Kanon Fantasia

 

 

 

第10話 サーガイア魔法学院

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香里 「・・・・・・」

華音王国国境。
緑河のほとりで、香里は一人星空を見上げていた。
色々と手間取ったため、予定よりかなり遅れて河越えをすることになった。
隣りのセーレスまで行けば、そこから街道を真っ直ぐ行くだけでサーガイアに着く。
奇しくも、祐一達と同じ目的地を彼女らも定めていた。

香里 「サーガイア・・・か」

美凪 「・・・どうされました?」

香里 「・・・・・・もう慣れてきたけど、気配消して近付かないでくれるかしら」

美凪 「・・・すみません・・・くせで」

香里 「ま、いいけどね」

美凪 「・・・隣り、いいですか」

香里 「ええ」

香里の横に腰掛けて美凪も星空を見上げる。
雲もなく、月もない日なので、星がよく見える。

美凪 「・・・星、好きですか?」

香里 「そうね・・・嫌いではないわ」

美凪 「・・・そうですか」

二人して静かに空を見上げる。
この時間帯、名雪とみちるはとっくに寝ており、潤はどこかへ行っている。
しかし、この二人だけでこうするというのも珍しかった。

美凪 「・・・あ」

香里 「どうしたの?」

美凪 「・・・香里さんの星が、少し動きました」

香里 「それって、例の星占い?」

美凪 「・・・はい。近いうちに、再会の兆しが出ています」

香里 「・・・・・・再会? あたしに? そんな相手、あたしにはいないわよ」

美凪 「・・・ですが、星は嘘をつきません」

ごそごそ

美凪は懐から封筒を一つ取り出して香里に差し出す。
何度か見ているが、相変わらず毛筆で『進呈』と書かれてある。

美凪 「・・・よい再会でありま賞」

香里 「一応、ありがとうと言っておくわ・・・」

思いをはせるのは、遥か遠い空の彼方・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栞 「?」

その少女、美坂栞は、ふと誰かに呼ばれたような気がして振り返った。
だが当然のように、そこには誰もいなかった。
それもそのはず、彼女がいる場所は遥か雲の上なのだから。

幽 「何してやがる?」

栞 「いえ、なんでもありません」

そこにいるのは栞の他にはただ一人。
伝説の魔人と呼ばれる男だけだった。
栞が憶えている限り、この男が自分を名前で呼んだことなどない。
大概は小娘だのチンクシャだのと非常に失礼な呼び方をする。
だが今聞こえた声は、確かに自分の名前を呼んでいた。

栞 「もしかして、お姉ちゃんかな?」

顔も思い出せない相手。
しかし、確かに自分には姉がいた。
それは、記憶を持たない栞が抱く自分自身のかすかな手がかり。

幽 「おい小娘、とっとと来ねえとそこから蹴落とすぞ」

栞 「そんなこと言う人、嫌いです」

幽 「どうせその程度じゃ死なねえだろうが、おまえは」

栞 「そうですね」

幽 「そうだな。いいアイデアかもしれねえ。おまえのちんたらした歩調に合わせてたらいつまで経っても山越えになりゃしねえ」

栞 「そもそも、世界最高峰って言われる山脈を普段着のまま越えようとしている時点で何かが間違ってる気がします」

普通なら100%死ぬだろう。
だが幽と栞は華音の北海を出てから、面倒な河越えを避け、北から西に続くこのシベール山脈に入り、もう二週間以上になる。
もちろんこんな場所であるから、ろくな食事も取っていない。

幽 「とっととでけえ街行って酒と飯だ。それと女だ女。こんな小娘じゃなくて上物の女がいい」

栞 「悪かったですね、小娘で。幽さんこそそこから落っことしちゃいますよ」

幽 「やれるもんならやってみなチンクシャ小娘」

栞 「むぅ」

仮に落としたとしてもこの男は死なないどころか五体満足でいるかもしれない。
そもそも、特別な体である栞と違い、一応幽は生身の体なのである。
それでこの山脈を平然と進んでいるのだから、やはり化け物だった。

栞 「あ、雲が晴れてきましたね」

ずっと眼下を覆っていた雲海が晴れていく。
この二週間何度も目撃してきたが、何度見てもその雄大な光景に心奪われる。

栞 「うーん・・・絵にしたいですね」

幽 「どうせスライムの絵ができるだけだろ」

栞 「そんなこと言う人、嫌いですってば。あれ? あそこに街が・・・・・・大きな街ですねぇ」

雲の切れ間から遥か地平線の方角に街が見えた。
かなりの距離がありそうだが、それでもはっきりと街の存在がわかるくらい大きな街だった。

幽 「サーガイアか」

栞 「あれがですか」

記憶の曖昧な栞でも、一般的な知識はあった。
魔法学院で有名なサーガイアくらいは知っている。

幽 「チッ、この際選り好みするのも面倒だ。あそこで我慢してやる」

栞 「行くんですか?」

幽 「ああ、とっととな。こっち来い」

栞 「・・・・・・なんかすっごく嫌な予感がするんですけど」

幽 「だったらてめえで行きな。こっから行くのが手っ取り早いからな」

ここと言って幽が示すのは、先ほどから話題に上っている断崖絶壁のことである。
確かにそこを行けば相当近道になるが・・・。

栞 「普通の人間だったら十回くらい死ねそうですよ?」

幽 「俺は普通の人間じゃねえ。おまえも普通じゃねえ。問題ねえだろ。そうだな、おまえの能力使ったらもっと速そうだな」

栞 「本気ですか?」

幽 「さっさとやれ。俺は気が短けえんだよ。とっとしねえとマジで突き落とすぞ」

栞 「はぁ、わかりましたよ」

崖に向かって立ち、栞は精神を集中する。
場所的にも、栞の能力が使いやすい場所なので、すぐに力が集まる。
力を開放すると、栞の立っている場所から下に向かって水が流れていくような勢いで氷の道が生まれる。
それは遥か崖の下、見えない場所まで続いていく。

栞 「・・・ふぅ・・・・・・っ!?」

どかっ

能力を使い終わった瞬間、後ろから押された。
当然、崖下に向かって一直線である。
いくら死なないだろうからと言って、死ぬほど怖いことに変わりはない。

栞 「きゃあーーーーーー!!!」

まっ逆さまに落下していく栞の体。
数秒間の自由落下の後、ふっと体が持ち上げられた。

栞 「あ・・・」

氷の道を滑り降りてきた幽が空中の栞を抱き上げ、そのままどんどん滑っていく。
スキーの超上級者コースなど比べ物にならない超傾斜を軽々と滑り降りていく幽。

栞 「・・・もぅ」

呆けているとまた放り出されそうなので、栞は幽の体にしがみ付いた。
常に乱暴、残虐、がさつ、ぶっきらぼうと数えれば悪い部分は切りがないが、傍にいると安心する、絶対的に強い男。
栞にとっては、今たった一人頼れる存在である。

幽 「しがみ付くな、暑い」

栞 「はい?」

気がつくとまた宙に投げ出されている。

栞 「きゃあーーーーーーー!!!」

そしてまた同じことの繰り返し・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サーガイア。
魔力が人間の力の基準とされてい世界において、その魔力が強い者が高い評価を受けるのは自明である。
ゆえに、多くの国が魔力の高い者、即ち魔術師を欲している。
そんな魔術師を育成しているのが、ここサーガイアの魔法学院である。
規模的にはかなりのものがあった。

祐一 「これが魔法学院かよ・・・。城並の大きさだな」

佐祐理 「何しろ、大陸一の魔術師養成機関ですからね」

この都市は中立地帯とされているが、それでもひとつの場所に多くの魔術師を集めることを快く思わない者達は、別の場所にも魔術師育成機関を設けているが、それらはここの施設には遠く及ばないレベルでしかない。
本当に優れた魔術師を目指すならば、誰もがこの魔法学院で学ぶことになる。

佐祐理 「佐祐理もここで昔魔術の勉強をしました」

祐一 「そうか。じゃあ、案内は佐祐理さんに任せていいってことだな」

佐祐理 「はい。お任せですよー」

一行は佐祐理を先頭に魔法学院の敷地内に足を踏み入れる。
が、何故かさやかだけがついてこない。

祐一 「何してんだ?」

さやか 「こういうところって苦手だから。私はその辺ぶらぶらして待ってるよ」

祐一 「? そうか。まぁ、おまが団体行動を乱すのはいつものことだが」

さやか 「そうそう。いってらっしゃ〜い」

門のところでひらひらと手を振るさやか。
今度こそ残りの三人は学院内に入っていった。

 

 

 

 

 

中は外から見た時よりもさらに広いと感じられた。
建物はそれこそ本当に城のような大きさがあり、それさえも上回る高さの塔がいくつも建っている。
そしてあちこちに魔術師らしき者達がいて、いかにも魔法学院という雰囲気を醸し出している。

祐一 「あの折原浩平の話だと、何か問題があるってことだったけど・・・」

佐祐理 「平和そうですね」

ざっと見ただけでは問題が起こっているようには見えない。
もっとも、こうした機関が問題を表沙汰にするとも思えないので、まだわからない。

佐祐理 「とりあえず、学院長にご挨拶しましょう」

町ひとつを端から端まで歩いたぐらいの距離を進んだ先に、学院の中央施設があった。
まずは学院長がいるというその建物に入る。

カタリナ 「まぁ、倉田さんですか? おひさしぶりです」

佐祐理 「おひさしぶりです、先生。ご無沙汰でした」

出迎えたのは、年齢的にそこそこいっているはずなのに、秋子並に若作りの女性。

祐一 「(この人が、秋子さんと並び称される連合軍の英雄、大賢者カタリナ・スウォンジーか・・・)」

古今東西あらゆり魔術を極めたとさえ言われる、古の大賢者と同格の称号を与えられた現代唯一の人間。
魔力値30000というのは、人間では並び立つ者がないとさえ言われる天文学的数字だったが、実はそれに匹敵するほどの魔力の持ち主があと三人いた。
その四人を合わせて、世界四大魔女と呼び、四死聖が現れるまでは地上最強と謳われていたほどだ。
ただし、四大魔女の他の三人は今では行方知れずとなっており、世間的に高い地位を持っているのはカタリナ一人であった。

佐祐理 「あ、紹介しますね。こちらが魔法学院の学院長で、カタリナ先生です。先生、この二人は佐祐理の友達で・・・」

祐一 「相沢祐一です」

舞 「・・・川澄舞です。よろしくお願いします」

非常に珍しいことに、舞が敬語を使っていた。
目の前の人物の偉大さを肌で感じ取ってのであろう。

カタリナ 「相沢さんに、川澄さんね。・・・もしかして相沢さんは、水瀬さんの・・・」

祐一 「・・・はい。水瀬秋子は、俺の叔母です」

カタリナ 「そうですか。少し似ていますよ」

祐一 「そうですか? あんまりそう言われたことはないですけど・・・」

カタリナ 「似ていますよ。穏やかさの中に強さを感じるその眼差しが特に」

祐一 「はぁ・・・」

カタリナ 「それに・・・」

祐一 「それに?」

カタリナ 「・・・・・・いえ、なんでもありません」

首をかしげる祐一。。
しかしカタリナはそれ以上は何も言わず、話題を変える。

カタリナ 「それにしても、どうしたのですか、突然?」

佐祐理 「えっと、先生は、最近各地で起こっている魔物騒ぎをご存知ですか?」

カタリナ 「ええ、知っています。ここにも何度か、魔物退治を頼みに来た人がいますよ」

佐祐理 「ここは大丈夫なんですか?」

カタリナ 「くすくす、ここをどこだと思っているんですか、倉田さん。世界最高の魔法養成機関、サーガイア魔法学院ですよ。並の魔物が百匹程度襲ってきても、大した問題にはなりませんよ。逆に・・・」

佐祐理 「あ・・・」

もし、この魔法学院に被害を及ぼすほどの魔物が出現したとしたら、騒ぎどころでは済まないはずだった。
何せそれは、世界最高の魔術師、カタリナ・スウォンジーでさえ手におえない存在の出現を意味するのだから。
騒ぎどころか世界の危機である。

カタリナ 「でも、心配してくれてありがとう」

佐祐理 「いいえ、当然のことですから」

カタリナ 「そうですね・・・・・・問題・・・と呼んでいいものかどうか・・・」

祐一 「? やっぱり何か問題があるんですか?」

カタリナ 「あら? まるで問題があると確信してここへ来たような口振りですね」

祐一 「あ、いや・・・」

佐祐理 「祐一さん、先生は嘘を見抜くのがとってもうまいんです。実はですね・・・」

佐祐理は掻い摘んでここに至るまでの道中であったことを話した。
一応プライバシーの問題に気を使ったのか、折原一門の名前は口に出さなかったが、ある筋からの情報で、魔法学院に少し問題が発生していると。

カタリナ 「・・・どこから漏れたのでしょう、そんな話」

佐祐理 「やっぱり何か・・・」

カタリナ 「うぅん・・・そうですね、倉田さん達なら信用できますし。内々に問題を解決したかったけれど、倉田さんくらいでないと任せられることでもありませんし・・・」

佐祐理 「?」

カタリナ 「外の敵より内の敵が怖い、と言った感じでしょうか」

祐一 「どういう意味ですか?」

カタリナ 「今、この魔法学院には二人の天才がいます。ええ、倉田さんと同等か、それ以上の・・・」

佐祐理 「あははー、佐祐理はそんなに大したことないですよ。買い被りですよ」

カタリナ 「まぁ、倉田さんのことはこの際置いておいて、困ったことというのは、その二人の仲が非常に悪いことと、二人とも性格に少々難があるということなんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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