Kanon Fantasia
第二部
第2話 機械少女
営業スマイル。
または偽善者モード、裏モードなどと、親しい友人には言われている。
音夢が浮かべているのはそういう類に笑みだった。音夢 「(このセクハラおやじどもぉ、よっぽど痛い目見たいみたいですね~)」
人の体を値踏みするようないやらしい視線に、実際は腸煮え繰り返っていた。
兵士A 「まさか保安局の連中とはな。だが、二人だけ、しかもかわいい嬢ちゃん達じゃあな」
兵士B 「いやいや、いいじゃないか。大いに結構」
兵士C 「うむ、役得というものだ」
音夢 「(ぴくぴく)」
彼らは徐々に地雷原に足を踏み入れようとしている。
それに気付いているのは、この場で美春ただ一人だった。
すぐ横で妖しげなオーラが漏れ始めている音夢を、戦々恐々としながら横目で盗み見ては、美春は震えていた。兵士B 「お、こっちの嬢ちゃんは震えてるぞ」
兵士C 「へへへ、怖くないぞ」
美春 「(違います違うんです。お願いですからこれ以上音夢先輩を刺激するような発言は控えてください~)」
音夢 「美春」
美春 「は、はいー!」
音夢 「どうやら私が出るまでもないようですので、美春一人で十分ですね」
極上の笑み。
だが、額に薄っすらと浮かぶ青筋がその仮面の下に潜む真の顔を象徴していて、自分に怒りの矛先が向いているわけではないのに美春は生きた心地がしなかった。美春 「は、はいっ! 美春が全て処理いたすでございますであります!」
下手なことを言えばとばっちりを受ける。
美春は必死だった。音夢 「では行きましょう、美春」
背中に背負っていた鍵のような形をした杖を手に取る。
美春 「行きます」
その音夢に対して、美春は背中を向けて立つ。
杖を眼前にかざし、音夢は静かに瞑目する。音夢 「光よ導きたまえ、今、朝倉音夢の名の下に、聖錠セレスティアをもってこの者の力を解放せん」
美春 「(ひさびさの戦闘モードです、気合を入れて・・・)」
音夢 「美春、ジェノサイドモード・・・」
美春 「(じぇ、ジェノサイドもーど!?)ちょっ、音夢先輩、それはほとんど暴走・・・」
音夢 「起動♪」
ガチャ
杖の先端が美春の背中に当てられる。
そこから光が美春の全身を包み込んでいく。美春 「はわわわわわ・・・・・・」
既に、音夢は怒りマックスだった。
音夢 「美春♪」
美春 「はい・・・」
音夢 「ミッション、デストロイ♪」
美春 「らじゃーっ(涙)!!」
ガシャッ ジャキッ!
硬質な音と共に美春の両腕に機銃が現れる。
ずっと目の前で起こってきた出来事を不思議そうに見ていた兵士達は、ますます唖然とする。ダダダダダダダダダダッ!!!!!
両腕の機銃が火を吹く。
唖然としていて反応の遅れた兵士達はあっさり狙い打ちにされる。
皆腕や足に五発以上を受けて倒れる。音夢 「美春の基本設定はノンリーサルですので、ご安心ください」
何を安心しろと言うのか。
さらに美春の両肩からキャノン砲が現れて敵に照準を定める。兵士A 「ちょっと待て! いくらなんでもそんなもの許容量オーバーだろ!」
音夢 「超古代魔法機械学の結晶たる美春に不可能はありません」
ドンッ ドンッ!!
轟音を上げて発射された砲弾が兵士達の中心で爆発して弾ける。
兵士C 「じょ、冗談じゃない、逃げるぞ!」
音夢 「逃げられると思ってらっしゃるのでしょうか。美春」
美春 「すみませんすみません、音夢先輩を怒らせたみなさんが悪いんです、どうか美春を恨まないでください~」
そう言いながらも追撃を開始する。
脹脛の辺りからジェットブースターが現れ、一気に加速して行く。美春 「ひぇええええ~~~」
さらに背中からウイングが生えて、空に舞い上がる。
美春 「ひょぇええええええ!!! 美春は高いのと速いのは苦手なんですよ~」
泣き言を言いながらも美春の攻撃は続く。
腿の部分からミサイルが発射され、逃げ回る兵士達を吹き飛ばす。ズガーンッ!!
まさにジェノサイド兵器な美春によって、ものの数分としないうちにこの地に集まっていた残党勢は全滅となった。
兵士達 「ど、どこがノンリーサルだ・・・」
手ひどくやられた兵士達はそう言っていたが、実際これだけの爆撃を行いながら一人も死なせずに捕えたのだから、間違ってはいなかった。
ただし、多くの兵士は地獄を見たことだろう。
音夢 「ふぅ・・・」
捕縛人数六十人。
お手柄には違いないのだが、情報を引き出すことはできなかった。
全て吹き飛ばしてしまって、まとも会話できる状態な者が一人もいなかったのも原因ではあるのだが、見たところ本当に下っ端ばかりで、有力な情報を持っている幹部などはいなかった。美春 「気を落としたらだめですよ、音夢先輩。何事も前向きにです!」
口の周りをクリーム塗れにしながら美春が励ましの言葉をかける。
二人は町に戻って、再び喫茶店で巨大バナナパフェと向き合っている。
暴れまわった後の美春はひどくお腹が空くらしい。
本人はバナナを補給しなければならないとのたまっているが、実際には何か食べればそれでよかった。
まったくもって、機械の体でありながら食べ物を欲したり、それをエネルギーに変えていたりと、美春の体は謎だらけだった。
どうやって食べたものを戦闘エネルギーに換えているのか、音夢にもさっぱりわからない。
ちなみに、本人さえわかっていない。
天枷美春という機械人形を生み出した人間ならば知っているかもしれないが、残念ながらその人間はもういなかった。音夢 「前向きかぁ・・・・・・美春はいいわよね、バナナ食べてれば嫌なことなんて綺麗さっぱり忘れちゃうんでしょ」
美春 「はい! 美春はバナナさえあれば幸せ絶頂です!」
単純な娘であった。
だが、そんな単純で明るく前向きな美春の性格に助けられたことは、一度や二度ではない。
音夢にとってはこの世で唯一、心から気を許せる相手であるから。音夢 「はぁ・・・、とりあえず口の周りを拭きなさい」
美春 「てへへ、そうでした」
音夢 「そうね。焦っても仕方ないのはわかってるんだけど、のんびりもしてられないんだよね」
よくないことが起こると言ってもただの勘である。
占い師やら予言者であるまいし、正確にいつどこで何が起こるかまではわかったりしない。音夢 「なんとかなるかなぁ・・・」
美春 「大丈夫ですよっ」
音夢 「どうして?」
美春 「だって音夢先輩ですから」
音夢 「何それ? 全然理由になってないよ」
そう言いながらも笑いがこぼれる。
この娘は本当に音夢を信頼しているのだ。
まさに主に忠実なわんこである。音夢 「でも・・・ありがと、美春」
美春 「てへへへ」
頭を撫でられて嬉しそうに笑顔を浮かべる。
それを見て音夢も微笑ましい気分になる。
?? 「・・・“鍵を持つ少女”と“ゼンマイ仕掛けの人形”」
音夢 「!?」
がたっ
突然の声に、音夢が席を蹴って立ち上がる。
振り返ると、すぐ後ろの席に長い黒髪の少女が座って、テーブルの上にカードを並べていた。美春 「? どうしたんですか、音夢先輩?」
音夢 「どうしたもこうしたも、この人・・・」
美春 「その人がどうかしましたか? ずっとそこにいましたけど・・・」
音夢 「ずっと!?」
さらに驚愕の表情で背後にいた少女を見る音夢。
声を発するまで、まったくその気配に気付かなかった。
向かい側で、目に見えていた美春にはとってもどうということもなかっただろう。
しかし音夢はすぐ後ろにいた人間の存在にまったく気付いていなかったのだ。音夢 「(この人、一体・・・?)」
?? 「・・・はーお」
振り返った少女は片手を挙げて、そう言った。
一瞬何なのかさっぱりわからなかったが、美春の立ち直りは早く、それが挨拶なのだとすぐに気付いた。美春 「はーお♪」
音夢 「・・・・・・」
音夢の方はまだ警戒している。
誰だかわからないが、只者でないのは確かなのだ。
だが、身に染み付いた習性ゆえに、すぐに裏モードで対応する。音夢 「あの、どちら様でしょうか?」
若干棘があったかもしれないが、務めて丁寧に問い掛ける。
謎の少女はすぐには答えずに、しばし考え込む。?? 「・・・・・・星に導かれて究極のお米を探す通りすがりの美少女占い師?」
意味不明な上に疑問形だった。
音夢 「聞かれても困るのですけど」
?? 「・・・残念」
なんとなくわかった。
変わった人である。
少しだけ音夢は警戒心を和らげる。?? 「・・・お探しものは、見つかりませんか」
だが、すぐにまた緊張する。
通りすがりと言いながら、的確に今の音夢達の状況を言い当ててくる。音夢 「・・・どうしてそれをご存知なのですか?」
?? 「・・・星が教えてくれます」
音夢 「それなら、私達が求めているものがどこに行けば手に入るのか、わかりますでしょうか?」
?? 「・・・ここへ」
すっと少女がカードを一枚裏にして差し出す。
僅かに逡巡してから、音夢はそれを受け取る。音夢 「あなたは、一体何者なのですか?」
?? 「・・・一番星を追い求めて荒野をさすらう謎の美少女占い師?」
美春 「さっきと違います。しかもまた疑問形・・・」
カードを裏返して、音夢はカードの表を見る。
音夢 「美春、行きましょう」
美春 「え? あ、はい」
音夢 「先に行って、お勘定を払っておいてくださいね」
美春 「わかりましたっ」
ピッと敬礼して走って行く美春。
店内を走るなと注意しようかと思ったが、やめて自称占い師の少女の方へ向き直る。音夢 「ご協力感謝します」
?? 「・・・お安い御用」
音夢 「ただ、一つだけ言わせていただきます」
?? 「?」
音夢 「美春は人形じゃありません」
?? 「・・・これは失礼を」
ぺこりと少女は頭を下げる。
あっさり謝られてかえって音夢は戸惑ったが、一礼してから美春が待つ店の外へと向かっていった。
二人が去った後で占い師の少女、遠野美凪は、テーブルに置いたカードのうち二枚を手に取る。
美凪 「・・・“鍵を持つ少女”朝倉音夢・・・“ゼンマイ仕掛けのにん・・・少女”天枷美春。・・・おもしろくなってきましたよ、莢迦さん」
占い師の少女から貰ったカードに記されていた場所は、それほど遠い場所ではなかった。
完全に信用したわけではないが、膳は急げということでさっそく調査に向かうことにした。美春 「何が待ってるんでしょうね?」
音夢 「今までよりは有力な情報だと助かるんだけどね」
そこへはすぐに辿り着いた。
しかし、ぱっと見回しても何もない。美春 「何もないですね~。間違いでしょうか?」
音夢 「待って。カードが光っている・・・」
光を放つカードは音夢の手から離れ、一つの方向を指し示した。
音夢 「こっち・・・?」
じっと目を凝らす。
するとぼんやりとだが、空間の乱れを見つけることができた。音夢 「・・・ここね」
背中から杖、セレスティアを取る。
先端に力を込めて空間の歪みを突いた。シュッ
あっさりと結界は消え去り、今まで見えなかった景色が見えるようになった。
そこには古ぼけた砦が建っていた。美春 「こんなものが隠されてたんですね。怪しいですね~」
音夢 「美春、突撃用意」
美春 「ラジャー! あ、でも~、もうジェノサイドモードは・・・」
音夢 「わかっています。探索モード、状況に応じて戦闘対応、起動」
ガチャ
鍵を差し込んで回す。
光が美春の体を一瞬包む。美春 「では、美春行きますっ」
砦の中へと美春が入って行く。
見届けてから、音夢は砦の周辺を歩き出す。
結界の残りかすを探して調査するつもりである。音夢 「なるほどね・・・。こうやって七年間も隠れていたわけね」
高位の魔術師ともなればこのくらいの結界を破るのは容易いだろう。
しかし、そのレベルの魔術師はほとんど各国が抱えており、残党勢探索などの任には付かせていなかった。
一般人では結界の存在にすら気付かず素通りしている。音夢 「こんな場所があといくつあるんだろう」
地道に潰して行くのでは時間がかかりすぎる。
やはり新しい情報を入手して根源を断つのが効率的かつ効果的だった。ドカーンッ!
美春 「ひょぇえええええ~~~」
爆発が起こって砦の中から美春が飛び出してきた。
目を回して地面に落ちる。音夢 「美春っ?」
急いで駆け寄る。
美春 「ぐるぐる回る~・・・・・・」
目を回しているだけで問題はない。
音夢 「ふぅ・・・・・・」
安心の溜息をついてから、砦の方へ向き直る。
丁度中から男が一人出てくるところだった。男 「どうやら鼠は二匹いたようだな」
音夢 「あなたが美春をやったのですか?」
男 「ちょろちょろとうるさかったのでな。君子危うきには近付かぬもの、すぐに立ち去った方がよいぞ」
音夢 「一つお尋ねしてもよろしいでしょうか。あなたは覇王軍の中でどの程度の位にいるのでしょうか?」
男 「む・・・。なるほど、そこまでわかっているのなら、ただ帰すわけにもいかんな」
音夢 「お答えいただけませんでしょうか?」
男 「よかろう。最高幹部たる十二天宮の下に位置する、天宮予備軍のギザラスとは俺のことだ。満足したかな、保安局の小娘殿」
音夢 「あら、ご存知でしたか。でしたら話は早いですね。おとなしく捕まって、知っていることを洗いざらい喋っていただきます」
男 「丁寧な物腰のわりに威勢のいい娘だ。よかろう、相手をしてやろう」