Kanon Fantasia

第二部

 

 

第5話 魔獣ガナッツォ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔物・・・などという生易しい存在ではなかった、ソレは。
覇王城で戦った魔獣グランザムと同等かそれ以上の力を持った魔獣であった。

ガナッツォ 「グォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

咆哮が辺りに響き渡る。
音波の威力だけで民家が吹き飛び、木が薙ぎ倒された。
桁外れのパワーと圧倒的な魔力だった。

 

 

 

 

 

 

 

別々に噂の元を辿っていった音夢・美春組と佐祐理・舞組はほぼ同時にソレと遭遇することになった。
決して刺激するつもりはなかったのだが、四人の持つ高い魔力に反応したか、接触すると同時に襲い掛かってきた。

ガナッツォ 「ヴァアアアアアアッッッ!!!!」

体長はおよそ二十五メートル。
グランザムよりは小型で、噂に聞いていたよりは小さい。
しかしそこに秘められた力はグランザムをも上回っている。
尻尾の一振りは地面を抉った。

舞 「く・・・っ!」

重力場を防御に利用して舞は衝撃を防いだ。
一方で音夢は美春を抱えて遥か後方へ下がっている。

音夢 「あなた方は?」

佐祐理 「お気になさらずに、通りすがりの魔物退治屋です」

咄嗟に嘘が出てくるあたりはさすがは佐祐理だった。
舞だけだったらこういう誤魔化し方はできない。

美春 「こ、これは音夢先輩、ちょっと大物すぎませんか〜?」

爬虫類型の魔獣の体色は黒。
後ろ足に対して前足が小さく、どちらかというと手に近い。
瞳のない真紅の眼が得物を見据えている。

音夢 「だからこそ当たりなんですよ。これほどの魔物が自然に現れるはずがないのですから」

これは明らかに地上に生息する魔物のレベルを超越していた。
おそらくは魔界の生物。
だが理由なく魔界の生物が地上に現れるはずがない。

音夢 「できれば、犯人をこそ探したいところですけど・・・」

佐祐理 「あははー、そうはさせてもらないみたいですよ」

舞 「来るっ」

魔獣の後ろ足が大地を蹴る。
翼による羽ばたきも合わせて、巨体に似合わぬスピードを弾き出している。

ズガァアアッ!!

四人は左右に散って突進による攻撃を回避する。
しかし魔獣は急停止をして体を横に向け、片側に向けて尻尾、もう片側に向けて牙による追い撃ちをかける。
それもなんとかかわし、魔獣から距離を取る。

音夢 「これは悠長に構えてられない。美春、ジェノサイドで行くわよ」

美春 「わかりましたっ」

セレスティアを手にして、美春の背中に差し込む。
光に包まれた美春が爆発的な魔力を発する。

美春 「全武装解放です!」

体の各部からマシンガン、ガトリング、キャノン、ライフル、グレネード砲、レーザー砲、ミサイル、ロケットなど、十を越える武装が出現し、背中のウィングで飛び上がって空から狙いをつける。

美春 「ふぁいやーですっ!」

全武装が一斉に火を吹く。
弾丸の嵐が魔獣を襲い、無数の爆発がその身を包み込む。

ガナッツォ 「グォオオオオオオオッッ!!!」

砂煙が舞い上がり、魔獣の姿がその中に埋没していく。
並の魔術師の大魔法十数発分以上のエネルギーが叩きつけられているのだ、さしもの魔獣もひとたまりもあるまいと皆思ったが・・・。

舞 「ッ・・・まずいっ! 佐祐理!」

佐祐理 「はいっ!」

言われて即座に魔法の用意をする佐祐理。
両手に溜めた光の魔力を弓矢のように構える。

ガナッツォ 「ガァアアアアッッッ!!!!」

煙に包まれながら、魔獣は美春に向けて魔力のブレスを放った。

バシュゥゥゥゥゥ

美春 「あわわわわわっ」

直前まで攻撃していた美春は回避のタイミングを失った。
相殺するだけの攻撃力も一瞬では繰り出せない。

佐祐理 「シャイニングレイ!」

間一髪、佐祐理の放った光の矢がブレスの軌道をずらした。

美春 「ふわぁ〜」

音夢 「美春! 大丈夫!?」

美春 「ど、どうにか無事で〜す・・・」

煙が晴れて魔獣が姿を現す。
あれほどの攻撃を受けながら、ほとんどダメージを受けていない。

ガナッツォ 「グォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

恐ろしい魔獣だった。

音夢 「こんな魔獣を・・・」

佐祐理 「いったい誰がなんのために・・・?」

舞 「・・・こいつを野放しにはしておけない」

美春 「で、でも、どうやって倒しましょう!?」

攻撃力だけなら、美春は自信があった。
それだけなら音夢よりも上だと言える。
しかしそれが通用しないとなると、いきなり決め手を欠いたことになる。

舞 「・・・佐祐理、あれは?」

佐祐理 「無理です。あれは佐祐理一人では使えません」

グランザムを倒した佐祐理の最強魔法アルテミスノヴァ。
だがあれは、祐一の力があってはじめて使用可能な究極必殺魔法、いわば合体技である。
今の佐祐理では、一人では逆立ちしても使えない。

音夢 「・・・本気で行くしかない、か」

美春 「だ、駄目ですよ、音夢先輩!」

音夢 「けど、このままじゃ勝ち目はないわよっ」

打つ手なく、ただ立ち尽くす四人。
だが相手は見逃してくれるほど甘くはない。
再び魔力をブレスにして放とうとしている。

舞 「また来る!」

佐祐理 「そんなっ、完全に相殺できるレベルの魔法はありませんよ!?」

閃光となったブレスが襲いくる。
予想した以上に速い。

音夢 「だめっ、逃げ切れない!?」

一人ならば、音夢は回避できた。
しかし美春を連れてとなると速度が格段に落ちる。
回避が間に合うタイミングではなかった。

万事休す、と思われた。

だが、ブレスは彼女達に届く寸前、割って入った何者かの力によって軌道をそらされ、後方の林を吹き飛ばしていった。
佐祐理達は、四人とも無事である。

佐祐理 「なにが・・・?」

舞 「あ」

音夢 「あなたは・・・」

美春 「いつぞやの謎の占い師さん!」

四人の前に立って空間歪曲魔法を使用した者は、遠野美凪であった。

美凪 「・・・困った人の下へ・・・颯爽と駆けつける謎の美少女占星術師ナギー・・・お呼びとあらば即参上」

佐祐理 「・・・・・・」

舞 「・・・・・・」

音夢 「・・・・・・」

美春 「・・・・・・」

決め台詞を言うのは人の勝手である。
しかし、言うならせめてもう少し元気よく言ってもらいたいと皆思った。

佐祐理 「美凪さん、どうしてここに?」

美凪 「・・・簡単。仲間のピンチに駆けつけるのは当たり前だから」

佐祐理 「あ、あははーっ、なるほど、違いありません」

美凪 「・・・莢迦さんの代理で恐縮ですけれど」

舞 「・・・そんなことない、助かった」

重力場と佐祐理の防御魔法を全開にしても今の攻撃を防ぎきるのは難しかっただろう。
それを容易くやってのけたあたり、さすがは四大魔女の一人だった。

音夢 「あなたは、いったい・・・?」

美凪 「・・・遠野美凪と申します。それと・・・あっちがみちる」

みちる 「とりゃぁあっ!!」

指し示された方向を見ると、ツインテールの小さな少女、みちるが魔獣の顎を蹴り上げていた。
そしてヒット&アウェイですぐさま美凪のもとまで戻ってくる。
当の魔獣は僅かに仰け反ったものの、やはりまるでダメージを受けていなかった。

みちる 「うぅ・・・硬かったぁ〜」

美凪 「・・・やはり、一筋縄ではいきませんか」

その場で魔獣と対峙する美凪。
魔獣も美凪の強さを感じ取ったか、先ほどまでのように不用意に突進しては来ない。
睨みあいによる硬直状態に入っていた。

佐祐理 「美凪さん、なんとかできそうですか?」

美凪 「・・・ちょっと難しいかもしれません」

佐祐理 「はぇ〜」

美凪 「・・・私は他の三人と比べて攻撃系魔法に秀でていませんから、負けない自信はあっても、勝つ手段が見当たりません」

四大魔女において、白河莢迦は全てに秀で、相沢夏海は攻撃に長け、カタリナ・スウォンジーは術の扱いに巧みで、遠野美凪は治癒・補助に優れていた。
全員揃えばまさに絶対無敵の強さを誇ったが、一人一人では能力にも限界がある。
こと戦闘においては、美凪は他の三人にかなり劣っていた。

美凪 「・・・もっとも、何とかする手立てがないわけでもありません」

音夢 「それは、どうするんですか?」

美凪 「・・・じゃん」

懐から美凪は一枚の羅盤を取り出す。
以前持っていたものとは違っている。

舞 「?」

美凪 「・・・私もこの半年間、遊んでいたわけではありません。これは、以前莢迦さんからいただいた伝説の武器・・・・・・ただ、今までは扱いきれなかったため使っていませんでした。でも、今は・・・」

体の前に羅盤を浮かべて、美凪が静かに手をかざす。
淡い光を羅盤が放ち、そこから辺り一帯に向けて何かの陣が敷かれた。
すぐに目には見えなくなったが、場の空気が変わったことを皆感じ取っていた。

美凪 「・・・太極図・・・発動。これで、このフィールドは全て私の支配下に入りました」

美春 「ど、どういう意味ですか?」

美凪 「・・・このフィールド内で、私にわからないことはないということです」

羅盤の各所に数値が映し出される。
自分側に六つ、反対側に一つ。
それぞれの魔力値だ。

 

遠野美凪 38000

川澄舞 15000

倉田佐祐理 20000

みちる 10000

天枷美春 11500

朝倉音夢 3000

 

魔獣ガナッツォ 83000

 

美凪 「・・・朝倉さん」

音夢 「どうして私の名前を?」

美凪 「それはさておき、あなたはどれほどの力を隠し持っているのですか?」

音夢 「・・・それは・・・」

瞬間的に出せる魔力の高さは、こんなものではない。
しかし音夢には、そうそう力を使うわけにはいかないわけがあった。

美凪 「・・・まぁ、構いません。なんとかなりそうですから」

味方全員の魔力を合計すれば、魔獣に決して劣らない数値になる。
戦法次第では十分に対抗可能ということだ。

美凪 「・・・・・・」

ガナッツォ 「・・・・・・」

バササッ

舞 「飛ぶっ」

魔獣が羽ばたいただけで大風が舞い起こった。
ただし攻撃したわけではなく、ただ飛び立っただけであった。
空中で反転して飛び去ろうとする。

みちる 「にょわっ、逃げる気だ!」

美凪 「・・・用心して逃げた? かなり頭のいい魔獣ですね」

勇猛なのは結構な美徳だが、戦場では少々臆病なくらいな方が生存率は高く、最終的に上を目指せるのは、退き際を心得ている者だった。

音夢 「追います!」

美春 「ね、音夢先輩!? む、無茶ですよ〜」

音夢 「ここまで来て逃せますか。追いかければ、あれを召喚した術者に辿り着くかもしれないんですよ!?」

美春 「で、でも〜」

美凪 「・・・どうやって追いかけるんですか?」

音夢 「う・・・」

相手は飛行しているのだ。
しかもかなり速く、もうすぐ見えなくなりそうな勢いだった。
とてもではないが走って追いかけられる相手ではない。

舞 「・・・私も追った方がいいと思う。あれは、野放しにできない」

美凪 「・・・・・・そうですね」

素早く術を組み上げ、美凪は次元の亀裂を生み出す。
そこからエイのような姿をした飛行魔獣が姿を現す。
以前にも美凪が操っていた魔獣と同じだが、サイズが違った。

美凪 「・・・この子なら十分に追えます。ただ、スピードを出すなら定員は五人」

音夢 「大丈夫です。美春は自力で飛べますから」

美春 「はいっ!? あのっ、音夢先輩、美春は高いのと速いのはちょっと・・・」

音夢 「大丈夫ですよね、み・は・る?」

にっこり。

美春 「ノープロブレムであります隊長!(涙)」

美凪 「・・・では、出発」

美凪が呼び出した魔獣に音夢、佐祐理、舞、みちるが乗り、美春は自前のウィングとジェットブースターで飛んでガナッツォを追撃する。

 

 

 

 

 

 

飛び立ってから数分、雲が目前まで近付いた辺りでようやく先を行く魔獣に追いつく。

音夢 「翼を狙えば、落とせるはずです。美春!」

美春 「了解ですっ、音夢先輩」

反動でバランスを崩さないよう、左右の腕から同威力の攻撃を同時に繰り出す。
狙いは音夢の指示通り、魔獣の翼。

佐祐理 「こちらも行きます。シャイニングレイン!」

シューティングシャワーのさらに上級魔法として編み出した光の雨を魔獣の上に降らせる。
だが、美春と佐祐理の怒涛の攻撃にも関わらず、魔獣は平然と飛び続けていた。

美春 「攻撃命中するも、効果ありません〜」

音夢 「もっと一点を狙って集中砲火! 風を受けている翼に少しでも穴が空けば飛行は困難になるはずです」

さらに攻撃を仕掛けようとしたが、魔獣の姿は雲の中に消える。
あとを追う美凪の魔獣だったが、雲の中では視界が悪すぎて敵を捉えられない。

音夢 「どこに・・・?」

しばらくして雲を抜ける。
雲の上には抜けるような青空と、眩しい輝きを放つ太陽があったが、魔獣の姿はどこにも見当たらない。

佐祐理 「見失った?」

美凪 「・・・いいえ、捉えています。けれど・・・」

太極図の盤面には、魔獣の反応がしっかりと存在していた。
だがそれは、物凄い速さで美凪達から離れていっている。

美凪 「・・・どうやら、高高度の方がが速度が増すようですね。けれど、こちらはこれ以上高くは飛べません」

音夢 「何故ですか?」

美凪 「・・・気圧の低さに人間の方が耐えられません」

音夢 「それでは追いつけないのですか?」

美凪 「・・・見失いはしません。このまま追えばいつかは捕まえられるはず」

再び高度を落として、美凪達は魔獣の追撃を続ける。
距離は離されているが、美凪の太極図には、常に魔獣の反応が映し出され続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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