Ｋａｎｏｎ Ｆａｎｔａｓｉａ
第３５話 魔導実験機関
潤 「退けェ！」
香里 「邪魔よっ！」
槍と両手斧が降られ、モンスターが次々と倒れていく。
既に渇きかけている血でできた道の上に、新たな屍が築かれる。栞 「お二人とも、あんまり序盤で張り切ると後半がキツイと思いますよ？」
香里 「この状況で体力温存なんて言ってる場合じゃないでしょ！」
潤 「幽の奴はどこまで行ったんだよ」
モンスターは倒されると消えてなくなるが、流した血はその場に残る。
幽が通った道は真っ赤に染まっていて、どこを進んでいったのかは一目瞭然だったが、如何せんペースが圧倒的に速い。
後を追う栞達は残っているモンスターと戦いながらどんどん遅れていく。栞 「焦ったって仕方ありませんよ。いくら幽さんでも、十二天宮クラスが出てくれば嫌でも立ち止まらざるをえませんから、そこで追いつけると思いますし」
香里 「だから、敵が多すぎて手を抜いてる場合じゃないんだってばっ」
栞 「やっぱり手伝いますよ」
潤＆香里 「冗談！」
潤 「女の子戦わせて楽しようなんて男らしくないぜ」
香里 「妹を守るのは姉の役目よ」
栞 「まぁ、そう言ってくれるのは嬉しいですけど・・・」
全員で戦った方が速く進めるだろうに。
もっとも、いざという時に全員がばてていたら話にならない。
不測の事態に備えて、栞は自分の力を温存するべきと思っていた。栞 「（お姉ちゃんが必死に戦っている時に冷静にしている私・・・。やっぱり私は人間らしい感情を無くしてしまったんでしょうか、あの時から・・・・・・あの時？）」
それはいつだったか・・・。
城の中に入って小一時間。
ほとんど敵と戦っていたため、潤と香里はかなり消耗していた。潤 「やべえな・・・・・・そろそろ限界だ」
香里 「どこかで休めないかしらね。敵地でそれを望むのは無理か・・・」
栞 「でもどこか・・・」
潤 「お、この道の先に扉があるぜ。幽の進んだ先とは違うから、ひょっとしたら空き部屋かも」
様子を見に行こうということで、本来のルートを外れて歩き出す。
五十メートルほど進むと、扉の前まで来た。栞 「？」
そこに立った時、何故か栞は無性にそこに入りたくないと思った。
栞 「（はじめて来た場所なのに・・・どうしてこんなに拒絶感がするんでしょう？）」
香里 「栞、どうしたの？」
栞 「え？ あ、なんでもないです」
気のせいだろうと思うことにした。
潤が扉を押すと、それはあっさり開いた。潤 「中にモンスターの気配なし、っと。結構奥は広いみたいだな」
安全と見て、潤は中に入っていく。
香里と栞もあとに続く。
中の通路を少し進むと、開けた場所に出た。栞 「っ！！」
そこにあったものを見た瞬間、栞の中で何かが解けた。
潤 「な、なんだ・・・こりゃ？」
香里 「人に・・・モンスター・・・・・・生きてるの、これ・・・？」
三人が目にしたのは、部屋の両側にびっしり並んだ人間一人余裕で入るくらいの大きさのシリンダーだった。
そしてそれらの中には、人が入っていたり、魔物が入っていたり、或いはただの石が入っていたりと様々だった。
それらのシリンダーが全てパイプなどで繋がっている。
機械と呼ばれるものらしいとは思ったが、潤も香里も見るのははじめてなのではっきりとはわからない。
しかし栞にはそれが何なのかわかっていた。栞 「これ・・・は・・・」
郁未 「思い出したみたいね」
栞 「！」
シリンダーに挟まれた長い回廊の中央に郁未が立っていた。
茫然と佇む栞を冷ややかな目で見据えている。潤 「十二天宮か！」
香里 「一人みたいね。なら・・・！」
栞 「待ってくださいっ！」
身構える二人を栞が制する。
香里 「栞？」
栞 「・・・・・・お二人は休んでいてください。あの人は、私に用があるんです」
潤 「けどよ・・・」
栞 「私も、あの人に用があります」
二人を制しておいて、栞は郁未の前まで歩み出る。
栞 「・・・郁未さん」
郁未 「どう？ 帰ってきた気分は」
栞 「・・・・・・最悪・・・ですね」
郁未 「そんな言い方ないじゃない。ほら、私達の弟や妹達が迎えてくれてる」
潤 「帰ってきた？」
香里 「弟や妹って・・・何を言っているの？」
郁未 「あなたは美坂栞のお姉さんね。でも、この“栞”は、あなたの妹なんかじゃないわ」
香里 「どういうこと？」
郁未 「・・・そうね。栞がどこまで思い出したかも気になるし、いいわ、全て話してあげる。ここが何なのか、私達が何なのか・・・」
覇王軍は、以前よりこの世界に当たり前の様に存在する魔力に関する研究を進めていた。
同時に、魔物が呼ばれるものが実は自然界にある淀んだ魔力の塊であると言う仮定の下、双方の面から研究をする機関を作り出した。
その名も、魔導研究機関。
そして、発掘された機械の使用により、研究はさらに進められ、ついにそれが実る時が来た。
機械と魔法の併用により、魔物の持つ巨大な魔力を人間に直接使わせることで、より大きな力を確実にコントロールするため、二つを融合させる方法を編み出した。
実験の結果、最終的には並の人間を遥かに凌駕する魔力と、魔法以上に能力を備えた人工生命体を生み出すことに成功したのだった。
しかし、実用化の目途が立つ前に覇王は四死聖に討たれ、覇王軍も連合軍によって総崩れとなり、研究は中途で閉ざされたかに思われた。
だが、研究員達は密かに落ち延び、戦後も研究を続行していた。
数々の失敗を繰り返し、ついに一年前、いくつかの成功例を完成させた。
研究員達の喜びも束の間、成功と思われた一部の完成品の暴走により、研究施設は半壊した。
郁未 「その時逃げ出した完成品の一つがＢランク被検体ナンバー１４０、美坂栞。もっとも、完成品の中でも出来損ないと呼ばれた不良品に近いけどね」
栞 「・・・・・・」
郁未 「そして同じく完成品、Ａランクナンバー１２、天沢郁未。それが私よ。皮肉なことに施設の爆発により覇王一派に見つけられ、研究はここに引き継がれた。そして最高傑作と呼ばれた私は十二天宮の一人となった」
潤 「・・・胸くそ悪い話だな」
香里 「人の命を何だと思ってるのよっ」
郁未 「人じゃないわ」
香里 「人じゃないって！ 生きてる人間にそんなこと・・・！」
郁未 「生きてなんか、いない。被検体とされた人間のほとんどは、死んでいた」
香里 「え・・・？」
郁未 「私も、栞も、とっくの昔に死んでいるのよ。死体を弄くられて、魔物の一部を埋め込まれた化け物として蘇らせられたのよ」
栞 「・・・・・・」
潤 「化け物って・・・どう見たって二人とも人間じゃねえか・・・」
郁未 「人間ですって？ これが？」
ザシュッ
郁未は自らの爪で自分の腕を切り裂いた。
肉が裂け、大量の血が吹き出る。潤 「何を・・・！」
郁未 「よく見なさい」
血が噴出していたのはほんの二三秒の間だけだった。
あっという間に血は止まり、見る見るうちに傷口は塞がっていく。
一分もしないうちに、腕は完全に元通りになっていた。
傷痕すら残っていない。郁未 「研究員にとって嬉しい誤算は、私達に予期しない能力が備わっていたこと。不死身とさえ思えるほどの桁外れの再生能力よ。心臓を潰したって死なないのよ。化け物以外の何者でもないでしょう」
香里 「そんな・・・・・・栞・・・も、なの？」
郁未 「当然でしょ。出来損ないでも、その能力は普通に備わっているみたいだから。でなきゃ、あの爆発の中で生きてるわけないわ」
香里 「あの爆発？」
栞 「・・・郁未さん」
郁未 「黙ってなさいよ。あの時・・・あの男に拾われたのがあんたじゃなかったら・・・・・・」
栞 「・・・・・・」
研究施設の崩壊は、暴走による事故ではなかった。
化け物となった自分の体に心が耐え切れなくなった一人が、自ら命を断つため、全ての力を解放して自分の体を跡形もなく消し飛ばすために研究施設ごと爆破したのである。
研究の成果は、まともな人間の精神で耐えられるものではなかったのだ。
それがわからなかった研究員達のミスとも言える。
ともあれ、爆発が原因で施設から出ることのできた郁未や栞達は、逃げ出すことができた。
しかし、爆発は思いのほか大きく、逃げ出した者も皆爆発に巻き込まれていった。
そこで別れた他の者がどうなったかは、郁未も栞も知らない。
一つ確かなのは、その爆発を聞きつけてやってきた千人斬りの幽がたまたま見つけた瀕死の栞を拾ったことと、その光景を身動きがとれず、声も出せなかった郁未がただ見ていたことだけだった。
郁未 「あなたはあの男に連れられて外の自由な世界へ。私はこうして十二天宮の一人として、世界を敵に回している。なんでよ、ちょっとの差だったのに・・・！」
キッと郁未が栞を睨む。
怒りと憎悪と、少しの哀しみのこもった目で。郁未 「でも勘違いしないでね。今更過去をどうこう言っても始まらない。ただ私は、証を立てなくちゃいけない」
潤 「証？」
郁未 「このまま終わったら、私達の存在意義が消えてしまう。短い間だったけど、あの中で一緒にいた仲間達・・・死んでいった仲間達が、そこにいた証のために、私は唯一の魔導実験完成体として戦わなくちゃいけない！」
巨大な魔力が郁未の体から放出され、それが突風となって三人を襲う。
いくつもの雷球が郁未の周囲に生み出されていく。香里 「待ちなさいっ！ そんなの間違ってるでしょ！ どうしてそんなふざけた連中の思いどおりに戦う必要なんかあるのよ！？」
郁未 「うるさいっ！ 生きている人間に、作られた者の気持ちなどわかるものか！ 私を否定していいとしたら、それは栞だけよ。さあ、あなたはどう応えるの？」
栞 「・・・・・・・・・くだらないですね」
郁未 「なんですって？」
香里 「栞・・・？」
そこには、香里がよく知る妹はいなかった。
まるで氷に触れたような冷たさを持った表情をした少女が立っていた。栞 「他人に与えられた生き方をただ惰性で生きていて証を立てるですって。笑わせないでください。他人の受け売りで恐縮ですけど私は、自分の証は自分で立てます」
郁未 「・・・千人斬りの幽」
栞 「要するにあれですか？ 自由に生きてる私が羨ましいんですか？ この間から私につっかかってきて。文句なら幽さんに言ってください。大体私が自由ですって？ 幽さんったら私がやたら丈夫なのをいいことに荷物持ちはさせるは、崖の下に落ちた財布取りに行かせるために蹴落とすし、勝手にしろとか言ってるくせにいつも引っ張りまわして・・・・・・」
愚痴り始めた栞の顔は、もう冷たい仮面がはがれていた。
文句を言いまくる栞を、潤と香里は唖然と見詰め、郁未は俯いていて表情が見えない。栞 「とにかくですね、私が言いたいのは、郁未さんこそ過去にこだわってないで自由に生きたいなら生きればいいじゃないですか、ってことです」
郁未 「・・・過去を忘れてた奴がそれを言うの？」
栞 「思い出した今でも私は変わりませんよ。過去なんか関係ない、私の前には、未来への道があるだけです。それは、あなたにとってもそうでしょう」
郁未 「私は、あの過去を忘れるなんてできない」
栞 「優しいですね、郁未さんは。死んでいった人達の分まで悲しみを背負っている。でも、忘れる必要はなくても、乗り越える必要はあるでしょう。でないと、前へは進めませんよ」
郁未 「前へは進むわ。あなたを倒して」
栞 「結局そうなるんですか。いいですよ、お相手します」
さらに一歩、栞は前へ踏み出す。
香里 「栞？」
栞 「お姉ちゃんと北川さんは休んでてください。まだまだ先は長いんですから」
郁未 「余裕ね。それに、まだその女を姉と呼ぶの？」
栞 「当たり前じゃないですか。私のお姉ちゃんですよ」
郁未 「作られたもののくせに」
栞 「私は美坂栞。死のうが生き返ろうが変わりませんよ。仮に違ったとして・・・それがどうしたです」
栞の体からも魔力が放出され、辺りが冷気で満たされていく。
途中、氷の粒が郁未の雷に触れて弾ける。郁未 「私に勝てるつもり？ 出来損ないのくせに」
栞 「作り物とか出来損ないとか、郁未さん、自分の存在を誰よりも否定しすぎですよ。そんなんじゃ、私に勝てません」
郁未 「強い者が弱い者に勝つ。Ａランクの能力を持つ私とＢランクのあなたとでは力の差が歴然とあるのよ」
栞 「人間平等には生まれませんよ。そのあとどう生きたかによって変わるんです」
もはやそれ以上の言葉は無用だった。
魔導実験体の能力が魔法より優れている点の一つは、その発動能力の速さだ。
汎用性に欠けるが、一つの能力を追求しているため、その属性においては圧倒的な破壊力も持つ。
魔術師同士の戦いより遥かに速い魔力のぶつかり合いが起こる。郁未 「ハァァァ！！」
栞 「・・・・・・」
氷の塊が雷を防ぎ、弾かれた電撃が周囲のシリンダーを破壊する。
二人は動き回って相手の隙を窺いながら次々と魔力の塊を撃ち出す。
威力で勝るのか、郁未の雷の方が徐々に栞を圧していく。郁未 「もらった！」
栞 「甘いですよ、郁未さん」
郁未 「っ！」
押されていたのは栞の計算の上でのことだった。
氷の中を突破して栞の眼前に達した郁未の真上には、巨大な冷気が溜まっていた。栞 「密閉された場所では冷気が集まりやすいですね」
ドォン！
郁未 「ぐ・・・！」
咄嗟に雷の幕を張るも、時間をかけて溜められた冷気を全て防ぐことはできなかった。
栞 「言ったはずですよ、人は生き方次第で変わるって。私がこの一年間、誰と一緒にいたと思ってるんですか？」
地上最強の男の傍にいた。
その戦いを、何度も目の当たりにしてきた。
だから栞は、千人斬りの幽の戦いを、生き様を学んできた。栞 「もう出来損ないだった私じゃないんですよ。力も心も、今のあなたでは私には及びません」
郁未 「な・・・！」
栞の手に冷気が集まっていく。
栞 「少し頭を冷やしてください。冷爆波！」
ドゴォーンッ！！
冷気が一気に弾け、その威力で郁未の体が吹き飛ばされる。
郁未 「かはっ・・・」
床に倒れ付す郁未。
栞 「ふぅ・・・」
大技を放った栞は息をつく。
文句なしの完全勝利だった。郁未 「・・・・・・いつの間にか、力関係が逆転してたのね」
栞 「そんなことないですよ。単純な力だけなら、いいところ互角くらいだと思います。ただ、迷いのある心じゃ勝てませんよ」
郁未 「・・・・・・」
栞 「本当はどうすべきかわからずに、迷っていたんでしょう、郁未さん」
郁未 「さあ、よくわからないわ。あなたが感情を無くしたように、私は思考する術を無くしたのかもしれないわね」
栞 「無くしたものは取り返せばいいんです。少しずつですけど、私にも感情が戻ってきていますから」
郁未 「・・・・・・」
栞 「郁未さん、死んでいった人達のことを思うなら、私達は精一杯生きるべきなんじゃないですか？ その方がよっぽど、“私達”が生きてきた証になると思います」
郁未 「・・・そうかもしれない。けど・・・もう少し考えてみるわ」
栞 「それがいいです」
？？ 「考えるとは。いやはや、兵器の分際でごちゃごちゃとつまらないことを言う物達ですねェ」
栞 「？」
部屋の奥から別の人間の声が聞こえてきた。
足音は二つ。
現れたのは、白衣を着た男と、ダルマのような姿の巨漢だった。