Kanon Fantasia

 

 

 

第5話 魔人再び

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キラーマン 「千人斬りの・・・幽だと?」

観客A 「千人斬りの幽? おい、それってあの・・・」

観客B 「千の人と千の魔物を斬った地上最強の魔人・・・」

観客C 「人を超えた死神、伝説の四死聖の頂点に立つ男・・・」

波紋が広がっていくように、会場がシーンと静まり返っていく。
上の方にいた者は直接声は聞こえなかったが、一度人の口に上れば広がるのは早い。
あっという間にその名前は会場中に知れ渡った。

 

北辰 「あ、あれは・・・!」

それは北辰王の下にまで当然届いていた。
そして多少風貌が変わっていたが、あの金色の両眼を見忘れるはずはない。
あの戦場で、連合軍の陣を素通りしていったあの男に間違いなかった。

秋子 「千人斬りの幽、やはり生きていたのね」

 

 

 

 

 

 

幽 「よぉ、どうした、ん〜? 俺様の名にびびったか、鼻くそ野郎」

左手に下げていた長刀をゆっくり鞘から抜くと、それを肩に担ぐようにして持つ。
細身ではあるが、どこか重厚感漂う長剣を手に、幽は踏ん反り返っている。

幽 「おらおらどうした鼻くそちゃんよ。くやしかったらかかってきてみな。まあ、哀れにも真っ二つになるのがオチだろうがな」

キラーマン 「く、くくく、貴様があの千人斬りの幽だァ? けけえっ、こいつは傑作だな」

幽 「あぁん?」

キラーマン 「俺が聞き知った千人斬りの幽の特徴はな、身も凍るような刃の如き輝きを放つ銀髪に、見る者の心を燃やし尽くす金色の眼だった。貴様はその半分しか満たしてねえじゃねえか。しかも、伝説の千人斬りの幽はもっと年上のはずだぜ」

幽 「だから脳みそまで鼻くそだってんだ。髪の色なんて細かいこと気にしてんじゃねえよ。それとな、俺みたいなイイ男は何歳になっても美形のままなんだよ」

キラーマン 「まぁ、貴様が贋物だろうが本物だろうが関係ない」

シャキーン

両腕に装備したかぎ爪を構えるキラーマン。
しかも今までよりも僅かに長くなっているように見えた。

キラーマン 「公衆の面前でそう名乗ったんだ。てめえを倒せば、おれは伝説の魔人を倒した男として名が売れるってものだ」

幽 「ああ、倒せたらな。その無謀な勇気に免じて特別サービスだ。てめえには、千人斬りの剣を見せてやるよ」

ドクンッ

幽の剣が脈動し始める。
低い唸り声と甲高い鳴き声をさせながら、刃が真っ赤に変色していく。
炎のようであり、血のようでもある真紅の刃が輝きを増していく。

キラーマン 「ハッタリもそこまでくればたいしたものだ」

幽 「ごたくはいいからとっとときな。どのみちてめえの命の灯火はあと数秒で消える運命だがな」

キラーマン 「貴様のがな!」

姿が消えた。
高速の突撃は見ていたほとんど者達に動きが捉えられないほど速かった。
口先だけでなく、間違いなくこの男も大武会優勝候補クラスの実力者だった。
しかし・・・。

幽 「遅すぎだな」

目前に迫るかぎ爪。
だが幽はまったく動じることなく、余裕の体で立っていた。

幽 「無限斬魔剣・紅蓮」

ザシュッ

二人の体が交差する。

キラーマン 「ちっ、外したか。だがてめえのご大層な技も不発だったな」

先に振り返ったのはキラーマンの方だった。
しかし幽はそのまま剣を鞘に納めようとしていた。

キラーマン 「おいおい、まだ勝負は・・・! (な、なんだ? この寒気は・・・いや、あ、熱い? も、燃えるぅ!?)」

己の体に起こった違和感に、キラーマンは慌てふためく。
極寒の中に落ちた後に灼熱の炎に焼かれているような感覚。
幽の剣は当たらなかったと思っていたはずが・・・。

幽 「真っ赤な蓮の花を咲かせな」

キンッ

キラーマン 「ぐぎゃぁああああああああ!!!!」

幽が剣を納めると同時に、絶叫と共にキラーマンの体は真っ二つに裂けた。
鮮血が四方に広がり、まるで大きな蓮の花のように飛び散った。

幽 「だから言ったろうが、てめえ如きに俺は倒せんと」

 

 

 

 

 

 

審判A 「お、おい、これを見ろ・・・」

審判B 「こ、これは・・・あの男の武器の計測値だというのか!?」

審判A 「信じられん、こんな数字が・・・」

『攻撃力4980、魔力25000』

審判A 「水瀬宰相の聖剣エクスカリバーを遥かに上回るだと!?」

審判B 「だが、ちょっと待て、この、あの男自身の魔力は・・・?」

 

 

 

 

 

潤 「す、すげぇぜ・・・。あれが伝説にまでなった地上最強の男かよ・・・」

自分の試合そっちのけで南の舞台を見ていた潤は、槍を持つ自分の手が震えているのがわかった。
頭の中で自分があの男と戦うシーンを何度イメージしても、勝てるという考えがまったく浮かばない。
だがそれでも、あの男と刃を交えてみたいと思う自分がいた。

潤 「やりあいてえ・・・・・・あの男と・・・」

香里 「あら、寄寓ね。あたしもよ。勝てる気が今はしないけど」

対戦相手の香里もまったく同じ気持ちだった。
それなりに強いと自負してきた二人だったが、改めて上には上がいるという現実を直視した。

 

 

さやか 「相変わらず派手な男だね〜」

舞 「・・・・・・」

 

 

名雪 「・・・・・・」

祐一 「な・・・なんなんだ・・・?」

何が起こっているのか理解に苦しんだ。
いきなり横から話し掛けてきたかと思えば、対戦相手は一瞬にして斬り殺した。
しかもその男は伝説の魔人、千人斬りの幽と名乗り、それに相応しい力を示した。
混乱する祐一を尻目に、事態は進行していく。

 

 

 

兵士A 「貴様! 大会では相手を殺すことは禁じられているんだぞ!」

幽 「知らねえな。そいつが弱すぎたんでうっかり力が入っちまっただけだからな」

兵士B 「反省する気もないということか」

闘技舞台から降りようとした幽の周囲を警備兵達が取り囲む。
周囲を槍で囲まれながら、幽は平然と佇んでいる。

兵士A 「貴様があの千人斬りの幽なら、数え切れぬ大罪を犯した者。この場で捕縛する!」

兵士B 「神妙に・・・・・・ぐぁっ!」

ザシュッ

再び鮮血が飛び散った。
詰め寄った兵士の一人が幽の抜き放った剣で斬られていた。

幽 「俺をお縄にしたいなら、ごたく並べる前にかかってきな」

兵士A 「お、大人しくしなければ罪が重くなるだけだぞ!」

幽 「今更一人や二人や百人斬ったからなんだってんだ? 俺は、千人斬りの魔人だぜ」

兵士C 「お、おのれぇ!」

兵士D 「ひっ捕えろ!」

幽 「そうこなくっちゃな。音に聞こえし華音王国騎士団、少しは楽しませてくれよ」

十数人の兵士が一斉に槍を突きつける。
周りを取り囲まれた圧倒的不利な状況を、しかし幽はまったく意に介せずに進んでいく。

ザシュッ

兵士C 「がはっ!」

ズバッ

兵士D 「ぐぉっ!」

幽が一歩進む度、剣が一振りされる度に血が飛び散る。
一人、また一人で兵士が斬り伏せられていく。
しかし幽の方は一太刀も浴びることはなかった。

兵士A 「ひ、ひぃっ!」

兵士E 「ば、化け物だ・・・!」

八割の仲間がやられた頃、残った者達はほとんど戦意を失っていた。

幽 「おいおまえら」

兵士A 「な、ななな・・・!」

幽 「俺と遊んでくれるのもいいがな、こっちにばっか構ってていいのか?」

兵士A 「な、何?」

 

 

同じ頃、会場では別の騒ぎが起こっていた。
突如として一部の観客が魔物と化し、周囲の人間達を襲い始めたのである。

北辰 「何事だ!?」

秋子 「こんなところに魔物? 一体どうして・・・」

警備を厳重にしていたのが功を奏し、被害が大きくなる前に騎士団が対処できたが、魔物が次々に湧き出てきていた。

北辰 「ばかなっ、これではまるで・・・」

 

 

兵士A 「な、どうなっているんだ!? 貴様が魔物を連れてきたのか!?」

幽 「あぁん? 馬鹿言ってんじゃねえよ。あんな醜い魔物どもと俺様がグルなわけねえだろうが。ま、てめえらはとりあえず念仏でも唱えてりゃいいだろうよ」

兵士E 「う、うわぁっ!」

兵士F 「た、助けてェッ」

意地もプライドもかなぐり捨てて、転がるように逃げ出す兵士達の頭上に幽の剣が振り下ろされる。

ギィンッ!

だが、その剣が新たな血を流す前に止められた。

祐一 「ぐ・・・・・・」

幽 「ほぉ」

幽の長剣を、祐一は大剣を盾にして受け止めていた。
しかし、ほとんど同じ体格でパワー的に互角と思われたが、明らかに祐一の方が押されていた。

祐一 「く・・・(お、重い。なんてパワーだ・・・)」

幽 「フッ、俺の剣をまぐれとは言え止めるとは、おまえもそれなりだな。だが解せねえよ」

祐一 「な、何がだ?」

幽 「おまえは魔力がないことが理由で、そいつらに蔑まれてたんだろ。何故そんな憎い奴らを庇う?」

祐一 「確かにあいつらは気に食わん。だからって、何も殺すことはないだろうっ」

幽 「ヌルイこと言ってんなよ。おまえは連中を見返したいがためにこの大会で優勝しようとしたんだろうが。もっとも簡単な自分を強さを認めさせる方法ってのはな、殺してや ることなんだよ。そうすりゃ連中よりもてめえの方が強いことの何よりの証拠になる」

祐一 「無意味に人を殺して何になるって言うんだっ!」

幽 「甘いな。言っておくがな、おまえが大会で優勝した程度で連中がおまえを認めるとでも思ってんのか?」

祐一 「何・・・!?」

幽 「こんな大会如きで勝って小山の大将気取って強いだ? しかもそのためにむかつく連中も殺せねえような甘っちょろい強さでよ、本当の強者になれるとでも思ってやがるのか。くだらねえな」

ガキッ!

祐一 「ぐぁ・・・!」

幽が剣を振りぬく。
バスターソードは真っ二つに折られ、その反動で祐一は弾き飛ばされ、背中から地面に落ちる。

幽 「そんなくだなねえ強さを得たところで、より強い者には再び踏みにじられ、おまえはまた奈落の底に落とされる」

祐一 「ぐ・・・っ」

幽 「実にくだらねえよ。おまえの意地ってのはその程度なものか。周りの連中に認めさせたかったらな、もっともっとはっきりと力を示してやればいいんだよ。邪魔する奴は叩っ斬る。人だろうが獣だろうが、神だろうが悪魔だろうが踏み越えて上を目指す! そして最強の称号のもとに辿り着く! こうやってな」

ドクンッ

再び幽の剣が脈動し、刃が真紅に染まっていく。
その剣を肩に担ぎ、幽は祐一に背を向けて観客席に向かっていった。

 

 

名雪との戦い、それに幽に吹き飛ばされた時のダメージで、祐一は思うように体を動かせなかった。
その目には、背中越しに幽が自分を見下ろしていた金色の眼と、魔物とそれと戦う兵士達を斬り伏せていく千人斬りの魔人の姿が映っていた。

さやか 「相変わらずね、アイツは」

祐一 「さやか・・・。あいつを知ってるのか?」

さやか 「ちょっとね。だから、アイツに関して、君に興味深いことを教えてあげられる」

祐一 「なんだよ?」

さやか 「彼も君と同じ、生まれつき魔力を持たない存在なのよ」

祐一 「!!」

さやか 「ほら、神社で会った時、君のことを他の人と間違えたでしょ。こういう能力があると、つい魔力の質で人を判断しちゃうのよね。だから、魔力がないって時点で、君を幽と間違えたわ」

祐一 「・・・・・・」

千人斬りの伝説の魔人が、自分と同じ魔力0だった。
衝撃の事実と、目の前の光景とに、祐一の頭はさらに混乱した。

さやか 「どう? 感想は?」

祐一 「かん・・・そう?」

さやか 「いいものが見れたでしょ。あれが、君の前に伸びる道の果てに辿り着いた者の姿よ」

祐一 「俺の道・・・だって?」

さやか 「今では誰も彼が魔力0だなどと知りもしない。知ったとしてもだからどうした。絶対無敵・常勝不敗・地上最強、誰一人としてあの男を否定することなどできはしない。あれこそが、強さを極めた者の姿よ」

会場で、幽の剣が振られる度に血が舞う。
魔物の血も、人の血も・・・。

祐一 「違う! 俺は、あんなものになりたいと思ったわけじゃないっ!」

さやか 「でもあれが現実。皆とは違うものとして扱われ、それを否定し続けた末に辿り着いた強さの頂点」

祐一 「あんなもの、俺は認めない! あんな風に平気で人を殺して平然としてるような奴になんか、俺はなりたかったわけじゃない!」

さやか 「少し違うね」

祐一 「何が違うっ!」

さやか 「アイツが人殺しなのは確か。でもそれは細かい性質の違いでしかないわ。要は、周りに何を言われようが、絶対に揺らぐことのない己自身という存在を自らが認め続けることの出来る強さ」

祐一 「?」

さやか 「君とアイツの違い。それは人を殺す殺さないの差なんかじゃない。ましてや実力の差でも。アイツは自分自身を絶対の存在として信じている。君は、人に認められる以前に、自分自身を信じている?」

祐一 「俺、自身・・・?」

さやか 「自分を認めない者を、他人が認めるはずはないよ」

祐一 「・・・・・・」

さやか 「今は考えなさい。急ぐ必要はない。今は思った道を進めばいい。いずれ答えが見付かることもあるでしょ」

 

 

 

 

 

 

大武会は、魔物の出現というハプニングによって中止となった。
幸い、民間人の被害は、死者0、重軽傷合わせて100人足らずで済んだ。
だが、出現し、始末された魔物の数は50を数え、対抗した騎士団からは、死傷者200人を数えた。
ただし、騎士団の死者の多くは、千人斬りの幽の手によるものだった。
魔物騒ぎが収まると、幽は忽然と姿を消していた。

そして数日が経った頃、各地で同様の魔物騒ぎが起こっているとの報告が入った。
何かよからぬことが起こっていることを悟った北辰王は、ひとつの決定を下した。
それは・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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