Kanon Fantasia

 

 

 

第23話 天使の少女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「本当にいいんですか?」

大司教 「はい。武器とはそれを使う者のところにあってこそ真に価値あるもの。飾っておいても仕方ないでしょう」

覇王の手下の襲撃を佐祐理の活躍で退けた後、大司教は祐一にデュランダルを渡した。
それだけでなく、佐祐理にも聖都に伝わる伝説級の武器を渡した。
シャイニングホーンは特に光属性の魔法を強化すると言う。

佐祐理 「ありがとうございます」

大司教 「いえいえ、復活した覇王と戦おうという方々に協力は惜しみません」

祐一 「七年前の戦いでは・・・」

大司教 「確かに、直接戦うことはできません。しかしこうして間接的な協力はできます。かつて聖剣エクスカリバーもここに納められていたのですよ」

祐一 「秋子さんの剣が・・・」

大司教 「ですから、遠慮などせずに役立ててください」

祐一 「・・・はい。使わせてもらいます」

 

 

 

 

 

二人の新しい武器が手に入り、大聖堂へ行った成果は上々だった。
もっとも、祐一の新しい剣デュランダルが十分な戦力になるかどうかは、まだ未知数だったが。

祐一 「・・・これで役に立たなくて壊したらどうなるんだ?」

佐祐理 「あははー、それを今考えても始まりませんよ」

祐一 「それもそうだな」

とにかく武器が一先ずにせよ見付かったのだから、次は離れ離れになった仲間のことだ。
自分達が無事だったのだから、当然無事ではあるだろうが、いつまでも合流できないのでは心配になる。

祐一 「とはいえ・・・この広い大陸のどこを探したものか」

祐一達など砂漠のど真ん中にいたのだ。
魔獣に乗ってあっさり戻ってきたものの、美凪がいなかったらもっと苦労していただろう。

美凪 「・・・大丈夫です」

祐一 「え? 何がだ?」

美凪 「・・・他のみなさんは、ちゃんと探してますから」

祐一 「そうなのか」

美凪 「・・・直に見付かります。それまで、ここで待っていましょう」

祐一 「けど・・・」

佐祐理 「祐一さん。美凪さんが大丈夫だと言ってるんですから、ゆっくり待ちましょう。全員で動き回ってたら行き違ってしまうこともありますし」

もっともな意見だった。
心配は心配だったが、慌てて探せば見付かるのかと言われれば答えはノーである。

佐祐理 「祐一さんはリーダーさんなんですから、仲間のみなさんを信じてあげなくては」

祐一 「わかったよ、佐祐理さん。なら、せっかく聖都に来たんだし、観光でもするか」

佐祐理 「賛成です」

美凪 「・・・では、私はちょっと・・・」

祐一 「は?」

聞き返すより早く、美凪は歩いていってしまった。
人込みの中にあっという間に消えていく。

祐一 「なんなんだ?」

佐祐理 「あはは・・・気を使ってくれたんでしょうか?」

祐一 「え?・・・あ・・・」

美凪がいなくなり、これで祐一と佐祐理の二人きりである。
一つ屋根の下で暮らしていたとは言え、屋敷には他に多くの使用人が住んでおり、その上行動する時はほとんど舞が一緒にいた。
完全に二人きりというのは滅多にない。

佐祐理 「・・・なんだか、ちょっと舞に悪いですけど・・・」

少し照れながら、しかしいつも通りの笑顔で、佐祐理は祐一のことを見る。

佐祐理 「行きましょうか」

祐一 「そうだな。この先また戦いになったら、のんびりする時間もないかもしれないし」

 

 

 

 

 

 

聖都は争いのない街と呼ばれていた。
もちろん、人が集まって成り立つコミュニティーに一切問題がないなどということはなく、内外に争い事は当然存在していた。
しかし戦争と呼べる規模の争いが起こったためしがなく、昔から敵対国同士の人々であっても交流が行われていた地でもある。
それゆえ、聖都リーガルには複数の国の文化が入り乱れて存在している。
また、歴史の中で滅びてしまった国の文化が残っていることもあり、観光地としての価値が高かった。

そんな街中を、祐一と佐祐理は歩き回った。
食事をしたり、博物館を覗いたり、平たく言えば・・・デートであった。

 

佐祐理 「あははー、たくさん歩きましたねー」

祐一 「さすがに疲れたか」

半日近く歩き回り、日も傾きかけていた。
そろそろ美凪も戻ってくる頃かと思い、最初に別れた場所まで戻ろうとした時だった。

?? 「うぐぅ〜! どいてどいて〜!」

祐一 「なんだ?」

突然の声。
そして振り返った先には猛然とダッシュしてくる一人の少女。
背中に羽があるのが気になったが、それ以上に気になったのはこのままだとぶつかるという事実だった。
が、咄嗟のことで右か左かどちらに避けるかで迷った。

どーんっ!

?? 「うぐぅーー!!」

祐一 「ぐはぁっ・・・!」

ゆえに祐一は、少女の体当たりをまともに喰らってしまった。
戦場では一時の気の迷いが命取りとなる。
誰かが言ったかもしれない言葉の重みを身をもって体感した祐一であった。

佐祐理 「大丈夫ですか?」

祐一 「ああ、俺はまぁ、大丈夫だけど・・・・・・そっちのは生きてるか?」

かなり激しくぶつかった。
当然体重の軽いぶつかってきた少女の方が吹っ飛ばされた距離も大きく、その分ダメージも大きいと思った。

少女 「うぐぅ、ひどいよっ、どいてって言ったのに!」

意外と平気そうだった。
赤くなった鼻をさすっているだけで問題もないように見える。

祐一 「ていうか俺が悪いのか? ぶつかってきたのはそっちだろ」

少女 「でもどいてって言ったもん」

祐一 「すまん。高速すぎて避け切れなかった」

少女 「そっちの女の人はちゃんとどいてくれたのに」

祐一 「佐祐理さん、引っ張ってくれれば・・・」

佐祐理 「まさか全然動かないとは思いませんでしたから」

そう言われると弁解のしようがない。
戦場云々はともかく、武芸に長けた者が普通の少女が走ってきたくらいで避けられなくてどうするというのか。

少女 「はっ!」

何かに気付いたように、少女は180度後ろを振り返って道の向こうを確認する。
つられて同じ方向を見た祐一と佐祐理は、走ってくる中年の男の姿を見た。
何故かその男はエプロンをつけている。

少女 「ごめんっ、話はあと!」

がしっ

そして少女は何故か祐一と佐祐理の手をとって走り出す。

祐一 「待て! 俺達は関係ないだろっ」

どうやら追われているらしいのは予想できたが、祐一達まで巻き込まれるいわれはなかった。

少女 「いいからっ、今は走って!」

祐一 「なんでだっ!?」

佐祐理 「あははーっ」

街中を観光して疲れているというのに、二人は羽付き少女に引っ張られて走り回るはめになった。

 

 

 

 

 

走りに走って三十分。

祐一 「さて・・・説明してもらおうか」

ようやく逃げ切ったらしく、落ち着いたところで祐一は少女を問い詰めた。
バツが悪そうに少女が白状した事情とは・・・食い逃げだった。

少女 「お金なくって・・・・・・あ、ちなみにボク、月宮あゆ」

佐祐理 「あ、倉田佐祐理です。こちらは相沢祐一さん」

祐一 「自己紹介しあってんじゃないっ」

あゆ 「あ、熱いうちに食べよう。はい、二人ともお裾分け」

祐一 「盗んだもんだろうが!」

佐祐理 「あははー、とってもおいしいですよー、祐一さん」

祐一 「話を聞けっ! 俺か!? 俺がおかしいのか?」

世界の全てが自分の預かり知らぬところを進んでいるような錯覚を覚えた。
とにかく、まずは落ち着く必要があった。
仕方なしに差し出されたたいやきを受け取る。

祐一 「何でたいやきなんだ?」

あゆ 「おいしそうだったから」

祐一 「そりゃわかりやすい」

こうなればヤケだった。
まずは食べる。

祐一 「で、どうするんだ?」

あゆ 「お金がある時に払うよ」

祐一 「それで解決すれば警察はいらんだろうな。しかし、何で金がないことに先に気付かん」

あゆ 「たくさんあったと思ったんだけど・・・地上の通貨概念ってよくわからなくて・・・」

祐一 「・・・ん? 今、地上とか言わなかったか?」

あゆ 「うん。ボク天界から来た天使だから」

祐一 「・・・・・・」

祐一は無言でたいやきを頬張るあゆを掴みあげる。

祐一 「佐祐理さん、番所行くぞ」

あゆ 「うぐぅ! もうたいやき食べたんだから二人も共犯だよっ!」

祐一 「詐欺罪だ」

あゆ 「なんだよっ、それは!」

祐一 「やかましいっ、おまえみたいな神秘性の欠片もないガキが天使なんて世の中間違ってるだろ!」

あゆ 「うぐぅ! 嘘じゃないもんっ、ちゃんと羽だってあるのにっ」

祐一 「こんな飾り物・・・・・・って?」

佐祐理 「はぇ〜、綺麗ですね〜」

少し前まで作り物にしか見えなかった羽があった場所には、小さいながらも白く輝く美しい羽が存在していた。
鳥のものとも違う、まさに天使のものと思える羽だった。

あゆ 「どう? 信じてくれた?」

祐一 「・・・まぁ、世の中、色々だよな・・・」

そう納得することにする。
確かに偏見はよくない。
しかしイメージを狂わされたのもまた事実だった。

祐一 「こんなガキが天使・・・か」

あゆ 「失礼だね、君。そりゃあボクは天使としては子供だけど、君達と同じくらいの年月は生きてるんだよ」

祐一 「ますます信じられん。天使ってのは発育が遅いのか・・・」

あゆ 「うぐぅ・・・・・・外見的には、二十歳までは人間と同じくらいの速度で成長するんだけど・・・」

あゆという天使の少女は墓穴を掘った。
これでは自分が年齢に比べて幼く見えることを認めたのと同じだった。

祐一 「おまえ馬鹿だろ」

あゆ 「うぐぅ」

 

 

 

 

 

 

 

どこでどうなってそういう話になったのか祐一にはさっぱり理解できなかったが、天使の少女月宮あゆは祐一達に同行することになった。
事情としては、あゆが無一文なのを佐祐理が哀れと思い、ならば一緒に行こうという、何がどう“ならば”なのかはまったくわからない理屈が働いたのだった。

佐祐理 「いいじゃないですか。旅は大人数の方が楽しいですから」

祐一 「この手のを加えるとうるさいだけな気もするんだけど」

実例があった。
真琴である。

あゆ 「祐一君は心にゆとりがないよね」

祐一 「食うに困ったら食い逃げと発想が行き着く奴に言われたくないね」

あゆ 「うぐぅ・・・」

とりあえず、からかうとおもしろいという理由で祐一も同行を認めた。
佐祐理と美凪という二人といると、どうしても祐一は自分の立場が弱く感じられるのだ。
ここで一つ自分より地位の低い者を作るのも悪くない。
その発想が飼い犬に近いものがあることを、祐一は気付いていない。
飼い犬は一家の中で自分を下から二番目と判断するという。

祐一 「それにしても、美凪の奴遅いな」

佐祐理 「そうですね。でもまだ夜にはならないですし、あゆちゃんとお話して待っていましょうよ」

祐一 「そうだな、あゆあゆでもからかって遊ぶか」

あゆ 「誰があゆあゆだよっ」

佐祐理 「まあまあ、あゆちゃん。それよりも、天界のお話を聞かせてください。とっても興味がありますから」

あゆ 「うんっ、いいよ。えっとね・・・」

ころころ表情の変わる少女だった。
むくれていたと思ったらもう笑顔で話し出した。
もっとも、他人をすぐに和ませる佐祐理の才能もものを言っていた。
あの気難しい舞とも会ったその日に打ち解けあっていたものだった。

あゆ 「天界っていうのはね、天使達が住んでる場所なんだよ」

祐一 「当たり前だろ」

あゆ 「うぐぅ! 話の腰折らないでっ」

佐祐理 「ちゃんと聞きましょうよ、祐一さん」

祐一 「悪い。ついな」

あゆ 「もうっ。でね、とっても綺麗なところなんだよ。時々神様も来たりしてね・・・」

あゆはよく喋った。
佐祐理は聞き上手だったが、祐一はただ黙って話を聞いているのは性に合わず、時々茶々を入れてはあゆを怒らせる。
それを佐祐理がたしなめて再び話再開。
そんな繰り返しをしているうちに、いつの間にか茜色だった空は暗くなり、街灯が辺りを照らし始めた。

佐祐理 「本当に遅いですね、美凪さん」

祐一 「もしかして、俺達のこと忘れて一人で宿とって寝てたりしてな」

佐祐理 「あはは・・・、まさか・・・」

割とありそうだった。
忘れた頃に戻ってきて、「寝てました」とか言いそうな雰囲気がある。

祐一 「・・・ちょっと探してみるか」

佐祐理 「そうですね」

祐一 「宿を回ったほうが早いかも・・・・・・っ」

歩き出そうとした祐一は、視界の中にあの男の姿を捉えた。

幽 「よぉ、生きてやがったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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