Kanon Fantasia

 

 

 

第32話 魔剣レヴァンテイン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数千年も生きている竜王と契約を結んでいる莢迦は物知りだった。
数々の伝説を、その伝説に登場する人物・宝物のことを、美凪はよく聞かされていた。
その中の一つ、魔剣レヴァンテイン。

真の武具には魂が宿るというが、その剣には本当に魂が宿っていた。
しかも、飛び切り邪悪な意思を持った魂だった。
あまりに凶悪だったため、あるものに封印されることとなったという。
そのあるものとは、人間の魂。
人間の魂と剣の魂を融合させ、その中に封印し、転生する人の魂とともにその剣も人の中を飛び続けた。
しかし、凶悪すぎた剣の魂は封印をものともせず、宿主たる人間の魂を支配してその力を振るい続けた。

その伝説の魔剣が、今美凪の目の前にある。
舞が手にした瞬間、何かが弾け飛ぶような現象とともに辺りに邪気が満ちる。

?? 「あっはははははは」

息苦しくなるほどの邪気とは裏腹に、無邪気な子供の笑い声が木霊する。

みちる 「なになになにっ?」

美凪 「・・・レヴァンテインの魂・・・」

舞 「・・・・・・」

剣を手に、忌々しげにその笑い声を聞いている舞。
その視線の先に、邪気が集まっていく。

?? 「ふふふ、やっとあたしを外に出してくれたね、舞」

集まった邪気は人の形をとり、幼い子供の姿が現れた。
十才未満の姿ながら、それは舞に生き写しだった。
おそらく、子供の頃の舞の姿なのだろう。

舞 「・・・レヴァンテイン・・・!」

?? 「何言ってんの。“まい”だよ。あたしはあなた、あなたはあたし」

舞 「違うッ!私は・・・!」

まい 「お母さんを殺してない? 違うね。お母さんを殺したのはあたし、つまりあなた」

舞 「違うッ!」

まい 「違わない。全ての不幸はあなたが原因」

舞 「・・・全部・・・おまえがいたから・・・!」

まい 「それは逃げ。あたしはあなた自身。あたしを否定することは、あなた自身を否定すること」

舞 「・・・・・・」

少女の姿をした魔剣の魂はにぃっと笑う。
子供らしい無邪気な笑みだが、それゆえに逆に邪悪さが窺えた。

まい 「ま、こんな問答はどうでもいいの。それよりその体、くれる気になった?」

舞 「・・・誰が!」

まい 「だってもったいないじゃん。せっかく強力な魔の力を持ちながら、それを活かさないなんて。あなたじゃその力を使うのは無理。あたしならできる。どうせあなたのものはあたしのものでもあるんだから、その体、ちょうだい」

舞 「断る。その代わり、その力は私が使う」

まい 「無理だね。あなたにあたしの力は使えないよ」

舞 「・・・それでも使う。渡さないのなら、奪うだけ」

まい 「わかってないなぁ。この力はあたしのもの、あなたのものでもある。奪うの奪わないのじゃないの。ただ、主導権の問題だね。力の主導権と体の主導権がバラバラじゃ意味ないから、体ちょうだいってば」

舞 「体も力も私が使う。私には、それが必要だから」

まい 「そう、仕方ないね」

一度まいの姿がかすむ。
再び形作られた姿は、今の舞そのものだった。
同じ様に剣を携えている。

まい 「話し合いで解決しないなら、腕付くでってやつだね。どっちが全ての主導権を握るか、勝負だよ」

舞 「・・・望むところ」

互いに剣を構える。
まったく同じ立ち姿だった。
両者を見分ける手段があるとすれば、表情の違いだけだろう。
舞の厳しい表情に対し、まいはまだ笑みを浮かべている。

みちる 「どうなるんだろ?」

美凪 「・・・自分自身との戦い・・・それは力によるものではなく、心によるもの。心の強い方が勝つでしょう」

みちる 「???」

美凪 「・・・みちるには難しい?」

みちる 「さっぱり」

美凪 「・・・どちらにしても、勝った方が体と力、両方を得る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幽 「・・・・・・」

栞 「? どうしたんですか、幽さん」

少し前からじっと剣を見ている幽に栞が問い掛ける。
訊いてはみたが、こうした質問に幽が答えることは稀だった。
しかし今回は珍しく応じた。

幽 「さっきからラグナロクの鍔鳴りが収まりやがらねえ」

栞 「それって、どういうことなんですか?」

幽 「さあな。どっかでこいつと同等の魔剣が力を発している。共鳴してやがるのか」

栞 「魔剣・・・」

幽の持つ魔剣ラグナロクについて栞は何も知らない。
ただ、数値にしただけでも攻撃力4980、魔力25000という、他の武具の追随を許さない力を持っており、しかも実際には数値以上の力さえ秘めているとさえ思える剣と同等の力を持った武具がそうそう存在するものかと疑われる。

栞 「その剣って、どこで手に入れたんですか?」

幽 「知りてぇか?」

真面目な顔をしていた幽がにやりと笑って振り返る。
これは何かとんでもないことを言う前触れである。

栞 「・・・興味あります」

幽 「なら教えてやる。神界だよ」

栞 「しんかい?」

幽 「この世界にはこの地上の他に、魔界、天界、神界・・・実際にはいくつあるのか知れねえくらいの場所があるんだよ。まぁ、ほとんどの奴ァ、んなこと知らねえだろうがな。俺もアイツに聞くまでは知らなかった」

栞 「アイツ?」

それには答えず、幽は窓を外に目をやって酒瓶をあおる。

幽 「そういやしばらく行ってねえな。ゼファーの野郎をぶっ殺したら久々に行くのも悪くねえ」

栞 「そう言えばそのゼファーさんに関してなんか気になる話が・・・」

幽 「知ってるよ。耳が遅ぇぞ」

栞 「悪かったですね」

幽 「今度は誰にも邪魔させねえ。あのクソ野郎とその手下の雑魚どもに、誰に逆らったのかをはっきり教えてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーガイアで真琴、美汐を再び仲間に加えた祐一達は、莢迦の案内で覇王の居城を目指していた。
覇王軍はその後各地に侵攻を続けていたが、それにはほとんど勢いがなく、各国の軍勢と互角の攻防を繰り広げていた。
そんな硬直状態だからこそ、敵の本拠地を襲撃するチャンスと思ったのだ。

佐祐理 「やっぱり、舞と名雪さんは間に合わないでしょうか」

あゆ 「うん、そんなにいきなり強くなれるわけじゃないもんね」

莢迦 「でも案外、ちょっとしたきっかけで急激に伸びることもあるよ。二人とも基盤はあるんだから」

真琴 「そんな簡単に強くなられたら死ぬような修行したあたし達がバカみたいじゃないっ」

美汐 「今回はいいですが、その台詞以前のあなただったら絶対に説得力ありませんでしたよ」

真琴 「なによぉ!」

美汐 「なんですか?」

真琴 「人は日々成長するのよぉ! 今よければ全てよし!」

美汐 「それを言うなら終わりよければです、あなたのそういう考え方がですね・・・」

佐祐理 「まあまあ、いいじゃないですか。喧嘩はいけません」

あゆ 「そうだよ。喧嘩するとお腹空くよ」

莢迦 「うんうん、腹が減っては戦はできぬからねぇ」

 

祐一 「おまえら喋ってないで戦えッ!」

最前列でモンスターの群れと向かい合っている祐一が顔だけ振り返って怒鳴る。
その間に前では剣を振って襲い掛かってきたモンスターを切り倒す。

祐一 「大体莢迦! そういう台詞は戦をしてから言え!」

他の四人は喋りながらも戦いに参加してはいるのだが、莢迦は最後列で高見の見物をしている。
以前とまったく同じである。

莢迦 「だって私は〜、か弱い巫女さんだも〜ん」

祐一 「二百年も生きてて二つも最強伝説を持ってる奴のどこがか弱いってんだ」

莢迦 「お年寄りはいたわらないと」

祐一 「おまえならあと三百年は生きそうな気がするよ」

莢迦 「うん、そのくらいは生きてみようかと思っているよ」

佐祐理 「祐一さん祐一さん、後ろばっかり見てると危ないですよ」

祐一 「なら佐祐理さんも前に来い」

佐祐理 「あははー、佐祐理は魔術師ですから」

真琴 「あたしも」

美汐 「私もです」

あゆ 「えっと・・・ボクもどっちかって言うと後衛系・・・」

そう、現在このパーティーは極端に魔術師系が多かった。
莢迦がサボっている現状では、祐一以外に前衛の務まる人間がいないのだ。

祐一 「くっそぉー! 舞ー、名雪ー、カーッムバーック!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞 「ぐっ・・・!」

鍔迫り合いで押し負けて、舞は弾き飛ばされる。
態勢を立て直そうとしたところで追い討ちを喰らい、さらに地面に叩き付けられる。

舞 「かはっ・・・!」

息が詰まってすぐに起き上がることもできない。
その舞に向かって剣が突きつけられる。

まい 「相変わらず弱いね。十年も何してたの?」

戦い始めてからもう何度目かもわからない光景だった。
力の差は歴然、舞はまいに対して一撃も入れられずにいた。
逆にまいの剣は的確に舞を捉え、何度も地面を這わせた。

まい 「よかったよ、戻ってきてくれて。あなたがあんなに嫌いだったあたしを求めたってことは、それだけすごい敵がいるってことでしょ。その敵にその体を壊されたりしなくてよかった」

舞 「・・・く・・・」

まい 「まだ動けるの。いい加減にしなよ、あなたじゃあたしには勝てない」

舞 「・・・勝つ・・・」

まい 「弱いからあたしの力を使いたいのはわかるけどね、そんなに弱くちゃあたしの力なんか百年かけたって使いこなせないよ。あたしがその体で、この力を有意義に使ってあげるから、ちょうだいよ」

舞 「嫌だ」

まい 「強情だね。あんまりその体を傷つけたくないんだよ、あたしは」

突きつけられた剣の先端が舞の肩に食い込む。

舞 「ぐっ・・・!」

まい 「さあ、素直に負けを認めて、あたしにその体を明渡しなよ」

剣はゆっくり肉を切りつけていく。
じわじわと押し寄せる痛みに舞の顔が歪む。

 

みちる 「み、美凪、黙って見てていいの?」

美凪 「・・・彼女は川澄さんの体がほしいだけですから、殺しはしません」

みちる 「で、でもぉ・・・」

美凪 「・・・私達は加勢しても、意味はありません。これは、川澄さん自身の心との戦いですから」

みちる 「???」

美凪 「・・・受け入れない限り、勝ちはありません」

 

舞 「・・・・・・」

激しい痛みの中で、舞の心は逆に冷静になっていた。
そして思い浮かんだのは、祐一と佐祐理の姿だった。
ほんの少し離れていた間に、遥かに強くなっていた二人。
自分だけが弱いままだった。

舞 「(二人とも、全然変わってた)」

強くなった二人を見た時、舞は昔から感じていたあるものを感じなくなった。
それはなんだったか・・・。

『自分を認めない者を、他人が認めるはずない』

いつだったか、そう、大武会の時、莢迦が祐一に言っていた言葉を思い出す。
舞が、祐一や佐祐理を見て常々感じていたことと同じだった。

舞 「(・・・ああ、そうか)」

答えは最初から自分の中にあった。

舞 「(自分を認めてないのは誰でもない、私だったんだ・・・)」

 

がしっ

まい 「!?」

舞は肩に食い込んだ剣を素手で掴み、そのまま引き抜く。

舞 「く・・・」

刃が抜けることで血が吹き出るが、お構いなしに立ち上がる。

舞 「・・・ずっと、逃げてた。でも、もう逃げない。あなたの罪、私の罪、全部背負う。そして強くなる!」

まい 「お母さんを殺したことも認めるんだね」

舞 「・・・認める。お母さんは、私のせいで死んだ。でもそれは、私を生かすため。死ぬ前にお母さんは、私に幸せになれと言った。私の幸せは、祐一や佐祐理と共にある。だから、二人と共にあるために、その力は、私が使う!」

まい 「いい決意だね。けど、これは勝負だよ。言葉じゃなくて、剣で決意を示しなよ!」

舞 「・・・川澄舞、参る!」

再び二人の剣が交わる。
今度は一方的なものではなく、完全に互角の戦いだった。
同じ姿に、同じ動き、表情も同じ。
もう、端で見ていて二人を見分けることはできなかった。

数度切り結んだ後、決着がついた。
一人の舞が地面に膝をつき、その前に立った舞が剣を突きつけている。

美凪 「・・・・・・」

みちる 「・・・・・・」

まい 「・・・・・・」

舞 「・・・・・・私の勝ち」

まい 「そうだね・・・・・・ま、仕方ないか」

地面に膝をついたまいの手からは、剣が消えていた。
勝負は決した。

まい 「約束だからね、この力、存分に使いなよ」

まいの体が空気中に溶けていき、舞の体と剣に吸い込まれていく。

まい 「でも忘れないでね、あたしは消えるわけじゃない。もしその強さと決意が揺らいだなら、今度こそその体を貰うよ」

そう言い残して、まいは完全に消え去った。
魔剣レヴァンテインと舞は、今までと比べ物にならないほどの力の充実を見せていた。

舞 「・・・祐一、佐祐理、今度は私の方が見返す番」

美凪 「・・・結構負けず嫌い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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