Kanon Fantasia

 

 

 

第21話 強くなること

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一は今、空の上にいた。
正確には、美凪が召喚した飛行魔獣の上に、美凪と二人で乗っているのだ。

前日、美凪に強くなりたいかと聞かれ、僅かに逡巡した後、祐一はその問いにイェスと答えた。
そして今日、朝早くに呼び出されて太陽に向かって飛んでいる。

祐一 「どこまで行く気だ?」

美凪 「・・・この辺りでいいですね」

そう言って美凪は高度を下げ、砂漠の上に下りた。
まだ朝のため、砂もそれほど熱されていないが、これが昼間になれば洒落にならない熱さになる。
こんな場所に長く留まれば命に関わる、

祐一 「こんな遠くまで来てどうするんだ?」

佐祐理はまだオアシスにいる。
ここから砂漠を抜けるわけでもあるまい。

美凪 「・・・簡単です。ここからオアシスまで戻る」

祐一 「・・・・・・・・・ちょっと待て。歩いてか?」

美凪 「・・・ここに、水と携帯食があります。節約すれば一週間から半月はもつでしょう」

祐一 「おいおい・・・」

美凪 「・・・私は先に戻ります。死なないうちに戻ってきてください」

祐一 「ちょっと待てーっ! そんな無茶苦茶な話があるか! 強くなるための修行をするんじゃないのか!?」

美凪 「・・・少し違う。試練を与えます」

祐一 「試練?」

美凪 「・・・ここからオアシスまで戻る」

試練ときた。
とんでもない話をさらっと言う辺り、彼女の意図がつかめない。

美凪 「・・・相沢さん」

祐一 「?」

美凪 「・・・私には剣のことはわかりません。あなたが遺跡で使った魔力のこともわかりません」

目覚めてから二日。
祐一は半分くらい無我夢中だったためよく覚えていない、遺跡で十二天宮ライブラ相手に振るった魔力を使おうと試みたが、やはり以前と変わらず祐一に魔力はなかった。

美凪 「・・・あなたは人間のレベルから言えば、十分に強いです」

祐一 「・・・・・・」

美凪 「・・・けれど、あなたの前に立ちはだかる方達は、人を超えた、神や悪魔の領域に至った力の持ち主達。普通に修行などしたところで、百年かけても追いつけません」

祐一 「・・・・・・」

肌で感じた、最強と呼ばれる者達の力。
確かに、並大抵のことでその力が得られるはずはなかった。

祐一 「それとこの試練ってのとどう関係が・・・?」

美凪 「・・・人は死を感じ、それを乗り越えて生き延びた時、ひとつの限界を超えます。この・・・昼は灼熱、夜は極寒・・・時間も方角の感覚も狂う地獄の中で生きて、帰り着くこと。それができた時、あなたの精神と肉体は極限まで研ぎ澄まされるでしょう」

祐一 「帰り着く・・・」

美凪 「・・・あなたの帰りを待つ人がいます」

祐一 「・・・・・・もしかして、佐祐理さんもいるのは、そのために・・・」

美凪 「・・・本当はあなただけのつもりでしたが、強い繋がりが、彼女も引き寄せてしまいました」

祐一 「佐祐理さん・・・」

美凪 「・・・けれど、使えるものは利用します。あなたが帰らなければ、彼女もあのままオアシスから出ることはありません」

祐一 「美凪・・・」

美凪 「・・・では・・・がっつ」

ぎゅっと拳を握り、美凪は魔獣に乗って空へと飛び立つ。
そしてあっという間に見えなくなった。

祐一 「・・・・・・・・・」

少しずつ熱くなってきた。
右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見ても砂漠。
砂漠、砂漠、砂漠。
オアシスなどどこにも見えない。

祐一 「・・・上等じゃねえか」

生きて帰れと美凪は言った。
ならやってみせようではないか。
祐一は自らを奮い立たせて歩みだす。

見詰める先に見えるのは砂漠でもオアシスでもない。
今までに出会ってきた数々の強者達。
仲間だった者も、敵だった者も・・・そしてその最果てに、あの最強の称号を持つ男がいた。
その男の下に辿り着くため。
一歩でも本当の強さに近付くため、祐一は前に進みだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐祐理 「祐一さんを・・・砂漠の真ん中に置き去りにした!?」

美凪 「・・・はい」

佐祐理 「無茶です! だって祐一さんは、魔法が使えないから・・・。方角を知ることも、熱さや寒さを凌ぐこともできないのに・・・・・・死んじゃいます!」

美凪 「・・・はい。殺すつもりですから」

佐祐理 「な・・・!?」

美凪 「・・・それだけの覚悟がなければ、真の強者と呼ばれる人達と同じ場所には立てません」

非情な言葉だった。
それを美凪はまったく表情を変えずに言ってのける。
佐祐理は思わず身震いした。

佐祐理 「どうしてそんなに・・・平然と・・・」

美凪 「・・・情が入っては、試練になりませんから」

佐祐理 「無茶苦茶です・・・・・・、祐一さんを探しに行きます」

美凪 「・・・私を倒せたら、構いませんよ。けれどそれは、彼のためになりません」

佐祐理 「でも!」

美凪 「・・・人の限界を超えるためには、どこかで無茶をしなくてはならないんです。彼にとって、今それが出来なければ一生機会はないでしょう」

佐祐理 「・・・・・・」

握った拳から血が滲み出る。
想っている人が辛い試練に挑んでいる時に、自分には何もできないのか。
それが佐祐理は歯痒かった。

美凪 「・・・信じられませんか?」

佐祐理 「え?」

美凪 「・・・相沢さんは、生まれつき魔力を持たないハンデを背負って生きてきました。必死に剣を腕を磨いて。辛かったと思います。何度も苦悩と挫折を味わったでしょう。あなたは、それを見てきたのではないですか? 人に劣っていると思い、必死に這い上がろうとしてきた、彼の姿を」

佐祐理 「・・・・・・」

美凪 「・・・誰にでもできることじゃありません。立派です、彼は。そんな彼を、信じられませんか?」

佐祐理 「・・・祐一さん・・・」

美凪 「・・・倉田さん、あなたには、二つの課題を与えます」

佐祐理 「二つ?」

美凪 「・・・はい・・・ひとつは、相沢さんの帰りを信じて待つこと」

佐祐理 「祐一さんの帰りを・・・信じて」

美凪 「・・・人は絶対的に何かを信じられる心を持った時、ずっとずっと強くなれます」

佐祐理 「・・・・・・・・・はい。佐祐理は、祐一さんを信じます」

美凪 「・・・よい返事」

佐祐理は東の方角を向き、そこにいるであろう祐一に心で声援を送った。
そして改めて、自分はこの場所で、大きくなって戻ってくるであろう祐一に見合うだけの強さを身に付ける決意をする。

佐祐理 「もう一つの課題を教えてください」

美凪 「・・・こっちへ」

連れられてやってきたのは、泉だった。

佐祐理 「ここで、何を?」

美凪 「・・・簡単な課題です。水の上に立ってください」

佐祐理 「はい?」

美凪 「・・・ただし、魔法は一切使わずに」

佐祐理 「ど、どうやるって言うんですか?」

水を操る魔法、或いは風を使ったりすれば、水の上を進むことも可能だろう。
しかし、それを一切せずに水の上に立てというのは無茶な話だった。

美凪 「・・・魔力を使うんです。こんな風に」

手本とばかりに泉に向かって歩いていく美凪。
その足が水の中に入ると思われた瞬間、僅かな波紋と共に美凪の足は水の上を進んでいた。

佐祐理 「はぇ〜・・・」

決して、右足が沈む前に左足を出すを繰り返す、などという古典的なものではない。
美凪は、足に集中した僅かな魔力だけで水の上に立っていた。

美凪 「・・・わかりましたか?」

佐祐理 「り、理屈だけは・・・」

美凪 「・・・結構。飲み込みが早くてよろしい」

佐祐理 「これができるようになると、強くなれるんですか?」

美凪 「・・・魔力は使い方次第で効果が飛躍的に上がります。これは魔力の扱いを覚えるためのもの。一点に高い魔力を長く集中できるようになれば、それだけであなたの魔力は今の倍以上になります」

佐祐理 「・・・・・・」

美凪 「・・・相沢さんの帰りと、あなたがこれをできるようになるのと、どっちが早いでしょう?」

佐祐理 「競争ですね。わかりました。がんばりますっ」

意を決して佐祐理は泉に向かって足を踏み出した。

バシャンッ

佐祐理 「はぇ〜」

美凪 「・・・地道に地道に・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

潤 「うりゃぁあ!!」

ピッ!

槍が鋭く突き出される。
その先には小さな木の葉が舞っていた。
狙った一枚は槍の先の刃に当たって綺麗に真っ二つになっている。

潤 「まだだ・・・まだだめだ」

刃がついているのだから、当たれば切れるのは当たり前なのだ。
潤の目標は、槍の先端で木の葉に小さな穴を開けることだった。

潤 「あの男なら、これくらい簡単にできるはずだ」

刀の先端で槍を受け止めた十二天宮の男。
あれは刃の先の一点に一瞬だけ力を込めることで可能になる。
同じことができれば、潤の技はさらに切れを増すことになる。

潤 「次は、絶対に負けねぇ!」

香里 「はりきってるわね」

潤 「当然!」

香里 「そう。あたしも・・・」

潤のやり方とは違うが、香里もあれ以来毎日が修行の日々だった。
理由は潤と同じ、負けたままで終わる性格ではないことと・・・。

香里 「栞・・・」

空間転移で再び離れ離れになった妹を探すため。
必ずまた戦いになる。
その日のために・・・。

潤&香里 『強くなる』

 

 

 

 

 

 

 

 

あの空間転移で、舞と名雪は同じ場所に飛ばされていた。
それから二人の、祐一と佐祐理を探す二人旅が始まった。
半月経つが、まだ目的は達成されていない。
そんなある日、舞が名雪に問い掛けた。

舞 「・・・名雪は、祐一が好き?」

名雪 「へ? 何を突然・・・」

舞 「好きなの?」

名雪 「・・・・・・好きだよ」

舞 「・・・私も、祐一が好き、だと思う」

誰かにそれを伝えるのは、舞としてははじめてだった。
名雪も同じである。

舞 「・・・でも、祐一の一番は・・・佐祐理だから」

名雪 「うん・・・わたしもそう思う」

光に包まれ、それに飛ばされた時、仲間は皆散り散りになった。
けれど、その中で、最後まで祐一の体を抱いて離さなかったのが、佐祐理だった。
飛ばされている中で、二人ともそれをはっきり見ていた。

舞 「・・・それでも私は、祐一と一緒に戦いたいと思ってる」

名雪 「わたしも、祐一の傍にいたいよ。たとえ隣りにいられなくても」

舞 「きっと祐一は、強くなって帰ってくる。一緒に戦うために、私も強くなる」

名雪 「わたしだって強くなるよ。恋人になれないとしても、戦う時の一番のパートナーにならなれるもんね」

舞 「それは私の台詞」

名雪 「ううん、わたしだよ」

舞 「・・・・・・」

名雪 「舞さん、一緒に強くなろ」

舞 「・・・はちみつくまさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真琴 「はぁ・・・ふぅ・・・し、しんど・・・・・・」

美汐 「ふぅ・・・・・・どういう心境の変化ですか。あなたがこんなに熱心に修行をするなんて」

真琴 「別に、あんたに関係ないでしょ」

美汐 「そうですね。関係ありません。私はただ、自分を磨くだけですから」

一度魔法学院に戻った真琴と美汐の二人は、宮廷魔術師クラスの高位魔術師が挑む超難関の修行コースに自ら進んで挑んでいた。
しかもカタリナ学院長の特別推薦がないかぎり受けられない、スーパーウルトラデラックス一ヶ月でミラクルな魔術師になっちゃおうスペシャルハードメニュー(学院長の旧友 作)である。
ほとんど魔術師は三日待たずに音を上げるという。
二人は既にそれに挑んで半月近くになる。

真琴 「・・・これでノルマ半分なんだから・・・冗談みたいよね」

美汐 「よく今日まで生きてると思います。遺跡の時に比べたらマシな気もしますけど」

真琴 「肉まん食べたーい」

美汐 「修行が終わったら奢ってあげます」

真琴 「気持ち悪いわね。そっちこそどういう信教の変化よ」

美汐 「字が違いますよ。やっぱりあなたは馬鹿ですね」

真琴 「言ったわねぇ、絶対あんたより先にノルマをクリアしてやるんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆がそれぞれに強くなることを目的に己を鍛えなおしていた。
強敵と再び見える時のために・・・。

 

そして、アザトゥース遺跡の戦いから、一ヶ月が経った。

 

 

 

 

ピチャンッ

僅かに波紋がたっているだけで、水面は静寂を保っていた。
泉の中央、水の上で佐祐理は静かに立っている。

佐祐理 「・・・ふぅ・・・十二時間連続・・・達成です」

もはや美凪に課せられた課題は完璧だった。
鼻歌交じりでも水の上に立つくらいは簡単になっている。

佐祐理 「あははーっ、自分の体じゃないみたいですよー」

一ヶ月前とは比べ物にならない魔力の充実。
あの時対峙した敵達に決して劣ってはいない。

佐祐理 「あ・・・あれは」

そして、朝日が昇るその先に、佐祐理は待ち人の姿を見た。

佐祐理 「おかえりなさい、祐一さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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