Kanon Fantasia

 

 

 

第30話 召喚魔獣の力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い漆黒の髪、黒曜石の瞳、白と赤の巫女装束。
白木拵えの刀と、のほほんとしたどこか不敵な笑み。
一見しただけではただの変な少女だが、その実、最強の死神四死聖の一人にして、四大魔女の一人でもある、世界唯一のドラゴンロードマスター、舞姫莢迦。

莢迦 「たっだいま参上〜、てね」

祐一 「おまえ・・・」

莢迦 「ちわちわ〜、元気してた?」

祐一 「いや、まあ・・・それなりに・・・」

あまりに普通なため、祐一も普通に応対してしまう。
一ヶ月前の遺跡で、目の前で死にかけてたことやら、美凪に聞いた最強の魔女云々の話からどうにも彼女が遠い存在に感じられていたのだが、再会した莢迦はこれでもかというくらい以前のままだった。

莢迦 「んで・・・蠍ちゃんもおひさ〜」

刃が刺さったままの右手をぶんぶんと振る。
その反動で刺さった刃が抜け、サソリの尻尾がスコーピオンの手許に戻る。
物凄く痛そうだったが、莢迦は平然としている。

スコーピオン 「貴様か・・・遺跡以来足取りが掴めなかったそうだが、今までどこに隠れていた?」

莢迦 「隠れてたわけじゃないよ。久々に力が戻った肩慣らしをしてただけ」

スコーピオン 「まあ、そんなことはどうでもいい。しかし愚かだな莢迦よ。そんな男を庇うために利き腕を負傷するとは。それではまともに剣は振るえまい」

莢迦 「およ?」

自分の右手を見る。
動脈が切れたのか、止め処なく血があふれており、かなり危ない状態に見えた。

スコーピオン 「私の反魔能力の前に、治癒魔法など無意味。傷を負った時点で早くも貴様の負けだ」

莢迦 「治癒魔法は無意味。なーんだ、それだけ」

スコーピオン 「何?」

莢迦 「おいで〜、かーくん」

呼びかけに応じて現れたのは、全身を緑色の体毛で覆われた、額にルビーの宝石が埋め込まれた大き目のリスほどの生き物。
淡い光を発しながら莢迦の体にまとわりついている。

スコーピオン 「なんだ、そいつは?」

莢迦 「召喚魔獣カーバンクル、愛称はかーくん」

漆黒の召喚術師。
四死聖の頃は使わなかったためあまり知られていないが、彼女がもっとも得意とする魔法は召喚魔法だった。
そして・・・。

スコーピオン 「馬鹿な・・・奴の傷が塞がっていくだと?」

召喚魔獣カーバンクルの光が莢迦の右手を包み込み、傷があっという間に癒された。

莢迦 「反魔能力。確かに魔力が当たり前のこの世界において、その力は驚異だね。でも、別世界の存在である私の召喚魔獣達の力は、魔力じゃないんだよね〜。だから君の能力も私の前では無意味、ってね」

反魔能力が魔法の天敵ならば、召喚魔法は反魔能力の天敵ということだった。
つまり、スコーピオンにとって莢迦は天敵なのだ。

スコーピオン 「ちっ・・・」

莢迦 「かーくん、私はいいから、彼らも治してなげなよ」

カーバンクル 「キュイィ」

莢迦 「さて・・・どうする蠍ちゃん。このまま続けるか、やめるか。選択肢は二つに一つだよ」

スコーピオン 「愚問だな。何故こんな大物前にして退かねばならん」

莢迦 「でも、七年前は召喚魔法なしでも互角以上に私が強かった。今の私は遠慮なしに召喚魔法を使う。勝敗は自ずと決するでしょ?」

スコーピオン 「それでも、要するに魔獣を呼ぶ時間をやらねばいいのだ。行くぞっ!」

サソリの尻尾を振りかざし、スコーピオンが莢迦目掛けて襲い掛かる。
素早い動きとリーチの長い武器で、召喚魔法を使う暇も与えずに倒すつもりだ。

祐一 「さやかっ!」

莢迦 「遅いね」

しかしサソリの尻尾は、莢迦の眼前で動きを止めた。
氷漬けにされて地面に繋がれているのだ。

スコーピオン 「なんだとっ!?」

莢迦 「氷魔狼フェンリル、愛称はフェル」

莢迦の傍らには、いつの間に現れたのか、大きな蒼い毛並みの狼がいた。
撫でられて気持ちよさげだった。

スコーピオン 「こ、氷の魔獣かっ」

莢迦 「行っておいで、フェル」

フェンリル 「グゥルルルルル」

狼の姿が消えた。
と思ったらその姿はスコーピオンの真後ろに存在していた。
あゆのスピードなど問題にならない超高速だった。

スコーピオン 「く・・・魔獣如きがっ!」

氷漬けにされたサソリの尻尾を引き戻し、後ろに向かって振り回す。
だが長い得物はリーチに優れる分懐に入られると攻撃速度が遅れる。
ましてや超高速で移動するフェンリルを捉えることなどできない。

スコーピオン 「ふんっ、ならば術者を倒せばいいまでのこと。魔獣の相手などしていられるか!」

標的を変更し、サソリの尻尾が再び莢迦に向けられる。
今度はフェンリルも手出ししない。
しかし、刃が莢迦の身に届くことはなかった。

莢迦 「おバカさんだね〜」

一瞬にして抜き放たれた刀でサソリの尻尾は原型をとどめないほどに切り刻まれる。

莢迦 「私がやったらすぐに終わっちゃうからフェルに相手させたのに。そもそも魔獣の主が魔獣より倒しやすいわけないでしょ」

スコーピオン 「・・・・・・ぐ」

莢迦 「反魔能力は確かに凄い力だよ。だから君は、ある意味においては十二天宮最強と言える。でもね、君はその力を過信しすぎだよ。反魔能力を封じられてしまえば、君は十二天宮で一番弱い」

得意技を封じられ、武器も破壊されて茫然とするスコーピオンの背後にフェンリルが迫る。

莢迦 「残念だね。七年前の戦いからの残留組、また一人脱落しちゃって」

ドシュッ

スコーピオン 「ぐぎゃぁあああああああああああああ!!!!!」

フェンリルの牙が、スコーピオンの肩から胸にかけての肉をごっそり抉り取る。
しかし即死にいたるものではなく、激痛にスコーピオンはのた打ち回る。

莢迦 「たまには甚振る方じゃなくて、甚振られる方の気持ちを味わってみなよ」

スコーピオン 「ぐ、ぐがぁぁぁぁはぁぁぁぁあああああ!!!!」

莢迦 「フェル。両腕も落としちゃっていいよ。それと、舌も凍らせちゃえ。自決もできない、苦痛に満ちた死を迎えさせてあげる」

両腕を噛み切られ、舌も凍りつかされたスコーピオンは、声を上げることすら許されず、辛うじて息をしているだけの屍同然の姿をさらした。
それでもまだ生きている。
十二天宮と呼ばれるほどの強さを持つがゆえの生命力が、逆に苦痛を深めていた。
激痛と、それから逃れられない絶望の中で、スコーピオンは生まれてはじめて本当の恐怖を知った。
眼前に立つのは、人間の命など指先一本で刈り取ることができる恐るべき魔女だった。
激痛と、恐怖と、絶望の中で、プライドも何もかも投げ捨て、スコーピオンはただ終焉を願った。

ズバッ!

そして終焉が来た。
スコーピオンの首が飛び、命の灯火が消えた。
同時に、苦痛と恐怖から解放される瞬間だった。

祐一 「・・・・・・」

莢迦 「優しいね、君は。外道には外道の死に様を与えてあげようと思ったのに」

祐一 「・・・やりすぎだろ」

莢迦 「そう? 分相応だと思ったけどな」

こともなげに言う。
そんな莢迦を見て、祐一は怖いと感じた。

祐一 「おまえ・・・本当にさやかか?」

莢迦 「少し違うかも。私は君達と一緒に旅したさやかでもあるけど、同時にかつて最凶の魔女と恐れられた莢迦でもある」

祐一 「意味がわからねえ」

莢迦 「ま、あとで教えてあげるよ」

にこっと莢迦が笑う。
人懐っこい、気持ちを和ませる笑顔だったが、寸前までの凄惨な光景を見たあとでは、素直に受け入れられない笑顔だった。
変わらない笑顔であれほど残酷な行為を行える彼女が恐ろしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

莢迦のカーバンクルの力で、旅人達の全員助かり、祐一達は彼らを町まで送り届け、そこで別れた。
それから莢迦との再会を祝して、と佐祐理の案で酒場にやってきた。

祐一 「さてと・・・色々と聞きたいこともあるんだが」

莢迦 「いいよ。なんでも答えてあげましょ」

とは言ったものの、聞きたいことはたくさんあり、何から尋ねたものかと思い悩む。
まずは無難なところから始める。

祐一 「何で無事だった? 俺の目の前で刺されたあれは明らかに致命傷だったし、血も流れすぎだったろ」

莢迦 「血は確かによく流れたよね〜、もともとちょっと足りてなかっただけに、あのあとはしばらく貧血だったよ」

祐一 「質問に答えろ」

莢迦 「大したことじゃないよ〜。そもそも魔女と呼ばれ竜王とまで契約してその血を受け、さらには二百年以上も生きてるこの私が、胸に穴が空いたくらいで死ぬわけないじゃん」

祐一 「・・・滅茶苦茶すぎてどこからつっこめばいいのかさっぱりわからん。とりあえず・・・二百年だと?」

以前さやかの年齢不詳につっこんだことがあったが、それでも二百年も生きてると言うのは人間として疑問を持たずにはいられない数字だった。

莢迦 「そ、二百年。魔女っていうのはみんな長生きだけど、さすがに他の三人はそんな歳じゃないよね、夏海もカタリナも美凪も」

佐祐理 「どういうことなんですか?」

あゆ 「あの〜。ボクはそれ以前にこの人が誰なのか知らないんだけど・・・」

祐一 「うぐぅへの説明はあとでしてやる」

あゆ 「うぐぅじゃないって言うのに!」

祐一 「どうやってそんなに生きてるんだよ。しかも見た目よりずっと歳いってるって美凪が言ってたよな」

莢迦 「まぁ、人それぞれなんだけどね。私の場合は、時々体に特別な秘術をかけるの。別にそれしなくても生きてられるんだけど、やっぱり若い方がいいし。ただ、ほとんど転生、生まれ変わりに近いから、術の直後は力が落ちるし、若干前後で自分が違っちゃうんだよね。しばらくすると元に戻るんだけど、やっぱりしばらく転生後も生きちゃってるから、二つの私が混ざっちゃって、ちょっと変な感じだよね」

祐一 「・・・・・・わかったか? 佐祐理さん」

佐祐理 「あははー、さっぱりです」

あゆ 「頭痛い・・・」

三人とも知恵熱が出そうだった。

祐一 「ま、いいや、どうでも・・・」

これ以上詳しい説明を聞いてももっと混乱するだけだろう。
ついでに、今の話には聞きたいことの大半の答えが内包されていた。

祐一 「さっき、さやかであり莢迦だって言ったのはつまりそういうことか?」

莢迦 「そ」

祐一 「じゃあ、おまえはさやかなのか? それとも莢迦なのか?」

莢迦 「両方。呼びたいように呼べばいいし。どうせ音にしたら一緒だもんね」

祐一 「そうか・・・」

確かに、こうして接していれば以前とまったく変わらない。
多少違った部分があったとしても、表面的にはわからないのだろう。
莢迦はさやか、祐一達の仲間だった。

祐一 「よし、じゃ次の質問だ」

莢迦 「なにかな〜?」

祐一 「覇王はどうした?」

莢迦 「お〜っと、まるで幽みたいな質問、って幽なら真っ先にそれを訊くね」

祐一 「幽のことはこの際どうでもいい。俺達を逃したあと、遺跡でどうなったんだ? 覇王に俺がやられたらしいのはおぼろげに覚えてる。それで・・・」

莢迦 「あの場での決着はなかったよ。そんなことしたら幽に怒られるし。でもカレ・・・バハムートの一撃を受けたゼファーはそうそうすぐには快復しないだろうね。復活に使ったのが私の血ってのもある」

祐一 「何かまずいのか?」

莢迦 「大いにね。私は竜王と契約した際、血を交換し合ってるの。つまり、竜王バハムートには私の血が、私には竜王バハムートの血がそれぞれ流れているんだよ。そんな暴れん坊の血を復活の儀式に使っちゃったら、普通だったら死ぬね。竜王の血なんて契約者以外には超猛毒だから。ゼファーなら死にはしないだろうけど、落ち着けるまで結構時間かかるはずだよ。各国の心境としては、叩くなら今だろうね。幽は快復を待ちそうだけど」

祐一 「生きてはいるが当分は動けない・・・か。確かに、倒すなら今かもしれないな。十二天宮は残りまだ九人もいるけど・・・、戦力を集めれば」

微妙なところだった。
十二天宮と互角に戦えるのは、四死聖クラスを除けば現状でおそらく祐一、佐祐理、あゆの三人だけだろう。
そして莢迦はどうかわからないが、他に手を貸す者がいるとも思えない。
舞や名雪、他の仲間達のレベルアップを待つのが妥当だが、それでは覇王が完全に復活してしまうかもしれない。
奇襲をかけて一気に倒すべきか、自分達の戦力が整うのを待って乗り込むべきか。

莢迦 「ていうかさ、いつの間に覇王を倒す旅になってるの?」

祐一 「俺達の旅の目的はそもそも魔物騒ぎの原因究明と解決だ。元凶が覇王なら、倒すまでだろ」

莢迦 「確かに、納得」

それに、また戦乱の世の中にするわけにいかないというのは、皆共通して持っている思いだった。

莢迦 「ま、柔軟に考えればいいんじゃないかな。とりあえずゼファーの行方を探しつつ仲間も集め、行けるようなら突撃って感じで」

祐一 「そうだな。となるとまずここから近いのは・・・・・・サーガイアか。ひょっとしたらあの二人、戻ってるかもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浩平 「覇王城・・・ね。なんともわかりやすくありきたりな名前だな」

茜 「覇王本人がいるかはともかく、十中八九あそこが彼らの本拠地の一つです」

浩平 「さすがは茜だ。よくこんな短期間に見付けられたな」

茜 「大したことじゃありません。長森さんに手伝ってもらわなければ見付けられませんでした」

瑞佳 「簡単な転移装置を使って移動してるみたいだよ。普通じゃあれは見付からないよ」

浩平 「休火山の火口の底じゃな・・・誰も近寄ったりしないだろう」

茜 「それでどうする気ですか?」

浩平 「変わらんさ。様子見」

瑞佳 「ここまで動かないってことは、覇王はまだ完全に力を取り戻してないってことだよね。その間に誰かが倒しちゃうってことは・・・」

浩平 「俺はどっちでもいいさ。その時はその時。最後に勝つのが俺になれば、過程は関係ない」

茜 「では、私達は今までどおり・・・」

浩平 「ああそうだ、茜。おまえの好きなワッフル持ってきてあるから、食べてけよ」

茜 「・・・・・・・・・いただきます」

浩平 「さて・・・・・・様子見は様子見でも・・・少しでもいい席で観戦はしたいよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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