Kanon Fantasia

第二部

 

 

第7話 二人の大魔女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼い子供同士が再会したような勢いで互いに駆け寄っていく。
流れの通りなら、ここで互いに抱擁するところなのだろう。

ことり 「あのね、相沢君。たぶんだけど、下がった方がいいと思うよ」

祐一 「は?」

何故かことりは苦笑いを浮かべながら二、三歩後退する。

祐一 「・・・・・・」

何かが起こりそうな雰囲気はない。
だが、相手は莢迦である。
次の行動が読めないため、何をしでかすのか見当がつかない。

 

さくら 「お姉ちゃん!」

莢迦 「さくら!」

たたたっと駆け寄って行く二人。
そのまま行けば、ちょうどうたまるとかいう猫?のいる辺りで抱き合う形になるだろう。
普通なら。

あと一歩でそうなる、というところで・・・。
莢迦は腰の刀に手をかけ、さくらは背中の箒に手を伸ばした。

ガツンッ!

居合抜きされた莢迦の刀と、背中から頭上を回して振り下ろされたさくらの箒とが中間点でぶつかり合う。
激しくぶつかり合う魔力の余波で、二人の足元にいたうたまるは宙へ舞い上がり・・・・・・祐一の頭の上に着地した。

祐一 「・・・おまえ、器用だな」

うたまる 「にゃ〜」

その祐一はと言えば、突然の二人の行動に今更驚くのも馬鹿らしく、ただ立ち尽くしていた。

ことり 「冷静だね、相沢君」

祐一 「もう慣れた。それより、あれが誰だか知ってるか?」

ことり 「ううん。でも・・・特徴からすると、たぶん聞いたことはあるよ」

祐一 「莢迦から?」

ことり 「うん。たぶん、芳乃さくらって子だと思う」

祐一 「芳乃さくら・・・」

はじめて聞く名前だった。
もっとも莢迦は過去に関して特に何も話さないので、二百年という人生の中でどんな出会いがあったかなど知る由もないが。

ことり 「莢迦ちゃんの姉妹弟子なんだって」

祐一 「・・・・・・つまりあれか、外見子供だがあの子もあいつ同様二百年も生きてると?」

ことり 「そうじゃないかな?」

祐一 「世の中何か間違ってないか?」

ことり 「でも、私も見た目通りの年齢じゃないし・・・」

祐一 「つまりあれか? 俺の常識などただの紙切れ同然のシロモノだと?」

ことり 「そこまでは言わないけど」

二人が呑気に会話している間にも、莢迦とさくらの攻防は続いていた。
最初の激突から互いに離れると、それぞれ一秒以内に十を越える術を発動させる。

莢迦 「フレアブリット!」

さくら 「ウィンディースラッシュ!」

炎の弾丸と風の刃が空中で相殺し合う。
尚も攻撃はやまない。
何故か仕込み杖になっている箒から、反りのない直刀を抜いてさくらが斬りかかる。
刀の扱いは得意な莢迦は当然それを楽に受け止めるが、それはさくらの考えのうちだった。

さくら 「グランドボム!」

足元に向けて術を発動させ、自身は箒に乗って空中に逃げる。
同時に大地が爆発し、莢迦がそれに呑まれる。

莢迦 「上にご注意」

さくら 「っ!!」

ヒット&アウェイで後退したさくらの頭上に空間の歪が生じ、そこから炎をまとった獣が現れた。

さくら 「イフリート!?」

莢迦 「愛称はいーくん」

魔獣イフリートの炎が箒ごとさくらを包み込む。
堪らず地面に落ちたさくらに向かって、莢迦が追い撃ちを仕掛ける。
だが、今度カウンターを喰らったのは莢迦の方だった。
足元から伸びた無数の植物が莢迦とイフリートをまとめて飲み込んだ。

さくら 「魔界の火山帯に生息する植物で、火には滅法強いよ」

莢迦 「そりゃ大したもので」

パキィンッ!

植物は内側から凍りつき、あっという間に砕けた。

莢迦 「別に炎系が得意ってだけで、氷系魔法が使えないわけじゃないからね」

さくら 「知ってるよ。同じように、召喚魔法だってお姉ちゃんの専売特許じゃないよ」

莢迦 「・・・・・・」

さくら 「・・・・・・」

再び無言で向きあい、やがてどちらからともなく笑い出した。

莢迦 「あはははは、どうやら腕は鈍ってないみたいだね」

さくら 「にゃははは、お姉ちゃんこそ。どころか、前よりさらにパワーアップ?」

莢迦 「それはそうとさくら、さらに縮んだんじゃないかな?」

さくら 「縮まないってば。ずっとこのまんまだよ」

莢迦 「そんな形じゃどこに言っても子供扱いされてるんだろうね、相変わらず。実際子供だけどね」

さくら 「喧嘩売ってる、お姉ちゃん? 売ってるよね! そっちこそ年齢詐称のくせして!」

莢迦 「私は永遠の十代、お互い様だよ〜」

さくら 「うにゃにゃ〜」

莢迦 「ぬふふ〜」

奇妙な睨み合いが続く。
放っておくといつまでも続きそうな気配だったので、祐一が止めに入る。

祐一 「盛り上がってるところ悪いが、こっちにわかるように事情を説明してくれ」

さくら 「OH、ソーリー。こいつぁ、申し訳ねえ、旦那」

祐一 「は?」

さくら 「あっしは芳乃のさくらってえ、しがねえ女ですが、この度、同胞の姉貴が大変お世話になったそうで、礼を言わせておくんなせえ」

祐一 「お、おう・・・」

さくら 「にゃはは、それで、君の名前は?」

祐一 「あー、相沢祐一だ」

突然ヤクザ者口調になったりと、つかめない少女だった。
というか、莢迦の古い知り合いというなら、少女という表現は適切ではないのだろうが。

祐一 「しかし・・・今までにも何人か年齢誤魔化してるとしか思えない連中に会ってきたけど、こんなに小さいのははじめてだぞ・・・」

さくら 「あのさ、一応言っておくけど、ボクの外見年齢は十五才なんだけど」

祐一 「は?」

莢迦 「ちっちゃいよね〜。かわいいからいいんだけど」

さくら 「うにゃ〜」

祐一 「・・・いや、何も言うまい」

つっこんだら負けだ。
そう思わせる何かがこの二人にはあった。

 

 

 

 

 

さくら 「改めて、芳乃さくら、お姉ちゃんとは同じ釜の飯を食べた仲だよ。二百年も前の話だけど」

莢迦 「何年振りだっけ、会うの?」

さくら 「ここ六十年は会った憶えがないね」

莢迦 「ああ、道理で。最近の知り合いに紹介した憶えがないわけだね」

時間に対する感覚が遥か地平の彼方までずれているような気がしたが、それはこの際無視する。

祐一 「姉妹弟子なんだって?」

さくら 「そうだよ。ボクのおばあちゃんが、ボクとお姉ちゃんのお師匠さん」

いったいそのおばあさんとやらは何歳だったのだろう、などとつい考えてしまう。

ことり 「千年くらい生きてたりして?」

祐一 「まさか・・・・・・」

莢迦 「さすがにそこまではね。あ、でも確か・・・・・・話からすると」

さくら 「うん、五百年は生きてた計算になるよね」

どっちにしろ物凄い数字である。
だが、過去形で言っている辺り、既に亡くなっているのだろう。
それに関しては祐一もことりも追求はしなかった。

さくら 「お姉ちゃんは随分と有名人になったね」

莢迦 「そっちはどこ行ってたの? 全然噂聞かないし」

さくら 「ボクはお姉ちゃんと違って目立ちたがりじゃないからね。ちょっと隣りの大陸に行ってたんだよ」

祐一 「隣りの大陸だって!?」

確かに、この地上に存在する大陸は何もメルサレヴ大陸だけではない。
しかし、過去の大戦の名残りなのか、乱気流と乱海流のせいで大陸間の行き来は絶えて久しいという。
危険が多すぎるのだ。

さくら 「海越えはスリルと冒険が溢れてて楽しいよね♪」

莢迦 「そっかー、私は早くから異世界を飛び回ってたから、地上はあんまり動き回ったことなかったんだよね」

祐一 「異世界?」

莢迦 「魔界、天界、神界、冥界、エトセトラえとせとら」

祐一はくらくらとする頭を押さえた。
どちらにしてもスケールが大きすぎてピンとこない。
けれど、こうしたスケールの大きな経験が、彼女達ほどの強大な力の持ち主を育てるのかもしれないとなると、ここで遅れを取ってはいけないとも思った。

莢迦 「おや? あれは・・・」

祐一 「どうした?」

莢迦 「上」

祐一 「上?」

指摘されて頭上を見る。
すると、どこかで見たような姿の魔獣が降りてくるのが見えた。

莢迦 「美凪の魔獣だね。大分サイズが大きくなってるけど」

祐一 「ああ、そういえば」

以前二度ほど祐一も乗ってことのある魔獣であった。
莢迦の言うとおり、以前よりも大きくなっている。
その魔獣が祐一達の傍に降りると、すぐさま降りて駆け寄ってくる者がいた。

佐祐理 「祐一さん発見です!」

祐一 「どわ・・・」

走ってきた勢いそのままに、彼女は祐一に抱きつく。
衝撃を受け止めきれず、二人は抱き合った恰好のまま後ろに倒れる。
しかも倒れた際に祐一は地面に後頭部を直撃させ、はっきり言って死ぬほど痛かった。
だがそれ以上に大きいのは全身を包み込む柔らかな感触。

莢迦 「う〜ん、公衆の面前で見せ付けてくれるよね」

祐一 「は! と、とりあえず立とう、佐祐理さん!」

佐祐理 「あ、あははー、そうですね」

頬を赤く染めた二人が立ち上がると、莢迦とさくらがにやにやした表情で見ていた。

莢迦 「熱いね〜」

さくら 「ラヴだね〜」

ことりだけは見ないようにそっぽを向いていた。
そしてあとからやってきた舞は無表情に、少し冷たい視線を送っていた。

祐一 「よう、舞」

舞 「・・・よう」

莢迦 「美凪、ひさひさ〜」

美凪 「・・・ひさひさ〜」

莢迦 「ちるちるも、ひさひさ〜」

みちる 「ひさひさ〜!」

莢迦 「あーかわいいなーもう!」

ぎゅ〜

みちる 「にょわわっ」

莢迦 「ついでにさくらも〜」

ぎゅ〜

さくら 「うにゃにゃっ!」

約一名、勝手に盛り上がっている。

 

音夢 「急に降りるから何かと思ったら、知り合いがいたんだ」

美春 「はう〜、やっと降りられたです〜。結局魔獣も見失っちゃったんでしょうか?」

音夢 「そう、問題はそれですよ」

蚊帳の外的扱いになっている音夢達が美凪のもとによっていく。

音夢 「あの、魔獣の方はどうなったんですか?」

美凪 「?」

音夢 「いや、?じゃなくて」

美凪 「??」

音夢 「??でもなくて・・・」

美凪 「・・・・・・」

何かに気付いたように美凪がぽんっと手を打つ。
そして全員に対して警告を発する。

美凪 「・・・危ないです」

祐一 「は?」

何がどう、何故危ないのか、何も聞き返す間もなく、地面が割れた。
崩れていく足場から、各々飛び離れる。
さすがに全員突発的事態には慣れているのか、逃げ遅れた者はいない。

祐一 「な、なんだ!?」

だが、状況がわからず慌てるのは仕方ない。

莢迦 「美凪、あなた達、何連れてきたの?」

美凪 「・・・追いかけていたはずなのですが」

割れた地面の下から魔獣ガナッツォが姿を現す。

ガナッツォ 「グォオオオオオオ!!!!」

全身から魔力を放出しながら咆哮する。
それだけで周囲に突風が起こった。

祐一 「なんだ、こいつは・・・?」

佐祐理 「佐祐理達が追いかけていた魔獣です。こんなところに隠れていたなんて・・・」

舞 「・・・今度こそ仕留める」

逸早く飛び出していったのは舞だった。
先の戦いでは後手に回っていたが、この場にある戦力から、多少の無理がきくと判断したの突撃である。

舞 「はぁッ!!」

気合一閃。
重力波を込めた剣を振りぬく。
力場の圧力が魔獣の動きを封じ込め、斬撃が完全に魔獣の左肩から胸までを切り裂く。
しかし、傷は一瞬にして消え、魔力の放出で舞は吹き飛ばされる。

舞 「く・・・!」

祐一 「舞! ちっ・・・!」

追い撃ちを試みようとしている魔獣に向かって祐一が突進する。
デュランダルの光の刃を最大にして斬り上げる。

ザシュッ

一度は魔獣の体を切り裂き、攻撃の手を止めさせたが、やはり傷は一瞬で快復し、祐一も反撃をかわすのがやっとだった。

音夢 「美春!」

美春 「みなさん下がってくださいです!」

これまでよりも巨大な砲身を構えた美春が叫ぶ。
射程内から舞と祐一が退き、大砲が火を吹く。

ドンッ!

大きさに見合った破壊力は、魔獣の頭部を完全に吹き飛ばした。

美春 「やりましたっ♪」

美凪 「・・・まだ」

信じられないことが起こった。
どんな生物でも頭を吹き飛ばされて生きているはずはないのだが、その魔獣はそれすらも再生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る     次へ