Kanon Fantasia

 

 

 

第15話 戦慄十二天宮

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキィン!
ガツッ ドガガガガガッ!

激しい打ち合いの音が遺跡の外れに響き渡る。
幽の長剣とタウラスの棘付きナックルが幾度も打ち合わされている音である。
超高速の打ち合いは、まったくの互角に見えた。

幽 「おらおらおらおらぁ!」

タウラス 「・・・・・・・・・」

果敢に攻めているのは幽の方だったが、タウラスは無言でそれを凌いでいる。
どちらもまだ本気という印象は受けなかったが、栞はじっと戦況を見守っていた。

栞 「・・・幽さん」

?? 「退屈そうね」

栞 「?」

声がして振り返ると、一人の少女が岩の上から栞を見下ろしていた。
見たことのある顔だった。

栞 「えっと・・・・・・郁未さん?」

郁未 「十二天宮の一人、ヴァルゴよ」

栞 「十二天宮?」

郁未 「そう。あの方に仕える、最強の十二人の戦士達のことよ。あそこで千人斬りの幽と戦っている タウラスもその一人」

栞 「郁未さんが、その一人?」

郁未 「暇なら私が相手してあげるわ。少しは腕を上げたかしら」

栞 「・・・なるほど、わかりました」

栞は身に付けているストールを羽織りなおすと、岩の上の郁未に対して向き直る。
所在無さげに立っていた時とは違い、自分の目的を見つけた者の顔だった。

栞 「ここに来たのは幽さんについてきただけでしたけど、郁未さんがいるということは、ここに私の無くした記憶の手がかりがありそうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香里 「潤ッ!!」

元 「・・・どうやら、命拾いしたな」

香里 「え?」

名雪 「香里! 北川君、生きてるよっ」

香里 「そ、そう・・・」

ほっとすると、途端に大声を上げたことが恥ずかしくなって赤くなる。
とはいえ、出血量からまだ余談は許さない状況に違いなかった。

元 「・・・俺の技を妨げるとは、さすがは・・・」

美凪 「・・・・・・」

みちる 「調子にのんな、おっさん!」

名雪 「美凪ちゃん! 北川君の快復をお願い」

美凪 「・・・はい、お任せです」

元と向き合っていた美凪は、倒れている潤の下に駆け寄って治癒魔法をかけはじめる。
それを確認して、名雪は剣を抜く。

名雪 「・・・・・・」

元 「次はおまえか。これだけの力の差を見て尚挑んでくる勇気だけは褒めてやろう。だが、そんなものは絶対的な力の前では何の意味もない」

名雪 「そうかもしれないけど、ここで退くわけにはいかないんだよっ」

香里 「そうね。仲間をやられて黙って引き下がることは出来ないわ」

みちる 「みちるだっているからねっ」

三人が元を取り囲んで各々の武器を構える。
その状態にあっても元は平然としてる。

元 「三人がかりか。いいだろう。かかってこい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐祐理 「ライトニングバースト!」

真琴 「エクスプロージョン!」

ドゴォーーーンッ!

二人の大技が炸裂し、亡者のような敵はまとめて吹っ飛ぶ。
あとには二つのクレーターが生まれていた。

舞 「・・・相変わらず・・・」

美汐 「すごい威力ですね」

上級魔法の威力に、舞と美汐が感嘆の声を漏らす。
少し離れた場所にいた祐一にも十分その威力は体感できた。

祐一 「粉々に吹っ飛んじまったらさすがにもう向かって来れないだろ」

さやか 「あ、危ないよ」

祐一 「どわぁ」

敵がいなくなって安心したところに、背後からさやかがぶつかってきた。

祐一 「何をする!」

さやか 「ごめんごめん。こっちも余裕なくって」

さやかが飛んできた方向、岩の上にマントの女性、アリエスが立って二人を見下ろしていた。

アリエス 「どうしたの、さやか? 随分と弱くなったわね」

さやか 「あんまり調子に乗らない方がいいよ。あとが怖いから」

アリエス 「あとと言わず今やったら? 例のあれのあとで十分に力を発揮できないみたいね」

さやか 「むぅ〜」

祐一 「例のあれ?」

さやか 「あ、気にしないでいいよ。こっちの話だから」

祐一 「そうか。大分苦戦してるみたいじゃないか。変わってやろうか?」

さやか 「こいつの相手はきっついよ〜」

祐一 「その方がやりがいがある!」

さやかの横を通り抜けて、剣を脇に構えて岩を駆け上がる。
斜め下から跳ね上げるようにして剣で斬りかかる。

祐一 「うらぁっ!」

アリエス 「・・・いい太刀筋ね。けれど、まだまだ遅いわ」

祐一 「なら、これでどうだっ!」

二度目の剣撃。
これもアリエスは余裕を持ってかわすが、剣の先から発生した風の刃までは避け切れなかった。

アリエス 「!」

祐一 「もらった!」

ズバッ

風に怯んだ隙に詰め寄り、剣を振り切る。
だが直撃はせず、マントを切り裂いただけだった。
マントを捨てて飛び上がったアリエスは、岩の上に着地する。
露になった姿は、錫杖のような長い杖を持った魔術師風の女性だった。
しかし、仮面をつけているため、いまだ顔はわからない。

祐一 「惜しかったな」

アリエス 「・・・・・・なかなかやるわね」

女性が発したの声は、屈辱を感じているものではなく、どこか楽しげだった。

アリエス 「もっと見てみたいわ。あなたの力」

祐一 「いいぜ。いくらでも見せてやるよ!」

祐一は剣を、アリエスは杖を振りかざして互いに突進する。
岩山の中腹で、二人の武器が交わされる。

 

 

 

 

 

浩平 「てめぇ・・・一体いくつ腕があるんだよっ」

キャンサーとの一騎打ちを演じていた浩平は、四方八方から繰り出される相手の剣に翻弄されていた。
どう見ても複数の腕が存在していて、それらが別々に攻撃しているようにしか見えなかったが、ただ立って対峙している時は普通に二本しか腕はない。

キャンサー 「なかなか腕は立つようですが、私の術中にはまっているうちは、まだまだですね」

全開で飛ばしている浩平に対して、キャンサーはまだまだ余裕があった。

浩平 「・・・へっ、なら奥の手を見せてやろうか?」

澪 「!(ぶんぶんぶん)」

首を左右に思い切り振りながら、澪がスケッチブックを取り出す。

澪 『それはだめなの!』

浩平 「心配すんな澪。すぐに片付くさ」

キャンサー 「大した自信ですな。いいでしょう、次で最後にしましょう。私も取って置きを食らわせてあげますから、生き延びたらテストは合格です」

浩平 「ほざいてろ。・・・・・・行くぜ、エターナルソード」

浩平の剣、エターナルソードが自ら輝き始め、大きな力が集まっていく。
それだけではなく、大地が唸り、空がなり始めた。

キャンサー 「こ、これは・・・?」

浩平 「本当に本気出さないと死ぬぜ。こいつはすげえからな・・・!」

強大な力がエターナルソードを中心に渦巻く。
その大きさに、さしものキャンサーも真顔になる。

キャンサー 「侮っていたようですね。いいでしょう。本当に生か死かの勝負をお望みのようだ」

相手の力を感じ取ったキャンサーは、両手に持った剣を回転させながら構える。

キャンサー 「阿修羅剣」

そこから幻のように何本もの腕と剣が浮かび上がる。

キャンサー 「参る!」

浩平 「行くぜ! 次元撃滅斬!!」

ドゴォーーーンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名雪 「・・・はぁ・・・はぁ・・・」

香里 「く・・・っ!」

みちる 「ゼェ・・・ゼェ・・・んに〜・・・」

僅かに埃を被っている程度で、ほとんど無傷な元の眼前に、ぼろぼろの三人がうずくまっている。

元 「それなりではあるが、その程度が限界なら、この先に進むのは諦めた方が身のためだ」

ゆっくり刀を納めた元の体から、少しずつ殺気が消えて行く。

元 「ここから先は真の強者が命を削りあって行う殺し合いの世界。半端な力しか持たない者は必要ない」

立ち上がる気力も残っていない名雪達に背を向けて、元は立ち去ろうとする。
だが、横手から何かが迫ってくるのを感じて立ち止まる。

元 「ん?」

ドォーン!

岩を砕いて魔力の塊が飛んでくる。
体を反らして元はそれを回避した。

元 「やれやれ、乱暴な人だ。ヴァルゴ」

郁未 「ごめんなさい、カプリコーン。ただ、この子もなかなか聞き分けがなくて」

栞 「冗談じゃありませんよ。あんなものまともに喰らったら死んじゃいますってば」

香里 「!?」

魔力の塊の本来の爆心地に栞がしゃがみこんでいる。
その眼前には氷で作った盾があった。

栞 「氷壁結界。一点集中すればあなたの技だってそう簡単には貫けませんよ」

郁未 「そうね・・・・・・。カプリコーン、そっちは終わったの?」

元 「ええ。一応、死ぬのが嫌なら来るなと勧告しておきました」

郁未 「なら、私ももう戻ろうかな」

栞 「もう終わりですか?」

郁未 「もっと相手してほしかったら、奥まで来なさい。今度は本気でやってあげるから」

元 「では・・・」

潤 「待てよこら。まだ終わってねえぜ」

元 「・・・・・・」

快復した潤は、倒れている三人の前に立って元に向かって槍を向けている。
服と鎧は一部切り裂かれているが、傷はほとんど塞がっていた。

元 「やめておいた方がいいですよ。傷は塞がっても、血を失った分体力は減っている。どうしてもまた挑戦したのなら、奥まで来るといい」

郁未 「! 斎藤さん!」

元 「む・・・!」

また別の者の出現。
両腕にナックルを装備した巨漢は、十二天宮のタウラスだった。

郁未 「どうしたの、タウラス? そっちもおわ・・・」

元 「郁未さん。下がった方がいい」

郁未 「まさか!?」

タウラス 「・・・・・・さすがは・・・伝説の・・・おと・・・こ・・・」

そこまで言って、タウラスは前のめりに倒れ込んだ。
倒れたタウラスの背後から、圧倒的な存在感と殺気が風に乗って吹き寄せる。

郁未 「く・・・これが・・・!」

元 「どうやら見込み違いだったようですね。彼は少しも衰えていない」

真紅の刃と金色の眼を輝かせて、その男は歩いてくる。

栞 「幽さん・・・・・・っ」

いつの間に抜いたのか、元の刀の切っ先が栞の喉下に突きつけられていた。

元 「幽、ここは互いに退きませんか? 彼女と引き換えに、タウラスを連れ帰らせてもらいたい」

幽 「元、てめえ焼きが回ったか? 俺が目の前の敵を見逃すようなお人好しに見えやがるかよ」

元 「そこを曲げて頼みます。それにあなたも少し疲れている様子。今の状態で私と闘うのは苦しいでしょう」

幽 「関係ねえな。そこに敵がいるなら全て斬るだけだ。むしろ、俺は今絶好調だぜ」

元 「どうあっても?」

幽 「くどいぜ」

元 「・・・・・・」

幽 「・・・・・・」

無言で剣気をぶつけ合う二人。
何かきっかけがあればすぐにでも斬りあいが始まりそうな緊迫感が場を支配する。
他の誰も身動きすら取れなかった。

幽 「・・・いいだろう」

郁未 「え?」

幽 「俺は今気分がいい。その木偶の坊のお陰で昔の感覚が少し戻ってきたんでな。特別に見逃してやるよ。ただし、次はねえぜ」

元 「ありがとうございます。私も、次は退くつもりはありませんよ」

互いに剣を納める。
そこにどういう思いが渦巻いていたのかはわからなかったが、誰も異論を挟む者はなかった。
今この場において、幽に逆らうことは死を意味することを、全員が本能的に感じていた。

元と郁未は気絶しているタウラスを連れてその場から立ち去って行った。

栞 「お礼、言った方がいいですか?」

幽 「阿呆。俺様がおまえみたいな小娘のために楽しみを逃したりするかよ」

栞 「ですよね」

さも当然のように頷く栞。
別に悲しいとも思わなかった。

幽 「あの木偶の坊、少しはデキやがった。ちーとばかし疲れたんで寝る。一時間経ったら起こしな」

言った傍から岩にもたれかかって眠った。
一見無防備だが、誰かが殺気を持って近付けば即座に抱えている剣を振られるだろう。

栞 「・・・つまり、今の状態じゃあの二人には勝てなかったってことですね」

栞は眠っている幽の傍らにしゃがみこんだ。
治癒魔法は使えないが、傷口を冷やすことで少しは快復できるだろう。

栞 「少し休んでください。伝説の魔人と言っても、人間なんですから」

美凪 「・・・あの」

栞 「?」

美凪 「・・・よろしかったら、その方にも治癒魔法をおかけします」

栞 「えっと・・・」

返事をするよりも早く、美凪は栞の横にしゃがみこんで治癒魔法使い始める。
振り返ると、他の三人の快復はもう終わっているらしい。

栞 「・・・・・・」

しかし、仲間でもない男の手当てをする割には、美凪は真剣に見えた。

香里 「・・・栞?」

栞 「え?」

美凪の様子を見ていた栞は、自分の名前を呼ばれて驚いた。
まさか自分の名前を知っている者がいるとは思わなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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