Kanon Fantasia

 

 

 

第4話 それぞれの思い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後二時、本線開始の時間となった。
席を離れていた者達が続々と戻ってきて、会場内は再び熱気に包まれ始めた。
いよいよこの華音大武会の本番が始まるのだ。

審判 「それでは、改めて選手の紹介を行いましょう!」

 

北の舞台

北川潤
 魔力1420 武器・シルバーランス、攻撃力990、魔力850

美坂香里
 魔力1310 武器・アイアンアックス、攻撃力1020、魔力580

 

東の舞台

川澄舞
 魔力1800 武器・ミスリルソード、攻撃力820、魔力990

美しき謎の巫女
 魔力1350 武器・白木拵えの刀、攻撃力1100、魔力950

 

南の舞台

赤の剣士
 魔力? 武器・長剣、攻撃力?、魔力?

キラーマン
 魔力1440 武器・ヘルクロー、攻撃力1140、魔力860

 

西の舞台

水瀬名雪
 魔力1240 武器・アイアンソード、攻撃力750、魔力720

相沢祐一
 魔力0 武器・バスターソード、攻撃力1080、魔力730

 

ちなみに余談だが、会場では一部の者達が各試合の勝者と、優勝者を当てる賭けをやっていた。

北の舞台は、潤63%:香里37%となっている。
東の舞台は、舞72%:謎の巫女28%。
南の舞台は、赤の剣士44%:キラーマン56%
西の舞台は、名雪89%:祐一11%である。

予選最終戦を見ても尚、多くの人は祐一の勝ちを予測していない。
賭けた者のほとんどお遊びか大穴狙いである。

優勝予想オッズは、潤がもっとも高く4.4倍。続いて舞の8.3倍、香里の10.8倍、名雪の12.2倍、キラーマン13.9倍、赤の剣士15.3倍、謎の巫女20.4倍、そして祐一がもっとも高く28倍となっていた。

どこまで行っても、祐一は大穴でしかなかった。
だが、それはわかっていたことだ。

祐一 「(この大会で変えてやるよ。その評価を180度な。そのためには・・・)」

目の前の敵を倒さなければならない。

名雪 「・・・・・・」

 

 

 

 

審判 「それでは各試合・・・はじめ!」

僅かな静寂の後、大きな歓声が沸き起こる。
そして本戦が始まった。

 

 

 

 

 

北の舞台。

潤 「まさかいきなりおまえと当たるとは思わなかったよ、美坂」

香里 「あたしも、あなただけは避けたかったんだけどね」

潤 「へぇ、さすがに俺には勝てないってか?」

香里 「違うわ」

手にしたバトルアックスを頭上で構える。
その顔は、これからの対戦を心底楽しみにしている者の顔だった。

香里 「優勝するにはここから三連勝しなきゃいけないのよ。ペース配分が大事なのに、あなたが相手じゃ、いきなり全力で飛ばすことになるわ」

潤 「なんせ俺は強いからな」

香里 「そう。そしてずっと、本気で戦ってみたいと思ってたから」

潤 「お手柔らかに頼むぜ」

香里 「無理ね」

親しげな会話を交しながらも、両者とっくに戦闘態勢に入っていた。
屈指の好カードとなったこの北の舞台での試合は、観客の七割が注目していた。

 

 

 

 

東の舞台。

さやか 「あっちはもう始めたみたいね。こっちもそろそろ行こっか?」

舞 「・・・・・・いつでも」

互いに使用する武器は片手でも両手でも扱える剣と刀。
共に右手に持って一定の距離を保っている。

舞 「・・・その傘、取った方がいい」

さやか 「このままでいいよ」

この期に及んで、さやかは薄布付きの傘を被ったままだった。
視界が著しく悪くなるはずだが、本人はまったく気に留めていない。

舞 「・・・名前、聞いておきたい」

さやか 「・・・さやか」

舞 「さやか。なら・・・川澄舞、参る」

さやか 「ゴー」

 

 

 

 

南の舞台での赤の剣士、キラーマン戦もとっくに戦い始めていた。
そして西の舞台・・・。

祐一 「行くぞ、名雪っ!」

しばらくの対峙の後、最初に仕掛けたのは祐一の方だった。
バスターソードを振りかぶって突進する。

名雪 「(祐一の剣は重量のある大剣。それを片手で操れる腕力と、それでもスピードが落ちないのが祐一。攻撃力は明らかに向こうの方が上だけど・・・!)」

ズガッ!

振り下ろされた大剣は舞台のタイルを打ち砕いただけで、名雪の姿はそこにはなかった。

名雪 「スピードには自信があるよっ」

祐一が突進したのを上回るスピードで背後に回った名雪は、そこから剣を繰り出す。
だが、肩口に届くかと思われた名雪の剣は、祐一の大剣によって止められていた。

祐一 「甘い!」

名雪 「これで終わりじゃないよっ」

一旦は止められた名雪の剣だったが、そこから一度引いて再度繰り出される。
それも受け止めた祐一だったが、名雪の剣はさらにそこから連続して放たれた。

祐一 「くっ・・・!」

スピードのある連続攻撃を防ぎきれず、祐一は後退する。
そこへ畳み掛けるように名雪がさらに連撃を繰り返す。

名雪 「水瀬流疾風剣!」

高速の連撃を避けきることが出来ず、祐一は防御に入る。
その合間を縫って名雪の剣が祐一の体を切り刻む。
しかし・・・。

名雪 「え・・・?」

祐一は構わず、技を繰り出す名雪に向かったまっすぐ突き進んだ。
名雪の剣が祐一にいくつもの傷をつけるが、まったくお構いなしだった。

祐一 「名雪、おまえの攻撃、軽すぎだぜ!」

攻撃を受けながら、祐一は強引に剣を振った。
これには堪らず逆に名雪が大きく跳び下がる。

祐一 「・・・・・・」

名雪 「・・・・・・」

この試合は四つの中でもっとも注目度が低かったが、たまたま見ていた者達は一瞬の攻防に度肝を抜かれたことだろう。

 

もっとも、他の舞台でも白熱した試合は行われていたので、それを放置してまで観戦しようというほどのものではなかったが。
特に北の舞台では、潤の槍と香里のバトルアックスによる正面から猛烈な打ち合いが行われているのだ。強力な闘気と闘気のぶつかり合いに、会場中が痺れていた。
東の舞台の舞とさやかは、様子見程度の戦い方で、南の舞台ではキラーマンの方が一方的に攻めていた。

 

観客が他の舞台で盛り上がる中、祐一と名雪は数度似たような攻防を繰り返しながら、互いに決定打が加えられないままでいた。
手数ではスピードで勝る名雪が上回っていたが、一撃の威力が低く、ダメージが思うように与えられない。
祐一の方は一発で形勢を逆転できる威力の一撃があるが、名雪のスピードに当てるのは容易でなかった。

互いに決め手を欠いたまま、戦いは硬直状態に入っていた。

名雪 「・・・ねぇ、祐一」

そんな中、名雪が静かに語りかける。

祐一 「何だよ、試合中だぞ」

名雪 「祐一は、どうしてこの大会に出たの?」

祐一 「そんな話かよ。おまえならよくわかってるだろ」

名雪 「まだ、吹っ切れないの?」

祐一 「吹っ切るだと? バカ言えよ。俺が悪いのか? 違うだろ。魔力がないからって、俺を蔑んだ周りの連中が・・・あいつらが変わらない限り、どうにもならないんだよ。だから俺は、この大会で絶対に勝たなくちゃならない。それだけの理由があるんだよ。おまえこそ、どうして大会に出たんだ?」

名雪 「わたしは・・・」

試合中でありながら、名雪は視線を落とす。
本当の戦いだったなら、これは完全な隙だったが、祐一は話をしている以上は攻撃する気はなかった。

名雪 「わたしは、みんなが出ろって言うから・・・」

祐一 「イヤイヤ出てるのかよ。そんなんで勝てるとでも思ってるのか?」

名雪 「でも、勝たなくちゃいけない理由ならわたしにだってあるよ」

祐一 「何?」

名雪 「わたしは、水瀬利郎と水瀬秋子の娘。英雄と呼ばれた二人の娘として、その誇りと名誉のために、わたしが負けるわけにはいかないんだよ」

祐一 「そんなことかよ。そんなの、おまえ自身には関係ないだろ」

名雪 「あるよ。英雄水瀬の娘が負けるなんて、いけないんだよ」

祐一 「別に負けたって、おまえは未来の地位を約束された身だろ。そんなんで俺の戦う理由に対向する気かよ」

名雪 「そう。わたしは英雄水瀬の娘として、将来が約束されている」

祐一 「そんなエリートのおまえに、生まれた時から蔑まれ続けた俺のことがわかるものかっ!」

名雪 「そうだよっ、わからないよっ! だけどっ、祐一だって何もわかってない!!」

ガキンッ!

祐一 「くっ・・・!」

先ほどよりもさらに速い名雪の打ち込みを、祐一は辛うじてガードした。
そこから反撃に転ずるが、名雪の剣は祐一の剣を受け流した。
真横に移った名雪が再び剣を繰り出すが、即座に体を翻した祐一はそれをかわす。

祐一 「俺が、わかってないだと!?」

名雪 「そうだよっ。確かにわたしに祐一の気持ちはわからない。だけど、祐一にだってわたしの気持ちはわからないよっ!」

祐一 「何?」

名雪 「祐一にはわからない。水瀬の娘だからって必要以上に期待されてるわたしの気持ちなんて、わからないんだよっ!」

 

 

『ああ、おまえが水瀬の娘か』
『二人の英雄、水瀬の娘が騎士団に入ったなんて、これはいいことだな』
『ゆくゆくは騎士団を率いる立場になるんだろうな、期待してるぜ、水瀬の娘』
『羨ましいわ、水瀬の娘だから優遇されてて』
『水瀬の娘だったら、それ相応の働きをしなくちゃね』

 

 

名雪 「水瀬の娘、水瀬の娘、水瀬の娘! わたしは名雪なのに、どこに行ってもそういう風にしか呼ばれないんだよ、わたしはっ」

祐一 「・・・・・・」

名雪 「わたしはお父さんの顔を憶えてないけど、話はたくさん聞いて、すごい人だったと思ってるし、お母さんのことは誰よりもよく知ってる、二人ともわたしの自慢の両親だよ。だけどっ、わたしにまで同じことを期待されたって困るよっ! わたしにお母さんみたいになれるわけないじゃないっ! だけどみんながみんなわたしに期待するんだよ。だからわたしは、水瀬の娘として相応しいことをしなくちゃならなかった。そうしないと、わたしは居場所を失っちゃう。ううん違う。みんながわたしをそこから放してくれないの。そんな居場所いらないのに、みんながわたしに水瀬の娘であることを強要するんだよっ!」

片や、人の中に己の居場所を求めるために強さを求めた者。
片や、過度の期待を受ける居場所から逃れることを望みながらそれが叶わぬ者。

祐一 「名雪・・・」

名雪 「祐一が辛いのはわかるよ。でも、そうやって自分だけ不幸なんだって顔してる祐一を見ていると、いらいらするんだよっ!」

名雪の鋭い一撃が祐一のガードを突き破って、肩口に傷をつける。

名雪 「はぁ・・・はぁ・・・」

連続した動きをしながら一気に胸のうちに溜まったものを吐き出した名雪は、激しく息をつく。
一方の祐一は、突きつけられた言葉に己を失いかけていた。

祐一 「・・・俺は・・・」

確かに今まで、他人のことなど考えたこともなかった。
ただ自分を蔑む世間が憎くて、それを見返してやることだけを考えて生きてきた。
そのために強くなる、それが祐一にとって生きることだった。
それが強さなのだと信じてきた。

だが名雪は、祐一とは逆に認められているがために苦しんでいる。
過度の期待をかける周囲に応えるために、必死になって強さを求めてる。
その姿は祐一と重なるようであり、まったく正反対のものに見えた。

 

 

 

 

 

 

香里 「・・・なんか、さっきから話してること筒抜けなのよね」

いつの間にか、他の舞台にまで聞こえるほどの大きな声で言い合いをしていた祐一と名雪の話を聞いていたため、潤と香里の戦いも硬直状態にあった。

潤 「意外だな。あの水瀬があんな風に考えてたなんて」

香里 「呑気そうに見えるけどね。あれですごく責任感の強い子なのよ。周りの期待なんて無視すればいいのに」

 

 

さやか 「信念のぶつけ合いって言えばかっこいいけどさ、なんか痴話喧嘩みたいだよね〜」

舞 「・・・・・」

 

 

 

赤の剣士 「けっ、くだらねえな」

 

 

名雪 「え?」

祐一 「な・・・?」

男ははっきりと、祐一と名雪の二人に対してその言葉を向けていた。
同じ舞台上にいる対戦相手のことは完全に無視している。

赤の剣士 「周りの連中が何言おうが関係ねえ。てめえがてめえである分だけ強くなりゃあそれでいいんだよ。大体おまえら、ぎゃーぎゃー言いながら少しも本気で戦っていやがらねえときた。少しは楽しめるかと思って来てみりゃ、相手は雑魚だ、他の連中はヌルい試合してるわ、まったくつまらねえな」

キラーマン 「おいちょっと待ちな。誰が雑魚だと、さっきからやられっぱなしのくせしやがって」

赤の剣士 「うるせえよターコ。散々隙を作ってやったのに俺に致命傷の一つも与えられねえでよ。いやてめえなんざ雑魚にも失礼だ。そこら辺の石ころ、いやクソだな。そうだ、てめえは俺のこの、鼻くそ程度だな!」

思い切り相手を小馬鹿にしながら高笑いをするマントの男。

キラーマン 「ふざけるなよ。てめえこそ大したことねえくせに、俺のどこが貴様より劣ってるだと!?」

赤の剣士 「言わねえとわからねえか。脳みそまで鼻くそレベルだな。まあいい。ならおまえが俺に勝てない理由ってやつを教えてやる。まぁ、数えるとキリがねえから重要なのだけ三つ言うぞ。まずひとつ、俺の方がイイ男だ。ふたつ、おまえの技は見せ掛けだけでまったく歯ごたえがねえ。そしてみっつ・・・」

男はそこでもったいぶった仕草でマントを剥ぎ取り、投げ捨てる。
現れたのは、着流しを着た、散切りにした黒髪の青年。
爛々と輝く金色の眼が恐るべき殺気をもって目の前の相手を射抜く。

幽 「この千人斬りの幽と呼ばれた俺様に勝てる奴はこの世にいねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る     次へ