Kanon Fantasia

第二部

 

 

第6話 再会と初対戦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまでも高く青い空。
その空を横切る黒い影があった。
気にはなったが、すぐに見えなくなったのでそれほど興味も湧かなかった。
それよりも今は現状をどうにかするのが先決である。

盗賊A 「おい兄ちゃん、空でも眺めて現実逃避したい気持ちはわかるが、とっと諦めて有り金全部渡しな」

説明不要。
こんな世界ならどこにでも沸いて出そうな、ごく一般的な盗賊である。
この半年間で、いい加減慣れたものだった。

剣士 「・・・ふぅ」

盗賊B 「溜息か、観念したかい?」

剣士 「溜息の一つもつきたくなるって。おまえらみたいな手合いにもいい加減慣れたからな」

盗賊A 「強がりを言ってねえで、さっさと言うとおりにしな」

剣士 「やだ」

当然のことだが、言うとおりにする気などさらさらない。
そうする必要がまったくない。

盗賊B 「なら仕方ねえ。力ずくだな、野郎ども!」

十数人の盗賊が剣士の周りを取り囲む。
だがそれだけの敵に囲まれても剣士は少しも動じないどころか、剣の柄に手をかけようともしない。

剣士 「無駄だからやめておけって」

盗賊A 「へっ、強がりもそこまでくれば立派なもんだな。なーに、すぐに終わらせてやるよ」

剣士 「そういう根拠のない自信を持てるおまえらもある意味立派だと思うよ」

盗賊A 「根拠は見たとおり、数の差だよ。おまえさんが多少強くてもこの人数が相手じゃどうにもならねえだろ」

剣士 「本当にそう思うか?」

盗賊B 「当然だろ」

剣士 「そうかい」

仕方なし、といった感じで剣の柄に手をやる。
ほぼ同時に、盗賊達が一斉に襲い掛かった。

剣士 「!!」

気合一閃。
金属が打ち合わされる音すらしないまま、剣士の振るった剣が盗賊達の武器や防具を切り裂いていく。
剣士は大きく一歩踏み込んだだけだったが、その間に剣を振った回数は計り知れず。
首領格の男の後ろまで移動したところでようやく止まった。
盗賊達は何が起こったのかも理解できずに唖然としていたが、すぐに全ての武器が折れ、防具が落ちた。

盗賊A 「なななな!?」

剣士 「だから言っただろ。無駄だって」

当たり前の出来事が当たり前に起こったような落ち着きぶりで剣士が言う。
その右手に握られている剣の柄には鉄の刀身はついていない。
だが代わりに、光り輝く魔力の刃が存在していた。

盗賊B 「げ、げぇっ! そ、それはまさか・・・・・・じゃあ、おまえは!」

剣士 「人を襲う時は、相手が誰かよく見極めておいた方がいいぞ」

盗賊A 「ひ、光の剣士・・・ギルドにおいて危険な依頼ばかりを受けて一度も失敗したことがないという・・・・・・その男の名は・・・」

光の剣士、相沢祐一。
もはや冒険者達の間で、その名を知らぬ者はない男である。

祐一 「今回は見逃してやる。だが次に悪事を働いているところを見つけたら、ただではおかん。覚えておけ」

剣を納めた祐一はそう言い置いて、その場を歩き去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

一人華音王国首都北海を離れてから約半年。
祐一はとにかく自分を鍛え抜いた。
時には死を間近に感じたことも、一度や二度ではない。
いつの間にか純粋に強くなることが目的となっていたため忘れていたが、昔目的にしていた、皆に自分の力を認めさせるということが今では実現していた。
もはや、光の剣士相沢祐一と知らぬ者などいない。
知らなかったとしても、彼を魔力0の落ちこぼれと貶す者もいなかった。
だがそれほどまでに強くなった祐一が今思い悩むのは、自分がどれほど強くなったのか、何故そこまでの力を求めたのか。
その二つがはっきりしないことに対してだった。
並の実力者やモンスターでは束になっても今の祐一には敵わない。
ゆえに、久しく全力を出していない気がした。

祐一 「俺は今、どれくらいあの男に近づいたんだろう?」

?? 「なら、試してみる?」

祐一 「!?」

予期せぬ声。
その主を知っていたが、声を返す間もなく殺気を感じて体をかわす。
一瞬前までいた空間を刃が薙ぐ。

祐一 「・・・っと・・・」

体を反転させた祐一が見た相手は、巫女服に薄衣付きの笠を被り、白木拵えの刀を持った女。
正体を確認するまでもなかったが、向けられている殺気が本物であるため声をかける余裕はない。

巫女 「それっ」

祐一 「ちっ・・・!」

バチィンッ!

魔力を掻き集めてデュランダルの刃とする。
光の剣と刀とがぶつかり合って火花を散らす。
押すパワーは僅かに祐一の方が上。
しかし相手はその力に逆らわず、受け流すような感じで体を旋回させ、背後に回りこむ。

巫女 「背中もーらいっ」

祐一 「させるかよっ!」

普通の剣ならば間に合わなかったかもしれない。
だが祐一のデュランダルは、一度刃を消してから最短距離で背中に持っていき、再び刃を生み出すという芸当ができる。
間一髪ガードが間に合った。

祐一 「おぉおおりゃぁああ!!!」

そこから渾身の力を込めて剣を降りぬく。
剣圧と気迫に押されたか、巫女は刀を引いて下がる。

祐一 「光翼閃ッ!」

振り返りざま、祐一はさらにその場で剣を薙ぐ。
当然切っ先は届かないが、剣が生み出した光の刃が剣を離れて飛んでいく。
光の刃を飛ばして離れた敵に攻撃する技、祐一が半年間の修練で編み出した必殺技光翼閃である。

巫女 「!」

回避できるタイミングではない。
刀を盾にする間もなく、光翼閃の刃は巫女に直撃する。

祐一 「やったか・・・・・・っ!?」

何が起こったかを考えるよりも早く体が反応した。
実際には何も起こらなかったのだが、もし反応していなければ間違いなく反撃を受けていただろう。
光の刃は確かに相手に命中していたが、巫女の手にはそれと同等以上の魔力が溜められていた。

巫女 「ブラストフレア!」

雷をまとい、風を巻き起こす大熱量の塊。
魔法には疎い祐一だが、その攻撃をそう読んだ。
三つの属性を含んだ驚異の魔法である。
まともに受ければ一たまりもあるまい。

祐一 「!」

だが、避けるという選択肢はなかった。
左右上下どこに動いても、ブラストフレアの背後から迫ってきている巫女の攻撃を受けることになる。
それならば・・・。

祐一 「正面から受けるだけだっ! デュランダルにはこういう使い方もある!」

剣を正面に構え、光の刃を傘のように大きく広げる。
それが盾となり、三属性の魔力球を防ぐ。

祐一 「おぉおおおおお!!!!」

一気に魔力を掻き集め、盾とした魔力を切り離して再び剣を作り出す。
盾の魔力とブラストフレアは相殺しあっているが、その後ろから相手が向かってくる。

祐一 「(右か? 左か? ・・・・・・上か!)」

相殺しあっている魔力の塊を飛び越えて、巫女が剣を大上段に振りかぶる。
大火球の魔力をまとったのか、振り下ろされる刀には炎と雷と風が渦巻いていた。
半端な技では対抗できない。
ありったけの光の魔力を剣に込めて一気に振りぬく。

巫女 「メガフレア斬!」

祐一 「光刃閃ッ!!」

 

バァァァァァッ!!!!!

 

大威力の必殺技同士の激突により、一瞬視界がホワイトアウトする。

 

視界が晴れた時、二人は僅かに距離を取って対峙していた。
そこにもう、殺気はない。
巫女の笠も今の激突で吹き飛んでおり、素顔がさらされていた。
別に確認するまでもない、祐一のよく知る人物だった。

祐一 「随分な挨拶だな、莢迦」

莢迦 「それほどでもないよ」

黒髪黒眼の美しい巫女姿の少女。
黙って立っていれば一国の姫だと言われてもおかしくないほど、見た目は清楚な雰囲気のお嬢様然とした雰囲気ながら、中身はまったくそれらしくない。
その正体は二百年近く生きている魔女で、人間を遥かに超越した力を持っている。
それが莢迦だ。

莢迦 「とりあえず・・・」

刀を納めて片手を挙げる。

莢迦 「ちゃーお♪ ひさしぶり」

祐一 「ああ、覇王城で別れて以来だな」

実に半年振りである。

 

 

 

 

 

派手に一戦をした場所を離れ、元々祐一が目指していた町へと続く道を二人連れ立って歩く。

莢迦 「思えば君と私の初対戦だよね、さっきのは」

祐一 「そりゃ、会った時にはいきなり仲間になってたからな、そんな機会もなかっただろ」

莢迦 「そうかな? 理由は他にあるんじゃない?」

祐一 「・・・・・・」

あると言えば、あった。
以前の祐一では、莢迦にまったく歯が立たなかっただろう。
それを今回、莢迦の方から仕掛けてきたというのは、祐一のレベルがそれだけ彼女に接近してきたからだと言える。
ただ、ほぼ全力に近かった祐一に対し、莢迦の方にはまだまだ余裕があった。
祐一が先ほど八分ほどの力だったとして、莢迦の方は五分、或いはそれ以下だったはずだ。

莢迦 「最初は剣だけでいいと思ってたんだよ。魔法を使わせただけでも、君は私の予想以上に成長してたってことだよ。これからまだまだ強くなるね、君は」

祐一 「・・・最近、強くなるほどにおまえやあいつが遠くなっていくような気がするぜ」

莢迦 「アイツはともかく、私は半年前と違って今はほぼ全快状態だからね。君が私を前より強いように思うのも当然だよ」

祐一 「全快って、何してたんだ、この半年間?」

莢迦 「療養だね。あ、おーい!」

道の先へ向かった莢迦が手を振る。
木陰にいた少女が気付いて手を振り返す。
腰辺りまである赤いストレートヘアーに、頭の上に乗っているベレー帽っぽい白い帽子が特徴的な少女だった。
近付いてよく見ると、どことなく面影が莢迦に似ている。

莢迦 「お待たせ、ことり」

ことり 「そんなに待ってないと思うよ?」

莢迦 「結構待たせたよ。どうせまた歌ってて時間忘れてたんでしょ」

ことり 「そうかもしれませんね」

くすくすと二人して笑い合う。
少女が誰かはわからなかったが、今の短いやり取りだけで二人の仲のよさがわかった。

莢迦 「あ、紹介しようね。こっちが例の彼」

ことり 「相沢君ですよね」

祐一 「ああ、君は・・・」

莢迦 「こっちはことり、私の娘だね」

ことり 「白河ことりです。よろしくおねがいします」

祐一 「よろしく・・・って、は? 娘って・・・え?」

混乱する。

ことり 「もう、そうやって初対面の人にいきなり話題振るのやめようよ」

莢迦 「いいじゃない、おもしろいから」

祐一 「おまえっ、結婚してたのか!?」

莢迦 「ううん、ぴっちぴちの独身だよ♪」

祐一 「ぴちぴちって・・・そんな死語を・・・ってそうじゃない! じゃあ、子供産んだ・・・?」

莢迦 「ううん、産んでない」

祐一 「??????」

さらに混乱。
意味不明、理解不能。
産んでいないのに、娘。
娘なのに、産んでいない。

ことり 「相沢君、あまり深く考え込まないでくれませんか? 養女なんだってくらいに考えてくれれば・・・」

莢迦 「ちょっと違うんだけどね」

ことり 「蒸し返さないでよ、莢迦ちゃん」

祐一 「・・・・・・・・・とりあえず、君は白河ことりってことでオーケー?」

ことり 「うん、オーケー。私のことは、ことりって呼んでくれていいよ」

祐一 「わかった。莢迦の戯言は頭から除外しよう」

莢迦 「わ、ひっどいんだ〜」

少しも気にしてなさそうな顔で文句を言う。
こんな些細なやり取りにさえも、楽しみを見出しているようだ。

ことり 「よくわかってるんだ、莢迦ちゃんのこと」

祐一 「そんなに長い付き合いじゃないが、性格は把握し易い奴だからな」

莢迦 「それってもしかして、私が単純ってことかな?」

祐一 「いや、複雑怪奇で理解不能だということだ」

ことり 「うん、人は理解できないものをとりあえず一括りにして考えるよね」

祐一 「未確認正体不明物体だ」

莢迦 「珍獣扱いだよ、私」

ひどい言われようを気にした風もなく、莢迦は楽しげに笑う。
つられて他の二人も笑った。
仲良きことは美しきかな、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

やたらと喋る莢迦に、それに対して相槌を打っていることり、そしてその話を右から左へ聞き流している祐一。
そんな三人で連れ立っての道中、祐一は世にも奇怪な存在に巡り会った。

祐一 「・・・!?」

猫・・・かと思った。
おそらくそれがもっとも祐一が知る生物の中でソレに近いだろう。
耳や尻尾、目の形は紛れもなく猫に類似している。
だが、手足が見当たらない。
まるで置物のような、しかし確かに動いている猫?がそこに鎮座していた。
以前毛玉のような犬?に会ったことがあるが、それに匹敵する謎な生物だった。

莢迦 「あれ? うたまる?」

祐一 「知り合いかよっ!?」

驚く反面、納得してしまう。
こいつの知り合いなら今更何が出てきても驚くに値しないと。

?? 「うにゃ? うたまる発見♪」

少女の声に顔を上げると、小さな女の子が猫?に向かって駆けてくるところだった。
見た目は七、八才、身長はあのみちるよりもさらに低い。
金髪碧眼で、長い髪を頭の両側にリボンで結んでいる。
黒いマントに、背中には何故か箒を背負っていた。

?? 「にゃ?」

莢迦 「ほー・・・」

?? 「・・・・・・」

莢迦 「・・・・・・」

何故か無言で向き合う莢迦と魔女ルックな少女。

にぱっ

二人の表情が、それこそぱっと明るくなる。

?? 「お姉ちゃん!」

莢迦 「さくら!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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