Kanon Fantasia

 

 

 

第2話 美しき巫女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

厚さ十センチはあろうかという鉄の板に見事な穴が開いていた。
これが人間の手によって成されたものだと言われても、俄かには信じがたいことかもしれない。

潤 「よっしゃ、絶好調」

それをやってのけた男、北川潤は右手に持った槍を立てた状態で己の技に満足する。
華音王国に強豪多しと言えども、大会参加者の中にこれほどの破壊力を持った突き技を放つ者は自分の他にはいないだろうと、密かに潤の自慢だった。

従者A 「本当に大会に参加されるおつもりですか?」

潤 「当然だろ。この技を遊ばせとくのは勿体ないだろう」

槍の点検をしながら、潤は従者の言葉に答える。

従者A 「万一お怪我などなさったら」

従者B 「大会にはどんな相手がいるかわかりません。父君も潤様にもしものことがあれば・・・」

潤 「・・・つまらないこと言うなよ」

その声に、思わず二人の従者は身震いする。
普段はひょうきんなところがあったり、人当たりも非常にいい潤だが、そこから放たれる殺気は並大抵のものではない。

潤 「それにな、親父だって若い頃は色々無茶をして今の立場にいるんだ。俺が何したって何も言わないさ」

殺気を放ったのはほんの一瞬のことで、次の瞬間にはもう柔和な表情に戻っている。
二人の従者は七年前の戦にも参陣しており、それを生き延びた者達だったが、その二人をも震わせるほどの闘気と、鉄を貫く技。
心配などしているが、間違いなく目の前にいる自分達の主が大会参加者の中でも優勝候補になるであろう最強クラスの実力者であるのは誰よりも承知している。

潤 「槍の腕で俺に並ぶ者はない・・・・・・とは思ってないさ。世界は広い。強い奴は山ほどいるだろう。中には水瀬宰相くらいの人もいるかもしれない。それに比べたら俺はまだまだヒヨッコだ。けどだからこそ、強い奴らと戦いたいんだ」

わくわくする気持ちを抑えきれないといった表情で、潤は昇りくる朝日を眺めていた。
いよいよ今日、華音大武会が開催される。

潤 「だが、どんな強い奴が出てきても、俺は必ず優勝してみせるさ」

華音王国の君主、北辰王が一子、北川潤はそう決意の言葉を解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人々が少しずつ起き始める時間帯。
その部屋の主は、本来ならこんな時間に起きることなど絶対にありえない。

香里 「・・・・・・」

ベッドの上ですやすやと寝息をたてている部屋の主の顔を、一人の少女が傍らで見下ろしていた。

スッ・・・

少女はゆっくりと手にした得物、本来は両手で扱うバトルアックスを片手で振り上げると、無造作にそれをベッドに向かって振り下ろした。

ズシッ!

当然、振り下ろされた両手斧によってベッドの中央は大きく窪んでいる。
呑気に寝ていた少女は、間一髪起き上がってそれをかわしていた。

名雪 「か、香里〜、殺す気?」

寝ていた少女、水瀬名雪は、カエルの抱き枕を抱えながら両手斧を振り下ろした少女の対して抗議する。

香里 「殺してでも起こせって言ったのはあんたでしょ」

名雪 「あれは比喩表現だよ〜。ほんとに死んだらどうしてくれるの?」

香里 「大丈夫よ。あんたは寝てる時の方が七倍反応速度が速いから」

名雪 「理由になってないよ〜」

さすがの名雪も、今のばかりは驚いたらしく、すっかり目が覚めていた。
香里と呼ばれている少女は、これからこの手は使えるかもしれないと思ったが、いつか本当に殺しそうなので、金輪際使うのはやめようと思った。

既に紹介したこの部屋の主は、宰相水瀬秋子の一人娘で、騎士団に所属する水瀬名雪。
そして起こしに来た方の少女は、その親友で同じく騎士団に所属する美坂香里。
二人とも今日は大武会に出場するつもりで、朝早めに起きてウォーミングアップのために組み稽古をやる約束をしていたのだ。

香里 「自分でやっておいてなんだけど、まさか名雪がこんな時間に起きるとは思わなかったわ」

名雪 「下手したら永遠の眠りにつくところだったよ。洒落になってないよ」

香里 「そうそう、先に言っておくけど、対戦相手になっても、手加減はしないわよ」

名雪 「少しくらいはしてよ。香里は優勝候補なんだから」

香里 「あんただってそうじゃない」

名雪 「私のは・・・違うよ」

香里 「・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋子 「さあ、いよいよ今日ですね。楽しみです」

北辰 「参加人数は毎年増えているからな。周辺諸国からも腕自慢が集まっている」

かの覇王軍を撃ち破った華音王国の北辰王は、武門の中では憧れの対象となっており、カリスマ性も高い。
さらに大会優勝賞金もそれなりの金額となれば、人も集まろうというものだった。
一部の国では、この大会で北辰王が自国の戦力を増強し、戦争を起こす気だなどと勘繰っているが、本人にそんなつもりはまったくない。
そしてほとんどの国はそれは承知していた。

秋子 「とりあえず優勝候補は、潤さんに、香里ちゃん、それに倉田さんのところの川澄さんといったところですね。他にも強い人はたくさんいるでしょうけど」

北辰 「あの二人はどうなのだ?」

秋子 「身内のことは評価出来ませんよ」

北辰 「違いない。俺もあの放蕩息子が優勝候補などと言われてもピンとこん」

秋子 「・・・・・・」

北辰 「? どうした、秋子?」

楽しげに話していた最中、秋子が僅かに表情を曇らせたのを見て、王が訝しがる。

秋子 「いえ・・・楽しいのはいいのですけど。どうも今日はよくないことが起きそうな気がするんです。もちろん、取り越し苦労であることを願いますけど、密かに警備体制を強化した方がいいかもしれません」

北辰 「ふむ・・・」

大きなイベントというのは事件も起きやすい場だった。
特に決勝戦は北辰王自ら観戦するのだし、他にも観戦者は多数いる。
もしそんな場所で何かが起これば、主催者に責任問題が回ってくることにもなる。

北辰 「何もなければいいが」

秋子 「ええ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

佐祐理 「あれ? 舞ー、祐一さんは?」

朝起きた佐祐理は、いつもならいるはずの朝食の場に祐一がいないのを疑問に思って舞に尋ねる。
既に食事中だった舞は、口の中のものを飲み下してから答えた。

舞 「・・・もう出た」

佐祐理 「え? もう?」

舞 「・・・朝、二人軽く稽古してから、先に行くって」

佐祐理 「そっか。うーん、激励の言葉とかかけたかったのに」

舞 「・・・会場で言えばいい」

佐祐理 「そうだね。あ、今日は腕によりをかけてお弁当作るから、それも楽しみにしててね」

舞 「・・・はちみつくまさん」

食事をとる舞の表情に変化はなかったが、尻尾があったら振っていそうなほど、全身から喜びのオーラを発していた。

佐祐理 「それと、舞も大会、がんばってね。でも、怪我とかしたら嫌ですからね」

舞 「・・・大丈夫。問題なく勝つから」

佐祐理 「うーん、じゃあ、もし祐一さんと当たったら?」

舞 「・・・もちろん、全力でいく。手を抜くのは祐一に失礼」

佐祐理 「・・・ほんとに、二人とも怪我だけはしないでね」

舞 「・・・善処する」

戦う者達の気持ちというのは、佐祐理にはわからない。
けれど、自分のような者が口を挟んでいいものでないのはわかっている。
せめて怪我がないよう祈り、万一怪我をしても、すぐに自分が治せるよう心がけることを佐祐理は決めている。

佐祐理 「舞、がんばっ、だよ」

舞 「・・・(こくり)」

佐祐理 「祐一さんと、どっちかが優勝で、もう一人が準優勝なんかだといいよね」

舞 「・・・それは組み合わせ次第」

佐祐理 「あ、そっか。あははーっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンパンッ

祐一は朝早く倉田邸を出ると、少し遠回りをして神社に来ていた。
必勝祈願をするためである。

祐一 「俺は必ず今日の大会で優勝してみせる。そして、この国の奴らに俺を認めさせてやる」

チャンスは初出場の今回しかない。
仮に今回負けて、次に出て勝ったとしても、今回の負けによって言われるであろう『やはり落ちこぼれ』という屈辱的な言葉は一生ついて回ることになるだろう。
今まで必死に剣の腕を磨いてきたのは、今日この日、大武会での栄光を勝ち取るためだった。

祐一 「絶対勝つ!」

グッと拳を握り締める。
決意も新たに、祐一は神社を後にしようとした。

?? 「うーんっ」

祐一 「ん?」

そう思った矢先、思いもがけないところから声が聞こえた。
声がした方を見ると、神社の軒下から何かがヌゥッと現れた。
思わず身構える祐一だったが、よく見ればそれは人間だった。
祐一よりも少し年上くらいの、長い黒髪の綺麗な女だった。
白い着物に赤い袴、腰には白木拵えの刀という少し変わった雰囲気のする巫女である。
というか軒下から現れること自体変わっているを通り越している。

巫女 「う〜〜〜・・・・・・ん、あれ? ユウ?」

祐一 「へ? 俺のこと知ってるのか?」

巫女 「・・・・・・・・・・・・あー、ごめん、人違いみたい」

祐一 「でも、今ユウって・・・」

巫女 「君もユウって名前なの?」

祐一 「いや、相沢祐一っていうんだけど」

巫女 「そうなんだ。どっちにしても人違いだね。でも、一瞬ほんとにアイツかと思ったよ。ふーん」

祐一 「?」

巫女は興味深げに祐一のことを監察している。
ぶしつけな態度に、少しむっとする。

祐一 「なんなんだよ、あんたは。突然現れたと思ったら人違いの上に人のことじろじろ見て」

巫女 「あー、ごめんごめん。私はさやか。見たとおり、巫女さんよ」

祐一 「で、そのさやかが俺に何か用か?」

さやか 「用っていうか、君の方が先に私の寝床の近くにいたんだけどな」

祐一 「寝床?」

さやか 「うん、そこ」

そう言ってさやかは神社の軒下を指差す。

祐一 「・・・寝床?」

さやか 「そ、寝床」

祐一 「いや、違うだろ?」

さやか 「ううん、いいの。掃除すれば割と居心地いいんだよ。ただたまに頭ぶつけるんだけどね」

祐一 「・・・あっそう」

深くはつっこまないことにした。
世の中色々な趣向の人間がいるということで。

祐一 「まあ、それはいいとして、俺のこと何じろじろ見てんだ?」

さやか 「うーん、そうだね〜。実は私ね、他人の魔力を感じることが出来るんだよ」

祐一 「・・・・・・」

さやか 「なかなか人探しの時なんか便利だし、魔力の質で人の識別も出来るんだよ。でもさっきは驚いたよ。だって、誰もいないと思ってたのに人がいるんだもん。あ、そうだ君、レディの起き抜けの顔なんか見るもんじゃないよ」

さやかはおもむろに懐から鏡を取り出すと、手櫛で髪の毛を整えていく。
顔の方も色々とチェックを入れている。

祐一 「・・・・・・それで?」

さやか 「あ、やっぱり気悪くした? ごめんね。私ってぶしつけなところあるから。魔力ないって、気にしてた?」

祐一 「・・・別に」

思い切り気にしている。
こんな態度ではそう言っているようなものだった。

さやか 「ま、仕方ないよね。集団っていうのは残酷なもので、あぶれ者には厳しいからね。私としてはあまり気にしない方がいいとは思うけど、本人の問題だからなんとも言えないよね」

祐一 「・・・・・・気になんかしてないさ。魔力はないけど、俺はその代わり魔力に頼っている連中の何倍も剣の修練を積んできた。今日の大会、絶対に勝って俺を認めさせてやるんだ」

何故かわからなかったが、祐一は少し感情的になって思いのたけを目の前の巫女に曝け出した。

さやか 「ふーん、大会に出るんだ」

祐一 「ああ」

さやか 「ねぇ、それって今からでも参加出来る?」

祐一 「あ? ああ、当日受付もしてるけど・・・」

さやか 「じゃ、私も出てみようかな。会場まで案内してよ」

祐一 「はぁ?」

さやか 「こう見えても、私だって結構腕が立つのよ。楽しそうだし、行ってみたいな」

祐一 「まぁ、行くのは勝手だけど、なんで俺が案内?」

さやか 「ここで会ったのも何かの縁でしょ。それに、こんなかわいい子と連れ立って行けるなんて君ラッキーだよ」

軽いノリの女だった。
正直あまり関わりたくもなかったが、成り行き上仕方なく、結局流されるままに祐一は彼女と一緒に会場へ向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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