Kanon Fantasia

 

 

 

第31話 奇跡王伝説

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーガイア。
ここへ来るのは祐一にとっては二度目だった。
目的地は相変わらず、この街の中心とも言うべき魔法学院。
今度は莢迦も中に入るのを渋らなかった。

莢迦 「およ?」

祐一 「どうした?」

莢迦 「いんや、ちょっとね〜」

そう言いながらにやにやしている。

祐一 「なんだよ、気持ち悪いな」

莢迦 「気にしない気にしない」

 

佐祐理 「あ、学院長〜」

カタリナ 「倉田さん。ご無事で何よりです」

前回に引き続き急な訪問を、カタリナは快く迎える。

莢迦 「よっす」

カタリナ 「ご無沙汰しています」

同じ四大魔女として旧知の間柄である二人が懐かしげに挨拶を交わす。

莢迦 「ねえ、カタリナ。もしかして誰か、アレやってたりする?」

カタリナ 「ええ、やっていますよ。あなたが冗談半分で考えたスペシャルハードメニュー。本当に一ヶ月続いている人ははじめてです」

佐祐理 「スペシャルハードって・・・あれですか? 佐祐理は遠慮させてもらいましたけど・・・」

祐一 「なんだそりゃ?」

佐祐理 「学院の超最上級修行メニューです。一ヶ月で超一流になれるって」

祐一 「一ヶ月でって・・・どんなメニューだよ・・・?」

莢迦 「いやー、冗談で作ったんだけどね〜」

祐一 「おまえが作ったのかよ」

冗談で作ったということは誰かがやるということは想定していなかったということだろう。
ふと祐一は美凪に砂漠のど真ん中に放り出された時のことを思い出した。

祐一 「(四大魔女ってのは何考えてんだ・・・?)」

莢迦 「カタリナが学院長になった時さ、講師になってくれって言われたの断ったから、その代わりにって残してったんだけど・・・まさか本気でやる子がいるとはね」

祐一 「自分で作ったものには責任を持てって」

莢迦 「大丈夫だよ。こういうのがあるから」

祐一 「なんだこれ?」

手渡されたのは、何かの書類だった。

『スーパーウルトラデラックス一ヶ月でミラクルな魔術師になっちゃおうスペシャルハードメニュー申請書』

そう書かれていた。
これがどうしたと聞き返す前に、莢迦の指が下の方をしめす。

『この修行によるあらゆる損害に対し、学院側は一切責任を取りません。それを承知の上、合意する、印』

祐一 「・・・・・・無責任な」

莢迦 「でも責任はとりません」

祐一 「なんで廃止しないんですか・・・?」

カタリナ 「漆黒の召喚術師と言えば、サーガイアでは伝説的な存在ですから・・・」

祐一 「伝説・・・・・・・・・」

じーっと莢迦の姿を見つめる。
どこからどう見ても、とても伝説の魔術師として崇められるような人間には見えなかった。

祐一 「ま、伝説なんて綺麗な話ばっかりだもんな・・・」

そこに真実が介在する余地は、五割もないのが常だろう。

カタリナ 「あら。どうやら修行も終わったみたいですね」

最初に気付いたカタリナがやってきた二人にまず声をかける。
同じく気付いた祐一達が振り返ると、ボロボロな姿の真琴と美汐がいた。

真琴 「あぅー! 死ぬかと思ったわよ」

美汐 「あら、相沢さん、お久しぶりです」

祐一 「よう、やっぱりここだったか、おまえら。でもその格好は・・・」

真琴 「ふんっ、ちょっとね。この真琴様がいかにグレートな存在かを証明しに行ってきたのよ」

美汐 「莢迦さんもお久しぶりです。あなたが作ったというハードメニュー、堪能させていただきました」

莢迦 「そこはかとなく皮肉を感じるのは気のせいかな?」

美汐 「さすがいい勘をしてらっしゃいます。あんな酷なものはないでしょう」

真琴 「そうよぉ! ほんっっっっとーーーーーーーーに死ぬかと思ったんだから」

祐一 「一体どんなメニューなんだよ?」

真琴 「・・・・・・」

美汐 「・・・・・・」

莢迦 「・・・・・・」

沈黙。
莢迦は目を泳がせ、真琴と美汐はみるみる顔面蒼白になっていく。

真琴 「あぅっ! お、思い出したら吐きそうになってきた・・・」

美汐 「て、天国へ行ったと思っていた祖父母が見えました・・・」

どうやらこれ以上は聞いてはいけないらしい。
気にはなったが、本能的に訊くべきではないとも思った。
これはそう、秋子の家で食べたオレンジ色のジャムの正体を追求するのと似たような感覚だ。
話題を変えることにした。

祐一 「そういや腹減ったな。よし、再会祝いに今日は俺が奢ってやろう」

真琴 「え? いいの?」

美汐 「よろしいのですか? 最近ろくなものを食べていませんから、贅沢してしまうかもしれませんが」

祐一 「どんとこい」

真琴 「肉まん肉まん! あたし肉まん!」

佐祐理 「あははー、佐祐理も何か食べたいですねー」

あゆ 「ボクもボクも、たいやき食べたい!」

祐一 「えぇい! 今日は大盤振る舞いだ、全員まとめてかかってこい!」

少しだけ自分の言葉を後悔しながら、祐一は女性陣を引き連れて部屋を出て行った。

 

 

 

莢迦 「大した子達だね。あのメニューをこなしただけでなく、格段に魔力の質が上がってる」

カタリナ 「はい。ですが・・・確かに沢渡さんも天野さんも強くなりましたが・・・・・・倉田さんの方は・・・」

祐一達が出て行った扉を、少し眉をひそめながら見ているカタリナ。

カタリナ 「倉田さんの成長振りは・・・もうまるで別人を見ているように感じました。たった一ヶ月くらいの時間で、どうやってあそこまで・・・」

莢迦 「さ〜ね。美凪に任せたことだから、詳しいことはわからないよ」

カタリナ 「少し落ち込みます。指導者として、美凪さんの方が私よりもずっと優れているような気がして・・・」

莢迦 「それはないない。少なくとも指導者としてならカタリナの方が美凪より数倍優れてるよ。美凪のはあれ、教育じゃないし」

カタリナ 「どういうことですか?」

莢迦 「端的に言うと、美凪の本気のしごきを前にしたら、普通の子は死ぬか逃げ出すかのどっちかだよ。けど逆に、美凪のしごきを乗り越えた者ははっきり変わる。一言で言うなら、美凪は天才を育てる天才、ってところかな。カタリナは万人を教えることのできる人」

カタリナ 「領分が違うということですか」

莢迦 「そういうことよ」

カタリナ 「・・・・・・」

莢迦 「ま、単純な才能の違いともとれる。佐祐理は、たぶんもっともっと伸びるね。もしかしたら、五人目の魔女って呼ばれる日が来るかもしれないね」

カタリナ 「だとしたら、魔女というのは彼女に合いませんよ」

莢迦 「じゃ、どう呼ぶ?」

カタリナ 「聖女。彼女と私達とは、明らかに違いますから」

聖女と魔女。
響きはまるで違う二種類の存在だが、その本質を突き詰めれば同じものである。
周りに人間の価値観次第で、魔女が聖女になり、聖女が魔女になることもあった。
ただ、人々に敬われる存在が聖女となり、恐れられる存在が魔女となる。

莢迦 「あっはは、聖女か〜。これはますます、アノ伝説に近付いたかも」

カタリナ 「まさか・・・あの伝説のことですか?」

莢迦 「かなりマイナーな伝説だけど。二百年生きて、それ以上に長く生きてきた存在と関わってきた私でさえ、その真偽がいまだつかめない伝説。この地上を全ての災厄から救う者・・・」

カタリナ 「奇跡王の伝説・・・・・・。彼がそうだと?」

莢迦 「さ〜ね。けど、あのデュランダルが本物で、しかも傍らにいる佐祐理が本当に聖女と呼ばれるに相応しい存在なら、ひょっとするかもね」

カタリナ 「右手に光り輝く神の剣を掲げ、左手に天の祝福を受けし聖女を抱き、志を共にする戦士達を従えこの世の闇を正す者、その名を奇跡王」

莢迦 「ま、所詮は伝説。伝説なんて半分以上は虚飾なんだから、どこまで信用できるものやら。どっちにしろ、おもしろいから私はいいんだけどね」

カタリナ 「・・・夏海さんは、どう思っているんでしょう?」

莢迦 「さ〜ね、あれは美凪以上に何考えてるんだかよくわかんないし・・・あ! 彼が夏海の子供ってことは・・・父親ってあれかぁ・・・!」

カタリナ 「?」

莢迦 「な〜るほどね。そりゃ、彼も凡人なわけないよね」

カタリナ 「知っているんですか? 彼の父親を」

莢迦 「推測だけど・・・あの夏海がまともに相手した男が他に思いつかない」

カタリナ 「そうですか・・・。ところで、これからどうするつもりですか? まだ彼らと一緒に行くのでしょう?」

莢迦 「当然」

カタリナ 「どうするつもりですか?」

莢迦 「ゼファーの居場所はわかってる。乗り込むよ。実は密かに、幽にもその情報が届くようにしてあるんだ」

カタリナ 「・・・今回の覇王復活・・・私には何かが引っ掛かるのですが」

莢迦 「・・・・・・」

カタリナ 「いくら覇王の力が強大といえども、あなたとは違うのです。人間である者が復活するなど・・・。何かもっと大きな存在が・・・」

莢迦 「相変わらず心配性だね、カタリナは。でもひとつ忘れてるよ」

カタリナ 「?」

莢迦 「だ・か・ら・おもしろいんじゃない」

久しぶりに、カタリナは最凶の魔女の顔を見た。
カタリナの知る彼女は、こうした事態でこそ楽しみを覚える人間だった。

カタリナ 「・・・ご武運を」

莢迦 「私は負けないから大丈夫だって。そして、私が認めた子達が、負けるはずもないんだよ。たっぷり私を楽しませてくれるだろうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔物の襲撃でも受けたのか、その村は既に人が住まなくなって数年は経過しているように見えた。
決して多くの人は住んでいなかったであろう、名もない小さな村だ。

みちる 「・・・なんだかさびしいところ・・・」

美凪 「・・・ここは?」

舞 「・・・昔住んでた・・・・・・お母さんが死んだ場所・・・」

美凪 「・・・・・・」

祐一達と別れた舞は、真っ直ぐこの地を目指して歩いた。
それに、美凪は黙ってついていった。

舞 「・・・・・・」

何の感情も含まない表情で村を一望した舞は、さらに奥へと進んでいく。
村を抜けた先は、ちょっとした丘になっている。

舞 「・・・どうして私について来たの?」

丘に差し掛かった辺りで、舞が振り返らずに問い掛ける。

美凪 「・・・気になることが」

舞 「・・・・・・何?」

美凪 「・・・あなたに最初に会ったのは、遺跡ででした。二度目は相沢さん達と合流した時。・・・私は、あなたのことをまだよく知りません」

舞 「・・・なら、何が気になるの?」

美凪 「・・・・・・」

不思議そうに美凪は首をかしげる。
自分でも何が気になっているのかよくわかっていないのかもしれない。
ただ漠然とした何かを舞に感じていた。

美凪 「・・・川澄さん・・・、あなたはどこか・・・自分の力をセーブしているように見えます」

舞 「・・・・・・」

美凪 「・・・あるいは・・・そうせざるを得ない」

美凪は舞が戦っているところは一度も見ていない。
しかし、二度会っただけでそういう印象を受けていた。
舞の方の表情は動かない。
ただひたすら前へ向かって進んでいく。

辿り着いた場所には、小さな墓があった。
だが、墓などより遥かに印象深いのは、その前に突き立っている一振りの剣だった。
美しく、禍々しい姿の剣である。

舞 「・・・・・・美凪の言うとおり」

美凪 「・・・やはり、そうでしたか」

その剣に、美凪は見覚えがあった。
それを見たことで、自分の考えに確信を持つ。

美凪 「・・・その剣が、あなたの本当の力ですね」

舞 「・・・そう。忌まわしい・・・魔の力・・・」

じっと地面に刺さった剣を見詰める舞。
かつて自分と周囲の人間達を不幸にした力。
それが封じられた剣を。

幸せだった。
幼い舞と、優しい母親。
二人だけで幸せの中にいたはずだった。
舞の中の力が目覚めた時、それは崩れ去った。
郷を追われ、流れ流れてこの地へ辿り着き、暴走を続けた舞の力は、ここで収められた。
母親の命と引き換えに・・・。

美凪 「・・・受け入れられますか?」

舞 「・・・わからない。けど・・・祐一や佐祐理と一緒に戦うためには、私も力がいる。・・・・・・逃げて・・・られない」

過去と向き合い、己の忌まわしき力を受け入れるため、舞はその剣を手にし、引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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