Kanon Fantasia
第27話 紅蓮vs牙刃
最初にその姿を見つけたのは、潤だった。
一ヶ月間の修行を終えた潤と香里は仲間探しの旅を始め、その途中で、屈辱の敗北を喫した相手を見つけたのだ。潤 「あの野郎・・・!」
香里 「・・・・・・」
覇王十二天宮カプリコーン。
またの名を、四死聖の斎藤元。潤と香里は密かにそのあとをつけていった。
辿り着いた先は、少し開けた平野。
幾多の屍が横たわっている場所だった。香里 「こ、これは・・・」
潤 「なんだ?」
よく見れば屍は全て武装した兵士。
そして二種類いることがわかった。
片方はこの地方を治める者の部隊。
もう片方は・・・。
元 「・・・やはり、あなたでしたか」
幽 「よぉ、待ちくたびれたぜ」
死屍累々の平野の中心で石の上に腰掛けて待っていたのは、千人斬りの幽だった。
聖都を出たあと、たまたま遭遇した領主軍と覇王軍の戦いに介入していたのだ。元 「我らの部隊の一つが、たった一日で壊滅したという話を聞いて様子を見にきたのですが。数千の部隊を、しかも敵味方かまわず全滅させるなどという芸当、あなた以外にないと思っていました」
幽 「一暴れすれば誰か来るとは思ってたぜ。おまえならまったく文句なしだ」
潤 「あれは・・・千人斬りの幽か」
栞 「あ、お姉ちゃんに北川さん」
香里 「栞・・・あなた無事で・・・」
二人がいる場所から少し離れたところに、栞はいた。
そこへやってきた潤と香里。香里 「一体この有り様は何?」
栞 「覇王の手下を斬れば自ずと敵が出てくるからと言って、一人で斬りこんで行ったんです。ついでに邪魔をした領主軍の兵士達も斬りましたけど」
潤 「斬りこんだって・・・ざっと見たって両方合わせて千人以上いるじゃないか・・・・・・千人斬りどころじゃねえよ・・・」
栞 「千人斬りなんて所詮比喩ですよね。実際に幽さんが今までに斬った数は万を超えてるでしょうね。でも、万人斬りってかっこ悪いですからね」
潤 「・・・マジかよ・・・」
香里 「それだけの真似ができるのが幽。そして・・・」
それと同等の力の持ち主が今、その幽と向かい合っている。
離れていてもわかるほどに気が張り詰めていた。
幽 「ここへ来たってことは、覚悟はできてるな」
元 「・・・おまえが、な」
元の口調が変わり、先に刀を抜く。
最初からマジモード全開である。
幽も剣を抜く。幽 「やっぱり、俺達の勝負にゃ、血の臭いがする場所が一番だな」
元 「そうだな。もっとも、血の臭いなど俺達の体に染み付いているが」
闘気と殺気に大気と大地が震える。
二人の魔人が、ついに激突の時を迎えていた。元 「・・・ようやくこの日が来た。他の二人に先を越されなくてよかった」
刀を下段に構える。
元 「千人斬りの幽の首、この斎藤元がとる」
幽 「来な」
元 「牙刃!」
ズシャァアアアアアッッッ!!!!!
一瞬の閃光とともに元の体が駆け抜ける。
大地を走る空圧さえ生み出した斬撃は、幽の体が切り裂いた・・・・・・かに見えた。元 「外したか」
幽 「まだまだだな」
幽の着流しの右袖が破れていた。
が、幽自身の体には傷はついていない。幽 「今度は俺の番だな」
ドクンッ
脈動とともにラグナロクが真紅に染まっていく。
幽 「無限斬魔剣・紅蓮」
ゴぉオオオオオオオオ!!!!!
真っ赤に燃える炎が走り、元の身に襲い掛かる。
見ていた潤達にはまったく太刀筋を捕えられなかった一撃は、絶対回避不能と思えた。元 「!!」
バァァァンッ!
しかし、元は刀を振るって幽とすれ違う。
激しい衝撃が周囲を草や屍を吹き飛ばすが、元自身はダメージを受けていない。元 「紅蓮は何度も見ている。見切れない俺だと思ったか?」
幽 「それを言うならてめえの牙刃だって見飽きたぜ。少しはバリエーションつけろよ」
元 「技をいくつも編み出すより、一つの技を極限まで極めたものの方が強い。俺の牙刃は、決して破られることはない」
幽 「だがその程度じゃ、俺の無限斬魔剣は破れねえ」
互いに必殺技を放ちながら、いまだどちらも無傷。
また、自分の技がかわされたというのに、まったく怯む様子を見せない。幽 「さあ、続きといこうか」
元 「いいだろう」
パァァァンッ!!!
美凪 「・・・・・・」
あゆ 「あれ? どうしたの美凪さん? ぼーっとしちゃって」
みちる 「んに? 美凪、お腹痛いの?」
美凪 「・・・いえ、なんでもありません」
二人は感じていない。
しかし美凪には、遥か彼方でぶつかり合う二つの強大な力を感じ取っていた。
片方は幽、もう一人は同じく四死聖、おそらくは斎藤元。美凪 「(・・・とうとう対決が・・・今度は莢迦さんが止めることもない。もしかしたら今日、どちらかが死ぬ)」
夏海 「・・・・・・」
郁未 「? どうしたました? アリエス」
夏海 「・・・さいと・・・カプリコーンはどうしたの?」
郁未 「なんか、全滅した部隊の調査に行くって言ってましたけど・・・」
夏海 「そう」
巨大な気の激突はまず間違いなく幽と元。
いずれ戦うことになるであろう四死聖の二人が、今どこかの地で向き合っている。夏海 「・・・他者の介入がない限り、あの二人は決着がつくまで戦いをやめないわね」
ガキィンッ!
刃が打ち合わされ、激しい力のフィードバックに両者が弾かれる。
しかし態勢を立て直すのも面倒そうに、そのまま相手向かって再び突っ込む。幽 「紅蓮!」
元 「牙刃」
二つの剣が交わる。
心・技・体、全てにおいて二人はまったくの互角だった。
それは、大気を震わすほどの殺気と、大地を震撼させる闘気と、万物を打ち砕くパワーと、極限のスピードと、究極の技と技のぶつかり合いだった。幽 「はぁーはははははは!!!!」
元 「くくくくくくくくっ」
そんな激闘の中、二人は笑っていた。
辺り一面は屍の絨毯。一歩前には生と死の狭間。
そんな極限状態の中で、二人は笑っている。
もはやそれは、人間の姿ではなかった。戦いと、その先にある勝利の快感に酔う、二人の魔人だった。
潤と香里、栞の三人は、ただその戦いを見ていた。
何かを考える暇などありはしない。
ただ戦いを見ているだけで精一杯だった。
それも、それだけで体力と精神を消耗させられるほどの戦いだった。潤 「・・・・・・」
香里 「・・・・・・」
次元が違った。
中途半端な力など、この二人の前ではまったく通用しない。
敗北を味わわされた相手への意趣返しと思って修行をしてきたが、潤も香里も、自分達がまったく敵のレベルに達していないことを思い知らされた。栞 「・・・・・・」
もう一人、栞の心境は少し違っていた。
こちらはそれこそ、ただ茫然と見ていた。
自分が何を考えているのか、自分でもよくわからなかった。幽に勝ってもらいたいのか。
幽が負けたら、死んでしまうのか。
幽が死ねば、二度と会うことはできない。
幽がいなくなって、それで自分はいいのか。
幽がいなくなって、栞は何か感じるのか。
幽の戦いに、何を思うのか。栞 「・・・・・・」
それが極限の戦いなのは、栞にもよくわかった。
相手が幽と同等かそれ以上の強さの持ち主なのも。しかし・・・・・・。
幽が負けるという気だけはしなかった。
幽 「おらおらおらぁ!!」
元 「むぅ・・・!」
戦いが始まってから、どれほどの時間が経ったか。
誰一人性格に把握していなかった。
一時間か、それとも十時間か、或いはまだ十分程度か。
そんな余裕がないほどに、激しい戦いだった。
しかし、その戦いの最中、徐々に幽が圧し始めていた。ドガッ!
元 「ぐぉ・・・!」
背後に回った幽の剣を防いだところで、蹴りを背中に喰らって元がよろめく。
ずっと気迫で負けていないと思っていた元だったが、その時振り返った瞬間には、思わず幽の殺気に圧倒された。
まるで光をなくさない、爛々と輝く金色の眼。
そして、その殺気と闘気に反応し、真っ赤に燃えているようにすら見える魔剣ラグナロク。幽 「どぉした元。もう終わりか?」
元 「・・・・・・」
力で劣っていると思ったことは一度もない。
むしろ剣の腕においては、元は幽をも上回っている自信があった。
ずっと、四死聖としてともに戦っていた頃からそう思っていた。
だが、いざ対峙してみた時、どうしてもこの男に勝てるという気がしなかった。元 「(敵として向き合ってはじめて感じる。これが・・・千人斬りの幽か)」
伝説となった最強の魔人。
ゼファーの秘術で肉体的な力が衰えているとか、強さが互角とか、技で上回っているとかはまったく問題ではない。
千人斬りの幽とは、存在そのものが「超」。元 「・・・ふふふ・・・ふっははははははっ!!」
幽 「どぉしたよぉ、元。俺様の凄さにビビって気でも狂ったか?」
元 「ははは・・・いや、俺はいたって正常さ。ただ・・・・・・楽しすぎるよ」
圧倒されながら、それでも元はまったく怯まなかった。
それどころか、その最強の魔人を倒す様を夢想し、快感を覚える。元 「最強の存在をこの俺が殺る。楽しいね」
幽 「そうかい。俺もそれなりに楽しめたぜ」
再び二人の気が高まる。
元は一旦下段に取った刀を、そこからさらに身を沈めて刀を目一杯後ろに引く。
脇構えの形だが、やけに体が低い位置まで沈んでいる。元 「牙刃裂波・・・・・・最強の男を倒すために今日までとっておいた」
幽 「なら俺も、とっておきで相手してやるよ」
ラグナロクが燃えるように、否、完全に燃えていた。
炎が生きているように幽自身の体にまでまとわれる。幽 「無限斬魔剣奥義・紅蓮鳳凰」
燃え盛る炎は、幽の背後に紅蓮の不死鳥を浮かび上がらせた。
幽 「・・・・・・」
元 「・・・・・・」
決着の瞬間が近付いていた。
決着は勝ちか負けかではない。
生か死かだ。幽 「・・・・・・」
元 「・・・・・・!」
幽 「・・・・・・」
元 「・・・・・・・・・やめておきましょうか」
幽 「何?」
極限の状態で拮抗していた力関係を解いたのは、元自らだった。
口調も普段のものに戻り、刀も納めてしまった。
あまりのあっさりさに、幽も気を削がれた。幽 「おい」
元 「私が死ねばこの先何が起こるのかわかりませんし、あなたが死ねば色々とおもしろいものが見られなくなる。どちらに転んでも、これ以上の楽しみがなくなってしまいます」
幽 「・・・・・・」
元 「だから決着はまたの機会に預けます。私達の戦いは、まだまだこれからですよ。楽しみもね。何もかも、まだ始まったばかりなのですから」
言うだけ言うと、元は踵を返して去っていった。
今更追っていって再戦を持ちかける気は幽にもなかった。幽 「チッ、中途半端で勝手に納得しやがって。こっちは不完全燃焼で気分が悪ぃぜ。女でも漁りに行くか」
今にも勝手に暴れ出しかねないほど震えている剣を強引に納め、幽もその場をあとにした。
潤 「・・・終わった・・・な」
香里 「そうね・・・」
自分が戦ったわけでもないのに、自分が戦った時以上の疲労感に襲われていた。
それほど気を張り詰めていなければ、見ていることさえできない戦いだった。香里 「でも、なんで突然やめちゃったのかしら」
栞 「・・・よくわかりませんけど、あの人、何かに気付いたように見えました」
潤 「あいつが? 何かって?」
栞 「そこまでは・・・。あ、私は幽さんを追いかけますけど、お姉ちゃん達はどうします?」
香里 「栞、あなたまだあの男に付いて行くの?」
栞 「はい」
当然のように栞は頷く。
香里は少し逡巡してから、一緒に行くことにした。香里 「いいでしょ、北川君」
潤 「ま、妹が心配なのはわかるからな。いいぜ」
元 「・・・七年振りですね。また会えるとは思いませんでしたよ」
みさき 「・・・・・・」
声をかけられて木陰から現れたのは、折原一門八輝将の一人、盲目の女性、川名みさきだった。
元 「もう幽の前には現れないと思っていましたが」
みさき 「・・・うん。ただ、二人が戦ってるのがわかって・・・・・・気になったから」
元 「残念ながら、莢迦さんはいませんよ。いや、あなたにとってはその方がいいか」
みさき 「彼女とはこの前会ったよ。ちょっと話しただけだけどね」
元 「それで、何をしに来たんですか?」
みさき 「別に。・・・今の私は、折原八輝将の一人、川名みさきだよ」
元 「そう迷いなく言い切れるのなら、何故ここへ来たのです?」
みさき 「・・・・・・」
元 「まあ、いいでしょう。幽が七年前と変わらない・・・むしろより強くなっているのがわかっただけでも、今日は収獲がありましたよ」
それ以上はみさきに構わす、元は去っていく。
残されたみさきは、見えない瞳で元がやってきた方向を見詰める。みさき 「・・・・・・幽・・・」