Kanon Fantasia

第二部

 

 

第3話 神速拳

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美春 「うぅ〜、死ぬかと思いました〜」

くらくらする頭を押さえながら美春が起き上がる。
最初に目についたのは、自分に魔法を放ってきた男と音夢が対峙している光景だった。

美春 「音夢先輩?」

音夢 「あら、気が付きましたか、美春。派手にやられましたね」

美春 「面目次第もございません〜」

項垂れる。
だが音夢は特に責めたりはしない。
相手の男、ギザラスがなかなかの実力者なのは見ればわかった。

音夢 「美春の手には余る相手みたいですので、私が出ましょう」

美春 「いえいえ、音夢先輩のお手を煩わせずとも、美春の戦闘モードなら・・・」

音夢 「いいから、たまには動かさないと、体が鈍ってしまいますからね」

もう一度出ようとする美春を制して、音夢が前に進み出る。

ギザラス 「背中の得物を使わなくていいのか?」

音夢 「お気遣いありがとうございます。けれど、必要ありませんから」

聖杖セレスティアは背中に背負ったまま、音夢は丸腰で挑もうとしている。
魔法を使うのかとギザラスは警戒するが、魔力を溜めている気配はない。

ギザラス 「(なんのつもりだ? 何かを企んでいるなら、こちらから仕掛けて様子を見るか)」

先制攻撃を仕掛けたのはギザラスの方だった。
片方の手に魔力を溜め、もう片方の手に持った剣を振りかぶる。

ギザラス 「もらっ・・・おぶっ!」

間合いに入ったと思い、剣を振り下ろそうとした瞬間、顔面に衝撃を受けてよろめく。

ギザラス 「な、なにが・・・?」

音夢 「どうしました?」

音夢はそこに立った姿勢のままだった。
何かをした気配もない。

ギザラス 「ならばこっちだ!」

溜めていた魔力で術を放つ。
炎の塊が飛んでいくが・・・。

音夢 「・・・・・・」

ヒュッ

ギザラス 「!!」

今度はギザラスにも何が起きたのか理解できた。
しかし理解できただけで、まったく見えなかった上、反応もできなかった。
気付いた時には、音夢はギザラスの懐にいた。

ガッ!

ギザラス 「ぐぁ・・・!」

密着した零距離からの音夢の攻撃。
それは確かに攻撃だったが、どんな攻撃だったのかまでは、喰らったギザラスにさえまったくわからなかった。

音夢 「まだ始めて一分も経っていませんよ。これでは運動になりませんね」

丁寧な言葉使いながら、内容は挑戦的だった。
小娘にこうまで言われて黙っていられるギザラスではなかった。

ギザラス 「なめるなっ!」

相手の攻撃の正体はわからなかったが、とにかく攻めなければ勝機はないと見て、再び仕掛ける。
いつでも魔法を放てる態勢を取りつつ、剣による連続攻撃を加える。
絶え間なく繰り出される剣撃を、音夢は全て見切ってかわしていく。

ギザラス 「(ま、まさか・・・)」

嫌な予感がギザラスの脳裏に浮かんだ。
音夢がやっていることは大したことではない。
ひどく単純な動きしかしていないのではないか。

ぴとっ

ギザラス 「!!?」

残像を描くほどのスピードで繰り出されていた剣が止められていた。
それも、音夢の片手の指三本に挟まれているだけでビクとも動かなかった。

音夢 「遅いですね」

とんでもないレベルの白刃取りをしながら、こともなげに言う。
この程度のこと、音夢にとっては容易いことだった。
そしてこれが、ギザラスの考えを裏付ける決定打となった。

音夢は大したことはしていない。
ただ、己の体を使って攻撃しただけだった。
それも、桁違いに速い。

美春 「う〜、恐るべき音夢先輩の神速拳・・・まさに目にも止まらぬ速さ・・・並の人間の知覚能力を遥かに超えています」

朝倉音夢十五才。
されどその実力は、保安局において並ぶ者なしとまで言われていた。
まずそもそも、彼女の本気の動きを目で追えた者が一人もいない。
その驚異的なスピードこそが神速拳と呼ばれる所以である。

ギザラス 「(速さだけではない!)」

こうしている間にも、ギザラスは剣を引こうとしているのだが、如何せん掴まれている部分はびくともしない。

音夢 「止まっていると恰好の的ですよ」

ドンッ

ギザラス 「ぐぉ・・・!」

またしても強烈な一撃。
速いだけでなく、重い。
何度も喰らえばとてももたないだろう。

ギザラス 「こうなれば!」

態勢を立て直し、ギザラスは持てる魔力を一気に解放した。

ギザラス 「これで吹き飛ばしてくれるっ! 小細工など通じんわ!」

膨れ上がった魔力をまとめてぶつけようとしていた。

美春 「はわわ〜、魔力値7000以上ですか。さすがは覇王軍の幹部候補、一般人とは段違いです。一般人とは、ですけど」

一般人の部分を言い直す。
そう、音夢は一般人ではない。

音夢 「どうやらそれで最後みたいですね。では、終わりにしましょうか」

ギザラス 「貴様がな! 喰らえっ、我がクラッシュチャージ!」

巨大な魔力で全身を包み込み、音夢に向かって突撃する。
まさに捨て身の全魔力放出技、決まれば相当な威力であろう。

音夢 「・・・・・・」

さすがの音夢もこれに対しては僅かに腰を落として構える。
半身になって右手を後ろに引く。

ギザラス 「はぁあああああ!!!!」

音夢 「・・・ヤッ!」

キィーーーン・・・・・・・・・

音夢の姿が一瞬消えた。
構わず突進したギザラスは地面に魔力を叩きつけて大爆発を起こす。
対する音夢は反対側に静かに姿を現す。

今起こったことをスローで再生すると、音夢は真っ直ぐ向かってくる相手に突っ込んだだけである。
あまりの速さに消えたように見えたが、ただ二人は交差しただけだった。

ギザラス 「・・・・・・・・・ぐはっ」

倒れたのはギザラスの方だった。
音夢は傷一つ負っていない。

美春 「う〜、攻撃した瞬間の音夢先輩の魔力13800・・・恐ろしや〜」

音夢 「結構手加減したつもりでしたけれど・・・死んじゃってませんよね?」

美春 「一応、生命反応はあるみたいです」

自らが作った小さなクレーターの中心で、ギザラスは伸びていた。

美春 「さすがです、音夢先輩」

音夢 「むやみやたらと魔力を放出すればいいってものじゃありませんからね。攻撃する一瞬にのみ力を込めれば、ずっと節約できるんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギザラス 「・・・む・・・ぐぅ・・・」

美春 「あ、音夢先輩、気がつきましたよ」

捕まえたギザラスの監視を美春に任せ、砦の調査を再開していた音夢が呼ばれて戻ってくる。

音夢 「ご機嫌いかがですか?」

ギザラス 「・・・いいとは言えんな」

意外とあっさり状況を受け入れて冷静に受け答えする。
予備軍の中でも上位に位置していたというのも頷けるかもしれなかった。

ギザラス 「俺をどうする?」

音夢 「あとで保安局に護送します。ただその前に・・・いくつか質問に答えていただきます」

ギザラス 「何かな?」

音夢 「回りくどい言い方はやめましょう。まず、七ヶ月前、アザトゥース遺跡で一体何があったのですか?」

ギザラス 「素直に答えると?」

音夢 「ちなみに、黙秘権はありませんので」

睨みあう。
と言っても音夢の方は裏モードスマイルであるが、有無を言わせぬ圧迫感を持っている。
ここで逆らうのは命に関わると判断したギザラスは口を割る。

ギザラス 「・・・覇王様復活」

美春 「なななな、なんとーっ!?」

大袈裟に驚く美春に対し、音夢は冷静だった。

音夢 「何となく予想はついてましたけど。けれど、人間がほいほい蘇ったりするはずありませんよね?」

ギザラス 「それ以上のことは俺は知らん。俺達は所詮覇王軍においては駒に過ぎん。内部情報を握っているのは十二天宮だけだ」

音夢 「なるほど・・・。では次の質問です。半年前のエントレアス山で何が起こりました?」

ギザラス 「・・・ピンポイントで聞いてくるお嬢さんだな」

音夢 「質問に答えていただけますか?」

ギザラス 「あそこには覇王軍の拠点があった。そして、攻めてきた奴らによって覇王様は討たれた」

音夢 「・・・それで、また復活したのですか? 最近のあなた方の活動は・・・」

ギザラス 「そこは違う。今現在の状況は、俺達はまったく知らない」

美春 「知らないって、どういうことですか?」

尋問している相手の顔をじっと見る音夢。
嘘を言っているようには思えなかった。
そして今の答えさえも、音夢の予測の範疇内だった。

音夢 「切り捨てられましたか」

ギザラス 「少し前に、突然俺達が身を隠していた場所の結界が弱まった。俺くらいの力があれば補強もできたが、雑魚兵どもはあっさり見付かるようになった。たぶん俺達は、もう必要ないんだろうな」

自嘲気味に言う。
それなりに自信はあったのだろうが、これほどの男でも覇王軍はあっさり切り捨ててきた。
それだけ大きな力を持っているということか。

音夢 「もう必要ない、それはもう覇王復活の可能性がなくなったからですか? それとも、より強い力が手に入ったからあなた方は用済みになったからですか?」

ギザラス 「前者だったら俺としてはまだ救われるが、どっちかはわからん」

十中八九後者だと、音夢の勘が告げていた。
結局ギザラスの話は、音夢の推理を裏付ける程度のもので、それ以上望んだ情報はなかった。
と思ったが・・・。

音夢 「・・・ちょっと待ってください。半年前に、一体誰が覇王を倒したんです?」

ギザラス 「ふっ、我らが覇王様を倒せる者などただ一人しかおらんわ。憎き宿敵、千人斬りの幽とその仲間・・・」

音夢 「千人斬りの幽・・・」

美春 「それって、SSS級の指名手配犯じゃないですか〜!」

音夢 「どうしてそんな人が覇王と敵対するんです?」

ギザラス 「理由など知るか。だがあの男と覇王軍は、長い間戦い続けている不倶戴天の敵同士だ。七年前とて、奴さえいなければ我らの覇道が潰えることなどなかった」

音夢 「ちょっと待ってください! 覇王軍を討伐したのは、華音王国の北辰王率いる連合軍ですよ?」

ギザラス 「ははは、あんな腰抜けどもに覇王軍百万の軍勢が倒されるものかっ。俺は今でも七年前の光景をはっきりと思い出せる。全てを薙ぎ払い、前に進み続ける魔人の姿を・・・ふはははははは」

ギザラスは狂ったように笑い続けた。
音夢はと言えば、はじめて知った驚愕の新事実に唖然としていた。

音夢 「そんな・・・・・・それじゃあ、どうして覇王を倒した千人斬りの幽が指名手配犯になるの? そもそも、保安局はこのことを知ってて何故隠すの? まさか知らない・・・はずない。七年前の戦場にいた人が一人でもいれば知ってるはずだし・・・」

美春 「音夢先輩・・・」

音夢 「・・・とりあえず、この男を護送しちゃいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞 「・・・・・・」

街道を歩いていた舞は、ふと大きな魔力を感じて立ち止まった。
一気に膨れ上がった魔力は、すぐに風船が弾けるように消え去った。
ほんの一瞬だったが、それを上回る魔力を感じたのだ。

佐祐理 「舞?」

先を歩いていた佐祐理が訝しがって振り返る。

舞 「・・・なんでもない」

前に向き直って歩き出す。
感じた魔力が一瞬祐一のものかと思えたが、違っていたらしい。
元々素質があったのか、或いはレヴァンテインの力か、最近舞は莢迦同様魔力をかなり正確に感じ取れるようになっていた。

佐祐理 「あー・・・そういえば、もう半年近くにもなりますね」

祐一が何も言わずに北海を旅立ってからだ。
覇王との戦いの後、いずれまた旅に出るだろうとは思っていたが、まさか置いていかれるとは、佐祐理も舞も思ってもみなかった。

佐祐理 「あの後、舞はしばらく荒れてたよね」

舞 「・・・佐祐理は結構冷静だった」

佐祐理 「ん〜、祐一さんの考えてることくらいわかりますから」

そう言ってにっこり微笑む。
叶わないと、舞は思う。
佐祐理の祐一に対する信頼の深さは他の者とは比べ物にならない。
舞は、佐祐理の過去に影を落とす出来事を知っている。
祐一でさえ知らない佐祐理の過去を。
その出来事以来、佐祐理が必要以上に他人と距離を置くようになったことも。
だが今、佐祐理と祐一の距離を驚くほど近い。

舞 「・・・・・・」

そして舞は、そんな二人の関係に少し嫉妬していた。
それが祐一に近づける佐祐理に対してなのか、それとも佐祐理の心を開いた祐一に対してなのかは、自分でもわからなかった。

――お悩み?

舞 「!!・・・・・・(何?)」

――べっつにー

くすくすという笑い声が舞の頭の中だけに響く。
魔剣レヴァンテインに宿る魂、もう一人の舞である“まい”。
半年前に手懐けて以来、表へ出てくることはなかった。

――ただ最近、あまり派手に暴れてないから、退屈してるだけだよ。それに・・・

舞 「(・・・それに?)」

――言ったよね、その決意が揺らぐなら、体をもらうって。

舞 「・・・・・・」

――彼と彼女のために強くなるんでしょ? その二人に嫉妬感じてるようだと、どうなるかわからないね〜

舞 「・・・黙れ」

佐祐理 「はぇ? どうしたの、舞?」

舞 「・・・なんでもない」

言いたいことだけ言って、まいは引っ込んだ。
頭を振って思い浮かんだ余計な感情を振り払う。
自分は二人に嫉妬などしていない。

舞 「・・・・・・(もしかして、励ました?・・・・・・まさか)」

そんなはずはないとさらに頭を振る。

佐祐理 「ま、舞?」

舞 「なんでもない」

さっきからそればっかり言っているような気がした。

舞 「・・・お腹空いた」

佐祐理 「あ、あははーっ、もうすぐ町ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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