Kanon Fantasia

 

 

 

第40話 魔族の恐怖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数百メートルも進むと、前方の巨大な門が見えてきた。
門には扉はついていなかったが、代わりにそれの大きさに見合うだけの巨大な鉄格子がついている。

浩平 「・・・・・・今、もの凄く怖いこと考えちまったんだけど・・・」

佐祐理 「あははー・・・、浩平さんもですか。実は佐祐理も・・・」

鉄格子のついた門を見て、咄嗟に思いついたのは、猛獣の檻であった。
もしこの大きさに見合うほどの猛獣とすれば、とんでもない大きさである。

莢迦 「世の中、嫌な予感ほど当たるものだよ。ほら、聞こえてきた」

そう言われて耳を澄ませた面々に聞こえてきたのは、地響きのような音だった。
鉄格子の奥から、徐々に近付いてくる。

ガラガラガラ・・・

地響きが近付くと、ゆっくり鉄格子が上がっていく。
上がった瞬間、凄まじい風が吹き抜けてきた。
その風に乗って、唸り声と巨大な魔力が向かってくる。

夏海 「なんて魔力・・・」

羅王丸 「こりゃまずいな・・・小僧どもやお嬢ちゃん達は下がった方がいいぜ。こいつぁ・・・大物だ」

普段はどこか余裕を感じさせる態度の夏海や羅王丸の顔が緊張で強張る。
まだ笑みは残っているが、押し寄せてくる魔力の大きさに圧されているのは確かだった。
彼らでそうなのだから、力の弱い者は堪ったものではない。

潤 「く・・・下がるも何も・・・」

香里 「これ以上進めやしない・・・」

真琴 「あぅーっ、何こなくそぉ・・・!」

美汐 「これは・・・桁が違うじゃないですか・・・」

あゆ 「うぐぅ・・・死にそう・・・」

みちる 「み、美凪ぃ・・・」

美凪 「・・・本当に下がった方がいいです。近くにいては、一声聞くだけで壊されます」

のほほんムードの美凪の顔もいつになく真面目だった。
祐一、佐祐理、舞の三人は何とか踏み止まっている。
この状況にあって、尚笑みを浮かべて平然と立っているのは幽と莢迦の二人だけだった。

繭 「みゅー・・・」

留美 「これは・・・本当に私達の手におえるシロモノじゃなさそうね・・・」

浩平 「二人は下がってな。俺だってエターナルソードの防御結界がなきゃやばいくらいだ」

栞 「このプレッシャー・・・」

佐祐理 「とんでもないですね」

舞 「・・・震えが・・・止まらない」

祐一 「どんな化け物が出てくるって言うんだ?」

莢迦 「来るよ」

幽 「けっ、なんでも出てきな」

そして、ソレは姿を現した。
その姿を見た瞬間、多くの者が背筋に冷たいものを感じた。
あまりの恐ろしさに膝をつく者もいた。
それほどまでに、姿を見ただけで心の底から恐怖をかき立てられるような化け物だった、ソレは。

 

岩山が動いている。
そんな印象だった。
ただはっきりそうでないと言えるのは、目と鼻の穴と口と思われるものが先端に付いており、四足歩行をしていたからだ。
どんなにとんでもない姿をしていようと、それは生き物だった。
いや、それでもとても生き物などと呼べるものではなかったが。

レギス 「気に入ってくれたかな? 魔獣グランザムは」

巨大な化け物の頭の上に、全身ローブの男、十二天宮アクエリアスことレギスが立っていた。

夏海 「アクエリアス・・・!」

レギス 「性懲りもなくまた来たか、相沢夏海。まぁ、どちらでもよかろう。ここまで来たというのに残念だが、この場にいる者は皆死んでもらおう。このグランザムによってな」

魔獣グランザムが低い唸り声を上げる。
それだけで空気が旋風でも吹いたように震動し、体の芯まで音が響いた。
気を抜けば、逃げ出すことすらできずにその場にへたり込んでしまいそうなほどだった。

浩平 「こいつが隠し玉かよ・・・こいつは覇王側の勝ちかな?」

レギス 「関係なかろう、折原浩平よ。貴様もここで死ぬのだ」

浩平 「耳いいな、あんた」

レギス 「当然、外にいる貴様の他の仲間も共々にな」

浩平 「・・・・・・」

ヒュッ

浩平の姿がその場から消えた。
そう皆が気付いた瞬間には、エターナルソードを振り上げた浩平がレギスの頭上にいた。

浩平 「俺はいいが、俺の仲間に手出ししたら死ぬぜ」

レギス 「貴様が、な」

タイミング的に完全に捉えたと思われたが、浩平の剣は外れ、反撃を受けて壁まで吹き飛ばされた。

留美 「折原!?」

繭 「みゅーっ!!」

慌てて二人が駆け寄る。
壁に思い切りめり込んでいた浩平は、なんとか自力で脱出して床に降りるが、かなりのダメージを負っていて跪く。

浩平 「ちっ・・・」

レギス 「クールなようでかなりの激情家だな。つまらんことに囚われている男に覇権など握れはせんだろう」

浩平 「うるせえよ・・・。俺の勝手だ」

減らず口を言ってみても、浩平の負ったダメージはかなりのものだった。
相当な実力者である浩平を一瞬にして戦闘不能近くにまでしたレギスの力は凄まじかった。
何しろ、夏海までもが敗れたのだから当然と言える。

レギス 「さて、せいぜい足掻くことだ。それと・・・」

レギスが手をかざすと、莢迦の足元にだけ何かの紋様が現れ、光が体を包み込む。

莢迦 「およ?」

光が消えると、莢迦の姿も消えていた。

祐一 「莢迦!?」

レギス 「奴だけは少々厄介なのでな。私が直々に相手をしてやろう。おまえ達はグランザムと遊んでいるがいい。こいつも久々の馳走で大層機嫌がよさそうだ」

グランザム 「グルルルルルルルル・・・・・・」

魔獣が一歩前に踏み出す。
それだけで地面が揺れ、進んだ距離の倍くらい圧迫感が押し寄せてくる。
気がつけばレギスの姿はグランザムの上から消えていた。

夏海 「・・・まずいわね・・・状況的に」

祐一 「とりあえず、莢迦は大丈夫なんじゃないか? 普段はああだけど、やる時にはやる奴だろ」

夏海 「いいえ、むしろあっちの方が心配だわ」

祐一 「やばいのか?」

夏海 「あの男の正体が私の予想通りだとすれば、今の莢迦じゃやばいわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

エントレアス山上空数百メートル。

莢迦 「ふ~む、随分飛ばされたみたいだね~」

自由落下しながら莢迦はすばやく術を発動し、空間の裂け目から魔獣を召喚する。

莢迦 「ケーツハリー、愛称はけーくん。綺麗だよね。そう思うでしょ?」

召喚した虹色の鳥に乗った莢迦が空中に浮かんでいるレギスに話し掛ける。

レギス 「余裕だな。状況は貴様らにとって最悪だろう。グランザムは誰にも倒せん。貴様も私には勝てん」

莢迦 「それはやってみなきゃわからないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「魔族?」

どこかで聞いたような気もするが、あまり聞きなれない単語だった。

夏海 「そう、たぶん奴は、魔族」

祐一 「それって、魔物の一種なのか?」

夏海 「半分正解。魔族と魔物は、言うなれば人間と動物のようなもの。本質的には同じなんだけど、高い知能を持っている。だけどはっきり違うのは、人間と動物は存在として対等だけど、魔物と魔族の間にははっきりとした力関係が存在しているのよ。魔族は・・・・・・人間の手におえる存在じゃない」

モンスター、魔物、悪魔などと呼称される所謂魔に属する種族。
その中でも、魔族は魔王に直接従事する最高位の存在なのだった。
保有している魔力は人間の比ではない。

佐祐理 「莢迦さんでも勝てないんですか?」

夏海 「・・・いえ、莢迦なら、勝てるわ」

祐一 「なら心配ないじゃないか」

夏海 「万全の莢迦ならね。今の莢迦じゃたぶん、無理だわ」

祐一 「今の?」

夏海 「転生の術の話は聞いた?」

祐一 「ああ」

夏海 「あれは強力な分、使用する魔力の量が半端じゃないのよ。使った後しばらくは、莢迦の力は並の人間くらいまで落ちる」

思い起こせば、祐一達とはじめて会った時の莢迦は強かったが、伝説にあるような神がかり的な強さではなかった。
それが変わったのは、遺跡の時からあとだった。

夏海 「アザトゥース遺跡で覚醒してからは、元通りの力が戻っているんだけど、これがまた厄介で、長い間力を使っていなかったせいで、今度は慣れるまでさらに時間がかかるのよ」

舞 「・・・じゃぁ、今の莢迦は・・・」

夏海 「たぶん、全力時の六分くらいの力しか出せないでしょうね。しかも、それを10分維持するのが限界のはずよ」

羅王丸 「なるほどな、それで合点が行った。あいつが俺達といた頃にはまったく見せなかった召喚魔法を今多用してるのは・・・」

夏海 「魔獣を召喚するだけなら、一瞬魔力を使うだけだからね」

佐祐理 「そうだったんですか・・・」

美凪 「・・・まだあります」

祐一 「?」

美凪 「・・・莢迦さんは、その強大な力ゆえに、普通の手段では快復ができません。アザトゥース遺跡で受けた深手、傷は治っても、血を失った分確実に体力が落ちています。一ヶ月少々では、まだ・・・」

祐一 「マジか・・・? そうか・・・それであいつ、いつも戦わずに・・・」

美凪 「・・・それは面倒くさがっているだけです」

夏海 「雑魚相手なら問題はないのよ。ただ、相手が魔族なら、莢迦だって本気にならざるを得ない」

祐一 「・・・・・・で、次の質問だ。このデカブツをどうする?」

指差した先には巨獣グランザム。
まだ襲っては来ないが、いつ動き出しても不思議ではない。
話をしながらも、皆当然その動きに気を配っている。

羅王丸 「へっ、こんな岩の化け物は覇王野郎との決戦の前座程度だな。俺様が片付けてやるよ」

幽 「偉そうに言ってんじゃねえよ。さっきはビビってやがってくせによ」

羅王丸 「誰がビビってるって、あぁ? こんなの屁でもねえな」

幽 「む・・・、おい小娘」

栞 「その呼び方はやめてください」

幽 「俺の後ろに入れ」

栞 「はい?」

幽 「とっととしな。死にたくなかったらな」

栞の背後に庇い、幽はラグナロクを抜いて地面に突き立てた。

羅王丸 「チッ、おまえら伏せなっ!」

咄嗟の警告も間に合わなかった。
グランザムが巨大な口を開くと、その奥から強烈な魔力の波動が伝わってくる。

夏海 「くっ・・・美凪!」

美凪 「・・・はい」

夏海 「みんな伏せなさい!」

素早く二人は魔法を発動させる。
なんとか声に反応して皆が伏せるのとほぼ同時に、グランザムの口から強大な魔力の塊が撃ち出された。

ドゴォオオオオオオオオ!!!!!!!!

夏海&美凪 「ディストーション!」

二人が同時に同じ魔法を使う。
捻じ曲がった空間が皆を包み込む。
防御魔法に触れた魔力の塊は僅かにコースを変えて、しかし通路を一直線に飛んでいった。
途中、周囲を破壊しながら。
遥か後方で壁が破壊される音が響いた。

祐一 「あ、危っぶねー・・・」

起き上がった祐一は、その破壊力に唖然とする。
後ろを振り返って、なんとか全員無事なのを確認する。
だが、幽と羅王丸は防御魔法の前にいたはずだ。

祐一 「あいつらは!」

ドゴッ

崩れた石を押し退けて、羅王丸が床下から現れる。

羅王丸 「危ねえ危ねえ。さすがにあれをまともに喰らったらやべえな」

祐一 「ほっ・・・無事だったか」

羅王丸 「俺様の心配なんざ百年早ぇぞ、ガキ」

祐一 「うるせえ怪力親父」

栞 「あの~、幽さん、大丈夫ですか?」

幽 「誰にもの言ってやがる」

ラグナロクを盾にしたのか、幽は最前列で耐えており、その後ろにいた栞には傷一つなかった。
だがさすがに受け止めきるにはきつかったのか、幽も片膝をつく。

夏海 「予想以上ね、魔獣の力。これほどの魔獣を従える魔族・・・・・・どうしてあんな奴が覇王の下になんか・・・?」

佐祐理 「それよりも、今、あんなすごい力を放出するまで誰も気付かなかったんですか?」

舞 「・・・あんな魔力、一瞬で作れるはずない」

美凪 「・・・確かに。たぶん、分厚い表皮が体内の魔力を隠しているんですね。・・・一つ、攻略法が見付かりました」

夏海 「そうね。たぶんあの表皮に直接攻撃を加えても効果は薄い。狙うのは、奴の魔力の放出場でもある口内ね」

祐一 「そうか。外は硬くても中は脆いってのはセオリーだな。なら・・・二人は後ろの連中連れてもっと下がってくれ」

夏海 「祐一?」

祐一 「・・・あいつ・・・」

祐一の目はまっすぐ幽の背中に向けられている。

祐一 「あいつ、あんな化け物を前に、さっきから・・・攻撃を受けてさえ、一歩も下がっていない」

羅王丸や夏海、美凪でさえ、攻撃を受けて後退している。
他の皆はもちろん、祐一も気圧されて少しずつ下がっていた。
だがただ一人、幽だけは一歩たりとも下がってはいなかった。

祐一 「あいつの考え方は嫌いだが、やっぱり、あいつは凄い奴だ」

人のことを認めるというのは、存外難しい。
特に、自分より強い者のことを認めて受け入れるのは。
だが、それができた時、さらなる成長の手助けとなる。
今祐一は、この男の背中に追いつき追い越したいと強く思っていた。

祐一 「千人斬りの幽・・・あいつに追いつくには、これくらいの魔獣をやれるくらいじゃなきゃならない!」

剣を手にして前に進み出る。

羅王丸 「そうか。なら、やってみな」

夏海 「羅王!」

羅王丸 「いいじゃねえか。どれだけデカかろうが化け物風情、俺達が出るまでもねえ」

夏海 「けど・・・」

羅王丸 「なんだよ、いざとなったら信用できないか? おまえと、この俺様のガキだぜ」

夏海 「・・・・・・」

二人の親は、息子の背中を見送る。
だが、その背中に続こうとする者達があった。

佐祐理 「あははー、水臭いですよ、祐一さん。何もあんな大きな相手に一人で行くことないじゃないですか」

舞 「・・・強くなりたいのは、祐一だけじゃない」

佐祐理 「佐祐理達も、お手伝いしますよ」

舞 「・・・そのために戻ってきた」

祐一 「二人とも・・・・・・ああ、そうだな」

確かに一人だけで、勢いだけで勝てる相手でもないだろう。
けれど、誰よりも信頼できる仲間と一緒なら、どんな相手が来ようと負ける気はしない。

祐一 「・・・幽、あんたはこの先覇王とも戦うんだろ。だったら、このデカブツの相手は俺達に任せてくれないか?」

幽 「ふん、この俺の見せ場を掻っ攫うとはいい度胸だな」

祐一 「さっきのはそれなりに効いたんだろ。だったら少し休んでろよ。あの時から、俺がどれだけ強くなったか見せてやる」

幽 「いいだろう。なら、任せる。ただし、つまんねえもん見せたら殺すぜ」

祐一 「ああ・・・見せてやるよっ、おもしろいもんを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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