Kanon Fantasia
第24話 覚悟と信念
幽 「よぉ、生きてやがったか」
目の前に千人斬りの幽が立っていた。
傍らには祐一にすればはじめて見る少女、栞もいる。幽 「ちょうどいいところで会ったぜ」
祐一 「何?」
幽 「莢迦はどこだ?」
祐一 「さやか?」
そこで祐一はようやくさやかが幽と知り合いだと言っていたのを思い出した。
同時に、それがつまり四死聖の仲間だったのだということの裏付けだった。
美凪の話を聞いた時点で思い出しそうなものだが、今の今まで忘れていた。幽 「あの女、人の楽しみを取りやがって。一発シバかねえと気がすまねえ。どこ行きやがった、あの女は」
祐一 「知らん。こっちだって探してるところだ」
幽 「チッ、使えねえ奴」
まるで自分をパシリ扱いにしているような態度に、祐一は少しムッとした。
だが、祐一の怒気などとは比べ物にならないほどの殺気を幽に向かって放っている者がいた。あゆ 「・・・千人斬りの・・・・・・幽・・・!」
つい少し前まで笑顔を浮かべていた少女と同一人物とは思えないほどの憤怒の表情で、あゆは幽を睨みつけていた。
それだけの殺気を、幽ほどの男が気付かないはずはなかった。幽 「なんだガキンチョ、俺に何か用か?」
言いながら幽は、あゆが発している以上の殺気を込めて睨み返す。
自分が向けられたわけでもないのに、祐一はその殺気だけで気圧されそうだった。あゆ 「・・・間違いない・・・その金色の眼・・・七年前、お父さんとお母さんを殺した男・・・!」
幽 「あぁん?」
あゆ 「忘れたとは言わさないよっ!」
だがあゆはその殺気に怯むことなくさらに視線を返す。
ただならぬ空気が辺りを支配した。
幸い周りに人はいない。幽 「知らねえな」
あゆ 「知らないはずないよっ!」
幽 「なら忘れたな。斬った連中のことなんざいちいち憶えちゃいねえからな」
祐一 「なっ、おまえいくらなんでもそれは・・・!」
人を殺しておいて何とも思わないのか。
幽の発した台詞に祐一は納得がいかなかった。
しかし幽はこともなげに言った。幽 「てめえは道を歩いてる時にうっかり踏み潰しちまった蟻のことをいちいち憶えてるか?」
祐一 「なんだと・・・?」
幽 「憶えてねえだろ。同じことさ。俺は今まで、敵となって俺の目の前に立った連中は一人残らずぶち殺してきた。ましてやおまえ、俺の呼び名を知ってるだろ。千人斬りの幽・・・千人も斬ってりゃ一人一人のことなんざ憶えてられるかよ」
祐一 「こいつは・・・」
幽は人を殺すことになんの躊躇いも持っていない。
本当に歩いている拍子に蟻を踏み潰すくらいの気持ちで人を斬ってきたのだ。祐一 「それでも人間かよ・・・!」
幽 「いぃや・・・魔人さ」
あゆ 「そっちが忘れても・・・ボクは一日だって忘れたことなんてないっ!!」
バサッ
あゆの背中の羽が大きく羽ばたく。
大きな魔力が放出され、あゆの体が一瞬にして幽の側面に回りこむ。祐一 「(速いっ!)」
まるで瞬間移動だった。
祐一でさえ、目で動きを追うのがやっとだった。あゆ 「あの日! たくさんの天使達の血と・・・燃え盛る炎の中に立っていた・・・真っ赤な剣と、金色の眼の男・・・・・・忘れるもんか! 許すもんかっ!!」
幽 「・・・フッ」
ガツッ!
あゆ 「がはっ・・・!」
だが幽は、そのあゆの超高速の動きさえあっさり捉えてみせた。
鞘に納めたままの剣を無造作に振り上げ、鞘尻をあゆの胸に突き当てた。
そのまま壁に向かって押し付ける。あゆ 「・・・ぅうぐぁあ・・・あぁぁあ・・・」
祐一 「あゆっ!」
幽 「邪魔すんなよ」
幽の殺気のこもった目で一睨みされただけで、祐一は身動きが取れなかった。
あゆ 「ぅぐぅぁ・・・ぁぁ・・・」
幽 「天使の小娘よ。俺様に刃向かって生きてる奴はいねえ。当然、俺が全て殺してきたからだ」
あゆ 「・・・ぅ・・・・・・」
幽 「今の攻め・・・まぁ、俺様に通じねえのは当たり前だが・・・躊躇したな」
あゆ 「・・・な・・・に・・・?」
幽 「敵討ちとかぬかしやがって、おまえ人一人殺す度胸もありゃしねえのかよ」
あゆ 「そんなこと・・・」
幽 「一度も人殺したことなんざねえだろう。それで仇の俺だけ殺して満足か。くだらねえな。一人殺そうが千人殺そうが、同じ人殺し、理由なんざ関係ねえ。要は、殺す覚悟は殺される覚悟と表裏一体ってことだ。殺す特権を得る奴は、同時に殺される覚悟を負う義務がある。おまえにその覚悟があるか?」
あゆ 「・・・・・・」
幽はあゆを解放した。
あゆ 「ぅ・・・げほっ・・・ごほっ・・・」
幽 「ふん」
剣を下げた幽は、踵を返して歩き出す。
幽 「覚悟ができたらまた来な。ただし、その時は俺も容赦しねえ」
歩き去っていく幽を追うだけの気力は、あゆには残っていなかった。
祐一と佐祐理も、ただ茫然とその後姿を見ていた。栞 「・・・知り合って一年にもなりませんけど・・・」
ふと、今まで一言も発しなかった栞が話し出した。
栞 「幽さんは確かに乱暴で、性格最悪で・・・冷酷無情、残虐非道かもしれません。でも・・・・・・理由なく人を斬ることはありません」
祐一達は黙って栞の話を聞く。
栞 「人を斬る理由についての考え方が普通の人とは違いますけど、幽さんは誰彼構わず斬り殺すような殺人狂じゃありません。あの人が斬るのは・・・・・・敵だけです」
祐一 「・・・・・・」
佐祐理 「・・・・・・」
あゆ 「・・・・・・」
栞 「失礼します」
ぺこりと祐一達に頭を下げると、ストールを翻して栞は幽のあとを追っていった。
幽 「・・・・・・」
栞 「ゆーうさん」
幽 「遅えぞ小娘。ちんたらしてやがるとほっぽってくぞ」
栞 「そんなこと言う人、嫌いです。でも、さっきの台詞はちょっとかっこよかったです」
幽 「ふんっ、ガキに付きまとわれると面倒だから適当に言っただけだ。次来たら問答無用で斬る」
栞 「・・・いつもだったら、向かってきた時点で斬ってません?」
幽 「・・・・・・」
栞 「お知り合いですか?」
幽 「知らねえな、あんなガキ」
栞 「あの人は知らなくても、あの人のご両親は知ってるんじゃないですか?」
幽 「俺は人だけじゃなく天使も悪魔も何匹となく斬ってるんだ。いちいち憶えてるかよ」
栞 「でもそれじゃあ、幽さんがあの天使の人を斬らなかった理由がわかりません。まさか剣を抜く暇がなかったわけじゃないでしょうに」
幽 「当たり前だ。あんなガキが飛んでくる間に十五回は抜ける」
栞 「なら・・・」
幽 「ごちゃごちゃうるせえよ。くだらねえこと考えてる暇があったら、少しは女になる練習でもしてろ」
栞 「ぷぅ」
美凪 「・・・そうですか。そんなことが・・・」
幽が去った後、あゆを介抱していた祐一と佐祐理の下に戻ってきた美凪の第一声は、「寝てました」だった。
だが心境的に、二人はそのボケにつっこめる状態ではなかった。
あゆのことも考慮してだ。あゆ 「えへへ、ボクは大丈夫だよ。七年も追いかけてるんだから、今更ちょっと逃したくらい・・・」
本人は平静を装っていたが、顔を見ればまったく説得力がなかった。
明らかにあゆは幽の力に圧倒されたことと、投げかけられた言葉に打ちひしがれていた。幽の言葉は滅茶苦茶だが、鋭い真理をついてくる。
はっきり言ってしまえば極論である。
だが、祐一も以前幽に投げかけられた言葉で自分を見詰めなおしたことがあった。佐祐理 「・・・佐祐理は・・・・・・幽さんの言葉は正しいかもしれませんけど、でも・・・佐祐理は納得できません」
珍しく佐祐理が、他人の言葉を真っ向から否定していた。
祐一も納得しているわけではない。
止むに止まれぬ事情があるなら仕方ないが、それでも人を殺すことは間違っている。
少なくとも、祐一はそう思っていた。美凪 「・・・敵は殺す・・・それが、千人斬りの信念だと・・・・・・莢迦さんが言っていました」
祐一 「信念・・・か」
自分と同じ魔力0の幽。
あの男は、どんな幼年期を過ごしていたのか。
その頃から、自分を蔑む者を一人残らず殺してきたと言うのか。
だとしたら・・・。『あれが、君の前に伸びる道の果てに辿り着いた者の姿よ』
かつてのさやかの言葉が蘇る。
どうしても自分を認めない周囲の者を、幽は殺し続け、千人斬りの最強の魔人の称号を手に入れた。
あとにも先にも、延々と続くのは血塗られた道。祐一 「・・・冗談じゃないぞ・・・」
そんな道は、祐一は願い下げだった。
だがしかし、今の自分にあの男に対抗するだけの覚悟と信念があるだろうか。『殺す覚悟と殺される覚悟は表裏一体』
人を殺す者は、自分が殺されても文句は言えない。
殺されたくないのなら、殺すな。
殺すなら、殺されろ。どこまでも血なまぐさい話だった。
結局強い者だけが勝ち残る世界だ。
完全に否定はできない。
それが自然界の摂理なのだから。しかし、理性を持った人間がそんなことでいいのか。
殺さない道を人間は選んで進んでいるのではないか。今はまだ、祐一に確固たる覚悟も信念もない。
けれど、いつか必ず、千人斬りの幽に勝つ。
同じ土俵に上がらなければ、相手を否定することも、自分を主張することもできない。祐一 「・・・あゆ、おまえこれからどうする気だ?」
あゆ 「・・・・・・わからないけど、やっぱり千人斬りの幽は許せないよ。でも、今のボクじゃ何もできない。とりあえず、祐一君達と一緒に行くよ」
祐一 「そうか。じゃあ、とりあえずどうするか・・・・・・」
美凪 「・・・あの」
佐祐理 「もう夜ですから、今晩は休みましょう」
美凪 「・・・あの」
あゆ 「なんだかお腹空いてきちゃった」
美凪 「・・・・・・あの」
祐一 「何か食うか」
美凪 「・・・・・・あの」
佐祐理 「あははー、賛成です」
美凪 「・・・・・・・・・無視・・・」
祐一 「冗談だ。何だ、美凪?」
美凪 「・・・実は・・・」
みちる 「うりゃぁー」
ガスッ
祐一 「ぐはぁ」
突如飛んできた謎の物体の蹴りを受け、祐一は軽く五メートルは吹っ飛んだ。
佐祐理 「はぇ~、祐一さんが木の葉のように・・・」
あゆ 「また避けられないなんて、祐一君って実は鈍い?」
みちる 「んに~、情けないなー。莢迦はいっつもくるっとかわしてぎゅ~ってするんだぞー」
祐一 「各々勝手なことぬかしてんじゃねぇっ!」
立ち上がった祐一はずかずかと自分を蹴り飛ばした少女の下へ歩いていく。
祐一 「なんなんだっ、おまえは?」
みちる 「みちるだ! 美凪の親友だぞー」
祐一 「美凪! ガキの管理はきっちりしとけ!」
みちる 「美凪にあたんなー!」
すかっ
祐一 「二度も喰うか! 喰らえっ、舞直伝チョップ!」
ずびしっ
みちる 「にゅがれっぺ!」
美凪 「・・・早くも打ち解けあってます」
あゆ 「そ、そうかな・・・?」
佐祐理 「あははーっ、祐一さんとみちるさんは仲良しさんですかー。妬けちゃいますね」
祐一&みちる 「誰がだっ!」
祐一 「こんなのはどうでもいい。それより美凪、何か言いかけてなかったか?」
美凪 「・・・?・・・・・・・・・そうでした」
今のやり取りの中で忘れていたのか、ぽんっと手を叩いて美凪が用件を言った。
美凪 「・・・水瀬さんと・・・川澄さんと思われる方が見付かりました」
祐一 「本当か!?」
佐祐理 「あははー、やっぱり無事だったんですねっ」
美凪 「・・・それが・・・ちょっとマズイことになっちゃってるみたいです」
美凪がみちるに探させて、まず見付けた名雪と舞。
二人はアイル共和国にいるらしいが・・・・・・そこは、ゼファーの手下によって攻撃を受けていた。