Kanon Fantasia

 

 

 

第45話 女の戦い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浩平 「うーん・・・・・・・・・あれ? みさきさん?」

いつの間にかみさきがいなくなっていることに浩平達が気付いたのは、かなり先に進んでからのことだった。

 

 

 

 

 

そのみさきは、来た道を引き返していき、茂みを抜けたところで待っていた者に出会った。

みさき 「莢迦さん・・・」

莢迦 「緑河の時も会ってるから、久しぶりっていうのはおかしいかな」

みさき 「うん・・・。でもやっぱり、久しぶりだよ・・・」

微妙な距離を取って向かい合う。
二人の間にはただならぬ緊張感が漂っていた。
そこには、祐一達と共にいる陽気な莢迦も、浩平達のもとにいる明るいみさきもいなかった。
渦巻いている感情は、哀しみ、苦しみ、もどかしさ、憎しみ・・・負の感情ばかりだった。

莢迦 「三年前に折原八輝将の噂を聞いて、その中に川名みさきの名前があるのを知った時は、正直驚いたよ」

みさき 「・・・・・・」

莢迦 「人違いかとも思ったけど、凄腕の風水師で川名みさきとくれば、一人しかいない。暇だったんで調べたら、まず間違いないと確信した。けど、それ以上は別にどうでもよかった」

みさき 「・・・・・・」

莢迦 「七年前私達の前から姿を消したあなたが、どこで誰と何をしていようが、私には関係ないもんね。もう縁は切れてるんだから。・・・けど、どうにも気に入らないね」

凄まじいまでの殺気と憎悪を込めた目で、莢迦はみさきを睨む。
精神力の低い者なら、睨まれただけで失神するほどの殺気だった。
みさきはその殺気を、感情の浮かんでいない表情で受け止める。

莢迦 「どうしてあの場にいたの」

それは答えを求める質問ではない。
相手を責め立てるための言葉だ。

莢迦 「ま、私達もちょっと気が抜けて油断してたし、アイツを助けてくれてアリガト。でも、あんたがあの場にいたことは納得いかない」

みさき 「・・・・・・」

莢迦 「あんたのお仲間達はとっくに脱出してた。それに気付いてなかったわけはないでしょう」

みさき 「・・・・・・」

莢迦 「黙ってないで何とか言ったらどうなのっ! どうして今さら幽の前に姿を現したっ!!」

莢迦はその場から一歩も動いていなかったが、今にも食いつかんばかりの勢いで捲くし立てる。
対してみさきは、何も言わずにただ黙って聞いている。

莢迦 「私から・・・幽から逃げておいて・・・今頃どの面下げて戻ってこようって言うのっ!」

みさき 「・・・・・・」

莢迦 「黙るなっ!」

みさきの背後にある岩が砕け散る。
石の破片がみさきの体に降りかかるが、みさきは防ぎも避けもせずに甘んじてそれを受ける。

みさき 「ぅっ・・・」

莢迦 「そうやってただ黙ってれば済むとでも思ってるの? あの時だってそう、何も言わず・・・ただ黙っていなくなって! 言いわけしなよっ、怒ればいいっ、泣けばいいっ! あんたのそうやってただ黙っているところが私をいらいらさせる・・・なんとか言え! みさきっ!」

浩平 「なんとか」

横から口を挟んできた第三者をキッと睨み付ける莢迦。

浩平 「怖い顔するなよ。美人が台無しだ」

莢迦 「引っ込んでなよ、折原浩平。これは私達の問題だよ」

浩平 「そうはいかない。あんたとみさきさんとの間にどんな事情があるのかは知らないが・・・」

みさきを庇うように、浩平は莢迦の前に立つ。
笑みを浮かべているが、絶対にその場を譲らない構えを取っている。

浩平 「みさきさんは俺達の仲間だ。それがこんな風に責められてるのを黙って見てられるかよ」

莢迦 「・・・・・・」

周囲に気を配る。
姿は見えないが、そこかしこに人の気配。
おそらくは八輝将の面々が、この場をすっかり取り囲んでいた。

浩平 「これ以上みさきさんに雑言を浴びせるつもりなら、俺達が相手になるぜ」

一触即発の緊張感が高まる。
周囲に潜んだ皆は既に各々攻撃体勢に入っており、浩平の言葉一つでいつでも飛び出せる状態にあった。
浩平自身も、既に剣に手がかかっている。
それに対して莢迦はまだ刀に手もかけていない。

浩平 「さあ、どうする?」

みさき 「・・・浩平君、いいの・・・」

浩平 「え?」

みさき 「悪いのは全部私だから。彼女が私を責めるのは当然なんだよ。だから・・・いいの」

浩平 「けど・・・」

みさき 「みんなも、ありがとう。でも・・・これでいいの」

その態度に皆戸惑う。
やんわりとではあったが、みさきは明らかに拒絶の意思を言葉に込めていた。
莢迦と同じことを言っているのだ。
これは自分達の問題だから、口を挟むなと。
だがその言葉に誰よりも反発したのは、莢迦だった。

莢迦 「だからそういうところが・・・」

巨大な魔力がさらに膨れ上がり、辺りに突風を巻き起こす。

浩平 「うわっ・・・!」

莢迦 「気に食わないんだよっ!」

みさき 「っ・・・!」

突風に煽られて無防備なみさきの体がよろめく。

浩平 「ちっ・・・!」

莢迦 「遅い!」

皆への号令も兼ねて浩平が抜いた剣は、構えるより前に莢迦に弾き飛ばされた。

シュッ シュッ

背後の木から飛んできた小さな刃物、手裏剣を刀で弾く莢迦。
続けて真横から音波攻撃が放たれるが、それも瞬時にかわす。

莢迦 「フェンリル! ヘル! ミドガルズオルム!」

呼び声に応えて三匹の魔獣が召喚される。
氷を司る蒼き魔狼、フェンリル。
死を司る冥界の怪鳥、ヘル。
大地を司る大蛇、ミドガルズオルム。

莢迦 「君達の相手はこの子達がしてくれるよ」

 

ミドガルズオルムの巨体が、八輝将の隠れている周囲の木を薙ぎ倒す。

留美 「うわっ・・・!」

繭 「みゅーっ」

留美 「よっくも・・・、このデカ蛇の分際でぇ! この七瀬留美を、なめないでよねっ!」

細身のレイピアで大蛇に挑みかかる留美。
しかしミドガルズオルムの硬い鱗は、その程度の攻撃ではビクともしなかった。

留美 「こいつ・・・繭! こいつの目をくらますのよ!」

繭 「みゅーっ」

花びらが舞って大蛇の顔にまとわりつく。
特殊な花の花粉は目、鼻の機能を奪う。

留美 「もらった!」

ズゥーンッ!

巨体が揺れて、その衝撃で留美と繭が弾き飛ばされる。

留美 「な・・・目潰されてもこっちの動きがわかるの!?」

繭 「みゅ〜〜〜」

 

詩子 「だめだこりゃ、私〜肉体労働は苦手なのよ〜」

茜 「つべこべ言ってる暇はありません」

氷魔狼フェンリルと速さ比べをできるのは、忍びである茜だけだった。
木の合間を一人と一匹が動き回って隙を窺う。

茜 「さあ、こっちですよ」

詩子 「よーしっ、深山さんいっけぇー」

雪見 「かかったわねっ」

茜によって誘い込まれた先には、雪見が張り巡らせた糸があった。
鋼鉄を糸状に加工し、魔を払う銀をまぶした特殊な鋼糸である。

ピキ―ンッ

雪見 「あれ?」

しかし一度は糸にかかったフェンリルだったが、その糸は完全に凍っていて、いとも容易く砕け散った。

詩子 「あらら」

茜 「・・・手強い」

 

澪 「―――!!!」

音波攻撃が空中に向かって放たれる。
しかしそれはヘルを捉えることなく空へ消えていった。
音は一秒間に300メートル以上進むほど速いが、魔鳥はそれを遥かに上回っていた。

瑞佳 「わたしが!」

瑞佳の姿が地上から消える。
空間を越えて移動し、ヘルの背後に出た。
そこで一撃を加えて離脱する。

瑞佳 「これなら・・・え?」

だが次の瞬間、逆に背後に移動されていたのは瑞佳の方だった。

瑞佳 「まさかっ、空間移動!?」

澪 「―――!!!」

澪の超音波を避けるため、ヘルは瑞佳の背後から飛び去る。

瑞佳 「ありがとう、澪ちゃん」

澪 『油断大敵なの』

瑞佳 「そうみたいだね」

たった三匹で、莢迦の魔獣は折原八輝将と互角以上だった。

 

莢迦 「まだ邪魔をするつもりなの?」

飛ばされた剣を拾うよりもまず、浩平はみさきを庇って莢迦の前に立ち塞がる。

浩平 「ああ、そっちの事情なんか知らん。みさきさんは俺の仲間・・・いや、大切な家族の一人だからな」

みさき 「・・・浩平君・・・」

莢迦 「・・・・・・・・・」

浩平 「退いてくれないか」

莢迦 「・・・・・・」

黙って顔を伏せる莢迦。
聞き入れたようにも見えたが、莢迦の発する殺気は少しも衰えない。

莢迦 「・・・黙ってていいの、みさき?」

みさき 「え・・・?」

莢迦 「今度は、あなたの大切なものを奪うよ、その目から光を奪った時のように」

みさき 「! だめっ、莢迦ちゃん!」

ドシュッ

浩平 「がっ・・・!」

みさき 「っ!!」

莢迦の刀が浩平を斬った。
それはまるでスロー映画を見ているような感じで、浩平の体はゆっくりと崩れ落ち、みさきの横に倒れ込んだ。

みさき 「ぁ・・・・・・」

 

瑞佳 「! 浩平っ!?」

留美 「折原!?」

澪 「っ!!」

茜 「浩平ッ!!」

雪見 「折原君!」

詩子 「ちょ・・・折原君ってば!」

繭 「ぁ・・・・・・みゅーーーっ! こうへいっ!!」

 

皆の絶叫が響く中、みさきはただ茫然とそこに佇んでいた。
見えていなくとも、何が起こっているのかははっきりと知ることができる。
むしろ光を失ったことで、みさきの感覚は常人の数倍になり、見えていた時以上に全てを感じることができる。
だからこそ、すぐに何が起こったのか理解できた。

みさき 「・・・・・・こう・・・へい・・・・・・くん?」

莢迦 「まだ足りなければ、他の子達も殺してあげようか?」

冷たい表情でそう言い放つ莢迦。
激昂しかけた瑞佳達七人を押し留めたのは、莢迦とは別の凄まじい殺気だった。

莢迦 「!」

みさき 「・・・・・・ない・・・」

八輝将の七人も、三匹の魔獣も、いかだかつて感じたことのないみさきの激しい怒りに気圧されて声も出ない。

みさき 「許さないっ、莢迦ッ!!」

地面の弾け、突風が莢迦の体を包み込む。
刀の一振りで全て薙ぎ払うと、莢迦は向けられてくるものに対して倍以上の殺気を叩き返す。

莢迦 「どうしたのっ、それでお終い?」

みさき 「!!!」

憤怒の形相でみさきがあらん限りの力を莢迦に向けて叩き込む。
森全体が、大地が震える。
風水師としてのみさきの最大の力の源、大地の気の流れ、龍脈が開こうとしていた。

みさき 「やぁあああああああ!!!!」

その場に満ちる全ての気の流れが莢迦に向けられる。
混ざり合った流れは巨大な奔流となり、それは龍の姿を形作って莢迦に襲い掛かる。

 

ドゴォーンッ!!

 

みさき 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

一気に力を放出したみさきは、大きく肩で息をする。
大爆発の煙が晴れると、服の裾がぼろぼろになっているが、体の方は健在な莢迦が出てくる。
刀、久遠に魔力を込めて盾とし、気の流れをいなしたのだ。

莢迦 「・・・・・・」

みさき 「・・・・・・」

互いに険しい表情のまま睨みあう。
全員が固唾を呑んで見守る中、ふっとその緊張感が緩む。
ずっと空間を支配するほどの存在感を示していた莢迦が力を抜いたのだ。

莢迦 「なんだ、ちゃんと怒れるんじゃない」

みさき 「え?」

莢迦 「すっきりした。もういいや」

みさき 「え? え? もういいって・・・」

莢迦 「けっちゃん、もういいよ」

何か黒い物体が倒れている浩平の体から飛び出る。
同時にみさきは、浩平の息遣いを再び聞き取ることができた。

みさき 「え? え? え? え????」

混乱するみさき。
先ほどは確かに浩平の命が断たれたと思ったのだが。

莢迦 「ケット・シー、愛称はけっちゃん」

黒い物体は、黒い猫であった。
駆け寄ってきて莢迦の肩に飛び乗る。

莢迦 「特技は、人を騙すこと」

みさき 「だ・・・騙したの?」

莢迦 「そういうこと。ま、斬ったのは本当だけど、死にはしないって」

みさき 「え〜っと・・・莢迦ちゃん?」

莢迦 「なんていうかさ〜、喉に小骨が詰まった感じっていうの通り越して、喉に背骨詰まったような感じだったんだよね」

みさき 「そ、それは痛いよ・・・」

莢迦 「だって・・・みさきと幽の仲を散々邪魔したのも、挙句の果てに光まで奪って幽の下から去るようにしたのだって、全部私が悪いんじゃない。なのにあんたは何も言わず、いつも笑って、最後は黙ったままいなくなって。これじゃ私が一方的に悪人だよ、悪人だけど」

莢迦はみさきに背中を向けて拗ねたような口調で話し出す。

莢迦 「あの頃はみさきと幽の仲に嫉妬してたし、ほんとはみさきがいなくなってラッキーのはずだけど・・・なんか勝ち逃げされたみたいだし・・・」

みさき 「それは違うよ。だって、幽に一番近かったのは、莢迦ちゃんだもん」

莢迦 「わかってないな〜。私と幽の付き合いは長いんだよ。確かに幽は女癖が悪いけど、だからこそ遊びと本気の違いはわかる。アイツの場合、本気が複数だから困り者だけど、少なくともみさきには、本気だったよ」

みさき 「莢迦ちゃん・・・」

莢迦 「・・・だからそんな話はどうでよくて、ともかく私は、みさきが何も言わないからむらむらする気持ちを発散しようがなかったんだよ。ひどいことばっかりしてきた私に対して、一度も怒ったことがなかったから、ずっと言いたい言葉言えなかったんだよ」

みさき 「・・・・・・」

莢迦 「・・・・・・ごめん、みさき」

最後にその一言を残して、莢迦は去っていった。
次に会う時は、また笑って語らえそうだと、みさきは思った。
そして浩平は、忘れられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美凪 「・・・無茶をします。その体で」

莢迦 「こればっかりはね。女心は複雑、二百年生きてても御しきれません」

美凪 「・・・でも、よかったです」

莢迦 「ん?」

美凪 「・・・莢迦さんとみさきさんが仲直りできて」

莢迦 「・・・・・・そんなことはこの際おいといて・・・これからのことだけど」

美凪 「・・・星は、まだ乱れています」

莢迦 「だろうね」

美凪 「・・・魔物騒ぎは収まらないでしょう。やはり霊穴に異常が・・・」

莢迦 「それどころか魔族まで出てきたところを見ると、いよいよ連中魔門を開くつもりかもしれない」

美凪 「・・・魔門・・・魔界と地上を繋ぐつもりですか? そんなこと・・・」

莢迦 「もしそうなったら五千年振りだね。バハムートがそう言ってた。となれば、私も中途半端な状態でいるわけにもいかない」

美凪 「・・・こちらのことは任せて、ゆっくり療養してきてください」

莢迦 「そうさせてもらうよ。彼の観察、私の代わりに続けておいてよ」

美凪 「・・・観察ですか」

莢迦 「そ。観察。おもしろい素材だからね。これからのことは彼が鍵を握ってるかもしれないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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