Kanon Fantasia

第二部

 

 

第4話 不穏な噂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

町に戻ってから、音夢はずっと鬱々とした気持ちでいた。
喫茶店の窓際の席から外をぼーっと眺めている。
対面に座っている美春は一見呑気そうにバナナパフェを食べているようでいて、時折ちらちらと音夢の方に心配げな視線を向けている。

音夢 「(はぁ、この子に気を使わせてるようじゃ、私もまだまだね)」

自分の方がお姉さんで、しっかりしなければいけないというのに、何かと言うと美春を頼りにしている自分がいた。

音夢 「・・・・・・」

悩み事は多々あった。
実際のところ、有力な情報はまだまったく手に入っていないのだ。
その上、保安局に対して、事実を捻じ曲げているのではないかという疑惑まで抱いてしまって、どうして平静でいられよう。

音夢 「なんだか覗いてはいけないものを見てしまったような気分になるのは、私がまだ子供だからでしょうか」

美春 「はい?」

音夢 「いいの、気にしないで」

美春 「(暗い顔でそう言われても説得力ないんですけど・・・)」

がたっ

突然美春が席を蹴って立ち上がる。

美春 「音夢先輩!」

音夢 「な、なに・・・?」

物凄い剣幕に、音夢は少し体を引く。
その目の前で皿に残っていたパフェを一気に平らげ、美春はクリームまみれの顔に力強い笑みを浮かべた。

美春 「この美春に全てお任せくださいです! きっと音夢先輩が元気になるような素敵な情報を仕入れてきてみせます!」

音夢 「あの、ちょっと・・・・・・美春?」

美春 「でわっ!」

弾丸のような勢いで店を飛び出していく。
止める間もなく、止めようと差し出して行き場のなくなった手を、音夢はじっと見詰めていた。

音夢 「・・・それまで私にここにいろって言うの?」

落ち合う場所も決めていないのだから、そうなるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞 「・・・・・・」

佐祐理 「う〜ん、一足違いだったみたいですね」

町へ着くなりギルドへ立ち寄った二人は、ある人物の情報を求めた。
確かにその人物は少し前にここにいたとのことだが、一週間以上前に発っていたという。

舞 「・・・でも、前の町では二週間前だった」

佐祐理 「あははー、着実に近付いているということですね」

 

ダダダダダダダダダ・・・・・・・・・

 

舞 「・・・・・・」

佐祐理 「はぇ〜・・・」

ギルドを出た二人の目の前を、ものすごいスピードで駆け抜けて行く影があった。
一瞬のことだったのではっきりとは見えなかったが、女の子だったように見えた。

佐祐理 「随分お急ぎだったんですね?」

舞 「・・・・・・」

――ふぅん、おもしろそうだね

舞 「!?」

舞の頭の中に声が響くと、レヴァンテインが僅かに光を発し、そこから現れる者があった。

まい 「よっと」

佐祐理 「はぇ!? 舞が二人?」

現れた少女は、服装と雰囲気こそ違ったが、姿は舞に瓜二つだった。

まい 「あ、こうやって会うのははじめてだっけ。あたしはまい、もう一人の舞ってところ、よろしくね、佐祐理」

佐祐理 「あははー、そうなんですか。よろしくお願いします」

事態に困惑しつつも、持ち前の礼儀正しさでしっかりと挨拶を返す。
二人がのどかに挨拶を交わすのを見て、舞は憮然とした表情をする。

舞 「・・・何の用?」

まい 「冷たいね、同居人なのに」

舞 「・・・・・・」

まい 「ま、いいや。それより今通り過ぎていった子、かなりおもしろい子だよ」

佐祐理 「今の子がですか?」

少女が駆けていった方を見てみるが、当然もうそこら辺にはいない。
一瞬だけ見た容姿を思い浮かべてみる。
佐祐理達よりもいくつか年下の、オレンジ色の髪の少女であった。

佐祐理 「あの子が、どうおもしろいんですか?」

まい 「普通じゃまずお目にかかれないね。あたしだって、あたし自身が作られた時のおぼろげな記憶の中で同じものを見た憶えがあるだけだから」

魔剣レヴァンテインが作られた時期。
正確にそれがいつなのかは不明だが、伝説の武器と言われる以上、相当な昔であるのは間違いない。

まい 「追いかけてみたら?」

舞 「・・・どうして?」

あからさまに不機嫌そうに問い返す舞。
まいに指図されるのは嫌らしい。

まい 「べっつにいいけどね。たださ、舞達の仲間の・・・なんて言ったっけ? あの巫女さんとか、興味持ちそうなんだけどな〜。追いかけたら案外どこかで鉢合わせるかもよ?」

佐祐理 「莢迦さんが・・・」

いかにも、莢迦は珍しいもの、おもしろいものに目がない。
それを足がかりに莢迦と再会できれば、本当の探し人にも行き着くかもしれなかった。

佐祐理 「行ってみない、舞?」

舞 「・・・佐祐理がそう言うなら」

まい 「じゃ、あたしはこれで。ばいば〜い」

まいは再び光と共にレヴァンテインの中に戻っていった。
ただそれだけを言うために出てきたのかと舞は訝しがったが、訊いたところで何も答えは返ってこないだろう。
舞と佐祐理は先の少女が疾走していった方向へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美春 「特ダネですっ、音夢先輩!」

そう言って美春が舞い戻ってきたのは、音夢が七杯目の紅茶を注文している時だった。
律義者の音夢は、水だけで喫茶店の中で粘るという真似はできない性質だった。

音夢 「とりあえず落ち着いて、座りなさい、美春」

美春 「ですから特ダネなんですってば! もう絶対! お役立ち情報に間違いなし!」

音夢 「・・・美春」

すぅっと音夢の目が細められる。
はっとなった美春が恐怖に凍りつく。

音夢 「・・・座ってくださいな」

にっこり微笑んで言う。
美春はこくこくと何度も頷いて椅子に座る。

美春 「あ、あの〜・・・バナナジュース・・・」

音夢 「紅茶をもう一つください」

美春 「あの、音夢先輩〜・・・」

音夢 「紅茶を」

事態を唖然と見守っていたウェイトレスに、穏やかながら有無も言わせぬ声で注文をする。
異様な空気からの脱出を計りたかったウェイトレスや、すぐに畏まりましたと言って奥へ引っ込んだ。

美春 「あの〜・・・音夢先輩?」

恐る恐る美春が音夢の顔を窺う。
その姿はまさに、叱られた犬であった。

美春 「な、何か、ご機嫌を損ねるようなことをしましたでありますでしょうか?」

戦々恐々とするあまり、言葉使いがおかしくなっている。

音夢 「とりあえず・・・」

バンッ

テーブルを叩く。
美春の体がこれでもかというくらいビクっと跳ね上がる。

音夢 「お店では静かにっ!」

美春 「は、はいーっ!!」

びしっと姿勢を正して返事をする美春。
同じくその声に驚いた、紅茶を持ってきたウェイトレスも固まっていた。

ウェイトレス 「あの・・・お客様・・・店内では、お静かに・・・」

同じ注意をするウェイトレスの方を音夢が振り返る。
それは時間にすればほんの一瞬、十分の一秒にも満たなかったろうが、音夢は殺気を込めた目でウェイトレスを睨み付けた。
一瞬にしてそれは裏モードの営業スマイルへと変わる。

音夢 「これは大変失礼いたしました」

ウェイトレス 「い、いえ・・・おわかりいただければ・・・・・・ご、ごゆっくり・・・」

命からがら、という表現がぴったりはまりそうな体で、ウェイトレスは奥へ逃げ込んだ。
奥の方から担架がどうしたのと声が聞こえたが、緊張が途切れて気絶したのかもしれない。
客の前で失神せずにいたあたりは、さすがプロ根性といったところか。

音夢 「さて・・・」

紅茶のカップを持ち上げて口に運ぶ。
それでようやく少し空気が和らいだ。

音夢 「それで、なんでしたっけ?」

美春 「え〜と・・・ちょっと、気になるお話を耳にしたので、報告に・・・」

物腰が先ほどより弱くなっている。
特ダネではなかったのかとつっこもうかと思ったが、これ以上いじめるのもなんだと思って音夢はただその内容を聞き出す。

美春 「実は、ここから北へ百キロくらい行った先の地方で、近頃不穏な噂が流れているんだそうです」

音夢 「不穏な噂?」

美春 「化け物が出るって話ですよ」

音夢 「それくらい最近じゃ、珍しくもなんともないじゃありませんか」

七ヶ月前の覇王軍事件が起こる少し前から、魔物騒ぎが大陸中で起こっている。
今尚それは続いていた。
この一件も覇王軍と何らかの関係アリと音夢は見ているが、今のところ確証はない。

美春 「それは、とんでもないくらい巨大で強力な魔物みたいです。その筋に詳しい人に話を聞いたんですけど、あれほどのレベルの魔物が地上で自然発生するのはおかしいそうなんです」

音夢 「・・・つまり、誰かの意思が働いた?」

魔術師が魔物を呼び出す術というのは聞いたことがある。
現に覇王軍の中にもその手の術者はいたらしく、人の軍勢に混ざって襲ってくる魔物が驚異だったと伝え聞いていた。

音夢 「・・・なるほど、確かに特ダネかもしれませんね」

強力な魔物を呼び出した者がいるとなれば、それが覇王軍の幹部である可能性は高い。
そこから辿っていけば今度こそ大元への手がかりになるかもしれない。

音夢 「いい情報ね。やればできるじゃないですか、美春」

褒めながら美春の頭を撫でる。

美春 「えへへ」

音夢 「そうとわかれば、さっそく出発しますよ、美春」

美春 「え? あの、音夢先輩・・・できるならご褒美にバナナジュースを・・・」

音夢 「み・は・る♪」

笑顔。
恐怖の笑顔である。

美春 「は、はいっ!」

音夢 「私がここで一体どれだけのものを注文したと思っているのですか?」

美春 「え、え〜と・・・」

音夢 「紅茶があなたの分も入れて八杯、ケーキ三皿、サンドイッチ一皿、最初にあなたが頼んだバナナパフェ、この上私にここで何をしろと仰るんですの? 美春さん」

美春 「な、何も仰いませんですっ、はい!」

またしても日本語がおかしい。

音夢 「では、お勘定を払って行きますよ」

美春 「ラジャーであります!」

財布をぐっと軽くして、二人は喫茶店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先の少女を佐祐理と舞が見たのは、ちょうど喫茶店から出てくる時だった。
同い年くらいのもう一人の少女と連れ立って二人がいるのとは反対方向へ向かって歩いていく。

佐祐理 「どうしましょうか、舞?」

舞 「・・・ついていってみる」

まいの言葉に乗るわけではないが、先を行く二人に舞自身少しばかり興味を覚えていた。
リボンをしている方の少女の魔力に、舞は憶えがあった。
一瞬しか感じていないが、この町へ着く少し前に感じたものと同じである。
戦っていた相手の魔力は数値にして6、7000はあったが、それを一撃で撃ち破った少女の魔力はそれを遥かに上回っていた。
おそらく、自分と同等かそれ以上と舞は見ている。

 

 

やましい気持ちはないが、一応尾行している形になるので、二人はかなり距離を置いて少女達に付いていった。
魔力を感じ取る舞の能力があるため、姿が見えなくても追うのは簡単である。
さらに道すがら、不穏な噂も耳にした。

佐祐理 「なんでも、この先の地方で近頃大きな魔物が目撃されているとか」

舞 「魔物?」

佐祐理 「うん。まだ被害は少ないけど、みなさん怖くて夜も眠れず、こっちの方へ逃げてきている人もいるみたいです」

舞 「・・・・・・」

今のところ、それらしい魔力は感じない。
と言っても、舞の能力の有効範囲はそんなに広くない。
せいぜい半径二キロくらいなものだ。
かなり近くまで行かなければ一匹の魔物を探すことなどできないだろう。
ただ、大型の魔物というのは気になった。

佐祐理 「話に聞く限り、相当大きくて強い力があるみたいですけど・・・・・・変ですね」

舞 「・・・私もそう思う」

この半年間、二人もかなりの数の魔物を倒してきたが、手におえないほど大型で強大な魔物に遭遇したことはない。
噂によれば、その魔物は大っぴらに暴れてはいないそうだが、退治しようと向かってきた者は尽く殺しているという。
それだけのレベルの魔物が自然発生するのは解せなかった。

舞 「・・・誰かが呼び出した?」

佐祐理 「でも、なんのために?」

舞 「・・・行ってみればわかる」

佐祐理 「それもそうですね」

 

音夢と美春、佐祐理と舞、それぞれが噂となっている魔物の元を目指す。
それが、新たな戦いの序曲になるとも知らずに・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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