Kanon Fantasia

 

 

 

第12話 新しい仲間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学院長室。
笑いを堪えるような仕草をしているカタリナの前で、佐祐理は真っ赤になって俯いていた。

カタリナ 「う、くくく・・・あなたには期待しましたけど、まさかあんなやり方をするなんて・・・」

佐祐理 「お恥ずかしい限りです・・・・・・」

穴があったら入りたいというのはこのことかと、佐祐理はしみじみ思った。
一晩寝て頭の冷えた佐祐理は、広場で憔悴しきっていた四人を見て、四人よりも遥かに深く己の所業を反省した。
今、解放された四人は隣りの部屋で眠っているが、時折うなされているのがわかる。

舞 「・・・ぐす・・・ゆるして・・・」

祐一 「あ、あっしがわるぅござんした・・・」

真琴 「あ、あぅー・・・」

美汐 「こ、これほど酷な・・・」

佐祐理 「・・・・・・・・・」

もうどの面下げて四人と向かい合えばいいのかわからなかった。
何より広場に大穴を空けて、ミイラ取りがミイラになったのは自分の方だった。

カタリナ 「まぁ、でも、これでいいきっかけになったかもしれませんね」

佐祐理 「はぇ?」

カタリナ 「倉田さん、改めてお話があるのですけど・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間の三大欲求とは、食欲、睡眠欲、そして性欲である。
これは永遠不変の法則であり、街に宿屋と食事処があるように、色町が存在することもデフォルトなのである。
それは栞にも重々わかっているのだが・・・。

栞 「どうして街に着くなりイの一番に来るのがここなんですか?」

ジェットコースター(この世界にそんなものはないが)などまったくお遊戯であると納得するほどのスリリングな大滑降で山を下り、サーガイアの街に辿り着いた幽がまず向かったのが色町であった。

幽 「あぁん? 何言ってやがる。飯はある、酒はある、女はいる、寝れる。こんだけの機能が揃ってる場所は他にねえぞ」

栞 「でも、だからってこれはどんなものなんでしょう?」

幽 「細けえことぐだぐだ言ってんじゃねえよ。大体おまえはそんなくだらねえこと考えるより前に、少しはここの女どもを見習え」

栞 「?」

幽 「色気ねえ、特技ねえおまえは少しここで勉強した方がいいな。いっそ働いちまえ。そうすりゃここの代金も浮くだろ」

栞 「また勝手なことを・・・」

あいも変わらずこの男の理屈は滅茶苦茶である。
だが、滅茶苦茶を通してしまうのが、この男の凄いところだ。

栞 「(この理屈で千人も斬ったんでしょうね)」

どこまでもわがままを通す男。
それは社会というものからは疎まれる存在だが、絶対的に揺るがないその強さは、憧れを抱かせもする。
拾われて以来、何となく付いて回っているが、栞は自分がこの男のことをどう思っているのかいまいちわからなかった。
或いは何も感じていないかもしれない。

栞 「(・・・今の私には、感情があるのかないのかもわかりませんからね)」

幽 「おい小娘、何阿呆みたいな面して座ってんだ。酒が足らねえぞ、取ってこい」

栞 「何で私が?」

幽 「この女どもは手が塞がってんだよ。おまえは暇だろ」

栞 「はいはい、わかりました」

もう一つ気になるのは、この男が自分を連れている理由である。
ただの気まぐれなのだろうが、幽が自分をどう思っているのか、栞は非常に気になった。

栞 「・・・・・・ただのパシリ女、でしょうね」

女に見境がないくせに、栞にはいまだ手を出さない。
それ以前に女として見ていないのだろう。

栞 「はぁ・・・・・・!?」

考え事をしながら歩いていると、突然横から伸びてきた手に口を覆われ、部屋に引き込まれる。
引き込まれた先の部屋は、灯火をつけていないらしく、真っ暗だった。

声 「くくく、少し聞いてたのと違うが、ありゃ千人斬りの幽に間違いないぜ。こんなところででっけぇ賞金首に出くわしてラッキーだな」

栞 「(・・・狙いは幽さんの命ですか。私なんか人質にしても・・・)」

幽はどうするか。
気になった。

 

 

幽 「・・・チッ、酒はまだか? 遅せえぞ」

女A 「はい、只今・・・・・・きゃっ」

とすっ

部屋から出ようとした女のすぐ横を矢が通過して、幽の足元に刺さった。
紙切れがついている、矢文だった。

幽 「・・・・・・」

『女は預かった。裏手まで来い』

 

 

栞 「・・・・・・」

幽は来るか、来ないか。
あの男の性格から単純に考えれば、来ないだろう。
女はただ抱いて楽しむだけという男だ。そもそも女としてすら見ていない栞のことなど放っておくだろう。

栞 「(そもそも私は、来て欲しいと思ってるんでしょうか?)」

相手の気持ち以前に、自分の気持ちがわからない。
たぶんこの程度の男達に自分が殺されることはないだろう。
そして人質がなければ、男達に幽を倒すことなどできはしない。

男A 「・・・遅いじゃねえか。ちゃんと知らせたのか?」

男B 「間違いない。ちゃんと読むところまで見届けた」

男C 「そのあともちゃんと見張ってろよ。そうすりゃいつ来るかもわかるってのに」

男D 「ひょっとして、こんな女どうでもいいんじゃねえか。見捨てられたかもな、嬢ちゃん」

男A 「その時は別の手を考えるさ。何にしても、この嬢ちゃんは好きなようにしていい」

男C 「けけけ、俺は結構好みだぜ」

男B 「ロリコンかよ。俺はもっとこうボイーンなのが・・・」

失礼なことを言っている者が一名。
栞的には真っ先にこの男を始末したかった。

栞 「(どうせ幽さん来そうもないですし、このまま片付けちゃいましょうか?)」

そう思い始めた時、誰かが裏路地に入ってきた。

男D 「来たか」

栞 「(幽さん?)」

男A 「遅かったじゃねえか。危うく連れの嬢ちゃんが恥ずかしい体になるところだったぜ」

幽 「ふん、物好きもいたもんだな。そんなチンクシャ小娘相手に欲情するなんてよ」

暗闇の中、既に鞘から抜いて肩に担がれている剣と、金色に輝く眼だけが暗闇に映えていた。
ただ立っているだけなのに、圧迫されるような威圧感を幽は放っている。

幽 「酒を空にすんのになかなか時間かかってよ。割りと美味かったんでのんびりしちまったぜ。ここの店の酒に感謝しな。てめえらの寿命が数分延びたんだからな」

男A 「舐めた口を聞いてんじゃねえよ。少しでも動いたらこの小娘の喉掻き切るぞ」

首筋に冷たいものが当たるのを栞は感じた。
おそらくナイフのようなものだろう。
ナイフ如きで自分は殺せない。
しかしそれでも斬られたら痛そうだった。

栞 「(・・・幽さん)」

幽 「・・・てめえら阿呆だな」

男B 「何ぃ?」

幽 「千人斬った男がよ、小娘一人の命なんぞどうこう思うとでも思うのかよ?」

男C 「見捨てるってのか!」

幽 「どうだっていいんだよ、そんなことは。どのみちてめえらは死ぬんだからな。その阿呆さ加減に免じて、特別に千人斬りの剣を見せてやる。あの世で自慢しな」

ドクンッ

肩に担がれた幽の剣が脈動し始め、鍔元から切っ先に向かって真紅に染まっていく。
それと同時に肌寒かった路地に熱気が充満していった。

男A 「な、何してる! さっさと殺っちまえ!」

幽 「激遅だよ」

ヒュッ!

その場で幽が剣を一振りした。
あまりに速く、その太刀筋は誰にも見えなかった。

男B 「な、なんだ?」

男C 「ん? こ、この寒気は・・・?」

男D 「い、いや、あ、熱い・・・!?」

男A 「ば、ばかなぁ!」

幽 「紅蓮・凪。揃って真っ赤な蓮の花を咲かせな」

次の瞬間、男達の体が裂け、血飛沫が広がった。

幽 「ヘッ、酒に女、それで血も浴びたし、なかなかいい気分だぜ。次は風呂だな。行くぞ小娘」

栞 「・・・・・・」

男達の真っ只中にいた栞は、大量に血飛沫を浴びているはずだったが、すべての血は栞に届く前に凍りついていた。
同じ様に凍りついた縄を自力で砕いて幽の背中を追いながら思う。

栞 「(結局全然わかりませんでした。この人は私を助けに来たのか、それともただ人が斬りたかっただけなのか)」

しかし、別にどうでもよかった。
この男がどう思っていようと、自分はこの男に付いていき、この男は自分を連れている。
それだけだった。

栞 「(そういえばお風呂はひさしぶりです)」

もう既に二人の意識は次の目的地に向いており、後に残してきた四つの死体のことなど忘れ去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐祐理 「と、いうお話なんですけど、どうしましょう?」

昼過ぎ、まだ疲れた様子の祐一と舞を前に、申し訳なさそうな顔をした佐祐理が座り、朝カタリナ学院長から聞いたことを話した。

祐一 「また唐突な・・・」

舞 「・・・・・・」

カタリナ学院長の話はこうだった。
つまり、真琴や美汐ほどの力の持ち主なら、もうこの学院で学ぶことはほとんどない。
特に真琴は、今の状況が退屈であるから欲求不満になり、美汐はそんな真琴の態度が気に入らない。
なら、二人には新たな刺激を与える必要があると考えられる。
そこで、佐祐理達に二人を旅の仲間として連れて行ってほしい、とのことだった。

佐祐理 「『旅をすれば沢渡さんもまだ自分を磨く必要性に気付くでしょうし、天野さんにとってもいい経験になるでしょう』だそうです」

祐一 「しかし、あの仲の悪い二人を一緒に連れて行くってのは・・・」

佐祐理 「それは佐祐理も言ったんですけど・・・・・・『雨降って地固まるとも言いますし』と言われて・・・」

舞 「・・・雨・・・」

祐一 「・・・すごい雨だったよなぁ」

佐祐理 「ごめんなさいごめんなさい」

祐一 「いや、いいって。あの場合はやっぱり反省すべきは俺達の方だし。ま、話はわかった。とにかくあの二人とも改めて話さないとな。今度は全員一緒に」

別々に話してまた同じことになったら大変である。
今度は空が落ちてくるかもしれないと考え、祐一と舞は身震いした。
佐祐理はひたすら恐縮している。

 

 

 

 

 

真琴 「い・や・よ。何で美汐と一緒に旅なんかしなくちゃならないのよ」

美汐 「私も。旅には興味ありますが、真琴と一緒というのは・・・」

案の定、二人とも旅という単語には興味を示したが、やはり互いのわだかまりは消えないらしい。
ここまで来ると、理屈より意地である。
折れるというのは、時に突き通すより難しい。

佐祐理 「そこをなんとか。学院長直々のお達しですし」

真琴 「あぅー・・・でもぉ」

佐祐理 「ね」

美汐 「しかし・・・」

二人とも昨夜の恐怖が残っているのか、佐祐理の前だと硬くなっている。

佐祐理 「うーん、困りました。どうしましょう、祐一さん」

祐一 「俺に言われてもな・・・」

佐祐理 「舞〜」

舞 「・・・難しい」

真琴 「舞と一緒なら、まぁ、旅くらいしてもいいけど・・・」

美汐 「相沢さんは話のわかる方だからいいのですけど・・・」

難航。
色々皆で悩んでいるうちに、ふと祐一はあることを思い出した。
そう、ずっとすっかり忘れていたことを。

祐一 「しまった。さやかのこと完璧に忘れてた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さやか 「みんな遅いなぁ〜。まさか待ってるって言ったからって二晩も待たされるとは思わなかったよ・・・・・・ん? あれは・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「やばいな。早く決めて戻らないと、これを盾にまた楽をされるぞ」

舞 「・・・そうかも」

祐一 「佐祐理さん、早く決めちまおう」

佐祐理 「え、えっとー、そうですね」

真琴 「あ、あぅー? き、決めるって何する気よぉ?」

美汐 「ま、また何か・・・」

佐祐理 「あははー・・・昨日は本当にすみませんでした。あんなことはもうしませんから、そんなに怖がらないでくださいよ〜」

なんとなくトラウマになっているらしい昨日の説教地獄。
こればかりは佐祐理としては謝るしかなかった。

真琴 「・・・ねぇ、旅って楽しい?」

舞 「・・・大変だけど、楽しいこともたくさんある」

真琴 「そう・・・じゃあ、行ってもいいかな・・・」

美汐 「・・・私も行っても構いません。真琴のことは・・・まぁ、向こうが突っかかってこなければ私は構わないのですから」

真琴 「うっそだぁ! いっちばん最初に突っかかってきたのは美汐の方でしょ!」

美汐 「態度が悪いと注意しただけです」

真琴 「屁理屈!」

美汐 「言い掛かりも甚だしいですよ」

祐一 「やめろって二人とも。また雷が落ちるぞ」

真琴 「あぅっ!」

美汐 「す、すみません」

佐祐理 「ゆ〜いちさ〜ん・・・」

祐一 「すまん。けどこのネタは当分使えそうだな」

その後もあーだこーだと話は続いたが、最終的には。

真琴 「行く!」

美汐 「行きます」

ということで話がまとまった。
落ち着いて考え直すと、学院的には体よく厄介払いしようとしているように見えたが、あえて考えない方向で行くことにした。
かくして、祐一達おてんこ小隊に、新しい仲間が二人加わることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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