、魔界は地上に比べて結構暖かいから、これは寒いね〜」

美凪 「・・・地上に慣れていても・・・寒いです」

半径二百メートル余りの地面は全て凍りに変わっていた。
それだけで気温は一気に十度は下がっている。

莢迦 「やるね〜。あの子、美坂栞って言ったっけ。力だけならもう四死聖クラスかも」

音夢 「くしゅんっ・・・それよりも・・・この寒さなんとかならないんですか?」

さくら 「こっち来る? ぬくぬくだよ〜♪」

敵がいなくなって手の空いたさくらが火を起こしている場所に皆で集まる。
だが、集まったのは七人だけで、残りはいまだ戦っているか、それを見ていた。

 

 

舞対レオ、祐一対タウラスと、それを見ている佐祐理。
それに、幽対サジタリアスと、それを見ている栞。

こちらの戦いは、地面が凍ろうともまったく支障をきたしていなかった。
だが、それもやがて終わりを告げた。

 

ガナッツォ 「グォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

魔獣の咆哮に全員の注意が向く。
その動きを封じていた結界が収束していき、やがてライブラの手に乗る程度の大きさになった。

ライブラ 「用は済んだ、引き上げるぞ」

 

レオ 「どうやら、勝負はまたお預けだ」

舞 「・・・・・・」

 

タウラス 「また会おう」

祐一 「また逃げるのか?」

 

幽 「逃げてばかりだな、腰抜けどもが」

サジタリアス 「焦るなよ」

 

ライブラ 「いずれ貴様らが地獄を見る時が来る。そう遠くない内にだ」

そう言い残して、四人の天宮将は引き上げていった。
相変わらず退き際が鮮やかで、追撃する機会を逸した。
しかし、幽はすぐにでも追う気でいた。

 

幽 「行くぞ、小娘」

栞 「はいはい・・・もうなんとでも呼んでください・・・」

他の者には、祐一にも美凪にも莢迦にも見向きもせずに幽は天宮将を追っていく。
栞は祐一達に対して一礼をしてからその後をついていった。

 

祐一 「・・・・・・」

莢迦 「無視されたね」

祐一 「眼中にないんだろ。それに、俺なんかよりもあの連中の方が、あいつにとっては長年の宿敵だ。どっちを優先するかはわかる。今はまだ、いいさ」

莢迦 「ふ〜ん、オトナになったね」

祐一 「そう思うか?」

まったく見向きもされなかったことには、多少なりとも祐一はショックを感じていた。
気にかけられるほどには強くなったつもりであったのだが、幽自身、そしてその傍らにいる栞の戦いを見て、改めて自分のレベルがまだ必要な場所まで達していないことを肌で感じ取ってもいた。

莢迦 「ま、いいけどね。私は幽についてくから」

祐一 「は?」

莢迦 「覇王軍との因縁ということなら、私だって同じだからね」

美凪 「・・・では、私も」

みちる 「美凪が行くなら、みちるもいくー」

ことり 「莢迦ちゃん、私は一度魔界に帰るね、ちょっと気になることもあるし・・・たぶん莢迦ちゃんが気にしてるのと同じこと」

莢迦 「そう。じゃあ、なんかわかったら連絡してね」

ことり 「うん」

さくら 「じゃあ、ボク達は予定通りサーガイアに行こうか、うたまる」

うたまる 「にゃあ〜」

祐一 「おーい・・・」

何やら勝手に話が進み、皆それぞれに去っていった。
取り残された祐一の周りには、佐祐理、舞、音夢、美春の四人だけが残っている。

佐祐理 「さて、祐一さん」

祐一 「ぎく・・・」

舞 「・・・さっきの続き」

祐一 「いや、その・・・」

さっきの、とは当然、天宮将の出現で中途になっていた説教のことである。

音夢 「とりあえず、近くの町まで行きませんか? 私も美春も疲れてますし・・・・・・色々とお話も聞きたいですし」

佐祐理 「そうですね。では、みんなで行きましょうか」

休息と落ち着いて話をする場所を求めて、五人は街へと続く道を目指した。

つるっ

美春 「うわわ〜っ」

ちなみに、凍った地面は非常に滑りやすい。

音夢 「もう、何やってるんですか・・・って、わわぁっ」

佐祐理 「あははーっ、佐祐理は運動神経はいいですからららら・・・きゃんっ」

祐一 「わぁっ、ひっくり返るな! 見えるから・・・」

音夢 「ななななっ・・・だったらあっち向いててください!」

ばきっ

ぐーで殴られた。

佐祐理 「祐一さんのエッチ!」

ばこんっ

さらには杖で殴られる。

舞 「・・・っ・・・っ・・・」

唯一立ったままでいる舞だったが、どこか必死の表情が、辛うじて滑らないよう耐えていることを示していた。

祐一 「くそ、おまえも転んじまえ」

舞 「・・・触るな」

シャキンッ

真剣を突きつけられた。
かなりマジらしい。
後ろでは美春の悲鳴が幾度となく響き、音夢と佐祐理も立つのに一苦労していた。

さくら 「やれやれ、みんな戦ってる時以外はドジだね」

祐一 「あんたどっか行ったんじゃなかったのか?」

さくら 「ちょっと様子見にね。あのさ、もう氷溶かしちゃっていいんじゃないかな?」

佐祐理 「あ、あはは〜、そうですよね〜」

そこからは佐祐理の魔法で溶かしたり、美春の銃火器で砕いたりしながら道のある場所まで行った。
たかが二百メートルほどの移動にこれほどの労力を費やしたことはいまだかつてなかったと、後に彼らは語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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