Kanon Fantasia

 

 

 

第8話 天下を狙う男

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祐一達おてんこ小隊が華音の王都北海を出発してから一週間。
彼らは華音西の国境地点までやってきていた。
同じ頃名雪達ねこねこ集団は、まだ王都の隣町で路銀稼ぎに奔走している。
それを尻目に、祐一達は隣国へ渡る準備に入っていた。

祐一 「こいつが大陸三大大河の一つ、東の緑河か。まるで海だな」

大陸を三分割すると言われる三大大河。
北のオーロラ河、西のノワール河、そして華音と西側とを分けるのが、この緑河である。
長さ、広さともに並の河とは比べ物にならず、これを渡るには海を渡るのと同じ感覚でいく必要があるという。

さやか 「いやー、いつ見ても絶景だね」

佐祐理 「さやかさんは来たことがあるんですか?」

さやか 「まぁね。これでも若い頃はよくあちこち旅したもんだから」

祐一 「今の台詞からすると、やっぱりおまえかなり歳いって・・・」

ばきっ ずびしっ ばちん

さやかの裏拳、舞のチョップ、佐祐理のビンタが立て続けに祐一にヒットする。
目にも留まらぬ早業であった。

舞 「・・・失礼」

佐祐理 「祐一さん、女の子に歳の話は駄目ですよ」

さやか 「そうそう。私は永遠の十代だよ」

祐一 「・・・・・・すまん」

 

 

 

 

 

華音と隣国セーレスとの国境は、ちょうど緑河上に存在していた。
ゆえに、大河を横断する船の手配と、出入国手続きを同時に行う必要があるため、手っ取り早くもあり、面倒でもあるのだ。
大概の旅人はここで丸一日待たされることになる。

祐一 「さて、手続きが済んで、しかも船が出るまでまだまだ時間があるな。どうする?」

舞 「・・・お腹空いた」

さやか 「確かに。何か食べるのが妥当じゃないかな。ここは結構いいお店があったはずだよ」

佐祐理 「賛成です」

というわけで、船が出るまでの時間潰しに、祐一達は食事をとることにした。
道中ではあまりいい物を食べられないので、こういう大きな町に立ち寄った時に食べておく必要があるのだ。

さやか 「あ、ここなんかよさそうね」

祐一 「何の店だ?」

さやか 「まぁ、簡単なレストランだけどね。華音とセーレスの料理がうまーい具合にミックスされてて、ちょっと独特の味を出してる店よ」

佐祐理 「詳しいですね」

さやか 「旅の水先案内人なら任せてちょーだいよ」

舞 「・・・ここにする」

三人が話している間に、舞は早くも店のドア付近にいた。

祐一 「せっかちな奴だ。俺達も行こうぜ」

中に入ると、さやかの言うとおり、どこか独特の雰囲気が漂う店だった。
メニューを見ても、馴染みの華音料理の他に、セーレス料理やら、聞いたこともない料理やらが書かれていた。
その中から適当に見繕って注文すると、四人は一落ち着きした。

祐一 「それにしても、結構疲れたな」

佐祐理 「そうですねー。北海を出てから一週間、歩き詰めでしたから」

さやか 「旅慣れしてないとキツイかもね。でも、まだまだ予定道程の半分も消化してないけど

佐祐理 「ええ、サーガイアはまだまだ遠いです」

 

客A 「ランバート公国のシュッツガルト公はどうだ? なかなかの人物らしいぞ」

客B 「いやいや、アイル共和国の橘公だろう」

客C 「何を言う。文句なしに、当国の北辰王だ」

 

祐一 「? 何の話だ、ありゃ」

さやか 「ああ、なんか、大陸を統一するとしたら誰がいいかって談合みたいよ」

 

客D 「いや待て待て、北辰王の宰相、水瀬秋子。こっちの方が優れた人物らしい」

客E 「それなら、聖都の大司教殿という線もいけるぞ」

男 「折原浩平」

客達 『ん?』

祐一 「む・・・」

舞 「・・・・・・」

男 「折原浩平なんて名前はどうだ?」

客A 「折原・・・知ってるか?」

客B 「ああ、あれだろ。折原一門の若殿。確かに力だけなら折原一門も十分だが・・・」

 

祐一 「折原一門って何だ?」

佐祐理 「あれ? 祐一さん知りませんか。エターニア王国を治める一族のことですよ。先の戦乱では、もっとも力を持っていたと言われながら、それゆえに危険視され、連合軍では重い地位に置かれていなかったと聞いてます」

男 「そうなんだよ。ひどい話だと思わないか?」

祐一 「うわっ、びっくしりした」

他の客達と話していたはずの男が、いつの間にか祐一達のテーブルに一緒に座っている。
その際に、まったく気配を感じさせなかった。

舞 「・・・何者?」

男 「そう警戒するなよ。怪しいもんじゃない。俺は浩平ってんだ」

祐一 「浩平だって?」

今まで話題に上っていた折原浩平と同じ名前だった。

浩平 「そう。折原浩平と同じ名前だ。だからさ、折原浩平が天下を治めたら、俺はそれと同じ名前ってことで有名になれるって寸法さ」

祐一 「って、それは別にあんたが有名になるわけじゃないだろ」

浩平 「そりゃそうだ」

つかみ所のない男だった。
最初は身のこなしからかなりの実力者かと思ったが、こうして接しているとまったくそんな感じがしない。
しかも話していて非常に親しみを覚えやすい。

浩平 「ま、それはいいとして、一つ聞きたいことがあるんだけど」

祐一 「何だ?」

浩平 「実はな、華音大武会を見に来たんだが、道に迷って間に合わなかったんだよ。どんな大会だったか、知ってたら教えてくれよ」

祐一 「それは・・・」

ここにベスト8が三人いる。
などと自分から言うのも照れる。
しかも大会は半ばで騒ぎのため中止になっている。
緘口令が敷かれているが、人の噂を止めることが出来るはずもなく、魔物騒ぎは皆知っているはずだった。

佐祐理 「あははー、実はですね。ここにいる三人はみんなベスト8なんですよー」

浩平 「ほー、そいつはすごい。それは是非とも・・・・・・手合わせ願いたいな」

言うべきかどうするか悩んでいると、佐祐理がすぐに伝えてしまった。
それを聞いた浩平の表情が一瞬変わる。
ほんの瞬間だったが、それを見逃す祐一や舞ではない。

祐一 「・・・・・・」

舞 「・・・・・・」

浩平 「・・・・・・」

さやか 「・・・ねぇ、さっきから店の外の方からコーへーコーへーって声が聞こえてるんだけど、君のことじゃないの?」

浩平 「おりょ」

僅かに緊迫した空気が、さやかの一言で元に戻った。
浩平がその言葉に反応すると同時に、店の扉が開いて一人の少女が入ってきた。

少女 「あ、やっぱりここだったー」

浩平 「よう、瑞佳、どうした?」

瑞佳 「どうした? じゃないよ。早く手続きしないと午後の便に間に合わないでしょ」

浩平 「あー、悪い悪い。ちょっと腹が減ってな。ちょっと待ってろ、すぐ行く」

瑞佳 「浩平のすぐはアテにならないよ」

浩平 「信用ないな」

瑞佳 「まったくだよ。少しは信用させてよね」

浩平 「へいへい。なぁ、おまえ名前は?」

瑞佳と呼ばれた少女と話していた浩平は、振り返って祐一に問い掛ける。

祐一 「俺は相沢祐一だけど?」

浩平 「なら祐一、午後の船に乗るか?」

祐一 「ああ」

浩平 「じゃ、その時また会おう。少し頼みたいことがあってな」

祐一 「?」

浩平 「それじゃ、また後でなー」

浩平とその連れ、長森瑞佳の二人は連れ立って店から出て行った。
いや、行こうとしたところで店員に止められた。

店員 「お勘定を」

浩平 「あ、瑞佳頼む」

瑞佳 「もう! またぁ」

渋々といった感じで瑞佳が財布を取り出して勘定を支払う。

浩平 「ごちそうさん」

瑞佳 「絶対いつか返してもらうもん」

二人は店を出て行った。

 

さやか 「ふぅん、あれが折原浩平かぁ」

祐一 「やっぱり、本人なのか」

さやか 「そうでしょ。気をつけた方がいいよ。何せ七年前、当時今の君と同じくらいの歳で天下分け目の戦いを利用して天下の形勢をひっくり返して、折原に天下を取らせようなんて大胆な計画を立ててたほどの男だからね。どんな頼みごとする気か知らないけど、絶対うまく利用されるよ」

祐一 「・・・・・・」

舞 「・・・何か企んでいるなら、返り討ちにする」

さやか 「手強いよ。彼自身はもちろん、彼の周りには超強力な折原八輝将がいるからね」

折原一門の若殿、折原浩平と、八輝将。
さっそくとんでもない連中と遭遇したらしいと感じる祐一であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。
彼らは船上の人となっていた。
海かと思われるほどの広さを持つ大河は、大型船をもってしても渡りきるのに一晩を要する。
言うなれば、夜行船である。

祐一 「・・・そろそろか」

部屋にいた祐一は、知らない間に枕もとに置かれてあった手紙を読んでここにいる。
それは折原浩平からの呼び出し状だった。

浩平 「よう、来てくれたか」

ほどなく、一人の少女を伴って浩平が現れた。
昼間連れていた瑞佳という少女とはまた違う。
もう少し大人びた少女だった。

浩平 「あ、そうそう、彼女は川名みさきさんだ」

みさき 「こんばんは」

祐一 「どうも、こんばんは」

にっこり笑ったみさきという少女に対し、祐一も自然と挨拶を返してしまう。
佐祐理に匹敵する、穏やかな笑顔が似合う少女だった。

浩平 「さて、あんまりのんびり話しても寝る時間がなくなるだけだし、手短に行こうか」

祐一 「そうしてくれ」

浩平 「とりあえず目的地なんだが、サーガイアだ」

祐一 「なに?」

そこは元から祐一達が目指していた場所だった。
はたしてこれは偶然か、それとも事前に調べた上で祐一達に声をかけたのか。
確証はないが、おそらく後者だと祐一は感じ取った。
さやかの言ったとおりなら、この男にはそれくらいの裏は存在する。

浩平 「そうそう。もちろん頼みを聞いてくれれば、十分な報酬は支払う」

祐一 「・・・続けてくれ」

浩平 「ああ。実は今、サーガイアの中心とも言うべき魔法学院でちょっとした問題が発生している。その影響で色々サーガイアに問題が出てるんだ」

祐一 「・・・それで?」

浩平 「おまえらには、サーガイアに行ってそのちょっとした問題を解決してほしい」

サーガイアの魔法学院は、以前佐祐理も留学していたことのある、大陸最高峰の魔法学の学び舎だった。
ちょっとした問題というのだからそれほど深刻なものでもないのだろうが・・・。

祐一 「わからないな。それであんたに何の得があるんだ?」

浩平 「ふむ、話す必要はないんだが、まあいい。直接的にはまったく関係ない。しかし、問題が片付くことによって間接的に俺の目的達成に近付くことになる」

祐一 「・・・その目的ってのは?」

浩平 「天下統一」

祐一 「・・・・・・」

浩平 「・・・・・・」

途方もない話に思えた。
だが同時に、この男が本気であることも祐一にはわかった。
本気でやるつもりなのだ。
戦乱の再現を。

祐一 「・・・嫌だと言ったら?」

浩平 「問題ない。おまえらがサーガイアを目指している時点で、もう俺の計画に乗っているのだから」

祐一 「・・・・・・」

浩平 「あそこに辿り着けば、おまえらは嫌でも俺の頼みを聞くことになる。嫌なら最初から行かないことだ」

思ったとおり、最初から祐一達がサーガイアへ向かうのを知った上で声をかけたのだ。
しかしだとすると、わざわざ話を持ちかけた理由がわからなかった。

浩平 「少しおまえに興味が涌いてるのさ。だから、選択権をやろうと思った。俺の計画に真っ向ぶつかってくるか。それとも逃げるか」

祐一 「・・・挑発してる気かよ」

浩平 「そうとも言う」

祐一 「・・・・・・」

浩平 「・・・・・・」

みさき 「・・・・・・浩平君」

浩平 「ん、どうした、みさきさん」

みさき 「澪ちゃんから、一匹取り逃がしたって」

浩平 「そりゃまずいじゃないか」

みさき 「うん。もう真下まで来てるよ」

浩平 「船の上での襲撃とは、またお約束な」

祐一 「何の話だ?」

答えを聞くよりも早く、その答えが出現した。
河の中から何か巨大な質量を持った存在が飛び出して、甲板に飛び乗ってきたのである。

祐一 「な、なんだぁ!?」

浩平 「見たとおり、この河に生息するモンスターさ。最近ここを通る船を頻繁に襲うらしいんで、手を打っておいたんだが、一匹だけここまで来ちまったらしい」

モンスター 「ぐるるるるるぁあああ!!!」

タコにもイカにも見える、しかしまったく別の生物は、唸り声を上げて身震いし、客室の方へと向かおうとする。
その前に祐一と浩平が立ちはだかる。

祐一 「ここから先に行かせるかよっ」

浩平 「みさきさん、手出し無用だ。俺達二人で十分だ」

みさき 「うん。がんばってね」

大型のモンスターに対し、二人は剣を構えて向かっていく。
相手は何本もある足を伸ばして攻撃してくるが、一つの二人には当たらない。

ザシュッ

祐一 「一本!」

ズバッ ズババッ ザシュッ

浩平 「これで四本。あと半分ってことは、タコだな!」

祐一 「んなことはどうだっていい! 一気にケリつけてやるっ」

浩平 「よっしゃ! エターナルソード! ライトニングブラスト!」

ドシュゥンッ!

モンスター 「ぐぉおおおおおおお!!!」

浩平の剣が縦に振り下ろされ、タコ型モンスターが仰け反る。
そこへさらに、祐一が大剣に風をまとわせて突っ込む。

祐一 「喰らえっ、ウィンドクラッシャー!」

ゴォオオオオオオオオ!!!!

竜巻に近い突風が巻き起こり、モンスターは船の上から河に向かって吹っ飛んだ。

みさき 「うん、いいコンビネーションだよ。さてと、手出し無用って言われたけど・・・・・・ごめんね」

みさきはモンスターが落ちていった方に向かって軽く手をかざす。
たったそれだけのことだったが、そのモンスターが再び浮かび上がってくることはなかった。

さやか 「さすがは八輝将最強と呼ばれる風水師、川名みさきね。水の流れを操ってモンスターを河の底に沈めるなんて」

みさき 「あなたほどじゃないよ、四死聖の莢迦さん」

さやか 「何のことだろうね〜。私はただのさやかだよ。それ以上でも、それ以下でもない」

みさき 「そういうことにしておくね」

さやか 「そうそう、そういうことにしておきなさい、みさき」

みさき 「・・・・・・」

その後はモンスターが出現することもなく、朝には船は無事対岸のセーレスに到着した。
到着すると同時に、折原浩平とその連れは姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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