Kanon Fantasia

 

 

 

第11話 才能と努力の狭間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沢渡真琴は類稀なる才能の持ち主だった。
母親が狐の魔物だったこともあり、魔力の高さは群を抜いていた。
それゆえに少々修行をサボることもあり、性格的にもちょっと捻くれていたが、基本的に人から嫌われるタイプではなく、魔法学院内でも人気者である。
ただ、才能にものを言わせて常にトップでいた者にとって、下から自分の地位を脅かしに来る存在というのは疎ましく、またそれに負けるというのは我慢ならない屈辱であった。
だから彼女は、もう一人を嫌悪する。

 

 

 

 

 

 

 

 

天野美汐は類稀なる才能の持ち主だった。
魔力は魔術師としては平均の上程度だったが、何よりも術の扱いに非常に長けていた。
協調性に少し欠けるため、学院内では孤立することもしばしばあったが、打ち解ければ面倒見がいい面もあり、そうした部分は慕われてもいた。
しかし、彼女が術の扱いに長けるまでには相当な努力の積み重ねがあったため、そういう者にとって、才能の上にあぐらをかいている者の存在は鼻持ちならず、どうしても超えたくなるのだ。
だから彼女は、もう一人を敵視する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カタリナ 「とまあ、簡単に言うとこんなところですね」

祐一 「なるほどね・・・」

カタリナは二人の天才と表現したが、要するには天才と努力家の対立である。
どこの世界でも、それこそ祐一の非常に間近で見たような関係だった。

祐一 「ふーむ・・・」

話を聞いただけでは、祐一は心情的に天野美汐の方に親しみを覚えた。
才能のなさを努力で埋めてきた経緯は、自分に通じる部分がある。

佐祐理 「とにかく、一度そのお二人に会ってみるのがいいんじゃないですか?」

祐一 「そうだな。会ってみないとそいつらの人となりもわからないし」

佐祐理 「それでは先生、佐祐理達はその方達に会いに行ってみようと思います。どこにいるかわかりますか?」

カタリナ 「もうそろそろわかると思いますけど・・・」

祐一 「は?」

バタンッ

と、学院長室の扉が開いて一人の生徒が飛び込んできた。

生徒A 「大変です先生、またあの二人が・・・!」

カタリナ 「ほら、きましたよ」

 

 

 

 

 

 

学院内中央広場。
人だかりの中心で、二人の魔術師の少女が対峙していた。

真琴 「今日こそどっちが上からはっきりさせてやるわよっ」

片や、長い狐色の髪の両側にリボンをつけた勝気そうな少女、沢渡真琴。

美汐 「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

片や、髪の短い大人しげな少女、天野美汐。

この二人こそ、現在魔法学院に在学する生徒達の中でもっとも才能に溢れ、そしてもっとも問題を引き起こしている魔術師の卵達であった。

真琴 「まずは挨拶代わりよっ。ファイアボール!」

美汐 「ならばこちらも。ウィンドシールド!」

バァンッ!

真琴の放った炎の塊は、美汐の周囲に発生した風の盾によって弾き飛ばされ、建物の一角を破壊した。
周りにいた生徒達が巻き込まれた他の生徒の救出と、建物の消化に当たる。
直接止めることは講師達にさえ難しい二人の争いのため、見ている者が出来ることはこうして被害を最小限にとどめることだけであった。」

真琴 「まだまだ! サンダーボルト!」

美汐 「アースホルン!」

無数の雷が真琴によって発生させられるが、美汐が大地から引き出した岩の柱が避雷針となってそれらを防ぐ。

美汐 「こちらも防戦一方ではありませんよ。術式の完成はこちらの方が早いですから。エアロスラッシュ!」

振りぬかれた美汐の手からは風の刃が飛び、真琴を吹き飛ばす。
だがそれで怯むような真琴ではなかった。

真琴 「ならこっちは大技! グランフレイム!」

炎の柱が地面を這いながら美汐に迫る。
それは美汐を飲み込んだかに見えたが・・・。

美汐 「アクアシールド。私の防御は崩せませんよ」

真琴 「やってくれるじゃない。むかつく〜」

 

 

 

祐一 「うーん、声をかける暇も手を出す余裕もありゃしねえな」

佐祐理 「お二人ともすごいですねー」

駆けつけた時には既に二人の魔法合戦は始まっており、どうにも手のつけられない状態だった。
何しろ二つの巨大な魔力がぶつかり合っているのだから、下手に飛び込んでいったら巻き添えで吹き飛ばされる。

祐一 「なんとかならないか、佐祐理さん?」

そうこうしているうちにも二人の魔法の打ち合いは続く。
一発一発の威力は真琴の方が上だが、ひとつの魔法を打ち出すまでの時間が美汐の方が早い。

佐祐理 「いくら佐祐理でも無理ですよ。カタリナ先生なら強引に止めることも出来るでしょうけど」

祐一 「そもそもあの人の放任主義とやらがこの問題を引き起こしてるんじゃないのか?」

生徒の自主性を重んじるカタリナは、生徒の問題は生徒が解決すべきとして、こうしたいざこざに講師が手を出すことを禁じているらしい。

祐一 「いい加減だ。それでいいのか? 教育者として」

佐祐理 「ここでは、ほとんどの授業は自習なんです。自分で考えて、自分で学習することで色々憶えていくようにと」

祐一 「つまり、サボってても怒られない代わりに、そいつはまったく成長しないってわけか」

考えようによっては恐ろしく厳しいシステムだ。
自主学習の出来ない者はどんどん回りに置いていかれる。
だが祐一には、そのシステムがこの二人の対立を生み出しているようにも思えた。

祐一 「必修の授業の類がないってことは、出来る奴はその気になればトコトンサボれる。そういうのって、努力してる奴にはすごいむかつくことだと思うんだよな。で、ずっと努力しなかった奴は誰かに追いつかれそうになってもどうやって努力していいかわからないから、追ってきてる奴に食って掛かる」

佐祐理 「それがこの争いの発端ですか」

祐一 「そういうことだな」

結局二人が疲れて引き分けで終わるまで、祐一達にも手出しすることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

祐一 「沢渡真琴。魔力値2760、得意な魔法は炎、雷、地、光属性の攻撃系、攻撃補助系。好きな食べ物は肉まん・・・って何だこりゃ?」

最後だけ手書きで付け加えられた項目がある。
おそらく本人が書き足したのだろう。
なんとなく性格が窺える。

祐一 「で、天野美汐。魔力値2110、得意魔法は風、地属性の攻撃系および防御、補助系、水属性の防御、補助系、治癒系、それに闇属性に呪術系? こっちもなんか癖がありそうな・・・」

本人達に直接会う前に、祐一達は特別に借りてきた生徒ファイルを開いて二人のデータを見ていた。

祐一 「そういえば、佐祐理さんはこのデータに照らし合わせるとどんな感じなんだ?」

佐祐理 「聞きたいですか? えっとこの間測ったときは・・・・・・魔力値2500、得意魔法は炎、光の攻撃系、風、地の防御、補助系に治癒系といったところでしょうか」

祐一 「ならこう考えられるか。沢渡真琴は総じて攻撃、天野美汐が防御が得意で、佐祐理さんがバランス的と」

佐祐理 「一概にそうとは言えませんけど、悪くない考え方だと思います」

祐一 「ややこしい。魔法のことはよくわからん」

魔力のない祐一は魔法に関してはまったくの素人であった。
ゆえにこの手のデータを見ても大した役には立たない。

祐一 「やっぱり直接本人に会うのが一番か。それぞれ行って説得するのも面倒だし、別々に行くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

佐祐理 「えっと・・・・・・どうしてこうなってしまったんでしょう?」

昨日と同じ学院中央広場。
佐祐理は非常に困っていた。
この日も真琴と美汐が対峙しているのは変わりなかったが、何故か今日はそこに、真琴側には舞、美汐側には祐一が立って同じく対峙しているのだ。

真琴 「なーによ。助っ人を連れてくるとは卑怯じゃないっ!」

美汐 「まったく説得力がありませんよ。そっちにだっているじゃないですか」

説得して仲直りさせるはずが、事態はまるで進展していない。

佐祐理 「舞も祐一さんも、どうしちゃったんですか?」

舞 「・・・真琴は悪くない。だから私は真琴に味方する」

祐一 「いいや、この場合正しいのは美汐の方だろ。俺はそっちの言い分は認めん」

真琴 「ふんっ、舞の方がずっと頭いいわよ。そうよ、真琴はなーんにも悪くないんだから」

美汐 「相沢さんの言うとおり、私は何も間違っていません」

全員の意地がぶつかり合い、魔力と殺気が渦巻いてカオスを作っているが佐祐理にはわかった。
細かい経緯はわからないが、舞を真琴、祐一を美汐の説得に送り出したのは失敗だったと今になって反省する佐祐理だった。

 

人は同じ境遇の者同士、惹かれ合うものなのかもしれない。

努力家にとって、才能を傘に来ている者はどうしても許せなくなってしまうもの。
魔力0として、誰にも認めてもらえなかったから、認めてもらうために剣の腕を磨く努力を続けてきた祐一にとって、同じ様に努力によって上を目指している美汐は共感できる相手だった。

才能に恵まれた者にも、その者なりの苦労はあった。
高い魔力の持ち主だった舞は、それゆえ逆に子供の頃は周りから疎まれてきた。それは決して自分が悪いわけではないのに。だから舞は同じく才能を持って生まれた真琴に同情する。

 

祐一 「舞・・・おまえとはどこかで決着をつける必要があったよな」

舞 「・・・大会で名雪が言ってたことに少し賛成。才能のある人間を嫌うのはただの妬み」

美汐 「真琴、その曲がった根性、私が正してあげます」

真琴 「偉そうに、むかつくのよ、このネクラガリ勉!」

真琴と美汐の喧嘩腰が祐一と舞にまで伝染し、のっぴきならない状況になりつつあった。
全員テンションが上がっており、かなりマジだった。

佐祐理 「は、はぇ〜」

これを止めるべきは自分だと佐祐理は思っていたが、おろおろするばかりでどうするべきかわからない。

真琴 「いつもどおり、先手必勝! ファイヤーストーム!」

ゴォオオオオオオオ

炎の渦が美汐と祐一をまとめて襲う。

祐一 「小賢しいぜ。ウィンドクラッシャー!」

大剣を薙ぎ払い、風で炎を霧散させる。
その隙に術を組み上げた美汐の魔法が発動する。

美汐 「ストームブラスト!」

ドンッ

風の塊が真琴と舞のいた場所にたたきつけられるが、間一髪舞が真琴を連れて跳び下がっていた。
そこから舞は剣を構えて一気に突撃をかける。

舞 「はっ!」

祐一 「なんの!」

ガキィン!

二つの剣が交わる。
その横から真琴と美汐の魔法が交互に飛び交う。

佐祐理 「あ、え、い、お、う〜」

交わる剣と剣。
飛び交う炎と風。
砕ける地面。
破壊される建物。
吹っ飛ぶ人間。

佐祐理 「さ、さゆりわ〜〜〜・・・・・・」

煙を噴き始める佐祐理の頭。
互いを罵りあう真琴と美汐。
剣を振るう祐一と舞の怒声。

真琴 「真琴の気も知らないで勝手なことばっかりーっ!」

美汐 「そちらこそ、私がどれだけ苦労してるとっ!」

舞 「・・・そんな祐一なんて、一生へなちょこ」

祐一 「言わせておけば好き放題!」

佐祐理 「・・・・・・・・・」

 

 

ぷっつん

 

 

佐祐理 「・・・ライトニングレイ

 

 

チュドォーーーン!!!

 

 

佐祐理の放った光の魔法によって、広場の半分以上が吹き飛ばされた。
周りにいた生徒達ももちろん巻き添えを受けたが、爆心地にいた祐一達は全員多大なダメージを受けてひっくり返っていた。

美汐 「・・・一体・・・」

祐一 「なんだぁ?」

舞 「・・・佐祐理?」

真琴 「何すんのよっ!」

佐祐理 「・・・・・・何すんのよ、ですって?」

真琴 「あ、あぅ?」

ゆらりと佐祐理の体が揺れながら四人に近付いていく。
得たいの知れない迫力を感じて、四人は思わず身を引く。
だが佐祐理は幽鬼のような感じでどんどん近付いていき・・・。

ぽかっ×4

手にした杖で全員の頭を叩いた。

佐祐理 「がたがたぬかしてんじゃありませんっ!!!」

四人 『は、はいっ!』

いまだかつて見たこともないように佐祐理の剣幕に皆すくみ上がる。

佐祐理 「この光景を御覧なさい! こんなに皆様に迷惑をかけて!」

美汐 「・・・この光景の大半は・・・」

真琴 「あんたの魔法の所為じゃないのよぉ!」

佐祐理 「お黙りなさい!!」

真琴 「あぅ〜・・・」

舞 「・・・佐祐理、怖い」

佐祐理 「四人ともそこに座りなさい!」

祐一 「え〜と・・・・・・佐祐理さん?」

佐祐理 「さっさとする!!」

祐一 「は、はいー!」

今の佐祐理に対しては一切の反論は許されなかった。
四人はすごすごと佐祐理の前に並んで座る。

びしっ

真琴 「痛ッ、何すんの・・・」

佐祐理 「だらしなく座らない! 正座!!」

真琴 「あぅーっ」

四人は正座して佐祐理の前に並ぶ。

佐祐理 「いいですか、よくお聞きなさい・・・・・・」

そこからは延々と続く説教だった。
少しでも口答えしようものなら炎の魔法でこんがり焼かれる。
説教はまずミイラ取りがミイラになった祐一と舞のことを言及し、そこから少しずつ発展して喧嘩はいけないという話になり、学院生の正しいあり方、魔術の正しい使い道から何故か料理の味付けの話に飛び、人という字の成り立ち、世の中の生態系。
いつしか聞いているのは四人だけではなく、一時は避難していた学院生達も集まって聴講している。
さながら課外授業のようであった。
魔法によって穿たれたクレーターの中心で行われているのが非常にシュールだったが。

説教は太陽が沈んで魔法外灯が点っても尚続き、何故か栄養学の話になっていっていた。

佐祐理 「いらいらするのはカルシウムが足りないからなのです。お魚、特に小魚をしっかり取っていれば、気持ちが静まり、喧嘩などすることもなくなるのです。それから・・・・・・」

他の学院生達は夜が更けていくにつれて少しずつ姿を消していくが、祐一達四人はうとうとでもしようものならウェルダンまで焼かれてしまう。
はっきり言って拷問そのものな説教は延々十数時間続き、さすがに自身が眠くなった佐祐理が終わりを告げた。
ほっとしたのも束の間、すっかり痺れた足を崩そうとした瞬間、再び佐祐理の檄が飛ぶ。

佐祐理 「あなた方はそこで朝までずっと、天より高く海より深く反省していなさい! 少しでも姿勢を崩そうものなら結界に引っ掛かるようにしていきますから」

四人が正座している周りに結界魔法を施すと、佐祐理は借りている部屋へと戻っていった。
途中一度だけ振り返り・・・。

佐祐理 「もし少しでも反省してない人がいましたら、明日また続きを聞かせてあげますからね」

そう言って去っていった。
取り残された四人は、結界の所為で朝まで一睡もできなかったという。
眠ると姿勢が崩れるため、結界に触れてしまうのだ。
実例は真琴が見せてくれたため、他の三人はなんとか寝そうになるところで踏み止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る     次へ