Kanon Fantasia
第33話 覇王城突入
エントレアス山はシベール山脈のさらに北西に位置する火山である。
最後に噴火したのは三百年以上前であり、その後も時折活動してはいるものの、基本的に休火山だった。美汐 「しかし、休火山とは言え、いつ活動を再開するともわからないのに、そんな場所に城を築くだなんて」
莢迦 「ただのお約束だよ。見付かりにくくって、暗くって、なんか雰囲気が親玉の城って感じで」
祐一 「そういう感じ方をするのはおまえだけだと思うぞ」
固まった溶岩がそこかしこに見え隠れする山を、祐一達は登っていた。
標高はそれほど高くないため、山頂近くまで行ってもほとんど雪はない。祐一 「佐祐理さん、平気か?」
佐祐理 「大丈夫ですよ、これくらい」
歩きにくい岩場で、傾斜もそれなりにある場所を歩くのは見た目以上に重労働だ。
祐一以外のメンバーは女性で、しかも基本体力の低い魔術師系ばかり。
一気に登るのはきついかと思われたが・・・。真琴 「ちょっとぉ、何ぼやぼやしてんのよ、おいてくわよ」
あゆ 「ほらほら、この辺まで来ると景色が綺麗だよ」
祐一 「・・・まったくガキどもは体力バカだな。心配して損した」
莢迦 「ま、いいじゃないの。男の子は女の子の心配をするものだよ」
祐一 「・・・おまえの心配はせんぞ」
莢迦 「ええ〜、なんでぇ〜?」
祐一 「自分の状況をよーく見て考えろ」
莢迦は一人、自分の足で歩いていなかった。
かといって飛んでいるわけではなく、呼び出した魔獣の上に乗って楽チン状態である。
ちなみに一度乗せろと祐一が言ったのだが、魔獣自身に蹴り飛ばされて坂を五十メートルも転がり落ちるはめになったので、それ以降は近付かないことにした。莢迦 「ゆにちゃんほどじゃないけど、りんちゃんも男嫌いなんだよね〜」
祐一 「そんな可愛らしい愛称で呼ばれるべきものじゃねえ、その凶暴魔獣は」
ゆにちゃんとは乙女大好き一角馬、ユニコーン。
りんちゃんは鬣が綺麗な麒麟のことだと莢迦の説明。
いずれも莢迦に従う召喚魔獣のことだ。祐一 「まぁ、おまえの魔獣の話はこの際どうでもいい」
莢迦 「そのうちみんな紹介するね」
祐一 「いらん。それより火口の底にある城にどうやって乗り込むつもりだ? まさか火口を降りるつもりじゃないだろうな?」
莢迦 「それが一番速いけど、嫌なら他にも方法はあるよ。危険は少しだけ減るかもしれないけど、面倒ではあるよね」
祐一 「なら決を取る。危険な火口降りと面倒な別ルート、どっちがいい?」
真琴 「ちまちま行くのはイヤ。さっさと行こうよ」
美汐 「それは蛮勇というものです。急がば回れと言います」
佐祐理 「佐祐理は、祐一さんの判断にお任せします」
あゆ 「ボクは危ないのは嫌だな。飛べるから火口を降りるのは構わないけど・・・」
莢迦 「私はどっちでもいいよ。回り道派が多いみたいだけど、最終決断は君の仕事だよね」
祐一 「・・・・・・回り道で行く」
相手は覇王軍。
その本拠地である。
正面突破をかけるには人数が少なすぎる上、火口の崖を降りている間に襲撃されたら厄介だった。莢迦 「おっけー。もう少し行くと洞窟があるんだけど、その奥が城の真下まで伸びてる。火山活動の影響でできた空洞だろうね」
祐一 「大丈夫なのか? 火口のさらに下ってことは・・・」
莢迦 「休火山だからね。そんないきなり爆発したりはしないでしょ」
祐一 「なら、決まりか」
祐一達のパーティーは、洞窟を使った迂回ルートを通ることに決めた。
しかし同じ頃、彼らが避けた方のルートを堂々と突き進む者がいた。
幽 「ふん、相変わらずセンスの欠片もない城作りやがるな」
火口の淵から底を見下ろしている幽。
視線の先には、周りの岩石と同化しているように見える黒い城があった。
それこそが、覇王城である。栞 「結構大きいですけど、すごく大きいってほどじゃないですね?」
幽 「表に出てるのは飾りだな。もっとでけえ城が下に向かって伸びてやがるのさ」
栞 「それは城ではなくて、既に迷宮では?」
幽 「だろうな。城になってんのはゼファー野郎の見栄さ」
潤 「ていうか、本当にこんな崖降りるのか? 時間かかるし、敵の襲われたら一たまりもないぞ」
香里 「確かに、迂回できるならした方がよさそうね」
幽の連れ、栞、潤、香里の三人は崖の淵から下を覗き込む。
底まではざっと百メートルほどだろう。
上から見るとそれ以上に高く見える。
しかも絶壁だった。幽 「腰抜けの下僕どもはそうしたきゃそうしな。俺はちまちま進むのは性に合わん。真っ直ぐ野郎を目指すだけだ」
潤 「誰がいつおまえの下僕になったんだ?」
幽 「弱ぇ奴が強ぇ奴の下僕になるのは世の常よ。俺はてめえらより強ぇ」
香里 「・・・悔しいけど、その通りね。栞、あんたはどうするの?」
栞 「幽さんが真っ直ぐ行くというなら、私も行きます」
香里 「そう。ならあたしも行くわ」
潤 「マジかよ・・・」
改めて下を見る。
人間どころか生き物の通る場所とは思えない。
が、ところどころに出ている突起を伝っていけばなんとかなるか。潤 「腹くくるか」
幽 「行くぞ下僕ども。ぼやぼやする奴は置いてくぜ!」
言うなり、幽は崖下に向かって跳び下りた。
当然落ちる。潤 「おいっ!」
途中、僅かに出ている突起を足場にしながら、どんどん下に降りていく。
信じられないスピードである。幽 「・・・ふん、やっぱり来やがったか」
その姿を見止めたか、覇王城から無数の魔物が大挙して押し寄せてきた。
崖下にも地面を覆い尽くすほどの魔物が群れている。
幽は崖を降りながら剣を抜く。ドクンッ
真紅の刃を掲げ、幽は崖を蹴って跳ぶ。
幽 「この千人斬りの幽の行く手を阻む奴ァ、皆殺しだ」
空中に踊り出た幽に向かって、飛行する魔物が襲い掛かる。
それを見て幽はにやりと邪悪な笑みを浮かべる。幽 「無限斬魔剣・紅蓮・乱」
一番近くにいた鳥形モンスターが真っ二つになって炎上した。
幽 「オラオラオラオラァ!!」
ズバズバズバズバッ!!
上から見ていた栞達からは、火の玉が浮かんでいるように見えた。
幽が全方向に向かって振り続ける赤い剣の軌跡が、残像となって残っているのだ。
それはまさに剣の結界、僅かでも触れたものは一瞬で細切れにされる。幽は向かってくる魔物を切り刻みながら、手ごろな魔物を見つけては足場にして少しずつ降りていく。
下まで残り二十メートルほどで一気に下まで跳び下りる。
降りた場所は魔物の群れのど真ん中だった。
魔物達が一斉に襲い掛かろうとして、幽から放出される殺気に気圧されて取り囲んだ状態で止まる。幽 「道を開けな。邪魔する奴ァ、地獄の業火に焼かれるぜ」
より強い者に服従する獣の本能か、飼い馴らされた魔物としての主への忠誠か。
魔物達の中で二つの感情がせめぎ合う。
城を守護する意思が勝った魔物は幽に躍り掛かり、無残に屍をさらした。幽 「首洗って待ってろよ、ゼファー。今すぐ行ってやるぜ」
真紅の魔剣を肩に担ぎ、幽は真っ直ぐ城に向かって歩く。
この男の歩いたあとには、真っ赤な道ができていった。
栞 「・・・行っちゃいましたね」
香里 「どうするの?」
栞 「私達も行きましょう。ちょっと遅れちゃいそうですけど」
潤 「しかし・・・あの中を俺達も進むのか?」
栞 「三人よれば何とやらですよ。三人一緒なら幽さんの真似事くらいできます」
香里 「行くしかないわね」
潤 「仕方ねえ。ここで逃げたら一生負け犬人生だからな」
幽が城へ入っていくのを見送ってから、栞達も崖を降っていった。
城の正面で幽が暴れている頃、祐一達は洞窟の中に入った。
入り口は狭かったが、中に入ってしばらく行くと、思った以上に広い場所もある。
大小無数の空洞ができており、下手をすると迷いそうだった。祐一 「本当に大丈夫なのか、こんなところ」
莢迦 「大丈夫だって、道はわかってるから。途中までなら」
祐一 「途中から先は?」
莢迦 「臨機応変って言葉があってね」
祐一 「つまり考えてないと」
予想通りの答えなので深くはつっこまない。
どのみち敵地である以上、手探りで進まなくてはならないのは仕方がない。莢迦 「でね、臨機応変っていうのは、いつでも言えることなんだよね〜」
祐一 「は?・・・・・・なるほど」
あゆ 「え、何が?」
祐一は素早く最前列に出て剣を抜く。
その気配に逸早く気付いたのは祐一と莢迦だけだった。?? 「ふむ・・・少しは勘が働くということか」
一体いつからそこにいたのか、空洞の一つから全身をローブで覆った者が現れた。
声の感じからすると、男らしいが、年齢まではわからない。莢迦 「はじめて見るね。新規加入組の方の十二天宮にまだ私の知らない人がいたとはね」
?? 「おまえが四大魔女にして四死聖の莢迦か。確かに会うのははじめてだな。十二天宮、アクエリアス、レギスという」
祐一 「第一関門ってやつか」
レギス 「私は貴様らと戦う気はないが、何もせずに退くとライブラ辺りがうるさいのでな、少しだけ相手をしてもらおう」
殺気も闘気も感じられない。
しかし、レギスの立っている場所より先に進めばただではすまないと感じさせる何かがあった。
佐祐理、真琴、美汐はいつでも魔法を使えるように構え、あゆも羽を具現化する。祐一 「急いでるわけじゃないが、先が長いからな。悪いが全員がかりで行かせてもらう」
レギス 「構わんよ。全員がかりで、まぁ、いい勝負といったところだろう」
祐一 「大した自信だな。なら・・・」
剣を後ろに引いて間合いを詰める。
自分の間合いに入ったら一気に斬りつける考えだった。祐一 「・・・・・・」
レギス 「・・・・・・」
後一歩で間合いに入る。
莢迦 「祐一君」
祐一 「?」
莢迦 「油断しないようにね〜」
祐一 「?(なんなんだ・・・)」
気をそがれかけたが、改めて最後の一歩を踏み出そうとする。
時間にしてもうあと一秒もかからずに間合いに入るところで祐一は気付いた。祐一 「(あいつ・・・・・・今はじめて俺を名前で呼んだ・・・)」
口調はいつもと同じ。
しかしそれでも莢迦にしてみれば、過去に見ないほどの最要注意。
本気の警告だった。祐一 「・・・・・・」
祐一は最後の一歩を踏み出した。
刹那、剣を薙ぎ払う。ブゥンッ!!
デュランダルは確実にレギスの体を捉えたかと思われたが・・・。
レギス 「いい筋をしている。しかし、それでは私には効かん」
どう動いたのかまったく見えなかったが、斬った瞬間レギスの姿は祐一の背後にあった。
ローブの下から光る何かが繰り出される。キィン!
佐祐理 「祐一さんっ!」
あゆ 「祐一君ッ!?」
レギス 「む・・・」
完全に背後をつかれたと思われたが、祐一は背中に回した剣でレギスの攻撃を防いでいた。
祐一 「危なかったぜ。サンキュー、莢迦」
莢迦 「どういたしまして」
警告を受けていなかったら何もできずにやられていたかもしれない。
自分でもよく今の攻撃を防げたと祐一は思っていた。
全身で周囲を警戒していたため、咄嗟に体が動いた。レギス 「なるほど、言うだけあるようだな」
祐一 「おまえもな」
レギスの姿はまた気がつけば祐一の正面にあった。
どう動いているのかまったくわからない。レギス 「ふむ・・・どうやら読み違えたな。全員同時に相手をするのは厄介かもしれん」
祐一 「当然だろ」
真琴 「あたし達をあまりなめないでよね」
美汐 「あまり過信しすぎると、痛い目を見ますよ」
佐祐理 「・・・・・・」
レギス 「・・・・・・まぁ、こんなものでよかろう。向こうの様子も見ておきたいことであるし、今のところはこれでお終いだ」
祐一 「逃げるのか?」
レギス 「機会があればまた付き合ってやろう。私は忙しいのでな」
そう言い残し、レギスの姿はまたいつの間にか消えていた。
移動したわけでも、空間転移したわけでもなく、ただ知らないうちに消えていたのだ。佐祐理 「・・・・・・ふぅ・・・」
莢迦 「佐祐理にはわかったみたいね」
佐祐理 「・・・本気で来られてたら、どうなっていたでしょう?」
顔には出していないが、佐祐理は自分が冷や汗をかいているのがわかった。
莢迦 「あんなのがいたとはね。あの男はたぶん、私が本気で相手をする必要がある類だね」
どうやら七年前とは違い、一筋縄ではいかないと莢迦は思った。
ただし、その方がおもしろいという気持ちが遥かに強かったが。