Kanon Fantasia

 

 

 

第34話 親から子へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覇王城を目指していた祐一達はまったく知らなかったが、同じ頃、華音王国は覇王軍による攻撃を受けていた。
およそ二万の軍勢をもって国境に押し寄せた覇王軍に対し、華音は宰相水瀬秋子を総大将とし、王国騎士団を中心とした兵八千で迎え撃った。
何の皮肉か、あるいは意図的なものか、覇王軍側を率いていたのは十二天宮アリエス、相沢夏海だった。
人知れず、姉妹による戦いが行われていたのだ。

夏海 「さすがは秋子。半分以下の数で互角。いえ、こちらが押されているか」

自軍は覇王の大軍勢とは言え、烏合の衆に等しい。
個々の戦闘力と強力な兵器のみを頼りに力押ししかできない。
それに対し華音軍は戦後七年間訓練を怠らず不測の事態に備えてきた華音王国騎士団の精鋭。
指揮をするのは戦場の女神と謳われた水瀬秋子。

夏海 「軍を率いての戦いは私の得手じゃない。となれば、勝てる見込みはないわね。押し切られるのは時間の問題、か」

覇王兵 「申し上げます! 南の山頂から新手です!」

夏海 「警戒はさせておいたはずだけど?」

覇王兵 「こちらの知らないルートを使用したらしく、直前まで接近に気付きませんでした。奇襲を受けて南側は総崩れも間近です!」

夏海 「ちっ、面倒くさい・・・」

だから大将は性に合わないのだと夏海は心の中で毒づく。
こうなるのはわかりきっていた。
軍の強さも相手が上、地の利も相手にある。
いい加減帰ろうかと思い始めた頃、一羽の鳥が飛んできて夏海の肩に止まる。

夏海 「・・・・・・千人斬りの幽がエントレアス山に現れた・・・。他にも多数山の周囲にいる・・・・・・祐一達も覇王城の存在に気付いたのか。え? あの男が・・・?・・・・・・・・・」

ほぼ同時に、南側総崩れの知らせが入る。
それを機に勢いを増した王国軍の猛攻にさらされる。
もはや素人目にも勝敗は明らかだった。

夏海 「・・・帰るか。そろそろ、私の目的も果たせるかもしれないし。でもその前に、久しぶりに妹の顔でも見ていくか」

全軍に退却命令を出し、夏海は一人、転移魔法で本陣から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俊之 「終わりましたね」

秋子 「さすがですね、久瀬さん。ここに座したままでこれほど軍勢を手足のように扱える人はそうはいませんよ」

俊之 「まだまだ宰相には劣りますよ。それより娘さんこそ、大活躍ではありませんか」

秋子 「まだまだですね。・・・・・・・・・久瀬さん、あとを任せます」

俊之 「どうかされましたか?」

秋子 「ちょっと野暮用です。内緒ですよ」

しーっと口に指を当てて笑いかける。
まだ戦闘中なのに総大将が陣を離れるなど本来あるべきことではない。
それを見逃せと言うのだ。

俊之 「わかりました」

だが秋子ほどの者が戦闘中に陣を離れたからと言って、今更その人望が揺らぐこともない。
俊之としてもこの戦は最初から最後まで自分に一任されているため、彼女がいようがいまいが関係ない。
ただ、一将に過ぎない俊之では全体指揮権を持てないので、彼は少し秋子を利用した節がある。
その詫びとして、ちょっとしたことには目を瞑る。

秋子 「では」

 

本陣を離れた秋子は、人気のないところまでやってきた。

秋子 「お久しぶりです、姉さん」

夏海 「元気そうね。相変わらずの人望みたいだけど」

秋子 「姉さんこそ。まさか相手が姉さんとは思いませんでした」

夏海 「楽な相手でよかったでしょ」

秋子 「いいえ、姉さんが本気で来ていたら全滅していたのはこっちでしょうから」

夏海 「そんなことをするくらいなら最初から軍なんか率いてこないわ。そもそも、私が城まで乗り込んで北辰を殺せば終わりよ」

秋子 「では何故そうしないのですか? 何の目的があって、覇王に従うんでしょう」

夏海 「あなたが知る必要はないわ。それよりも、エクスカリバーはどうしたの?」

秋子 「譲りました」

夏海 「名雪ちゃんに? まだ早いんじゃないかしら?」

秋子 「そんなことはありませんよ」

突然家に戻ってきた名雪の顔を秋子は思いだす。
そしていつもどこか気の抜けている名雪が、帰ってくるなり開口一番、強くなりたいと言ったのだ。

秋子 「子供の成長を見ているのは、嬉しくもあり、寂しくもありますね」

夏海 「さあ、私にはわからないわ」

秋子 「嘘ですね。顔に書いてありますよ、さっさと戻りたいって。祐一さんが、そちらの本拠地にいるんでしょう?」

夏海 「・・・相変わらず、嫌になるほど鋭い洞察力ね」

秋子 「“彼”もいたりするんじゃないですか?」

夏海 「帰る」

秋子 「拗ねてしまいましたか?」

夏海 「年上をからかうものじゃないわ」

背中を向けた夏海は転移して秋子の前から消える。
その背中を、生まれた頃にはもう追いかける対象だった姉の背中を、秋子は微笑みながら見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覇王軍は既に総崩れだった。
そんな中を、一人の老騎士が駆け抜ける。
今年で齢六十を数える、戦乱の中、幾多の修羅場を駆け抜けてきた男だ。
おそらくこの戦が騎士として戦場に立つ最後になるだろうと思い、先陣を切って男は駆けた。
長年修羅場をくぐっては来たが、ついに大きな手柄を立てることはなかった。
せめて、敵の本陣に一番乗りして戦の生涯の最後を飾りたかった。

小高い丘の上に、もう大将がいなくなって逃げ出す準備をしている兵が集まっている場所があった。
覇王の紋章が描かれた旗が高々と立っているそここそが、覇王軍の本陣だった。
老騎士の前は偶然にも丘の上までの道が開けていた。
天よりの贈り物と、老騎士はその道を駆けた。

だが、丘を途中まで駆け上がったところで、先に頂上に達した者がいた。
白い風が抜けたかと思うと、その者が覇王軍の旗を斬り落とした。
そして老騎士は、その姿を見た。

全身を真っ白な毛並みに覆われた美しい馬。
それに跨る、同じく白い鎧に身を包んだ、さらに美しい騎士。
陽光を跳ね返して光り輝く聖なる剣を掲げ、彼女は丘の頂上にいた。

かつて、老騎士は同じ光景を見たことがある。
もう二十年も昔の話だが、同じ様に光り輝く剣を掲げた騎士の姿。
それを見ていた人々はその騎士をこう呼んだ、戦場の女神と。
まさに、戦場の女神の再来だった。

老騎士は、最後まで手柄を立てられない戦人生だったが、十分最後を飾るには相応しい者を見られたと、満足そうにその場に腰を下ろした。
丘の下を振り返ると、同じ様に羨望の眼差しを丘の上に向けている兵士達が大勢いた。
その兵達の誰よりも老騎士は上にいた。
自慢してやろうと思った。
新たな女神を最初に見たのは自分であると。

 

名雪 「・・・・・・」

丘の上まで駆け上がり、そこから遥か彼方を見渡す名雪。
手にして掲げているのは、母秋子から譲り受けた聖剣エクスカリバー。

 

『この剣をあなたに譲ります』

『え? だって、わたしまだそんな資格ないよ』

『名雪、強さとは心に宿るものですよ。今のあなたは、これを受け取るに十分な強さを持っています』

『お母さん・・・』

『この聖剣エクスカリバーと、聖騎士の称号を贈ります』

 

母から受け継がされたものは大きく、重かった。
しかしそれを受け止めなければ、目指すところへは辿り着けない。
名雪はまだ、自分がエクスカリバーと聖騎士の称号に相応しいとは思っていない。
けれどそれを受け取った以上、相応しくならなければいけない。
過去の名雪は、それを義務として捉えていた。
だが今は、心の底からそう思える。
追いつくべき人がいるから。

名雪 「祐一、きっと力になるよ。そして、もし叶うなら、わたしが祐一の一番になれるように・・・」

騎士にとって、剣への誓いは尊いもの。
名雪は聖騎士となり、彼に相応しい者になることを剣に誓った。

ここに、聖剣エクスカリバーと、戦場の女神の名は、母から娘へと受け継がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして話は、洞窟を進む祐一達のもとへ戻る。
謎の男レギスが退きあげた後、祐一達は再び空洞を奥に進んでいた。
途中、広くなっている場所で今度はモンスターの大群と出くわした。

祐一 「こりゃ・・・冗談じゃない数だな・・・」

真琴 「大したことないわよ。まとめて吹っ飛ばしてやる」

美汐 「下手に大技を使って空洞が崩れたらどうする気ですか。少しは頭を使いなさい」

真琴 「なんですってぇ!」

佐祐理 「真琴さん、落ち着いて・・・。要するに周りに被害を与えないようにすればいいんですよ」

あゆ 「・・・・・・ねえ、さっきから何か聞こえない?」

敵の大群に皆が身構える中、あゆは不思議そうな顔で辺りを見回している。

祐一 「・・・? いや、何も・・・」

聞こえないと言おうとしたが、すぐに何か大きな音と、凄まじい質量を持った何かが近付いてくるのがわかった。
しかも足元から。

祐一 「な、なんだ!?」

問いかけが終わらないうちに、地面が盛り上がってその音源が飛び出してきた。

羅王丸 「だっしゃーっ!」

祐一 「ら、羅王丸!?」

莢迦 「あら大変」

地面に大穴を空けて現れた男は、巨大なハンマーを担いだ巨漢、羅王丸だった。
いつもながら、立っているだけで凄まじい存在感を示す男である。

羅王丸 「ふぅ、やっと道らしい場所に出たな。おっと、出迎え客までいるじゃねえか」

祐一 「な、なんで突然地面の下からこいつが出て来るんだよ?」

莢迦 「たぶん、山を登るのが面倒で、麓から文字通り真っ直ぐ城を目指したんじゃないかな」

祐一 「ま、真っ直ぐ・・・?」

莢迦 「そ、真っ直ぐ。そーゆー男だから」

羅王丸 「あぁん? 誰だ、俺様の噂をしてる奴は」

莢迦 「やっほ、久しぶりだね、羅王丸」

羅王丸 「よぉ、おまえか、莢迦」

親しげに挨拶を交わす二人。
だが親しい中にも、何かただならぬ気配が漂っている。
その証拠に祐一は、二人が微妙な距離を保っているのがわかった。

羅王丸 「七年振りだな。そのくせ前より若くなってる辺りがおまえらしいぜ」

莢迦 「そっちは七年経っても全然変わらないね。地面掘って進むなんて幽だってしないよ」

羅王丸 「登って降りるなんて面倒だろうが。どうせ城ったって、覇王野郎がいるのはどうせ地下だろう」

莢迦 「まぁ、そうだろうね、あれの性格からして」

祐一 「おーい、莢迦ー。知り合いか?」

莢迦 「うん、まあね。・・・・・・ふふん」

莢迦がにやりと笑う。
この顔は過去の経験から言って、何かを企んでいる時の顔だった。
何を言うつもりかと身構える。

莢迦 「こいつは羅王丸。七年前までは仲間の、四死聖羅王丸。そして、四大魔女が一人青嵐の大魔導師相沢夏海が生涯唯一愛した男」

祐一 「え・・・・・・・・・?」

相沢夏海が唯一愛した男。
それはつまり必然的にこの男は祐一の・・・。

羅王丸 「あんだよ、あっさりばらしたらつまらねえだろうが」

莢迦 「この場合はずばっと言った方がおもしろいのよ。でも、推測だったんだけど、あってる?」

羅王丸 「ああ、あってるぜ。改めて教えてやる。俺様がてめえの父親の羅王丸だ。伝説にまでなった偉大な父親だからな、大いに敬いな!」

踏ん反り返って豪快に笑う羅王丸。
突如明かされた新事実に、祐一は茫然自失状態だった。

美汐 「に・・・似てませんね」

真琴 「あぅー、暑苦しい男・・・」

佐祐理 「あれが祐一さんのお父様ですか」

あゆ 「びっくりだね。全然わからなかったよ」

佐祐理 「十二天宮のアリエスさんが祐一さんのお母様というのは、なんとなく予想はできましたけど。それにしてもだとすると、祐一さんのご両親もすごい人達じゃないですか」

父親は四死聖の一人。
母親は四大魔女の一人。

莢迦 「でしょ。これで彼に才能がないなんてことあるはずないってわかるってものよね〜。両親揃って怪物だもの」

羅王丸 「その通り! 世紀の怪物羅王丸。覇王野郎も幽もぶっ倒して俺様最強ォ!」

莢迦 「でさ、どうでもいいんだけど、あんたが空けた大穴とさっきからの大声のせいで、洞窟が崩れかけてるんだよね〜」

祐一 「何!?」

佐祐理 「はぇ?」

あゆ 「うぐぅ?」

真琴 「あぅーっ?」

美汐 「・・・そんな酷な状況はないでしょう・・・」

確かによく見れば上からはぱらぱらと砕けた石の欠片が落ちてくる。
震動も起こっており、いつ崩れてもおかしくない。
逃げようにも目の前にはモンスターの大群。

莢迦 「困ったね。この落とし前、どうつけてくれるのかな、羅王丸?」

羅王丸 「別に埋まったって俺様はまた掘り進むだけだぜ」

莢迦 「私達は?」

羅王丸 「自力でなんとかしな」

莢迦 「あのね・・・」

ごぃんっ!

羅王丸 「んがっ!」

莢迦 「どうして私がそんな七面倒くさいことをしなくちゃならないわけ?」

羅王丸 「どうせ何もしねえだろ・・・地面掘る魔獣くらいいるんだろ」

莢迦 「夏海から聞いて知ってるみたいだね。でもね、呼ぶのも結構面倒なの。そもそもこの事態招いたのは羅王丸でしょ。だったらつべこべ言わずにやる」

羅王丸 「チッ、しょうがねえな・・・」

天井には亀裂が走り、もうすぐにでも崩壊を始めそうだった。
選択肢は二つ、進むか退き返すか。
進むにはモンスターの群れを蹴散らす必要がある。
しかし、羅王丸の辞書に、後退の文字はない。

羅王丸 「おう、祐一」

祐一 「?」

羅王丸 「おまえには父親らしいことは何一つしてねえし、これからもする気はねえ。だからよぉーく見てな。伝説を作った偉大なる父親の背中ってやつをな」

モンスターの群れと向き合い、祐一達に背中を向ける羅王丸。
『最強上等』と書かれたマントに覆われた背中が祐一の眼前にあった。
それはとても大きく、超えがたいものに見えた。

羅王丸 「強くなりたかったら、この背中を追って来なっ!」

そして背中が離れる。
羅王丸がモンスターに向かって走り出していた。
無意識のうちに、祐一はその背中を追って走り出す。
今まで多くの強者達と出会い、それらを目標と思ってきたが、それとはまた違う、見た瞬間にはっきり悟った。
祐一はこれから、この背中を長く追い続けることになるだろう。
いつか追いつき、追い越すために。
はじめて会った父親は、とてつもなく大きかった。
だからこそ、より強く追いかけたいと思った。

祐一 「ああ! 追いかけてやるよっ!」

父の背を追って、子は走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る     次へ