Kanon Fantasia

 

 

 

第46話 遥か高き道へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覇王城での激闘から二週間が過ぎた。
思った以上に戦闘による消耗が激しかった祐一達は、いったん北海まで戻ってきていた。
戻ってきた際には何に一番驚いたと言って、名雪が聖騎士となって王国騎士団の中隊長にまでなっていたことだった。
一足先に戻っていた潤と香里も同じだった。

祐一 「あの名雪が・・・」

香里 「先を越されたわね。まぁ、あの子はわりと人望もあるし」

その話は人伝に聞いたことなので、戻ってから祐一はまだ名雪には会っていない。
また以前の通り倉田家でごろごろしながら休んでいた。

 

 

 

 

 

 

そんな日々を送っていたある日、祐一のもとに夏海が尋ねてきた。
外に出ないかと誘われて、祐一はついていった。
特に行くアテもなく歩き回りながら、いつの間にやら町の中心を外れて、北海全体が見渡せる丘の上で腰を落ち着けた。

祐一 「・・・・・・」

夏海 「・・・・・・」

正直祐一は、何を話せばいいのかわからなかった。
今まで何度も接してきたが、それは常に敵としてだった。
だが今は一個人としてこうして会っている。
照れているのか戸惑っているのか、実際どちらなのかはよくわからない。
それは、夏海の方も同じだった。

夏海 「・・・はじめて会った時はね、敵・・・だったのかな」

祐一 「?」

ふいに夏海が語り始める。

夏海 「十七、八年前、まだ四死聖なんてものは存在しなくて、私達四大魔女が最強と呼ばれていた頃のこと・・・」

 

 

 

夏海の前に現れたその男は、身の丈2メートルを越す巨漢だった。
一目で鍛え上げられた体をしていることがわかった。
最強を目指すと言ったその男は、夏海に勝負を挑んだ。

夏海 「ま、はっきり言っちゃって弱かったから。一ひねりにしてやったわ」

だが男は、傷が癒えると再び夏海に挑んできた。
それこそ、三日に一度は。
段々慣れてくると、毎日のように現れては負けていった。
「次こそは絶対勝ぁつ!」という台詞をいつも残して。

夏海 「そのうち、馬鹿なりに正攻法じゃ勝てないと思ったのか、不意打ちとか、罠をしかけるとかするようになったけど・・・」

それでも最後はいつも夏海の勝ちだった。
戦いの中で男が強くなっていくのがよくわかったが、それでもまだまだ夏海の域に及ぶものではなかった。
そしてそんな日々がしばらく続いたある日、ついに男はとんでもない手段に出た。

夏海 「夜這いをかけてきたのよ」

祐一 「はぁ?」

さすがの夏海も虚をつかれ、その時は長い人生の中でもトップ3に入るくらい驚いた。
布団から起き上がった夏海の前で下半身を丸出しにした男は、「俺様のモノでどんな女もイチコロだぜ!」と言って獣よろしく夏海に飛び掛った。

祐一 「で・・・そのまま?」

夏海 「まさか。雷撃三千発喰らわせて三日三晩生死の境をさまよわせたわよ」

その後も似たような日々が続いた。
犬は三日飼えば情が芽生えると言うが、直向なその男に、いつしか夏海は惹かれていたのかもしれない。
何がどうと言うわけもなく、ただ漠然とした成り行きで体を交え、子を身ごもり、そして産んだ。

夏海 「どうしてそういうことになったのか、自分でもよくわからないんだけど・・・・・・で、とにかく子供を産んだはいいけど、結局煩わしくなっちゃったのよね。私にはまだまだやりたいことがあったし。それで、丁度同じ頃に子供が生まれた妹のところに子供を預けてそれっきり」

祐一 「・・・・・・それが、俺か」

夏海 「はっきり言って、今更母親を名乗れたものじゃないと思ってるわ。だから別に、そう呼んでほしいとかも思ってないし。ただ・・・やっぱり自分の子供は恋しいみたいで・・・・・・身勝手ね、私って」

祐一 「・・・・・・」

夏海 「たまに様子を見に戻ってはいたのよ。だから祐一が色々悩んでたことも知ってるけど、私は何もしなかった」

祐一 「・・・・・・」

夏海 「だから・・・・・・だから・・・その・・・つまり何が言いたいんだろう、私は・・・」

言うべき言葉が見当たらず、目を泳がせる夏海。
それを見ながら、今度は祐一が語りだす。

祐一 「俺さ・・・」

夏海 「?」

祐一 「秋子さんの子供じゃないのは知ってた・・・ていうか秋子さん自身から聞いた」

では誰が親なのかを訪ねたこともあった。
秋子はそれに対し、母親は自分の姉であるとしか言わなかった。
父親のことは何も聞いたことがなく、秋子の姉だという母親の顔も知らない。

祐一 「子供の頃は、魔力がないってだけじゃなくて、親がいないってことでもいじめられた覚えがある。その頃は、自分は親に捨てられたなんていじけてた時もあったかな」

たぶん、両親を憎んだ時期もあっただろう。
もしかしたら両親も、自分が魔力を持たない子供だったから捨てたのかもしれないとも考え、それがさらに劣等感に磨きをかけた。
誰かに認めてもらいたいという思いの中で、一番認めてもらいたかった相手というのは、ひょっとしたら会ったこともない両親だったのかもしれなかった。

祐一 「少し前までは、そう思ってた」

夏海 「・・・今は?」

祐一 「・・・・・・はっきり言って、どうでもいい」

夏海 「は?」

祐一 「実際会ってみて・・・まず父親は馬鹿親父だった。それに、俺と同じ魔力のない幽の仲間だったんなら、そんなこと気にするはずないし。ただ、あの男の背中だけは、絶対に自分の力で追いつかなけりゃいけないって思った」

夏海 「・・・・・・」

祐一 「で・・・・・・あんたに会って、母親かもしれないって思った時は・・・すっげぇー戸惑った」

夏海 「・・・でしょうね」

祐一 「正直、あんまり親っていう印象はどっちにも持てないんだけど・・・・・・別にどっちも俺が思っていた風だったわけじゃなくて・・・・・・だから・・・その・・・あんまり気にするなよ・・・か・・・」

夏海 「か・・・?」

祐一 「か・・・かー・・・・・・」

戸惑いながらも期待の眼差しを向ける夏海。
真っ赤になって照れながら顔を背ける祐一。

祐一 「か」

夏海 「か」

祐一 「かー・・・」

美凪 「鴉?」

祐一 「どわぁっ!!!!?」

夏海 「うわぁぁっ!!」

第三者の乱入で、二人は慌てて左右に飛び散る。
両者真っ赤になって汗をたらしている。

美凪 「・・・あ・・・いけません、ついくせで、いいところを邪魔してしまいました。でも・・・ボケどころっぽかったので」

祐一 「み、みみみみみ美凪・・・」

夏海 「あ、あ、ああああんた・・・いいいいつから・・・!?」

美凪 「・・・慌てる夏海さんというのも、かわいいです」

夏海 「殺すわよ」

素早く立ち直った夏海が立ち上がって服の汚れを払う。
だが、他の二人に見せないようにしている顔にはまだ赤みが刺していた。

夏海 「莢迦は?」

美凪 「・・・療養中です」

夏海 「そう」

祐一 「療養?」

ようやく落ち着きを取り戻した祐一が聞き返す。

美凪 「・・・はい・・・療養です」

夏海 「前に言ったでしょ。あいつは普通の快復手段を受け付けないのよ。ただ一箇所、竜族の傷を癒す泉を除いてね」

祐一 「竜族の傷を癒す泉?」

また聞きなれない言葉だった。

夏海 「ま、人間でいうところの湯治みたいなものだけどね。しばらくは戻ってこないでしょ」

美凪の登場が落ち着くきっかけになったのか、或いは開き直ったのか、二人とも普段通りの会話ができるようになっていた。
だが、先ほどまでの話題には互いに触れないようにしている。
当の美凪は一人、結果オーライだったか、やはり邪魔をすべきではなかったかで悩んでいた。

夏海 「さてと・・・あそこに行ったとなれば、帰ってきたら十何年か振りに莢迦のほんとの本気モードが見られるわね。私もぼやぼやしてられない。もう行くわ」

祐一 「どうするんだ?」

夏海 「私の目的は今も昔も変わらない。あらゆる魔導を極め、莢迦を超えること」

そこにいるのは、子と接するのに戸惑う母親ではなく、最強の一人と呼ばれた魔女であった。
どこまでも気高く凛々しいその姿に、祐一は思わず見惚れていた。

美凪 「・・・また・・・いずれ」

夏海 「ええ」

二人に背を向け、夏海は歩き出す。
が、少し行ってから立ち止まる。

夏海 「祐一」

祐一 「?」

夏海 「千人斬りの幽は本当に強いわ。あの男は、私でさえいまだ辿り着けない莢迦の領域に、必ず達する。半端な覚悟じゃあの男の足元にさえ、一生かかっても追いつけないわよ」

祐一 「・・・・・・」

夏海 「じゃあ、またね」

祐一 「待った」

夏海 「?」

祐一 「あいつは・・・確かに俺が超えたいと思ってる奴だ。けど俺にとっては、あんたも目標の一人だ。上ばかり見てると、下から足元すくわれるから、気をつけろよ、母さん!」

夏海 「!・・・・・・・・・ふっ、百年早いわよ。そういうあんたこそ、下には注意することね」

互いに視線を交し合ってから、別々の方向へ別れていった。

美凪 「・・・似た者親子です」

半ば無視されていた美凪が、微笑ましそうにそんな二人の背中を見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

それから少しして、祐一は一人で北海を旅立った。
佐祐理にも、舞にも、名雪にも声をかけず、ただ一人で。
しかし一人だけ、そんな祐一の行動に気付いて先回りして待ち伏せしていた者がいた。

潤 「待ってたぜ、相沢」

祐一 「おまえは・・・」

潤 「こうやって話すのははじめてだな。大会の時と、遺跡の時と、覇王城の時と三回も会ってるんだが。それ以前に、俺はおまえにはじめて会った気がしないけどな」

祐一 「なんだそりゃ?」

潤 「水瀬からよく聞いてたからな」

なるほどと、祐一は納得する。
どういうことを聞いていたのかはあえて追求するまいと思った。

潤 「でだ、旅に行くなら俺も連れてけ」

祐一 「断る」

即答だった。
しばし唖然とする潤の横を何事もなかったかのように通り抜けていく祐一。

潤 「ちょ、ちょっと待て! なんだよそれ?」

祐一 「何が悲しくて男二人旅なんかしなくちゃならん」

潤 「けどよ、この間うちは俺もおまえも周り女ばっかりだったし、気分転換ていうか。男だけじゃなきゃできない旅ってのもあるだろ。いいから連れてけ」

祐一 「断る」

潤 「な・・・」

祐一 「はっきり言って足手まといだ」

潤 「なん・・・だと?」

きっぱりと祐一は言い切った。
あまりの言いように、潤は思わず固まるが、すぐにふつふつと怒りが涌いてきた。

祐一 「俺はこれから、今までよりも遥かに高い場所を目指して旅をする。死ぬ危険だって生半可なものじゃない。だから一人で行くと決めた。弱い奴は足手まといだ」

潤 「て・・・めぇっ!」

ヒュッ!

一瞬で間合いを取って槍を繰り出す潤。

祐一 「・・・・・・」

潤 「な・・・っ!?」

しかし、繰り出された槍は虚しく宙を突き、逆に祐一の剣先が潤の喉下に突きつけられていた。

祐一 「俺はまだまだ弱い。そんな俺に手も足も出ないような奴を連れて行けるか」

潤 「く・・・!」

喉下に突きつけられた剣が引かれると、潤はその場に膝をついた。
ほんの一瞬の攻防であったのに、激しく消耗している。
だがそれ以上に、またしても敗北を味わったことが悔しかった。

潤 「ちくしょう・・・」

祐一 「じゃあな」

潤 「このまま終わってたまるかよ・・・。絶対に強くなってやる。おまえよりも、あいつよりも・・・」

完膚なきまでに負けた二人の相手。
相沢祐一と斎藤元。
大きな目標を前に、潤はさらに強くなることを自分に誓い、この時だけは、ひたすら泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栞 「前から聞きたかったんですけど・・・・・・幽さんとお仲間の四死聖の方々って、変な関係ですよね」

幽 「そうか?」

栞 「だって、斎藤さんは幽さんを殺すのは自分みたいなこと言って戦いを挑んでますし、羅王丸さんって人も幽さんを倒すのが目的みたいでした。で、莢迦さんは幽さんが好きみたいで・・・・・・よくわかりません」

幽 「それはおまえが馬鹿だからだ」

栞 「そんなこと言う人、嫌いです」

幽 「そもそもあいつらは仲間じゃねえ、下僕だ。そこがわからん内はおまえは馬鹿だ」

栞 「言ってることが滅茶苦茶です。ますます混乱してきますよ・・・」

幽 「・・・本当に強ぇ奴らの間にはな、甘っちょろい馴れ合いなんざくだらねえだけなんだよ」

栞 「?」

幽 「あるのはただ一つ、強ぇか弱ぇかだけだ。元や羅王が俺の下にいたのは強ぇ俺様を倒すことが最初から目的だったからだ。四死聖ってのは、いつか真の最強の座をかけて戦うことになる奴の集まりだ」

栞 「いつか・・・戦う?」

幽 「まぁ、そんなのはあいつらの認識だな。俺に言わせれば、それくらい強ぇ奴じゃなけりゃ俺様の下僕は務まらねえってところだ。馴れ合いなんざいらねえ、俺の高みまで上がってこれた奴だけが俺様の下僕だ」

栞 「・・・よくわかりませんけど・・・わかったような気もします」

幽 「気がすれば、小娘にしちゃ上出来だ。んなことより酒が足らねえからとっとと持ってこい」

栞 「はいはい・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美凪 「・・・相沢さんは一人で旅立ちました・・・遥か高い道を進むために。それは、死と隣り合わせの危険な道のりです。けれどかつて、莢迦さんが進み、私や、カタリナさんや、夏海さんがそれを追って進み、深い絆を結んだ道でもありました。きっと、幽さんや、斎藤さん、羅王丸さんが進んだ道とも同じ。真の強さこそが全てを決める道においては、生半可な友情や、馴れ合いは役に立ちません。ただ強く、誰よりも強くなることだけが・・・。でも・・・同じ道を進む人達の間には、深く、強い絆が生まれるのです。私達がそうであったように、相沢さんの進んだ道の後にきっと続く人達がいます。相沢さんは人を惹きつける人ですから、きっと、強い絆で結ばれた、たくさんの戦友が生まれることでしょう。

 では・・・また・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

Kanon Fantasia 第一部 覇王激闘編 ・・・完・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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