Kanon Fantasia

第二部

 

 

第1話 大陸保安局

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肩を覆うくらいのオレンジ色の髪に白いヘアバンドをつけた十三、四才の少女、天枷美春は、今、至福の瞬間を迎えんとしていた。

美春 「どきどき、わくわく、ごっくん」

目の前のテーブルに置かれているものを見ながら心躍らせ、唾を飲み込む。
今にも食いついて行きそうなその姿を見て真っ先に思い浮かぶ言葉は、“わんこ”。
尻尾があったなら激しく振っていそうだった。

美春 「落ち着け・・・落ち着け美春〜・・・」

すーはー、すーはーと二三度深呼吸をする。
それでも視線はすぐにそこへと向かう。

美春 「いよいよ・・・いよいよであります隊長・・・」

隊長というのが誰なのかさっぱりわからないが、とにかく美春は、感動の瞬間へ向けて突き進もうとしていた。

美春 「天枷美春、いざ! 突貫します!」

そしてついにその時が訪れんとした瞬間・・・。

がしっ!

美春 「はうっ」

首根っこを鷲掴みにされ、美春の手はそれに届く前に虚しく宙を切った。

音夢 「な・に・を・してるのかな〜? み・は・る♪」

美春 「あわわわわっ、ねねねね音夢先輩っ! いえ、あの、これはその・・・」

音夢 「何か申し開きがあるのかしら?」

振り返るのは恐ろしかった。
きっとそこには、天使よりも優雅な微笑を浮かべる、悪魔よりも恐ろしい鬼がいるに違いない。

音夢 「今・あなたは・何をしていなければいけないのでしょ〜」

美春 「え、え〜と〜・・・」

音夢 「そ・れ・を〜♪」

がしっ

掴まれている場所が首から頭に変わる。
手に力が込められて、頭をぎりぎりと圧迫する。

美春 「い、いたっ、ねっねっ音夢せんぱ・・・ちょっ、まじ、まじ、いたっ・・・」

音夢 「んふふふふふ〜♪」

美春 「ひ、ひぇえええ〜〜〜」

散々頭部を圧迫されて、すっかりへろへろになった頃、ようやく美春は解放される。
目を回して揺れている美春の向かい側に、その頭を握っていたもう一人の少女、朝倉音夢が腰掛ける。
茶色いショートボブの髪の両側に細いリボンを付け、頭のてっぺんにぴょこんと跳ねた触角毛が特徴である。

音夢 「まったく、どこへ行ったかと思えば、案の定ここだったのね」

ここというのは、所謂喫茶店のことだ。
二人が囲んでいるテーブルの上には、通常の数倍はあろうかという巨大な皿が置かれており、その上にバナナ、バナナ、バナナ、チョコ、その他諸々がトッピングされた、一言で言い表すなら、ジャンボバナナパフェとでも言おうか。

音夢 「う〜む・・・私も甘いものは嫌いじゃないけど・・・これは見ただけで食欲がなくなっていくわね・・・」

美春 「そうですか? 美春はもう、食欲をそそられてそそられて・・・」

復活した美春が再び目の前のパフェに見入る。

音夢 「涎」

美春 「おっとっと」

さっと垂れかけていた涎を拭き取る。
その間も視線はパフェに向けられているのだが、今度は先ほどと違って、その先にいる存在に対してちらちらと視線を送っている。
そうしている美春の様子を言い表すなら、お預け中のわんこ。

音夢 「・・・はぁ。いいですか、美春。私達はここへ遊びに来ているのではないのですよ。れっきとしたお仕事なんですから」

美春 「はい! それはもう重々承知しております。不詳この美春、音夢先輩のためならばたとえ火の中鍋の中・・・身命をとして戦う所存であります! しかし! しかし〜・・・、この、このバナナの誘惑には勝てず〜・・・よよよよ」

音夢 「はぁ〜・・・・・・もういいわよ」

美春 「よろしいですか!?」

音夢 「もう注文してしまったものを無駄にできませんからね。ただし、今回だけですよ」

美春 「ありがとうございます〜! このご恩、生涯かけても償い切れません〜」

音夢 「はいはい、まだ仕事は残ってるんだから、早く食べちゃいましょう」

美春 「はいっ♪」

二人はスプーンを持ってパフェに向かう。
端を突付いて少しずつ口に運んで行く音夢に対し、美春は一気に塊を口の中に放り込んでいく。

美春 「あ〜、幸せです〜」

感激のあまり、美春は涙して喜ぶ。
大袈裟と思いつつ、そんな姿が微笑ましくて、思わず甘やかしてしまう自分に苦笑する音夢であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

音夢 「さて美春、改めて、私達がここへ何をしに来たのかを言ってごらんなさい」

美春 「はい! ここ数ヶ月頻繁に発生している覇王軍残党による不法行為を取り締まるためであります!」

音夢 「そのとおり」

七ヶ月前、突如として活動を再開した覇王軍の残党。
だがその動きは半年前の華音王国侵攻を最後にぷっつり途絶えている。
まったく正体不明で神出鬼没な軍勢は、最近になってから再び各地に出現しているのだが、統制の取れたものではなく、魔物騒ぎと同じような扱いを各国で受けていた。

音夢 「ただし、ただ取り締まるだけは意味がないのよ」

二人の目的は、各国が行っているような治安維持、残党討伐ではない。
もちろんそれも仕事のうちだが、それ以上に原因究明こそ彼女らの職務だった。

大陸保安局。
七年前、戦乱が終結した後、華音王国、ランバート公国などが中心となって作り上げた治安維持組織である。
各国の軍部からは、掃除屋、火消し屋などと呼ばれているが、その存在意義は大きい。
朝倉音夢と天枷美春は、そこの局員であった。

音夢 「起こった事件を収集するだけなら誰にでもできます。そこでもう一歩踏み込んで原因を掴み、事件を未然に防いでこそ、真の治安維持になるのです」

美春 「さっすがは音夢先輩、美春なんかとは頭の回転力が違います」

音夢 「とは言え、鎮圧も私達の仕事には違いありませんからね。敵の潜伏場所に関する情報は集めておいたわ。美春がパフェを注文してる間にね♪」

美春 「あう〜、ごめんなさいごめんなさい〜」

うるうると涙を流して頭を下げる美春。
その姿を楽しげに眺めながら鼻歌を歌っている音夢。
二人の関係がよくわかる構図である。

音夢 「まぁ、それに関してはもう過ぎたこととして、その分はきっちり働いてもらいますからね」

美春 「はい! それについてはもう、美春に万事お任せです!」

ピッと姿勢を正す。
ころころとよく変わる表情だった。

 

 

 

音夢 「じゃあ、敵のアジトに着く前に色々考えてみようか」

美春 「覇王軍について、ですよね。う〜ん、保安局にあった資料によると、七年前の戦後、しばらくは残党の抵抗もあったそうですが、半年以内に全て収集されています。ただ、討ち取った、または捕えた兵の数は、軍勢の規模に対して明らかに少なかったとのことです」

音夢 「そこから何が考えられる、美春?」

美春 「え〜と・・・・・・あはは・・・なんでしょう・・・?」

音夢 「七年前の残党の大半は討伐を免れ、どこかに潜伏していた可能性が高いということよ」

美春 「あ〜! なるほどなるほど」

音夢 「で、そのあとは?」

美春 「はい。その後は保安局の設置もあり、全世界的に平和になりました。それが七ヶ月前、突如として覇王軍の残党が活動を再開したのです!」

音夢 「そこよっ」

美春 「はいっ? どこですか!?」

音夢 「何故覇王軍は、今になって突然活動を再開したのか」

美春 「え〜・・・何故でしょう?」

音夢 「そもそも、一体七年間も各国の討伐軍や保安局の目を掻い潜ってどこに隠れていたのか。さらには再決起のための装備をどうやって揃えたのか」

美春 「あうううう、頭がこんがらがってきたであります〜」

音夢 「そして今! 再度活動を開始したわけ。半年前にまた姿を消して、また動き出した。・・・・・・はぁ、わからないことだらけだよぅ」

美春 「あうあうあう〜」

音夢 「とりあえず、美春がパンクする前にわかりそうなところから考えようか。まず七ヶ月前の覇王軍活動再開について」

美春 「何故突然動き出したのか、ですね」

音夢 「実はほぼ同時期に、ある事件が発生しているのよ」

美春 「え〜と・・・七ヶ月前、七ヶ月前・・・ああ! アザトゥース遺跡消滅事件ですね!」

音夢 「そう。謎の爆発によって遺跡を中心とした半径一キロに渡って、まるで隕石の落下でもあったようなクレーターができていた。そして、覇王軍が動き出したのはその直後なのよ。ここに何らかの関係性があると考えるのは、決して突飛な発想ではありません。むしろ考えない方がおかしいです」

美春 「ですね。タイミングぴったりですからね」

音夢 「そしてもう一つ」

美春 「はい?」

音夢 「半年前、華音王国に侵攻した覇王軍が敗走したのと同時期に、当分噴火はないと思われていたエントレアス山が突然噴火した。そして直後に覇王軍はまたしても消えた」

美春 「なんだか、あまりにも怪しすぎる感じがしますね〜」

音夢 「・・・なんだけどねぇ。結局その二つの事件に関してもほとんど調査は進んでないし、だからどうしたって感じなのですけどね」

美春 「手詰まりですか〜・・・・・・」

音夢 「だからこそ、当事者から情報を引き出す必要があるんです!」

美春 「けどぉ〜、これまでに捕えた残党兵はみ〜んな下っ端ばかりで、有力な情報はまったくなかったって話ですからねぇ」

音夢 「そうねぇ。幹部クラスでも捕まえないことには、内部情報なんて手に入らないよね。けど、それい当たる可能性はゼロじゃない。それに・・・」

美春 「それに?」

音夢 「さっき言った疑問の一つ。何故そんな下っ端が、今まで捜査の網に引っ掛からなかったのか」

美春 「隠れるのが上手だったから?」

音夢 「隠れる場所があった、と考える方が妥当じゃない?」

美春 「それって・・・」

音夢 「そう。彼らには強力なバックがあると考えられる。そうして潜伏して力を蓄えたからこそ、七ヶ月前に一度決起したけど、何らかの原因で一時中断せざるを得なかった・・・」

美春 「じゃあじゃあ、また準備が整ったから動き出したんでしょうか?」

音夢 「そこも疑問。前に比べて今回の残党の動きはずさん過ぎるのよ。組織立った動きが感じられない。そこから何が予測できると思う?」

美春 「え〜と・・・」

音夢 「私達が追っているのは、トカゲの尻尾かもしれないってこと」

美春 「???」

音夢 「いらなくなったから捨てられた兵が暴れてるだけということですよ、わかりましたか、美春」

美春 「じゃあ、これからすることは骨折り損のくたびれ儲けですか〜?」

音夢 「立派な仕事には違いないわ。ただし、実りは少ないかもね・・・」

 

 

 

 

持てる情報をフル活用してみたものの、結局のところ音夢達はまったく望んでいた結論を導き出すには至らなかった。
やはりもっと多くの情報が必要である。

音夢 「(早く何とかしないと、大変なことが起こる)」

昔から、音夢の勘はよく当たった。
だからこそ、藁にもすがる思いで覇王軍残党を追っているのである。

美春 「発見しました、音夢先輩」

音夢 「わかったわ。そのまま見張ってて」

町で集めた情報から割り出したポイントを捜索していると、美春が敵を見つけた。
急いで音夢もその場所へ向かう。
岩陰に身を隠して様子を窺うと、数十人がたむろしていた。

美春 「あの〜、なんか見るからに下っ端って人達ばかりなんですけど〜?」

音夢 「まだわからないわ。大物っていうのは、意外とこういうところに隠れてるものよ」

兵士A 「動くな」

美春 「ぎくっ!!」

音夢 「ちっ」

見付かった。
後ろから視線を感じる。

美春 「あわわあわわ・・・」

音夢 「・・・・・・」

兵士A 「ゆっくりこっちを向け。おかしな真似はするなよ。こいつは鉄砲と言ってな、離れた場所からでも瞬時に攻撃できるんだ」

慌てふためく美春とは逆に、冷静に振り返る音夢。
その顔に笑顔を浮かべながら。

音夢 「はい、なんでしょう?」

にっこりと微笑んで尋ねる。

美春 「うわ、音夢先輩裏モードぜんか・・・はぶっ」

言いかけた美春が突然鼻頭を抑えてもだえる。

兵士A 「こら! 動くなと言ってるだろ」

もだえる美春に対して銃を向ける兵士。
何が起こったのかを正確に認識していない。

音夢 「私達に、何かご用でしょうか?」

兵士A 「ここで何をしていた?」

音夢 「いえ、ちょっと探し物をしていたら迷ってしまって、人がいたので道を尋ねようかと思いまして」

兵士A 「それは難儀だな」

音夢 「よろしかったら、道を教えていただけませんでしょうか?」

兵士A 「残念だがそれはできん。見られたからには生かして帰すわけにもいかんが・・・・・・ふむ、場合によっては考えてやらんでもないぞ」

いやらしい目で二人の少女の体を観察する兵士。
何を考えているのか、少し知識があればわかるものだった。

音夢 「随分とお下品な視線でございますこと」

あくまで音夢は笑顔で応対する。
まったく表情を崩さないその態度に、むしろ兵士の方が圧迫されるものを感じる。

兵士A 「と、とにかく、こっちへ来い」

音夢 「お断りいたします」

兵士A 「つべこべ言わずに来い! 撃たれたいのかっ?」

音夢 「撃つ? 何を使って撃つんですか?」

兵士A 「話聞いてなかったのか馬鹿娘が! この鉄砲で・・・へ?」

何も握っていない手を開いたり閉じたりする兵士。
慌てて足元を見渡したり、体をまさぐったりするが、それはどこにもない。

音夢 「お探し物はこれですか?」

変わらぬ笑顔の音夢が右手を挙げると、そこには数秒前まで兵士の手にあった銃が握られていた。

兵士A 「な!?」

思いもかけぬ事態に驚愕する兵士。
その声を聞きつけて、さらに多くの者達が集まってくる。

兵士B 「なんだなんだ?」

兵士C 「何があった?」

ずらずらと現れ、音夢と美春を取り囲む。

音夢 「やれやれ、穏便にことを運びたかったのですけど」

兵士A 「な、なんなんだ! おまえら?」

音夢 「申し遅れました。私は大陸保安局に所属する、朝倉音夢と言います。そしてこちらが・・・」

美春 「音夢先輩の忠実なるしもべ、天枷美春です♪」

音夢 「みなさまの不法行為を取り締まりに参りましたので、おとなしく捕まっていただけるとありがたいのですが」

兵士A 「保安局だと!?」

兵士B 「慌てるな、小娘が二人程度で何ができる」

音夢 「あなた方を捕まえるくらいはわけないでしょうね」

さも当然の事実を述べるように音夢が言う。
カチンと来た兵士達が一斉に構える。
戦闘開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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